〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「守り神は信じられているからこそ、その力を発現出来る――そう聞いた事はありませんか?」そう尋ねたのは、黒い髪に黒い目、黒い着物の青年だった。ご丁寧に連れている猫迄真っ黒だ。
「はあ……。呪い事は全く解りませんです」頼りない答えを返したのは一夜の宿の主、康尚だった。宿を営んでいる訳ではなく、只、村外れに佇んでいたこの黒尽くめの青年に声を掛けたのが事の切っ掛けだった。どうせこの小さな村に宿など無い。狭い家だが一晩位は、との言葉に、青年は有難い、と頭を垂れたのだった。
そして質素な夕餉を終え、旅の話やこの辺りの話など、つらつらと話していた所で、先の台詞が出たのだった。
「はあ……。呪い事は全く解りませんです」頼りない答えを返したのは一夜の宿の主、康尚だった。宿を営んでいる訳ではなく、只、村外れに佇んでいたこの黒尽くめの青年に声を掛けたのが事の切っ掛けだった。どうせこの小さな村に宿など無い。狭い家だが一晩位は、との言葉に、青年は有難い、と頭を垂れたのだった。
そして質素な夕餉を終え、旅の話やこの辺りの話など、つらつらと話していた所で、先の台詞が出たのだった。
「守り神って言うと……ああ、至遠さんが立ってた村外れの石碑ですか。確かにあれは昔からこの村に伝わってまして、子供の頃なんざ、あれに登って悪戯してるとこっ酷く怒られたもんです」苦笑いしながら康尚は言った。「特に罰も当たりませんでしたがね。だから、只の石ですよ。大事にしていた年寄り連中も次々斃れて……今じゃ誰も見向きもしません」
「詰まり、もう誰も信じていない、と?」黒猫の背を撫でながら、至遠は質した。
「多分……。少なくとも俺と同年代の奴等は信じちゃいないと思いますよ? そもそも、何の碑なんだか……」
「風化して、酷く掠れた字でしたが、どうやら疫病を村に届かせない為の呪いの様ですね」
「へえ……、至遠さん、呪いに詳しいんですかい」康尚は目を丸くする。こんな小さな村に常駐する呪い師は居ない。時折流れ者を雇っては、豊作祈願をする位だ。
「少しですがね」至遠は苦笑した。「けれど、あの石碑――守り神の力はもう殆ど尽きている。用心した方がいいのでは?」
「なあに、この辺りは温暖で、大した病も拡がった事が無いから。まあ、それも守り神様の力なのかどうか……」康尚は手を振って笑う。
そして「あ、でも」と表情を改めた。
「昨年の暮れ、質の悪い風邪が流行ったなあ。守り神様、仕事してないですよ」
そこで至遠はもう一度、始めの台詞を言ったのだった。
「あの守り神は既にこの村の人々から信じられていない。ならば、力を発揮出来よう筈もありませんよ」
「そんなもんですかねえ」康尚は首を捻る。「しかし、やけに拘りますね?」
「旅の途中、隣の集落で流行り病が発生したという噂を耳にしまして……。此処との付き合いは?」
「そりゃあ、隣の集落へ行商に行く者もありますから……」言いながら、康尚は思わず腰を浮かす。「拙いですよ。流行り病なんかが村に入ったら、こんな医者も呪い師も居ない小さな村、一溜まりもない……! その話が本当なら庄屋さんにお知らせしねえと!」
「村を閉じるんですか?」
「ああ、他に方法は無いです。あっちに商いに出ている者が居るかどうか……居たとしたら――諦めて貰うしか……」徐々に沈鬱な表情で、俯き始める。
康尚の言う通り、病への対処法の少ない、地方の村では兎に角入れないようにするのが最善策なのだ。詰まりそれは人の流れを断つ事であり、もし村から出て――然も危険地帯を通過してでも――いようものなら、例え村人であっても、村落への侵入はこれを排除する事となる。
「そう言えばその集落は聞いた話ではあの守り神の向かい立つ方面にあるそうですね?」至遠は質す。
遽しく草履を履きつつも、康尚は頷いた。そして至遠には此処に居る様に言い、小さな家を駆け出して行った。
