〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
Admin
Link
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
『お母さんをください』
いつもの下校路――商店街で、僕は並べて立てられた笹飾りの中に、そう書かれた短冊を見付けた。
少し寂れた商店街は、一応雰囲気を盛り上げてお客さんを呼ぼうと考えたのか、街路沿いに何本も笹飾りを立てて、来てくれたお客さんに短冊を渡している。ちゃんと長机にペンが用意してあって、そこでお願いを書いて吊るして行って下さいって事だ。
尤も、書いているのは殆ど、お母さんに手を引かれて来た子供達だし、果たしてこんなのが客寄せになるのかは知らないけど。
さっき見た短冊も、子供の文字だった。小三の僕から見ても幼い文字。
それが丁度僕の目線の辺りに下げられてるって事は、かなり頑張って背伸びしたのだろうか。ほら、こういうのって、上の方に付けた方がお願いするお星様に見て貰えそうな気がするじゃないか――いや、僕はもうそういうの信じてないけどさ。
その努力は少し、微笑ましい様な気がした。けど……。
お母さんを下さい? お母さんを早くに亡くした子なのかな?――ぼうっとそんな事を考えながら歩いていると、また、別の短冊が目に付いた。
『お父さんをください』
同じ字だ。何て事だ。この子はお父さんも早くに亡くしたのか?
幼くあどけない文字に、少し同情を覚えながらも僕は脚は止めなかった。
が、短冊は未だ続いていた。
『お姉ちゃんをください』
『弟をください』
『ペットの猫をください』
おいおい……。どうやって暮らしてるんだ、この子?
それにしても、と僕は改めて短冊の文面を頭の中に並べてみた。
お母さん、お父さん、お姉ちゃん、弟……そしてペットの猫。
うちの家族構成そっくりだな、と苦笑する。
矢鱈と口煩いお母さんと、休みの日もゴロゴロしてばっかりのお父さんと、お母さんに負けず小煩いお姉ちゃんと、言う事聞かない生意気な弟と、呼んでも来ない――尻尾で返事はしてるらしい――猫だけど。
そんなんでいいのか? くすり、僕は笑った。
「いいよ……」か細い子供の声が、何処からともなく聞こえた様な気が、した。
空耳、だよな? 辺りを見回して、それらしき姿の無いのを確かめて、僕は首を傾げた。
何となく足を速め、商店街を通り抜けて、家路を急いだ。
* * *
「ただいま」
「え……坊や、何処の子?」
鉄製の門扉に手を掛けて帰宅を告げた僕に、偶々庭先に居たお母さんはきょとんとした表情でそう尋ねた。
え……?
茫然とする僕に追い討ちを掛ける様に、後から帰って来たお姉ちゃんが不審そうな顔をしながら僕の肩に手を置いた。
「君、弟の友達? ごめんね、ちょっと通してくれる?」他人の距離で、僕の横を摺り抜けて行く。
これは何の冗談なんだ?
混乱する僕の耳に、つい最近聞いた覚えのある声が届いた。
「ただいま……」どことなくはにかむ様な、か細い子供の、声音。
「おかえりなさい」それを迎え入れる、お母さんとお姉ちゃんの温かい声が唱和した。
僕の横を、小さな子供が摺り抜ける。小さな――そう、丁度精一杯背伸びしたら、僕の目線に手が届く位の……。
三人の家族は、家に入って行った。
立ち竦む僕を、残した儘……。
―了―
や、明日は七夕ですね!
皆様、お願い事は何ですか?(^-^)
いつもの下校路――商店街で、僕は並べて立てられた笹飾りの中に、そう書かれた短冊を見付けた。
少し寂れた商店街は、一応雰囲気を盛り上げてお客さんを呼ぼうと考えたのか、街路沿いに何本も笹飾りを立てて、来てくれたお客さんに短冊を渡している。ちゃんと長机にペンが用意してあって、そこでお願いを書いて吊るして行って下さいって事だ。
尤も、書いているのは殆ど、お母さんに手を引かれて来た子供達だし、果たしてこんなのが客寄せになるのかは知らないけど。
さっき見た短冊も、子供の文字だった。小三の僕から見ても幼い文字。
それが丁度僕の目線の辺りに下げられてるって事は、かなり頑張って背伸びしたのだろうか。ほら、こういうのって、上の方に付けた方がお願いするお星様に見て貰えそうな気がするじゃないか――いや、僕はもうそういうの信じてないけどさ。
その努力は少し、微笑ましい様な気がした。けど……。
お母さんを下さい? お母さんを早くに亡くした子なのかな?――ぼうっとそんな事を考えながら歩いていると、また、別の短冊が目に付いた。
『お父さんをください』
同じ字だ。何て事だ。この子はお父さんも早くに亡くしたのか?
幼くあどけない文字に、少し同情を覚えながらも僕は脚は止めなかった。
が、短冊は未だ続いていた。
『お姉ちゃんをください』
『弟をください』
『ペットの猫をください』
おいおい……。どうやって暮らしてるんだ、この子?
それにしても、と僕は改めて短冊の文面を頭の中に並べてみた。
お母さん、お父さん、お姉ちゃん、弟……そしてペットの猫。
うちの家族構成そっくりだな、と苦笑する。
矢鱈と口煩いお母さんと、休みの日もゴロゴロしてばっかりのお父さんと、お母さんに負けず小煩いお姉ちゃんと、言う事聞かない生意気な弟と、呼んでも来ない――尻尾で返事はしてるらしい――猫だけど。
そんなんでいいのか? くすり、僕は笑った。
「いいよ……」か細い子供の声が、何処からともなく聞こえた様な気が、した。
空耳、だよな? 辺りを見回して、それらしき姿の無いのを確かめて、僕は首を傾げた。
何となく足を速め、商店街を通り抜けて、家路を急いだ。
* * *
「ただいま」
「え……坊や、何処の子?」
鉄製の門扉に手を掛けて帰宅を告げた僕に、偶々庭先に居たお母さんはきょとんとした表情でそう尋ねた。
え……?
