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空を眺めていたら、星が流れた。
ああ、願い事なんて突然浮かんでくるもんじゃないな――見送った後から、そんな事を考える。そもそも、それは一瞬の出来事で、どれ程短い願いでも三回唱える時間なんてありはしなかったけれど。
願いか……。今の俺の願いは何だろう?
人にも金にも裏切られ、悲嘆に暮れる、孤独な男の願い。
友人に頼まれて出資したなけなしの資本金の回収? それともその金を使い果たした挙句に遁走した友人を発見して、一発殴る事?
それとも、楽に稼げると言う奴の話に乗せられる前の日に戻ってやり直す事?
ああ、それが出来れば一番だ。断る事で奴とは不仲になるかも知れないが、ここ迄壊滅的になる事もなかったろう。二、三年して街でばったり出会ったら一緒に酒が呑める、そんな程度で済んだかも知れない。今会ったら、その酒瓶で殴ってしまいそうだが。
だが、それはお星様でも無理な話だ。時間は戻らない。
……暗くて寒い樹海の中、大量の酒を呷って雪を被った草叢に仰臥する俺の命も、この冷え込みでは目を閉じたが最期だろう。
酒を呷って樹海で凍死――そんな方法を選んだのは大した意味があった訳じゃない。毒物は手に入らないし、余り苦しそうな方法も嫌だと思ったからだ。こんな時迄、楽をしたいらしいな、俺は。
しかし、お陰でこうして死を前にしながらも、街では味わえない星空を満喫出来る。昼間、雪を降らせた雲が夜には去っていてよかった。
やがて意識もぼやけ、俺はうつらうつらし始めた。飲酒で火照っていた身体が、今度は急激に冷え始める。がちがちと、歯が鳴った。
ぼやけ始めた視界の中、また星が流れた。
今度は反射的に願いが幾つも浮かんだ。
熱燗! 熱い風呂! ストーブ! 何でもいい、兎に角温まりたい!
……俺は自分の願いに苦笑した。それじゃ凍死出来ないじゃないか。
結局、本当の自分の願いが解ったのは、寒さで身体が巧く動かせなくなった頃だった。もう手も口もかじかんで、携帯電話さえ使えない。そう、俺は自殺するって言うのに携帯電話を無意識に持って来ていたんだ。家族に捜索願でも出されれば、通信記録から居場所を特定され兼ねない物を持ち歩くなんて……。
やっぱり俺の願いは……。
「生きたい」そう言った心算だったが、もう言葉になっていなかった。
星が更にぼやけ、意識がどんどん、遠ざかっていく……。
* * *
目が覚めた時、そこは暖かな白い部屋だった。
腕に繋がれた点滴、消毒薬の臭い、枕元に垂れたコール用のボタン。
病院だ――安堵と疑問が同時に胸中に広がる。
やはり誰かが捜索願を出し、携帯で割り出されたのか? いや、それにしては早過ぎる気がする。こうして思考が出来る程度に脳の損傷もなく生きているという事は、然程時間が経っていなかったのではないか? 携帯の通信記録なんて、基地局とそのエリアが割り出せる程度じゃないか? その中で自殺志願者の行き先として樹海に辺りを付けたのだとしても、樹海は広い上に、俺はかなり奥迄入り込んでいた。
首を捻っていると、病室のドアがスライドした。
俺が目覚めているのを見て取った妻の顔は、喜びと怒りとが綯い交ぜになった、非常に複雑な表情を浮かべていた。取り敢えず、素直に怒られて置くべきだろう、と覚悟を決めていたらいきなり泣き付かれた。
その後、検査と医師による診察が行われ、更に警察による聴取を受けた。
「それにしても、どうやって見付けて下さったんです?」もういいですよ、お大事にとペンをしまった警官に、俺は尋ねた。「先生の話ではもう少し遅れていたら……という事でしたが」
「それが……」警官は軽く首を捻った。「基地局の記録から、自殺の名所と呼ばれるあの樹海周辺を割り出して急行した所、樹海の入り口に男が一人立ってましてね、こっちだと言って手招くんですよ。何か知っているのかと事情を聴こうとしても、只こっちだと言って自分達の数メートル先を進むだけ。ちょっと気味が悪かったですね。それでも何か……誘われるように付いて行った先に、貴方が倒れていたという訳です」
