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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 入梅とは名ばかりの青空に、友樹はそっと溜息を漏らした。
 梅雨入り宣言が出されてから、雨が降ったのはほんの二、三日。それから数日、空梅雨が続いている。
 この分では今年の夏も、各家の田畑に回される筈の溜め池の水が不足するかも知れない。この山村での農作業には、小さな川と溜め池の水、そして井戸水が頼りだと言うのに。
 それに、友樹の家の裏の小さな池も、干上がるかも知れない――それが何よりも、彼には憂鬱だった。

 中学校から家に帰り着き、自室に鞄を置くと、友樹は縁側からゴム草履を突っ掛け、家の裏手に回った。
 築五十年という古い日本家屋の裏に、こんもりとした林。鬱蒼と葉を茂らせた木々の根元に、直径三m程の池があった。
 風で舞い落ちた葉や小枝が浮かび、藻が繁殖した池は視界が悪く、お世辞にも綺麗とは言えない。深い緑色を帯びた水の底に何かが潜んでいそうで、彼は子供の頃、周囲の大人に注意される迄もなく近寄らなかった。
 こうして様子を見守るようになったのは三年前、やはりこんな空梅雨の後の、夏休みだった。

 水を頂戴――そう言われた気がして、宿題のドリルから顔を上げた友樹は、当時小学五年生だった。
 知らない女の声だと思ったが、彼は一応、その時家に居た母と姉に声を掛けた。何か言ったか、と。二人の女性は首を横に振り、彼は首を傾げた。
 暑さとなかなか終わらない宿題の所為で幻聴を聞いたのだろうか。そう思ってまたドリルに目を落とすと、再び、然も耳元で――「水を頂戴」
 異様に近く、そしてはっきりと聞こえた声に、彼は飛び上がらんばかりに驚き、座った儘、その場から後退った。振り返った先には、しかし誰も居ない。
 だが、はっきりと聞いた!――突然の慌て振りに訝しげにしていた母と姉に、彼は訴えた。誰か解らないが女の声が聞こえたのだと。
 二人の女性は顔を見合わせ、ああ、と互いに頷いた。
「今年は空梅雨で、水不足だからねぇ」母は、彼に庭に出るように言った。
 訳が解らず、それでも縁側から庭に降りると、今度はゴムホースを渡された。
「家の裏手の洗い場、解るね。あそこの蛇口に繋いで。あそこからならぎりぎり、届くから」
 目を瞬かせ、何処にと問うた彼に、母は答えた。裏手の池に、と。
「少しでもいいから、水を足しておあげ。それで気が済むから」
 誰の、という問いには、話が長くなるから先に水をと急かされ、答が得られなかった。
 訳が解らぬ儘、友樹は裏の池に水を入れ添えた。

 その後、母と姉から聞いた話では、あの池には昔、美しい娘が身を投げたのだと言い伝えられており、花のかんばせをしゃれこうべと変えたその姿を見られたくないが為に、池の水が干上がり、底が覗くのを恐れているのだと言う。
「この家の男にだけ、訴え掛けて来るらしいから……これからも気を付けておいておあげ」これでも女だから、醜い姿を見られたくない気持ちは解るのだと、女達は妙にその娘に優しかった。彼女達にはその声も一切、聞こえないらしいのだが。
「でも、どうしてこの家の男だけに……?」友樹は訊いた。
「何でもね、その娘が身を投げたのは、この家の男に裏切られた所為だって話よ。だから……もしも声を無視して、挙句に水が干上がったりすると……」
「……すると?」
「お祖父ちゃんが亡くなったのも、確かこんな夏だったわね」母はそう言って、縁側から白茶けた庭を見遣った。「お祖父ちゃん、こういうの信じない人だったから……」

 以来、友樹はこんな雨の降らない梅雨を迎えると、憂鬱な気分になるのだった。

                      ―了―


 今年の夏はどんな感じでしょうねぇ?

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最強の全自動w
こんにちはー^^
うーん、なんてわがままな娘だw
仕方ないから、注水はセンサーつけて自動給水にしてあげましょう^^w
これで、常に一定量の水が池に溜まるはずだぁー^^vv

それにしても、この娘はチャームポイントを作り出すことを知らない><;;;
ばっさり出せば、すっきりくっきり、チャームポイントになるという、オードリー・ヘップバーンのエラの法則を知らないのかな?><;コマッタモンダw

ささ、勇気を出してばっさり出してみよう^^/
。。。キャーーーー!(((((((((((( ><;
ではではー^^;w
nukunuku URL 2010/06/15(Tue)21:01:40 編集
Re:最強の全自動w
チャームポイント(笑)
や、彼女は色白美人ですよ、きっと(^^;)
そりゃあもう、骨の様に白い……って、骨だ!
巽(たつみ)【2010/06/15 22:06】
代々…
受け継がれちゃったりするのってあるけど
こういうのは勘弁願いたいなぁw

女心はわからないでも無いけどねえ(^_^;
つきみぃ URL 2010/06/16(Wed)19:53:10 編集
Re:代々…
いいものが受け継がれるならねぇ(^^;)
ん? この家の男子が絶えたらどうするんだろ?^^;
巽(たつみ)【2010/06/16 21:41】
無題
呪う相手は一人のみとさせていただきたいですな。
その前に身を投げた時か浮かんだ時にねんごろに弔わないとね。

銀河径一郎 2010/06/17(Thu)22:58:19 編集
Re:無題
南無南無……(-人-)
巽(たつみ)【2010/06/18 21:35】
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