「あの家の親父が一人、行商に行った儘だな」庄屋と思しき恰幅のいい男が記憶を手繰りながら言った。その間も脚は村外れへと向かっている。「そろそろ帰る頃なんじゃあ……」
「真逆病を拾って……」
「それは未だ何とも言えないが。おや? 石碑の所に誰か……」前方に人影を認めて、彼は脚を止めた。
「あれは……至遠さん! 家で待っている様に言ったのに」
その二人の声に、黒尽くめの青年が振り返った。肩で黒猫の目が光っている。
「君かね? 隣の集落での流行り病の話を聞き及んで来たと言うのは」落ち着いた風を取り繕い、庄屋は言った。「もしそれが本当なら、こんな所には居ない方がいい。病に感染でもしたら、情けない話だが、この村では何にもしてやれない」
それに対して至遠は微かに笑って言った。
「大丈夫ですよ。此処には守り神様がおられます」そう言って指したのは問題の石碑。苔生し、字は掠れ、最早石碑なのか自然の岩なのか、判断が難しい有り様だ。
「至遠さん、もう誰もそんなもの信じては……」康尚が眉を顰める。
そして、至遠の背後に延びる道を見据えて、更に眉間の皺を深くした。
行商に出ていた男が漸く、村に戻って来たのだった。
「そこで止まれ!」鋭い制止の声に、行商の男の疲れた脚はぴたりと止まった。汗を拭き拭き声のした方を見れば庄屋と、近所の子倅と、見知らぬ青年。
何かあったのかと脚を踏み出そうとすると、再び庄屋から制止の声。
「お前……隣の集落で何やら妙な事は無かったか?」
「はあ、それが久方振りの商いだと言うのに、客の集まりが悪く、然も何やら弔い場が忙しそうでして、早々に切り上げて来たんですが……」距離を取っての会話に不審なものを感じながらも、男は答えた。「おまけにどうも喉が渇いて渇いて……早く家で休みたいんでさ」
庄屋と康尚は顔を見合わせて、頷いた。
「悪いが……」庄屋が沈鬱な表情を押し隠して告げようとした時、至遠が声を発した。
「大丈夫です」庄屋達の目を見詰め、穏やかに告げる。そして振り向いて行商の男を手招いた。
不得要領という顔ながら、男がぼちぼち歩き始める。
「至遠さん!」康尚が声を上げた。「流行り病の話はあんたが持って来たんですよ!? どうして……!?」
「此処には守り神が居ます」至遠はもう一度、そう言った。「病を弾き返す、守り神様がね」
庄屋達がその言動に途惑う間にも男は村を目指し、そして石碑が示す村境を越えた。
と――。
「うわっ!」男が何かに弾かれる様な仕草を見せると、その身体から、黒い霧とも靄とも付かぬものが抜け出て行った。それは元来た道へ――隣の集落の方へと返って行く。
何だったんだと思いつつも村境を越えた男は、不意に軽くなった我が身に、途惑いの表情を見せた。
「あ、あれ? さっき迄あんなにだるかったのに……」
「病魔が抜けたのでしょう」しれっとした顔で、至遠が言った。「先程の黒いもの……康尚さん達にも見えていたのでは?」
康尚達も今見たものに途惑いつつ、それでも頷いた。
「あれは……その守り神様が弾き返して下さったんで?」昔上って遊んだ石碑を指して、康尚は言った。
「その様ですね。けれど、皆に信じられていない守り神では……あれが最後の力だったかも知れませんね」
その言葉に庄屋達が慌てる。
「し、信じる……! 信じれば力は戻るんでしょう?」康尚が言った。「村の皆にもこの事を話して――現に俺や、何より庄屋さんが見てるんだ。皆信じるさ、昔みたいに」
「そ、そうとも」庄屋も慌てて頷いている。
そうして、彼等は慌ててこの石碑を祀り直す手筈の算段に入ったのだった。
その騒ぎの間に、黒い青年と猫が消えた事にも気付かずに。
「霊にしろ幽鬼にしろ、信じる思いがそれを形作る――なら、守り神を形作る事があっても不思議じゃないだろう?」道端で拾った草の穂で猫をじゃらしながら、至遠は誰にともなく呟いた。「実際、あの儘だったらあの村は……。縋れる藁でも無いよりはいいさ。思いが強ければ強い程、藁も綱になる――此処はそういう国だからな」
間に合わなかった、隣の集落の方へ向けて一つ頭を下げ、至遠はまたも、旅の途に付いた。
