〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
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嫌だ、来るな――薄い寝具に潜った儘、俊敬はうわ言の様にそう繰り返していた。
その脳裏には幾度も幾度も、同じ唄が去来している。
一夜転んで
二夜寝付き
三夜御使い来し出でて
四夜死を告げ
五夜にいつかと訊いたなら
六夜黙して
七夜にもがりの夜が来る
この村に昔から伝わる童唄だった。そして一部からは、呪唄、とも呼ばれていた。
それはこの村の社に繋がる一筋の急な坂に伝わる言い伝えに基づいていた。
その坂で転んだ者は時を置かずして、死ぬ、と。
俊敬が迂闊にも転んでしまったのが一昨日、そして怪我そのものは大した事もないにも拘らず、彼は布団にしがみ付き……そして三日目の今宵、その戸を叩いたのは肩に黒猫を乗せた黒尽くめの男だった。
その脳裏には幾度も幾度も、同じ唄が去来している。
一夜転んで
二夜寝付き
三夜御使い来し出でて
四夜死を告げ
五夜にいつかと訊いたなら
六夜黙して
七夜にもがりの夜が来る
この村に昔から伝わる童唄だった。そして一部からは、呪唄、とも呼ばれていた。
それはこの村の社に繋がる一筋の急な坂に伝わる言い伝えに基づいていた。
その坂で転んだ者は時を置かずして、死ぬ、と。
俊敬が迂闊にも転んでしまったのが一昨日、そして怪我そのものは大した事もないにも拘らず、彼は布団にしがみ付き……そして三日目の今宵、その戸を叩いたのは肩に黒猫を乗せた黒尽くめの男だった。
三夜御使い来し出でて――その歌詞が俊敬の脳裏をよぎったのは言う迄もない。よりによって三日目の夜に現れた、見知らぬ黒い青年。
俊敬は慌てて土間から飛び上がり、布団に這い戻った。無論、本当に御使いなら布団ごときで防げよう筈もないのだが。
「臥せっておいででしたか? それは失礼しました」黒い青年はそう言って済まなそうに詫びた。「旅の者でして……どこか、一夜の宿を求められる所は無いかと、お尋ねしたかったのですが……」
その言葉に、俊敬はまた這い出して来る。
「み、御使いじゃあ、ないんですね?」
「御使い?」黒い青年は首を傾げた。「私は至遠といいます。この村には今日来たばかりなので生憎と何の事か……」
俊敬はほぅっと息を吐き出した。そして一人で怯えているよりも、と彼を家に招き入れた。誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。
「詰まり、その坂――通称七日坂――で転んだ者は七日と経たず、死んでしまうという事ですか」黒猫に餌を与えながら、至遠は言った。「それで三日目の晩に御使いが来て、その者に死を告げる、と。それで丁度三日目の晩に現れた私を御使いと勘違いなさったんですね?」微苦笑を浮かべる。
「そういう事なんです。失礼しました」俊敬は詫びる。
「それにしても、その怪我の方はどうなんですか? 本当にその……危険な程の?」
「いえ、それが……膝小僧を擦り剥いただけで」
「なのに寝付いてるんですか?」
「……気分が、悪くて……。どこか身体の調子が悪い様な気がして、でも……それがどこだか、どう悪いのかもはっきりしなくて、だから余計に気味が悪くて……」蒼い顔をして、俊敬は言い募った。
至遠はそんな彼を暫しじっと見ていたが、やがてゆっくりと言った。
「本当は何処も悪くなんかありませんよ。思い込みです」
「し、しかし、村に古くから伝わる話で、過去にも本当に何人か死んだと……」俊敬は反駁した。
「それはいつ頃の事ですか?」
「それは……確か俺が子供の頃だから、もう十何年前の事か……。けれど、確かにあの坂で転んだ子供が翌日から寝付いて、幾日もしない間に……」ごくり、息と一緒に死という単語を飲み込む。
「それは打ち所が悪かったのかも知れませんよ?」
「だとしても……!」
「この村の方達は皆、その唄を知って……信じているんですか?」
「……他の土地の方には理解出来ないのかも知れませんが、確かにこの村の者は皆、そう信じています」こっくりと、俊敬は頷いた。
「そうですか……」至遠は暫し考え込んだ。「それで、俊敬さんがあの坂で転んだ事は、村の方達は?」
「あの時は一人でしたし……。恐ろしくて誰にも言っていません」俊敬は頭を振った。「言えば……きっと皆は俺に気を遣ってくれます。腫れ物に触る様に、いえ、死人に触れる様に。生きている内からそんなのは、嫌です!」
なるほど、と至遠は頷いた。満足気に。
そしてひたと、俊敬の目を見据えた。
「俊敬さん、貴方が転んだのは別の坂ではありませんか?」そう思い込ませる為の、それが第一声だった。
至遠の暗示で転んだのを別の場所と思い込んだ俊敬は、結局七日を過ぎる頃には擦り剥いた痕も無く、仕事に精を出していた。
さて、彼一人なら楽なものなのだが、と微苦笑を浮かべた至遠だったが、この儘ではまた同じ事が起こってしまい兼ねない。小さくとも多数の思いや思い込みは、この国では力を持ってしまうのだから。
彼は村を訪ね歩き、件の唄を唄っている子供達に囁いて行った。
その後、村に伝わる唄はいつしか変わって行ったと言う。
一夜転んで
二夜寝付き
三夜御使い来し出でて
四夜世迷言の霧、晴らす
四夜迄――何故それが七日坂に関して伝わる歌なのか、黒い青年が去った今では、知る者も少ないと言う。
