〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「此処は何も植えちゃ駄目!」そう言って庭の一画を背に立ちはだかったのは、小学二年生になる従妹だった。腰に両手を当て、小さい身体を大きく見せようと懸命になっている。
如何に僕の方が三つ年上でも、そう宣言されてしまっては仕方ない。
此処は彼女の家で、僕は母が原因不明の胸部の痛みで検査を兼ねて入院している間、この家に預けられた身なのだから。
父は単身赴任で、時折病院と赴任先とを往復しているけれど、僕の方迄は手が回らない。僕も今更父の赴任先の学校に転校するのは面倒だった。何より、母が直ぐに戻って来ると思っていたのだ。だから、未だ元の学校に通える範囲にある、この叔父の家に居候させて貰う事にしたんだ。
だけど、この家での生活ももう一箇月になろうとしていた。
余りに長引く様なら……そんな話も、父と叔父の間で交わされる様になっていた。僕だって親戚とは言え、いつ迄も居候暮らしは落ち着かない。
それに――この小さな従妹の我が儘にも、些か辟易していた。
如何に僕の方が三つ年上でも、そう宣言されてしまっては仕方ない。
此処は彼女の家で、僕は母が原因不明の胸部の痛みで検査を兼ねて入院している間、この家に預けられた身なのだから。
父は単身赴任で、時折病院と赴任先とを往復しているけれど、僕の方迄は手が回らない。僕も今更父の赴任先の学校に転校するのは面倒だった。何より、母が直ぐに戻って来ると思っていたのだ。だから、未だ元の学校に通える範囲にある、この叔父の家に居候させて貰う事にしたんだ。
だけど、この家での生活ももう一箇月になろうとしていた。
余りに長引く様なら……そんな話も、父と叔父の間で交わされる様になっていた。僕だって親戚とは言え、いつ迄も居候暮らしは落ち着かない。
それに――この小さな従妹の我が儘にも、些か辟易していた。
一人っ子だから、遊びに付き合わされるのは仕方ないだろう。お兄ちゃん、と慕ってくれるのも可愛いと言えば可愛い。
けど、それでも限度はある。気付けば四六時中傍に居て、構わないでいると何かと要求を始める。
今日だって、庭にその辺で摘んで来た花を植えるから手伝って、と来た。勿論幼い子供のする事。丁寧に掘り出して来たものじゃあない。到底根付かない事は解ってるけど、仕方なく僕はスコップを手に庭に出た。
ところが、植える場所を選ぶに当たって、この辺りはどうだい、と指した途端に先の台詞だった。
「じゃあ、こっちにしようか」僕は軽く溜め息を漏らしつつも、向きを変えた。今度は笑って頷いて、萎れ掛けた花を抱えて付いて来る。全く、気紛れな子だ。
それでも「お兄ちゃん」としては突き放す訳にも行かず、彼女のお花畑計画に力を貸す。
硬い地面を掘り起こし、穴の上で彼女が花を支えている間に根っこを埋める。それを何本か、繰り返した。
「お花、一杯になるといいね」無邪気に、彼女は笑う。「お兄ちゃんと一緒なら沢山植えられるね」
「そだね」内心微苦笑しながらも、僕は答えた。「この分なら、僕の母さんが退院して迎えに来る頃にはこの庭、花で一杯だな」
「うん!」
「あ、でも、さっきの所は植えちゃ駄目なんだっけ? どうして?」
「どうしても!」不意に頬を膨らませて、彼女は言う。「あそこは植えなくていいの!」
駄目だ。小さな子供の「どうしても」なんて、本人にしか理由の解らない決まり事。訊くだけ無駄な事が多いんだ。僕だって、小さい頃、外に出る時は可能な限り建物の影を選んで歩いた。別に体質的に紫外線に弱い訳でもないし、今考えれば何を拘っていたのか、自分でも可笑しい位だけど。
僕は話を切り替えた。
「さて、花を植えたらお水を上げなくちゃね。如雨露、あったっけ?」
「あるよ」言って身軽に立ち上がり、彼女は家の裏手に駆けて行った。
その場に残された僕は――そっと、先程の場所に向かった。
子供のどうしてもに大した理由なんて無い。
けど、彼女にとっての大事な理由はある筈だった。あれだけ懸命になるんだから。
一体何が――僕は好奇心の儘に、その場の地面にスコップの先を付き立てた。