―了―
ねーむーいー(--;)
「詰まり、もう誰も信じていない、と?」黒猫の背を撫でながら、至遠は質した。
「多分……。少なくとも俺と同年代の奴等は信じちゃいないと思いますよ? そもそも、何の碑なんだか……」
「風化して、酷く掠れた字でしたが、どうやら疫病を村に届かせない為の呪いの様ですね」
「へえ……、至遠さん、呪いに詳しいんですかい」康尚は目を丸くする。こんな小さな村に常駐する呪い師は居ない。時折流れ者を雇っては、豊作祈願をする位だ。
「少しですがね」至遠は苦笑した。「けれど、あの石碑――守り神の力はもう殆ど尽きている。用心した方がいいのでは?」
「なあに、この辺りは温暖で、大した病も拡がった事が無いから。まあ、それも守り神様の力なのかどうか……」康尚は手を振って笑う。
そして「あ、でも」と表情を改めた。
「昨年の暮れ、質の悪い風邪が流行ったなあ。守り神様、仕事してないですよ」
そこで至遠はもう一度、始めの台詞を言ったのだった。
「あの守り神は既にこの村の人々から信じられていない。ならば、力を発揮出来よう筈もありませんよ」
「そんなもんですかねえ」康尚は首を捻る。「しかし、やけに拘りますね?」
「旅の途中、隣の集落で流行り病が発生したという噂を耳にしまして……。此処との付き合いは?」
「そりゃあ、隣の集落へ行商に行く者もありますから……」言いながら、康尚は思わず腰を浮かす。「拙いですよ。流行り病なんかが村に入ったら、こんな医者も呪い師も居ない小さな村、一溜まりもない……! その話が本当なら庄屋さんにお知らせしねえと!」
「村を閉じるんですか?」
「ああ、他に方法は無いです。あっちに商いに出ている者が居るかどうか……居たとしたら――諦めて貰うしか……」徐々に沈鬱な表情で、俯き始める。
康尚の言う通り、病への対処法の少ない、地方の村では兎に角入れないようにするのが最善策なのだ。詰まりそれは人の流れを断つ事であり、もし村から出て――然も危険地帯を通過してでも――いようものなら、例え村人であっても、村落への侵入はこれを排除する事となる。
「そう言えばその集落は聞いた話ではあの守り神の向かい立つ方面にあるそうですね?」至遠は質す。
遽しく草履を履きつつも、康尚は頷いた。そして至遠には此処に居る様に言い、小さな家を駆け出して行った。
「あの家の親父が一人、行商に行った儘だな」庄屋と思しき恰幅のいい男が記憶を手繰りながら言った。その間も脚は村外れへと向かっている。「そろそろ帰る頃なんじゃあ……」
「真逆病を拾って……」
「それは未だ何とも言えないが。おや? 石碑の所に誰か……」前方に人影を認めて、彼は脚を止めた。
「あれは……至遠さん! 家で待っている様に言ったのに」
その二人の声に、黒尽くめの青年が振り返った。肩で黒猫の目が光っている。
「君かね? 隣の集落での流行り病の話を聞き及んで来たと言うのは」落ち着いた風を取り繕い、庄屋は言った。「もしそれが本当なら、こんな所には居ない方がいい。病に感染でもしたら、情けない話だが、この村では何にもしてやれない」
それに対して至遠は微かに笑って言った。
「大丈夫ですよ。此処には守り神様がおられます」そう言って指したのは問題の石碑。苔生し、字は掠れ、最早石碑なのか自然の岩なのか、判断が難しい有り様だ。
「至遠さん、もう誰もそんなもの信じては……」康尚が眉を顰める。
そして、至遠の背後に延びる道を見据えて、更に眉間の皺を深くした。
行商に出ていた男が漸く、村に戻って来たのだった。
「そこで止まれ!」鋭い制止の声に、行商の男の疲れた脚はぴたりと止まった。汗を拭き拭き声のした方を見れば庄屋と、近所の子倅と、見知らぬ青年。
何かあったのかと脚を踏み出そうとすると、再び庄屋から制止の声。
「お前……隣の集落で何やら妙な事は無かったか?」
「はあ、それが久方振りの商いだと言うのに、客の集まりが悪く、然も何やら弔い場が忙しそうでして、早々に切り上げて来たんですが……」距離を取っての会話に不審なものを感じながらも、男は答えた。「おまけにどうも喉が渇いて渇いて……早く家で休みたいんでさ」