―了―
この間の予告分~☆
あんまり不気味にならんかった★
俊敬は慌てて土間から飛び上がり、布団に這い戻った。無論、本当に御使いなら布団ごときで防げよう筈もないのだが。
「臥せっておいででしたか? それは失礼しました」黒い青年はそう言って済まなそうに詫びた。「旅の者でして……どこか、一夜の宿を求められる所は無いかと、お尋ねしたかったのですが……」
その言葉に、俊敬はまた這い出して来る。
「み、御使いじゃあ、ないんですね?」
「御使い?」黒い青年は首を傾げた。「私は至遠といいます。この村には今日来たばかりなので生憎と何の事か……」
俊敬はほぅっと息を吐き出した。そして一人で怯えているよりも、と彼を家に招き入れた。誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。
「詰まり、その坂――通称七日坂――で転んだ者は七日と経たず、死んでしまうという事ですか」黒猫に餌を与えながら、至遠は言った。「それで三日目の晩に御使いが来て、その者に死を告げる、と。それで丁度三日目の晩に現れた私を御使いと勘違いなさったんですね?」微苦笑を浮かべる。
「そういう事なんです。失礼しました」俊敬は詫びる。
「それにしても、その怪我の方はどうなんですか? 本当にその……危険な程の?」
「いえ、それが……膝小僧を擦り剥いただけで」
「なのに寝付いてるんですか?」
「……気分が、悪くて……。どこか身体の調子が悪い様な気がして、でも……それがどこだか、どう悪いのかもはっきりしなくて、だから余計に気味が悪くて……」蒼い顔をして、俊敬は言い募った。
至遠はそんな彼を暫しじっと見ていたが、やがてゆっくりと言った。
「本当は何処も悪くなんかありませんよ。思い込みです」
「し、しかし、村に古くから伝わる話で、過去にも本当に何人か死んだと……」俊敬は反駁した。
「それはいつ頃の事ですか?」
「それは……確か俺が子供の頃だから、もう十何年前の事か……。けれど、確かにあの坂で転んだ子供が翌日から寝付いて、幾日もしない間に……」ごくり、息と一緒に死という単語を飲み込む。
「それは打ち所が悪かったのかも知れませんよ?」
「だとしても……!」
「この村の方達は皆、その唄を知って……信じているんですか?」
「……他の土地の方には理解出来ないのかも知れませんが、確かにこの村の者は皆、そう信じています」こっくりと、俊敬は頷いた。
「そうですか……」至遠は暫し考え込んだ。「それで、俊敬さんがあの坂で転んだ事は、村の方達は?」
「あの時は一人でしたし……。恐ろしくて誰にも言っていません」俊敬は頭を振った。「言えば……きっと皆は俺に気を遣ってくれます。腫れ物に触る様に、いえ、死人に触れる様に。生きている内からそんなのは、嫌です!」
なるほど、と至遠は頷いた。満足気に。
そしてひたと、俊敬の目を見据えた。
「俊敬さん、貴方が転んだのは別の坂ではありませんか?」そう思い込ませる為の、それが第一声だった。
至遠の暗示で転んだのを別の場所と思い込んだ俊敬は、結局七日を過ぎる頃には擦り剥いた痕も無く、仕事に精を出していた。
さて、彼一人なら楽なものなのだが、と微苦笑を浮かべた至遠だったが、この儘ではまた同じ事が起こってしまい兼ねない。小さくとも多数の思いや思い込みは、この国では力を持ってしまうのだから。
彼は村を訪ね歩き、件の唄を唄っている子供達に囁いて行った。
その後、村に伝わる唄はいつしか変わって行ったと言う。
一夜転んで
二夜寝付き
三夜御使い来し出でて
四夜世迷言の霧、晴らす
四夜迄――何故それが七日坂に関して伝わる歌なのか、黒い青年が去った今では、知る者も少ないと言う。
―了―
この間の予告分~☆
あんまり不気味にならんかった★
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Re:こんばんは
有難うございます(^^)
唄……何気無く頭に浮かんだフレーズを使ってみました(笑)
唄……何気無く頭に浮かんだフレーズを使ってみました(笑)
Re:こんばんは
その内頭にずしっと(笑)
何kg位迄なら肩乗り出来るかなぁ。
何kg位迄なら肩乗り出来るかなぁ。
Re:おはようございます☆
童歌……何でしょうね? 歌詞とか節回しとかに哀愁と言うか、不気味さが漂いますね。
子供が唄うものなのに何で?(・・?
子供が唄うものなのに何で?(・・?
Re:こんばんわっ
思い込み、信じ込む事は時に自分への凶器にもなり得る……かも。
病も気からって言うし!(^^;)
病も気からって言うし!(^^;)
Re:こんばんは
昔から伝えられているんだから何かしら信憑性があるんだろう――という思い込みがまた拍車を掛けたりする訳です。
そして『奇譚』のシリーズではその思い込みが力を持つので……三夜目の客が至遠でよかったねぇ、という話(^^;)
そして『奇譚』のシリーズではその思い込みが力を持つので……三夜目の客が至遠でよかったねぇ、という話(^^;)
Re:こんばんわ!
昔々、偶々そこで転んで打ち所が悪くて亡くなった人が居たとか、お社前だけに病気平癒の祈願に行って倒れた人が居たとか……そんなのが重なって噂になったりして☆
Re:こんにちは♪
昔から伝えられてる事にも正しい事もあれば誤った事もある訳で……。
何でも鵜呑みにしない方がいいかもね~。
何でも鵜呑みにしない方がいいかもね~。