「では、その方が恩人という事に……。是非一度お会いして、お礼を言わなくては」
「只……貴方を発見して救急に連絡を入れている僅かの間に、姿が消えてしまったんですよ。事情を聴きたく、自分達も捜索中なのですが……」
もし見付かったら連絡を入れてくれるよう、俺は頼んだ。あわや最期の願いを叶えてくれたお星様だ。仇や疎かには出来ない。
だが、数日後、既に退院した俺の元に入った連絡は、件の人物が例の樹海内で遺体で発見されたというものだった。然も、遺体の状況から見て、あの日以前に亡くなったものだと……。
そして身元が判明した。
それは、俺に損害を負わせた事を苦に思い、樹海に逃げ込んだ、あの友人だった。
―了―
ね、眠い……zzz
白、黒、白、黒……。
道路に描かれたゼブラ模様を、僕は見るともなしに眺めていた。
白、黒、白、黒……。
幼い頃は白い所だけ、あるいは黒い所だけを、小さな歩幅を精一杯迄伸ばして、選んで歩いたものだ。大した意味もない、他愛もない事が、その頃は楽しかった。
そう、どんな所でも、子供にとっては遊び場同然なんだ。
ほら、視界の中ではまたどこかの子供が母親に手を引かれつつも、危ういバランスで脚を伸ばしている。
でも、遊んでいい場所、悪い場所。それらがある事を両親や周りの人から教わって、段々遊び場は減って行った。
あの頃は――。
「翠く~ん、ほら、おやつ食べない?」
文字通りの猫撫で声が、僕を誘ってくる。同時におやつの入った袋を揺すってもいるのだろう、かさかさという音も、僕の聴覚を刺激する。でも、食欲を刺激されるには至らなかった。今の僕はそれ所じゃないんだ。
僕はおばさんの誘いを無視して、家の見回りを続けた。
「翠ー、屋敷の探検中か? おじさんが遊んで上げようか?」にこやかな笑顔を作って、僕の行く手を遮ったのはさっきのおばさんの旦那さんだった。僕が通るのを待ち構えていたのか、ご丁寧に片手には既に玩具が用意されている。でも、それは僕のお気に入りじゃあない。
挨拶だけを残して、するり、と僕はその横を通り抜けた。
「全く懐きやしない……。可愛くない奴だ」
「本当に。でも、どうにか懐かせないと……」
見回りを終えて居間に戻ってみると、二人は低めた声で何やら話し合っていた。家には他にも何人か人が居るから、聞かれたくないらしい。尤も、僕が戻って来たのを見ても、困った奴だって顔をして話を続けていたけれど。
「そうだ。何とか懐かせなければ、父の遺言によって私達はこの屋敷の相続権を失う。そして次は弟達が来て……。ああ、奴が翠に気に入られでもすれば、そこで終わりだ!」
「全く、お義父様も酔狂な事を……。翠の面倒を見て、翠に気に入られた者にこの屋敷の相続権を与える、だなんて。普通に財産分与して下さればいいのに……。猫可愛がりにも程がありますよ」
「こいつはこいつでおやつにも玩具にも反応しないし」おじさんは僕の前にしゃがみ込んで、唸った。
「ねぇ、いっその事よく似たのをどこかで調達して、それを懐かせて見せるっていうのはどうかしら?」
「駄目だ。弁護士の元にはこいつの生体データも預けられている。そんなインチキがばれたら……」おじさんは頭を振った。「第一、そうそう見付からんよ。綺麗な翠の眼をした――雄の三毛猫なんて」
数週間後、おじさん達は屋敷を去って行った。
そしてその弟さん夫婦がやって来た。
「翠く~ん。ほら、美味しいご飯よ」
「翠ー、新しい玩具だぞ」
またこのパターンだ。僕は思いっ切り欠伸と伸びをしてからベッドに丸くなり、狸寝入りを決め込む事にした。
自分の死後も僕が困らないようにと思ったんだろうけれど……お爺さん、僕は遺産目当てなのが余りに明白なお爺さんの子供の誰にも、きっと懐かないよ。
だってそうしている間は、誰もこの屋敷の主にはなれず、屋敷の為に働いてる人達の入れ替えも出来ない。
勿論、遺産目当てじゃなく僕の面倒を見てくれている、おじさんやお姉さん達も。
クビになんてしたら……噛み付いちゃうよ?
