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子供だけで川や池に遊びに行ってはいけません――そんな在り来たりの事が細々と書かれた夏休みの栞を、啓太は紙飛行機にして、飛ばした。
学校の裏手の、フェンスに囲まれた濁り池に向けて。
藻が繁茂したどろりとした緑色の池は、同様に繁茂する水草の下に何か生息しているのか、時折、とぷん、こぽり……と濁った水音を立てる。フェンスからの距離もあって、昼の光の中でも、それらの姿は確認出来ないが。
勿論、こんな所で遊ぶ子供など居ない。
啓太が時折、見に来るだけだ。
フェンスの向こうの、何かを見る為に。
一年前の夏休み、啓太は友達の一人とこのフェンスを越え、池に近付いた事がある。
大きな魚が居る――そんな噂を聞き付けてきたのは、その友達だった。
真逆と思いつつも、釣竿と網、適当な餌を持参して、フェンスをどうにか乗り越えたのだ。釣竿と言っても父の使い古しのボロ竿で、本当にそんな大物が掛かったとしても、相手にはならなかっただろう。
それでも退屈を紛らわすには丁度よかった。立入禁止の場所に忍び込むという、ちょっとしたスリルも味わえた。
糸を垂らして数十分、小鮒一匹、蛙一匹掛からないなと少し退屈してきた頃、友達が言った。
本当に何か居るのかどうか、池を木の枝で掻き回してみようか、と。
水草や藻の所為で、深さは判らない。流石に足を踏み入れるのは危険だろうが、木の枝ならと、啓太もその提案に乗った。
それでも縁の石は滑り易く、友達は足場に注意しながら精一杯、近くで拾った木の枝を水面に伸ばした。
こぽり、どこか奥の方で音がした。
ぱしゃり、木の枝が水面を叩く。続いてばしゃばしゃと、水飛沫を上げて濁った水が掻き混ぜられる。
と、藻に絡みでもしたのか、その動きが止まった。
ととと……と、友達がバランスを崩し掛けて腕を振り回す。
危ない!――そう手を伸ばした啓太の目の前で、友達の身体が大きく傾いだ。引き上げようとしてぎゅっと握っていた木の枝に、逆に引き摺られる様に。
その時、確かに啓太は見たと思った。
木の枝に絡む、藻の塊よりももっと実体感を持った、深い緑色の何かを。
次の瞬間上がった水飛沫は、友達が落ちた所為だったのか、それともその緑色の何かが躍り出た所為だったのか……。
見極める前に、啓太は意識を失っていた。
どれ程経っただろうか、池の傍で倒れている所を用務員に発見された啓太は、友達が池に落ちた事を懸命に訴えた。用務員も顔色を変え、慌てて通報。水底を浚う事になった。
救急車両を始めとして様々な作業用車両が集められ、池は水を抜かれたが――その深さを見て、啓太は呆気に取られた。
光を通さない濁った深い色の所為で如何にも深そうに見えていた池が、自分達子供の腰程しかない。
そして、友達の姿も怪しい物の姿も、何処にも無かった。
それどころか異様な程に何も、居はしなかった。
結局友達はそれ以降、行方不明となった。
啓太は幾度も、本当の事を話してくれと友達の両親から詰め寄られたが、どれだけ話しても、信じては貰えなかった。
自分でも信じられないのだからしかたがない――やがて啓太は口を閉ざした。
それでも、啓太は手掛かりを求めて池を見詰め続けている。
とぷん、こぽり……時折、そんな濁った水音を聞きながら、藻と水草に覆われた、何も居ない筈の濁り池を。
―了―
水難注意ー(--)