庄屋と康尚は顔を見合わせて、頷いた。
「悪いが……」庄屋が沈鬱な表情を押し隠して告げようとした時、至遠が声を発した。
「大丈夫です」庄屋達の目を見詰め、穏やかに告げる。そして振り向いて行商の男を手招いた。
不得要領という顔ながら、男がぼちぼち歩き始める。
「至遠さん!」康尚が声を上げた。「流行り病の話はあんたが持って来たんですよ!? どうして……!?」
「此処には守り神が居ます」至遠はもう一度、そう言った。「病を弾き返す、守り神様がね」
庄屋達がその言動に途惑う間にも男は村を目指し、そして石碑が示す村境を越えた。
と――。
「うわっ!」男が何かに弾かれる様な仕草を見せると、その身体から、黒い霧とも靄とも付かぬものが抜け出て行った。それは元来た道へ――隣の集落の方へと返って行く。
何だったんだと思いつつも村境を越えた男は、不意に軽くなった我が身に、途惑いの表情を見せた。
「あ、あれ? さっき迄あんなにだるかったのに……」
「病魔が抜けたのでしょう」しれっとした顔で、至遠が言った。「先程の黒いもの……康尚さん達にも見えていたのでは?」
康尚達も今見たものに途惑いつつ、それでも頷いた。
「あれは……その守り神様が弾き返して下さったんで?」昔上って遊んだ石碑を指して、康尚は言った。
「その様ですね。けれど、皆に信じられていない守り神では……あれが最後の力だったかも知れませんね」
その言葉に庄屋達が慌てる。
「し、信じる……! 信じれば力は戻るんでしょう?」康尚が言った。「村の皆にもこの事を話して――現に俺や、何より庄屋さんが見てるんだ。皆信じるさ、昔みたいに」
「そ、そうとも」庄屋も慌てて頷いている。
そうして、彼等は慌ててこの石碑を祀り直す手筈の算段に入ったのだった。
その騒ぎの間に、黒い青年と猫が消えた事にも気付かずに。
「霊にしろ幽鬼にしろ、信じる思いがそれを形作る――なら、守り神を形作る事があっても不思議じゃないだろう?」道端で拾った草の穂で猫をじゃらしながら、至遠は誰にともなく呟いた。「実際、あの儘だったらあの村は……。縋れる藁でも無いよりはいいさ。思いが強ければ強い程、藁も綱になる――此処はそういう国だからな」
間に合わなかった、隣の集落の方へ向けて一つ頭を下げ、至遠はまたも、旅の途に付いた。
―了―
ねーむーいー(--;)
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Re:眠いと
星占いは信じないんだ(笑)
まぁ、12星座位で人の性格や運命を判定されてもね(^^;)
『奇譚』の世界観では信じる思いが良かれ悪しかれ現実に作用するので、尚更っす。
まぁ、12星座位で人の性格や運命を判定されてもね(^^;)
『奇譚』の世界観では信じる思いが良かれ悪しかれ現実に作用するので、尚更っす。
Re:無題
思いが形を成す世界、なので信じられてさえいれば守り神様も本領発揮です(笑)
Re:こっ…こんばんは…
(笑)
『奇譚』の世界でも実際に作用しているのは神仏の力なのか、それを信じる人々の思いなのか……さて?
『奇譚』の世界でも実際に作用しているのは神仏の力なのか、それを信じる人々の思いなのか……さて?
こんにちは♪
そうだよねぇ信じる思いの強さが奇跡を生むかも
しれないものねぇ!
って私は困った時の神頼みばかりなんだけどねぇ!そういう時は八百万の神々様に祈ってしまう
んだけどねぇ・・・・(笑)
至遠さんは優しいのねぇ~!良いなぁ♪
しれないものねぇ!
って私は困った時の神頼みばかりなんだけどねぇ!そういう時は八百万の神々様に祈ってしまう
んだけどねぇ・・・・(笑)
至遠さんは優しいのねぇ~!良いなぁ♪
Re:こんにちは♪
『奇譚』の世界観では特に思いが力を持ち易いので。良かれ悪しかれ。
プラス思考の人は暮らし易い世界かも?(笑)
プラス思考の人は暮らし易い世界かも?(笑)