〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「とおりゃんせって、私、嫌いだったなぁ」
「あ、あたしも」下校途中の友人の唐突な呟きに、しかし真知絵は頷いた。
とおりゃんせ、とおりゃんせ……子供の頃、意味が解らないながらも口ずさみ、歳の近い子等と遊んだ記憶が蘇る。哀惜を帯びた旋律、とおりゃんせと言いつつ最後に誰かが捕まる遊戯。〈天神様〉が何か怖いものの様に、当時は思っていた。
「あたし、間が悪いのかいっつも最後で捕まっちゃって……」真知絵は苦笑いする。「門になってるどっちかと替わると、ほら、あたし昔から小さかったから、相手の子がやり難いって――結局、チビ、チビって馬鹿にされるんだ。だから、嫌い」
でも美砂は何で? と尋ねる。
「真知絵とは逆」と、彼女は言った。「私は昔から背だけは人並み以上だったから、いつも門をやってた」
「いつも? 替わってくれなかったの?」
それも詰まらないな――真知絵は同情する。
「手を繋ぐ相手が替わっても、私はいつも捕まえる方。歌いながら……捕まる人を待つの」
真知絵は友人の顔を見上げた。傾いた陽が逆光となり、表情を隠す。
やがて美砂はか細い声で歌い始めた。
とおりゃんせ、とおりゃんせ……
「ね、ねぇ、他にはどんな遊びした?」その声音に何故か薄ら寒いものを感じて、真知絵は会話の取っ掛かりを探した。
……こォこはどォこの細道じゃ……
「あたしはね、ゴム跳びとか、ハンカチ落としとか……」半オクターブ上がった声で、一人、話を続ける。
……天神ン様の細道じゃ……
「ねぇってば!」遂に真知絵は声を荒げる。「嫌いなんでしょ? とおりゃんせ。それより別の」
……ちょォっと通して下しゃんせ……
「…………」止まない歌声に、真知絵の方が声を無くしてしまう。二年前の春に高校で会ってから、この夏の日迄共に過ごしてきた友人が、何か得体の知れないものに見える。美砂ってこんな顔だったっけ? こんな消え入る様な声で歌ったっけ?
それともおかしいのはあたし? 美砂は童謡を歌っているだけだもん。なのに何でこんなに胸が騒ぐの?
……御用の無いもの通しゃせぬゥ……
『この子の七つのお祝いに……』
我知らず、同じ歌を口の端に乗せていた。
決して好きな歌ではない、歌いたい歌ではない――なのに。
『お札を納めに参りますゥ』
何で? 何で止まらないの?
真知絵は半ば恐慌状態に陥る。自分の唇が自分のものではないかの様に、望まぬ歌を紡ぎ続ける。内心の動揺とは相反する、静かな歌を。
『行きはよいよい』
真知絵は鞄を振り落とし、両手で自らの口を塞ぐ。この儘ではもう直ぐ歌が終わってしまう。
歌が終われば両側から腕が降りて――小さい頃の光景が脳裏に浮かぶ。腕が降りて、前の子の背中を横切り、彼女は皆から切り離される。
『帰りは怖い』
唇の間から歌が漏れる。塞いでいるのに……!
『怖いながらも』
いつしか、美砂がその両の腕を上げている。真知絵に向かって覆い被さるかの様に。
咄嗟に、真知絵は近くの石段に駆け上がり、美砂の手を取った。右手と左手、左手と右手をしっかりと繋ぐ。
門の方に、捕らえる方になれば――と。
『とォおォりゃんせ、とおりゃんせェ』
歌い終わり、同時に腕を降ろした二人の間をけたたましい声を残して飛び立った蝉が過ぎり――ふっ、と視界から姿を消した。
間に合った――真知絵は思わずその場にしゃがみ込もうとして、バランスを崩した。落下し、痛む箇所を擦ろうとして、その手が、ぶつけた腰が、自分のものでない事に気付く。いや、それ以前に人間のものでは……。
「捕まったら交替、でしょ?」美砂の声が遥か上から降って来る。「早く次、捕まえないとね。真知絵、よりによって蝉だなんて。さ、歌いましょ」
悲壮な迄の蝉の声が、神社の境内に響き渡る。
―了―
……こォこはどォこの細道じゃ……
「あたしはね、ゴム跳びとか、ハンカチ落としとか……」半オクターブ上がった声で、一人、話を続ける。
……天神ン様の細道じゃ……
「ねぇってば!」遂に真知絵は声を荒げる。「嫌いなんでしょ? とおりゃんせ。それより別の」
……ちょォっと通して下しゃんせ……
「…………」止まない歌声に、真知絵の方が声を無くしてしまう。二年前の春に高校で会ってから、この夏の日迄共に過ごしてきた友人が、何か得体の知れないものに見える。美砂ってこんな顔だったっけ? こんな消え入る様な声で歌ったっけ?
それともおかしいのはあたし? 美砂は童謡を歌っているだけだもん。なのに何でこんなに胸が騒ぐの?
……御用の無いもの通しゃせぬゥ……
『この子の七つのお祝いに……』
我知らず、同じ歌を口の端に乗せていた。
決して好きな歌ではない、歌いたい歌ではない――なのに。
『お札を納めに参りますゥ』
何で? 何で止まらないの?
真知絵は半ば恐慌状態に陥る。自分の唇が自分のものではないかの様に、望まぬ歌を紡ぎ続ける。内心の動揺とは相反する、静かな歌を。
『行きはよいよい』
真知絵は鞄を振り落とし、両手で自らの口を塞ぐ。この儘ではもう直ぐ歌が終わってしまう。
歌が終われば両側から腕が降りて――小さい頃の光景が脳裏に浮かぶ。腕が降りて、前の子の背中を横切り、彼女は皆から切り離される。
『帰りは怖い』
唇の間から歌が漏れる。塞いでいるのに……!
『怖いながらも』
いつしか、美砂がその両の腕を上げている。真知絵に向かって覆い被さるかの様に。
咄嗟に、真知絵は近くの石段に駆け上がり、美砂の手を取った。右手と左手、左手と右手をしっかりと繋ぐ。
門の方に、捕らえる方になれば――と。
『とォおォりゃんせ、とおりゃんせェ』
歌い終わり、同時に腕を降ろした二人の間をけたたましい声を残して飛び立った蝉が過ぎり――ふっ、と視界から姿を消した。
間に合った――真知絵は思わずその場にしゃがみ込もうとして、バランスを崩した。落下し、痛む箇所を擦ろうとして、その手が、ぶつけた腰が、自分のものでない事に気付く。いや、それ以前に人間のものでは……。
「捕まったら交替、でしょ?」美砂の声が遥か上から降って来る。「早く次、捕まえないとね。真知絵、よりによって蝉だなんて。さ、歌いましょ」
悲壮な迄の蝉の声が、神社の境内に響き渡る。
―了―
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Re:無題
あれ? とおりゃんせ、小さい頃遊びませんでした?(^^;)
でも唄は知っていても遊び方忘れてる童歌っていうのも、結構あるかも……?
何か響きが怖いんですよね、とおりゃんせとか、かごめかごめとか。
勢い、思考も怖くなる(笑)
でも唄は知っていても遊び方忘れてる童歌っていうのも、結構あるかも……?
何か響きが怖いんですよね、とおりゃんせとか、かごめかごめとか。
勢い、思考も怖くなる(笑)