意外に容易く、土はスコップを受け入れた。さっき掘った場所とは明らかに違う。少なくとも一度は、前に掘り返されている。
やはり此処には何かある。彼女が戻って来る気配が無いのを確認しながら、僕は静かに土を掻き分けた。
十センチ位だろうか、何か布の様な物が見えてきた。更に土を除けてみると、それは人形の衣服の一部――埋まっていたのは土に塗れた人形だった。僕はそれに見覚えがあった。
これは確か、母があの子に上げた物だ。入院する少し前だっただろうか。此処に来た時にお土産にと持って来た物で、彼女も気に入っていた筈だったのに……。
気になってよくよく検めてみると、人形の服の胸の辺りが綻び、細かい穴が幾つも開いている。
丸で鋭い針で幾度も幾度も突いた様な……。
僕の中で疑惑と、あり得ないという思いがせめぎ合う。
即ち、母の入院がこの人形の――この人形をこんな目に合わせた者の所為なのではないか、と。それは、詰まり……彼女。
だが同時にそんな非科学的な事が、と否定してもいる。
だって、こんな……呪いなんて……。
「呪い……?」僕ははっとして、振り返った。如雨露を取りに行っただけの筈の彼女が未だ戻らないなんて。もしこれが呪いなら――僕は駆け出した。
家の裏手へと回って直ぐの所で、僕は蹲った儘震えている彼女と出くわした。
僕に気付くと僅かに顔を上げ、彼女は泣きそうな声で言った。
「だから、あそこには何も植えちゃ……掘っちゃ駄目って言ったのに……」
勿論子供の考えた事。術式なんて自己流だろうが、込められた思いが本物なら――あの人形が呪いなら、それを見付けられ、呪いを解かれてしまったら、その呪いは元の主に返る……やはり彼女が。
「どうして?」僕は訊いた。「どうして君が僕の母さんを……!?」
「伯母さんが居なかったら、お兄ちゃん……ずっと此処に居てくれるでしょ? どうしても、一緒に居たかったの」
「……バカ」僕は唸り、彼女を抱えて家に入ると、叔母を探した。
幸い、彼女の思いは母を殺す事ではなく病院に足止めする事だった。それだけに、当分苦しむ事にはなるだろうが、命に別状はなさそうだと言う。
母も、それから暫くして無事に退院した。
僕は――今日も彼女の病室に見舞いに行く。
この五年間、そうしてきた様に。
そうしなければいけない気がした。
どうしても。
―了―
人を呪わば穴二つ――という事で。
けど、それでも限度はある。気付けば四六時中傍に居て、構わないでいると何かと要求を始める。
今日だって、庭にその辺で摘んで来た花を植えるから手伝って、と来た。勿論幼い子供のする事。丁寧に掘り出して来たものじゃあない。到底根付かない事は解ってるけど、仕方なく僕はスコップを手に庭に出た。
ところが、植える場所を選ぶに当たって、この辺りはどうだい、と指した途端に先の台詞だった。
「じゃあ、こっちにしようか」僕は軽く溜め息を漏らしつつも、向きを変えた。今度は笑って頷いて、萎れ掛けた花を抱えて付いて来る。全く、気紛れな子だ。
それでも「お兄ちゃん」としては突き放す訳にも行かず、彼女のお花畑計画に力を貸す。
硬い地面を掘り起こし、穴の上で彼女が花を支えている間に根っこを埋める。それを何本か、繰り返した。
「お花、一杯になるといいね」無邪気に、彼女は笑う。「お兄ちゃんと一緒なら沢山植えられるね」
「そだね」内心微苦笑しながらも、僕は答えた。「この分なら、僕の母さんが退院して迎えに来る頃にはこの庭、花で一杯だな」
「うん!」
「あ、でも、さっきの所は植えちゃ駄目なんだっけ? どうして?」
「どうしても!」不意に頬を膨らませて、彼女は言う。「あそこは植えなくていいの!」
駄目だ。小さな子供の「どうしても」なんて、本人にしか理由の解らない決まり事。訊くだけ無駄な事が多いんだ。僕だって、小さい頃、外に出る時は可能な限り建物の影を選んで歩いた。別に体質的に紫外線に弱い訳でもないし、今考えれば何を拘っていたのか、自分でも可笑しい位だけど。
僕は話を切り替えた。
「さて、花を植えたらお水を上げなくちゃね。如雨露、あったっけ?」
「あるよ」言って身軽に立ち上がり、彼女は家の裏手に駆けて行った。
その場に残された僕は――そっと、先程の場所に向かった。