―了―
にゃあ~(=^・×・^=)
この人形だけは壊して頂戴――祖母の遺産整理の最中、伯母は居並ぶ人形達の中の一体を指してそう言った。
亡くなった祖母のコレクションルームに並ぶのは、何れも見事なビスクドール。祖母が病に倒れた後も、美世子さんの手によって怠る事なく手入れをされていたそれらは、しかし伯母の取り分として売却、換金される予定だった。
美世子さん、というのは二十年以上、祖母の世話をしてくれた家政婦さんだ。大らかな人で、我が儘な祖母にもよく尽くしてくれていた様だ。そして物言わぬ人形達にも。
その彼女が一番に手を掛けていた人形を指して、伯母は先の言葉をぶつけたのだった。尤も、祖母の面倒なんて見る事もなかった伯母は、そんな事情は知らなかったろうけれど。
「どうして壊さなきゃならないんだ? 見た所、一番高く売れそうじゃないか」そう言ったのは伯父だった。割れ鍋に綴じ蓋と言うか、この妻にしてこの夫ありと言うか。
伯母は人形を睨み付ける様にして、鼻を鳴らした。
「嫌いなのよ。何となく、睨まれてる様な感じがして」
「ああ、お婆ちゃんの面倒も見なかった癖に遺品だけは持って行くんだわ、このおばさん――って睨んでるのかもな」伯父は甲高い声を作って笑う。
「人の事言えない癖に」伯母の切れ長の目がじろりと伯父を睨み据える。
「おお、怖」伯父は一瞬おどけてみせた後、ふと声を落とす。「冗談は兎も角……やっぱり少しは引け目を感じるよ、俺でも。況してやお前は血を分けた娘なんだから、その引け目から睨まれてる様な錯覚を覚えてるんじゃないか?」
「……そうかも知れないわね」伯母は重い溜息をつくと、肩の力を抜いた。「でも、やっぱりその人形だけは手元にも置きたくないし、古道具屋に売っても何処でどう巡り巡ってまた私の前に現れるかも知れないと思うと落ち着かないわ」
「解ったよ。こいつは処分する」そう言って、伯父は件の人形を箱に詰め、その箱に大きく罰点をした。
その後、大量の人形はそれぞれ大事そうに箱に詰められ、何処へともなく売られて行った。罰点をされた一つの箱を残して。その箱も壊されたのか焼かれたのか、いつしか部屋からは姿を消していた。
そんな事があったのが三年前だったろうか。
伯母は今、美世子さんに面倒を見て貰っている。
半年前、伯父と共に交通事故に遭って、半身不随になってしまったのだ。伯父はその際に帰らぬ人となってしまった。急な事で当てもなく、祖母の面倒を見てくれていた彼女に連絡を取ったらあっさり引き受けてくれたのだと言う。
尤も、それで助かったと思ったのはほんの数日の事だった様だ。
伯父は口ではああ言いながらも、実の娘以上に気が引けていたのだろう。
面倒を見続けてきてくれたお礼も兼ね、手入れの様子からしてあの人形に一番手を掛けていたらしい――その分、愛着も持っていたのだろう――と察して、件の人形をこっそりと美世子さんに贈っていたのだった。今後会う事も先ずなく、妻に知れる事もないだろうと。
その人形は今、自分を壊すようにと言った伯母を、ベッドサイドのテーブルからじっと見詰め続けている。
自分の様に、動けない身となった伯母を……。
―了―
短め~に行こう☆
「いきなりの引退宣言なんて、どういう心算だ? 坊や?」
控え室に戻ると、どこか耳障りな声が早速とばかりにそう問い質した。
「坊やは止めてくれないか?」大きな花束をテーブルの上に置きながら、少年は言った。「言った通りさ。僕は止める。もう舞台には上がらない」
「勝手な事を……!」苦々しげに、相手は唸る。「舞台で発表しちまっちゃあ、今更取り消しは利かねぇぞ。子供だからとか、冗談でしたじゃ済まねぇんだぞ?」
「冗談の心算は毛頭無いし、子供なりによくよく考えた末だよ」舞台用の白い上着を脱ぎ、普段着に着替えながらも彼は言う。「もう舞台に立つのは……君に手を貸すのは嫌になった。いや、元々嫌だった。これ以上は我慢したくない」
「何が嫌だって言うんだ? お前は舞台でスポットライトを浴び、人々の歓声を浴びる。俺はそのお前の活躍から糧を得る。ちょっとした演出の代償にな。それで今迄巧くやってきたじゃないか」
「でも、その演出で誤魔化すのももう限界だし、何より……」少年はひたと、壁のほぼ一面を占める鏡を見詰めた。「君が得ている『糧』って何なんだい? 悪魔よ」
天使の歌声と称され、然もその美しいボーイソプラノを――不思議な事に――変声期を終える筈の十代半ばを過ぎても保ってきた少年は、しかしその夜以来、その奇跡の声を失った。
それでいい、と劇場の裏口から出ながら、彼は上機嫌でその年齢に相応しい声でハミングした。
悪魔の力で彩られた天使の歌声など、もう必要ない、と。
「ちっ、あのガキの歌声に夢中になっている人間は隙だらけで生命力も奪い易かったのに……。仕方ない、次を探すか」一方、耳障りな声はそう呟き、笑うと――どこかへと消えて行った。
次の「天使」を探して。
―了―
悪魔は天使を偽る(--;)
「自殺したんだよ」
寝付かれず、幾度目かの寝返りを打った直後に耳をよぎった言葉に、私は思わず毛布を跳ね飛ばしてベッドの上に身を起こした。
常夜灯だけの部屋の中には私の他に誰も居ない。マンションの一番奥にあるこの寝室に外からの声は届かないし、何よりあれは決して大きな声ではなく、寧ろ耳元でそっと囁いた様だった。
空耳……錯覚だったのだろうか。それとも、半ば寝惚けた頭を取り止めもなく巡っていた複数の単語の中の一つが不意に顕在化した?
それとも――私は壁に架けた黒い服を見遣った。飾り気のない、黒のワンピース。喪服だから、それでいい。
時計を見れば午前一時。という事は、もう今日なのだ。友人の葬儀は。
余りに突然の報せに、昨日あった通夜には参加出来なかった。せめて葬儀には……気が滅入るけれど。
その為にもちゃんと寝よう、と私は再び横になり、目を閉じた。