〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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空はどこ迄も青く、澄んだ空気の下、とりどりの色に飾り付けられた山々。楢、紅葉、赤い色……。常緑樹に混じるそれらが互いの色をより際立たせる。底に流れる川のせせらぎに、小鳥の鳴き声、小動物の立てる控え目な足音――それらが本当に聞こえてきそうな、ガイドブックの写真。
ちらりと見えた、友人の道長が持っていたそれに釣られたのが間違いだった、と優太は痛感していた。
写真に切り取られた自然の一場面を手に取るのと、自分がその一部になるのとでは大した差があった。解っていた心算でも。
人間って……本当、小さいよなぁ――切り株に身体を休めつつ、優太は空を見上げた。
青い空は木々に遮られ、遥か遠い。秋の長雨の所為か水量の増えた川は、せせらぎなどという涼しげな風情は無い。歩く大地には腐葉土が積もり、水を含んで時折、滑る。虫にも悩まされた。
山歩きの経験があるでもなく、ほんのハイキング気分で入った優太は、後悔する事頻りだった。
然も元々ガイドを持って来た友人は行きたくない、と付き合ってくれず一人旅。行き会う観光客も無く、物寂しい事この上ない。
とは言え、悪い事ばかりでもない。
今居る、ぽっかりと開けた草地には、爽やかな風が渡り、濃い葉陰は強い日差しを和らげてくれる。
涼しい所でゆっくりしたいという目的は、確かに果たしていた。
休息を終え、帰路に着こうかと思った頃、ふと、風向きが変わった。
湿った匂い。
優太は眉を潜め、周囲を見回した。
頭上に不穏な陰りを見付け、そそくさと腰を上げる。早く、麓に戻らねば。
所はハイキングコースからやや外れた広場。万が一の遭難防止にと持って来たロープを、切り株から突き出た枝に括り付け、元来た道へと歩き出す。
所々の木の枝にロープを掛けつつ、優太は道を進んだ。
しかし十分程でその脚を止める事となった。
前方には一本の巨木。
コースから広場への道すがら、こんな木は無かった筈だという記憶と、その木陰の一段と濃い闇が警鐘を鳴らす。
コースからは真っ直ぐ外れた心算だった。迷ったとは思えない。
念の為、ロープを辿り広場に戻ろうとすると、やがてそちらにも巨木が立ちはだかった。
迷わされた――優太は徐々に早くなる心音を、深呼吸で抑え込み、一歩ずつ、歩を進めた。巨木に向かって。
そして心の裡で祈る様に呟く。
こんな所で迷っていては、先の広場で感じた湿った匂いの元、不穏な陰りの元を報せに行けない――自分がそうなってしまっては!
だから、一旦帰るよ――それだけをそっと口に出すと、行く手の闇は幻の様に霧散した。
* * * * *
「それで麓に戻って警察に通報して、また連れて行った訳か」感心半分、呆れが半分、複雑な顔で道長は言った。「よくまた行けたな」
「仕方ないだろう。見付けちまったんだから。その為にもロープ張って戻ったんだし」優太は肩を竦めた。「一旦帰るって……報せに行って来るって約束したんだから」
それにしてもハイキングに行って遭難者の遺体を見付けるわ、誘われそうになるわ、散々だったと愚痴ると、道長は苦笑いした。
「だから俺、行きたくないって言ったじゃん」
「そもそもお前が持って来たガイドに載ってたんだぞ? 何で行きたくなかった訳?」
「だってあれ、心霊スポットガイドだもん」
―了―
湿った匂い。
優太は眉を潜め、周囲を見回した。
頭上に不穏な陰りを見付け、そそくさと腰を上げる。早く、麓に戻らねば。
所はハイキングコースからやや外れた広場。万が一の遭難防止にと持って来たロープを、切り株から突き出た枝に括り付け、元来た道へと歩き出す。
所々の木の枝にロープを掛けつつ、優太は道を進んだ。
しかし十分程でその脚を止める事となった。
前方には一本の巨木。
コースから広場への道すがら、こんな木は無かった筈だという記憶と、その木陰の一段と濃い闇が警鐘を鳴らす。
コースからは真っ直ぐ外れた心算だった。迷ったとは思えない。
念の為、ロープを辿り広場に戻ろうとすると、やがてそちらにも巨木が立ちはだかった。
迷わされた――優太は徐々に早くなる心音を、深呼吸で抑え込み、一歩ずつ、歩を進めた。巨木に向かって。
そして心の裡で祈る様に呟く。
こんな所で迷っていては、先の広場で感じた湿った匂いの元、不穏な陰りの元を報せに行けない――自分がそうなってしまっては!
だから、一旦帰るよ――それだけをそっと口に出すと、行く手の闇は幻の様に霧散した。
* * * * *
「それで麓に戻って警察に通報して、また連れて行った訳か」感心半分、呆れが半分、複雑な顔で道長は言った。「よくまた行けたな」
「仕方ないだろう。見付けちまったんだから。その為にもロープ張って戻ったんだし」優太は肩を竦めた。「一旦帰るって……報せに行って来るって約束したんだから」
それにしてもハイキングに行って遭難者の遺体を見付けるわ、誘われそうになるわ、散々だったと愚痴ると、道長は苦笑いした。
「だから俺、行きたくないって言ったじゃん」
「そもそもお前が持って来たガイドに載ってたんだぞ? 何で行きたくなかった訳?」
「だってあれ、心霊スポットガイドだもん」
―了―
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