子供のどうしてもに大した理由なんて無い。
けど、彼女にとっての大事な理由はある筈だった。あれだけ懸命になるんだから。
一体何が――僕は好奇心の儘に、その場の地面にスコップの先を付き立てた。
意外に容易く、土はスコップを受け入れた。さっき掘った場所とは明らかに違う。少なくとも一度は、前に掘り返されている。
やはり此処には何かある。彼女が戻って来る気配が無いのを確認しながら、僕は静かに土を掻き分けた。
十センチ位だろうか、何か布の様な物が見えてきた。更に土を除けてみると、それは人形の衣服の一部――埋まっていたのは土に塗れた人形だった。僕はそれに見覚えがあった。
これは確か、母があの子に上げた物だ。入院する少し前だっただろうか。此処に来た時にお土産にと持って来た物で、彼女も気に入っていた筈だったのに……。
気になってよくよく検めてみると、人形の服の胸の辺りが綻び、細かい穴が幾つも開いている。
丸で鋭い針で幾度も幾度も突いた様な……。
僕の中で疑惑と、あり得ないという思いがせめぎ合う。
即ち、母の入院がこの人形の――この人形をこんな目に合わせた者の所為なのではないか、と。それは、詰まり……彼女。
だが同時にそんな非科学的な事が、と否定してもいる。
だって、こんな……呪いなんて……。
「呪い……?」僕ははっとして、振り返った。如雨露を取りに行っただけの筈の彼女が未だ戻らないなんて。もしこれが呪いなら――僕は駆け出した。
家の裏手へと回って直ぐの所で、僕は蹲った儘震えている彼女と出くわした。
僕に気付くと僅かに顔を上げ、彼女は泣きそうな声で言った。
「だから、あそこには何も植えちゃ……掘っちゃ駄目って言ったのに……」
勿論子供の考えた事。術式なんて自己流だろうが、込められた思いが本物なら――あの人形が呪いなら、それを見付けられ、呪いを解かれてしまったら、その呪いは元の主に返る……やはり彼女が。
「どうして?」僕は訊いた。「どうして君が僕の母さんを……!?」
「伯母さんが居なかったら、お兄ちゃん……ずっと此処に居てくれるでしょ? どうしても、一緒に居たかったの」
「……バカ」僕は唸り、彼女を抱えて家に入ると、叔母を探した。
幸い、彼女の思いは母を殺す事ではなく病院に足止めする事だった。それだけに、当分苦しむ事にはなるだろうが、命に別状はなさそうだと言う。
母も、それから暫くして無事に退院した。
僕は――今日も彼女の病室に見舞いに行く。
この五年間、そうしてきた様に。
そうしなければいけない気がした。
どうしても。
―了―
人を呪わば穴二つ――という事で。
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Re:こんばんは
小さい子供の思い込みと強い思い――ある意味悪意は無いのが質悪いかも。
勿論悪意は無くてもやっちゃ駄目よ~?
勿論悪意は無くてもやっちゃ駄目よ~?
Re:おはよう
呪い。
お呪い。
同じ字だけど、微妙に違う様に感じるよね。呪いと言うとどうしても負の匂いが……(--;)
お呪い。
同じ字だけど、微妙に違う様に感じるよね。呪いと言うとどうしても負の匂いが……(--;)
Re:おはよう!
人を呪わば……。
まぁ、殺意迄は無かったので、その内回復するかと。
因みに妹ではなく、従妹です♪
まぁ、殺意迄は無かったので、その内回復するかと。
因みに妹ではなく、従妹です♪
Re:こんにちは
別に彼女だけが特別な力を持っていた訳ではないかも。
只、思いが強かったのは確かでしょうね。子供ゆえに。
只、思いが強かったのは確かでしょうね。子供ゆえに。
Re:無題
本人は呪いと言うより精々お呪い、位の心算だったのかも。
只、思いが強過ぎた様です。
困ったお子さんです。
只、思いが強過ぎた様です。
困ったお子さんです。
Re:怖いネェ~!
うん、負のエネルギーって強いし、なかなか散らずに籠もるから……。
子供の一途な思いも、方向を間違えると怖い事に(>_<)
子供の一途な思いも、方向を間違えると怖い事に(>_<)
Re:怖い・・・
無邪気、一途……それも極まると目的しか見えなくなったりして。
大人でも注意よね。
大人でも注意よね。