『反省するもの』

　昨日、ちょっとした罪で反省を促された。
　それもいつもは子供の事なんて見向きもしない親父にだ。
　顔を真っ赤にして怒りながらも、自分より背も高くなった高校生の息子に手も上げられない、そんな親父に。殴れば殴り返される、そして自分が負けると解っている、だから手を出せない。そんな計算が身に染み付いてしまっているんだ。
　弱い人間だ――俺は親父を見て冷笑した。
　真面目だけが取り得で、それでも決して目立つ程の成績も上げられない、そんなよく居る普通の人間。
　俺はそうはなりたくない。
　だから――親父の生き方に反抗する様に、俺は真夜中迄バイクを走らせ、遊び歩いた。

　そして昨日、よく走るコース――勿論ごく普通の公道だが――付近の住民に、ほぼ毎晩騒音を上げながら走る迷惑野郎としてバイクも特定され、オマワリに取調べを受けた。
　その結果、親父も呼び出され、そして俺は反省するように言われたんだ。
　バイクのキーも取り上げられ、結局俺は部屋で不貞寝している。
　反省？――只走ってただけだろう？　公道だぜ？　誰がどう走ろうと勝手じゃんか。人を撥ねた訳じゃあるまいし。バイクなんて煩いもんなんだよ。そりゃ、改造はしてたけど。
　そんな愚痴を大音量の音楽の中に撒き散らしている内に、どうやら俺は眠ってしまった様だった。

　目を覚ましたのは胸に圧し掛かる重さと、首を締め付けられる苦しさ……。
　朦朧とする意識の中で、俺は親父の泣き顔を見た。ヤケに近い。そうか。親父が俺の上に圧し掛かって、首を絞めているんだ。
「な……にすんだよ……！」掠れた声が、辛うじて喉から転がり出た。
「私も反省したんだよ」親父は言った。「母さん任せにしてお前と向き合わず、ちゃんとした躾をしてこなかった事を……。その結果、お前をこんな子にしてしまった事を」
「こんな……子って……！」
「お前は人殺しだ」
「！」流石に俺は凍り付いた。だが、俺にそんな覚えは無い。「何かの……まち……がい……」
「お前がよく走っていた道路近くのマンション、そこに住んでおられた女性が度重なる騒音にノイローゼになり……今夜、自殺を図ったそうだ。幸い一命は取り止めたそうだが……」
「だったら……！」苦しい息の下、俺は声を絞り出す。
「彼女は妊娠しておられたそうだ。それもノイローゼになり易かった一因かも知れない。だが兎も角……お腹の子供は助からなかった――お前はこれから生まれて来る子供を、殺したんだよ」
「ま、待てよ！」俺は力任せに、親父の腕を引き剥がした。「俺が補導された事はもうあの付近の住民は知ってるんじゃないのかよ？　何で今頃自殺を図るんだよ！　いい気味だって哂いこそすれ、ノイローゼだからって何で死ななきゃならないんだよ！」
「……今更どう言おうと、お前が原因の一つには違いないんだよ」そう宣言した親父の声は、地獄の裁判官もかくやと言う程冷たく、俺の耳に響いた。
　戸口から、お袋のすすり泣く声が聞こえ――やがてそれは再びの首への圧迫の為、耳の中で轟々と唸り出した血流の音に掻き消され……全てが消えた。

　馬鹿親父、死んだら反省も出来ないじゃないか――そう思っていたのだが。
　結局俺は今、件のマンションの前で俺以外の暴走常習者を捜す為、突っ立っている。
　走っていたのは俺だけじゃない。運悪く特定されたのが俺だって事だ。
　なら、彼女にとっての最後の一押しとなった奴は、きっと別に居る。この状態で出来るかどうかも解らないがとっ捕まえて、反省させてやる心算だ。
　実際、俺だってこれでも反省してるんだぜ？　お陰であの世にも行けやしないんだから。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　最近うちの近くでも馬鹿みたいに騒音立てて走ってるのが居るんですよねー（－－；）
　本人は大した音でもないと思ってるかも知れないけど、周りからしたら大迷惑だっての！