[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ゴロゴロ、ガラガラ……遠くで雷が鳴っている様だ。
俺は横たわった儘、ぼんやりとそれを聞く。目を閉じて――いや、目が開かないのだ。瞼が何か柔らかい物で塞がれている感触がある。
何だ?
手を遣ろうとして、手の、いや手を含めた身体の感覚がない事に気付く。
どうなってるんだ?――状況が判らず、俺は狼狽した。
そもそも……俺はいつ、寝たのだろう?
覚えている、最新の記憶を辿る。
そうだ、確か俺は友人二人と、街外れの廃屋に肝試しに行ったんだった。
小さいながらも古びた洋風の煉瓦造りで、更に夕方からの雷雨が雰囲気を否が応にも、盛り上げてくれていた。何でも、昔は病院として使われていたという噂で、それだけに尚、俺達は――無茶な話だが――何かあるのを期待していた。
だが、二階建ての廃墟の一階部分には、俺達同様の探検者の形跡しか見付からなかった。粗野な落書き、投げ捨てられた酒の缶や煙草の吸殻、そんなお馴染みの光景だ。
時折、破れた窓から射し入る稲光が影を浮かび上がらせ、色を添えてはくれるが……。
この分では二階も期待は持てないだろう。雷雨も酷くなりそうだし、早々に切り上げようか――俺がそう提案した時だった。
雷の音に混じり、二階から物音がした。
俺達は顔を見合わせた。付近には俺達の物以外、車もバイクも無かったと思ったが、他にも入り込んだ人間が居たのだろうか? それとも……?
そこ迄何も無かった事に気が大きくなってもいたのだろう。俺達は面白半分に、二階への階段を駆け上がっていた。
それから……どうしたんだっけ?
物音の発生源を手分けして探す内、先ず一人が居なくなり、そいつを捜す内にもう一人が姿を消した。
そう、姿を消した――俺の目の前で。すうって、姿が薄くなって行って……。
我が目を疑ったよ。当然だろう? 生きた人間が、仕掛けも何も無しに消える訳がない。勿論、その場に手品の仕掛けなんてある訳もない。何度も、何度も眼を擦った。それでも何も変わりはなかった。
事此処に至って、此処はやばいんだって、理解した。頭じゃなく、呆け切った本能が。
薄情な話だが友人を捜すとか、そんな事は頭から消え去った。此処に居たら次に消されるのは自分だ――それだけが、頭を占めた。
逃げる! その思いだけで俺は廊下を駆け、階段を駆け下り……。
そうだ、階段を駆け下りていて、不意に絡んだ何かに足を取られ、転倒したんだ。
そして、意識を失った。
それからどれ位経ったんだろう? そして此処は……?
ゴロゴロ、ガラガラ……雷は相変わらず鳴っている。
視界を閉ざされ、身体の感覚もない俺には、今、聴覚しかない。いや、待て、もう一つ、嗅覚が残されていた。これは……消毒薬の臭いだろうか?
もしかして、俺は怪我をした所を発見されて、病院に担ぎ込まれたんだろうか?
もし、病院なら誰か居るんだろう? 誰か説明してくれよ!
思わず、微かな声が漏れた。唸り声と言うよりも、気道から息が漏れる序でに、音になった様な、あやふやで弱々しい声。
それでも、傍に居た誰かが気付いてくれたらしく、耳の端に何者かの吐息が近付いてきた。酷く、臭い。だが、聞こえてきた声は優しげな女性のものだった。
「大丈夫ですよ。貴方がおかしくなったと疑っていた眼は、当院で完全に治しましたからね。もう、おかしな物なんて見えません。安心して下さい」
眼? 眼の事なんて、医者に言った事はないし、そもそも俺は階段から落ちたんじゃないか。目がおかしくなったなんて、素振りでも見せたのはあの廃墟の二階で友人が消えた時しか……。
あの、元病院だったと噂の廃墟でしか……?
「そうそう、次は身体を治す為の手術です。大丈夫です。完全に治しますからね。麻酔が効いているから痛みもありません。勿論……逃げられませんよ?」
ゴロゴロ、ガラガラ……止まない雷の音は、身体の感覚も自由も奪われた俺を更なる闇へと運ぶ、ストレッチャーの音だったのだ。
―了―
暑いから( ̄▽ ̄)
割合大きな横断歩道の向こう側で、赤い傘の下、こちらに向かって懸命に手を振っている女の子が居た。何か呼び掛けてもいる様だが、生憎の雨の音と、水溜りをものともせず走る車の音で聞こえない。
見た所、小学三、四年生位――僕と同い年位だ。
そう言えばどこかで見た顔の様な気もする。同じクラスではないが、同じ学校の同学年なのかも知れない。
でも、どうしたんだろう?
梅雨の日暮れ時、空模様の所為か、人影は疎ら。件の横断歩道に至っては、信号の変化を待っているのは僕と、対岸の女の子だけ。そんな状況だから、僕に向かって、手を振っているのには間違いないだろう。
何だろう? 何か困っているのかも知れない。
兎に角、この信号が変わったら、駆け寄ってみよう。
そして信号が青に変わり――駆け出そうとした僕は、ドジな事に慣れない長靴の所為で、危うく転びそうになった。水溜りに突っ込みそうになって、どうにかそれだけは避けるべく、危うい所でバランスを取り、踏み止まった。
その目の前、ほんの僅かの所を、トラックが猛スピードで走り去った。盛大な水飛沫を、僕に浴びせながら。
ぶるぶると頭を振って水を振り払うと同時に、僕はハッとした。もしあの儘、僕が駆け出していたら……。今僕の顔を濡らしているのは水ではなく、僕自身の血だっただろう。尤も、僕がそれを自覚出来たかどうか――その知覚が残っているかどうかは怪しい所だけれど。
どくん、と鼓動が跳ね上がった。
雨と傘で視界が悪く、雨音で聴覚も半ば塞がれていたとは言え、何でこんな不注意な事を……。
「そうだ、あの子!」
改めて対岸を見遣る。居ない。
もうこちらに渡ったかと、横断歩道を含め周囲を見回すけれど、赤い傘の女の子の姿は何処にもなかった。
真逆、あの子が事故に……? いや、そんな形跡は無い。僕がずぶ濡れで立ち尽くしている事を除けば、平穏無事な光景だ。
でも、僕に向かって手を振り、呼び掛けていた筈のあの子が、一体何処へ……?
ぞくり、寒気がするのは濡れた所為だけだろうか?
確かなのは此処に居ても仕方がない事。そしてこの儘では風邪をひきそうな事だった。僕は家に向かって、歩き出した。
あの子が何を言おうとしていたのか、疑問を抱えた儘。
* * *
只、それが疑問の儘であった方がよかったんじゃないかと、あれから一年経った今では思う。
この一年の間に例の横断歩道は無くなり、代わりに歩道橋が設置されていた。
何でも前々から事故が多発していた場所で、住民の要望も多々、あったらしい。僕が危うく轢かれそうになったあの日の一年前にも、女の子が事故で亡くなっていた。そう言えば、ニュースで見たかも知れない。あんたも気を付けなさいよ?――母にそんな事を言われた記憶が、微かに残っている。
そう、ニュースで……あの子の顔写真を見た。そんな記憶が……。
その顔写真が、慰霊と報告を兼ねてだろうか、暫くの間歩道橋脇に花束と共に安置されていた。
赤い傘のあの子。
君は何を言おうとしてたんだい?――そんな思いで、僕はそっと、手を合わせた。
そして、立ち去ろうとした僕の耳に、確かに届いた、声。
「こっちにおいで!」
―了―
交通安全祈願(-人-)