茫然とする僕に追い討ちを掛ける様に、後から帰って来たお姉ちゃんが不審そうな顔をしながら僕の肩に手を置いた。
「君、弟の友達? ごめんね、ちょっと通してくれる?」他人の距離で、僕の横を摺り抜けて行く。
これは何の冗談なんだ?
混乱する僕の耳に、つい最近聞いた覚えのある声が届いた。
「ただいま……」どことなくはにかむ様な、か細い子供の、声音。
「おかえりなさい」それを迎え入れる、お母さんとお姉ちゃんの温かい声が唱和した。
僕の横を、小さな子供が摺り抜ける。小さな――そう、丁度精一杯背伸びしたら、僕の目線に手が届く位の……。
三人の家族は、家に入って行った。
立ち竦む僕を、残した儘……。
―了―
や、明日は七夕ですね!
皆様、お願い事は何ですか?(^-^)
PR
「お客さん、お一人ですか?」
規則的な櫂を漕ぐ音、舟が波を切る音、寂しげな風の音……。
それらが奏でる一種の静寂を破った船頭の声に、男はふと、顔を上げた。
「あ、ああ。一人……です」ぎこちなく、頷く。「本当はその……誘おうと思った人は居たんですが……。その人とは喧嘩してましてね」
「なるほど」慣れた手付きで櫂を操りながら、船頭は相槌を打つ。
「喧嘩……そう、もう長い事、喧嘩してましてね」その期間を回想する様に、男は視線を遠くに放った。「もう他にどうしようもないと思ったんです。一緒に……旅に出るしか……」
「なのに、お一人で……?」
船頭の声に、返答は暫しなかった。
規則的な音だけが、周囲を支配する。
「誘おうとしてその人の所に行った時、気付いたんです。彼女には私の他に、大事な子が居る――そして私もその子が大事だった。だから、彼女だけを誘う事は出来なかったし……でも、その子には来て欲しくなかった。それに……その子と居る彼女は、私に向けるのとは違う、柔らかい表情をしていたんです。昔、付き合い始めた頃の様な――未だ、私は彼女を憎み切れていなかったんです。だから……何も言わずに、一人で……」
ガードレールを突き破ったんです――そう話を締め括った男は再び、辺りの音だけに耳を傾けた。
同じ頃――。
事故なのか自殺なのか、はたまた……そんなひそひそ話が交わされる不穏な空気に満ちた葬儀場内で、喪主を勤める女は不機嫌そうにぼやいていた。
「あたしが夫を殺す訳ないじゃない。そりゃあ、長年不仲だったし……キッチンから包丁を持ち出す夢を見た事さえあったわ。でも、目が覚めて、間に寝ている娘の顔を見たら、そんな気は失せちゃったし。何より……あたしと娘の人生を棒に振って迄どうにかしたい程、彼の事は憎くも愛してもいなかったわ。最後に会った時も特に何も話さなかったし――思えば最後に娘の顔を見に来たんでしょうねぇ」
不憫な事だ――襤褸布を頭から被った船頭は、彼らの行き違いを内心嘆きつつも、只黙々と、舟を進ませる……。
―了―
リハビリ~。
こういうの、女性の方がドライな気がする~( ̄▽ ̄;)
規則的な櫂を漕ぐ音、舟が波を切る音、寂しげな風の音……。
それらが奏でる一種の静寂を破った船頭の声に、男はふと、顔を上げた。
「あ、ああ。一人……です」ぎこちなく、頷く。「本当はその……誘おうと思った人は居たんですが……。その人とは喧嘩してましてね」
「なるほど」慣れた手付きで櫂を操りながら、船頭は相槌を打つ。
「喧嘩……そう、もう長い事、喧嘩してましてね」その期間を回想する様に、男は視線を遠くに放った。「もう他にどうしようもないと思ったんです。一緒に……旅に出るしか……」
「なのに、お一人で……?」
船頭の声に、返答は暫しなかった。
規則的な音だけが、周囲を支配する。
「誘おうとしてその人の所に行った時、気付いたんです。彼女には私の他に、大事な子が居る――そして私もその子が大事だった。だから、彼女だけを誘う事は出来なかったし……でも、その子には来て欲しくなかった。それに……その子と居る彼女は、私に向けるのとは違う、柔らかい表情をしていたんです。昔、付き合い始めた頃の様な――未だ、私は彼女を憎み切れていなかったんです。だから……何も言わずに、一人で……」
ガードレールを突き破ったんです――そう話を締め括った男は再び、辺りの音だけに耳を傾けた。
同じ頃――。
事故なのか自殺なのか、はたまた……そんなひそひそ話が交わされる不穏な空気に満ちた葬儀場内で、喪主を勤める女は不機嫌そうにぼやいていた。
「あたしが夫を殺す訳ないじゃない。そりゃあ、長年不仲だったし……キッチンから包丁を持ち出す夢を見た事さえあったわ。でも、目が覚めて、間に寝ている娘の顔を見たら、そんな気は失せちゃったし。何より……あたしと娘の人生を棒に振って迄どうにかしたい程、彼の事は憎くも愛してもいなかったわ。最後に会った時も特に何も話さなかったし――思えば最後に娘の顔を見に来たんでしょうねぇ」
不憫な事だ――襤褸布を頭から被った船頭は、彼らの行き違いを内心嘆きつつも、只黙々と、舟を進ませる……。
―了―
リハビリ~。
こういうの、女性の方がドライな気がする~( ̄▽ ̄;)