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「何処の子が来ても、戸を開けちゃいけないよ」
「開けないよ。知らない子ばっかりだもん」
忙しそうに身支度を整えながらの祖母の言葉に、和樹は気だるげに答えた。
小学四年の夏休みを利用して初めて一人で祖母の家に遊びに来たはいいが、その祖母の友人が急逝したとかで、彼女は急遽出掛けなければならなくなった。祖父は趣味の登山旅行に出ていて、明日迄帰らない。
仕方なく、和樹は広い田舎家に独り、残される事となってしまった。
「お昼は冷蔵庫に用意してあるから、チンしてお上がり。夜には一旦帰って来るから。いいね、何処の子が来ても、開けちゃいけないよ?」
再度そう言い置いて、祖母は出掛けて行った。
「……呼びに来る子も居ないよ、此処じゃあ」此処には年に一回、ほんの数日しか居ないのだから、訪ねて来る様な友達なんて居ない。和樹は肩を竦めた。
時刻は未だ午前九時。遽しさにすっかり目は覚めてしまっていた。
広い居間にゲームとお菓子を持ち込んでテレビをつけてみたものの、どうにも落ち着かない。しかし、テレビがあるのはこの部屋だけ。その音声がなくなるのは、尚更物寂しくなりそうで、和樹は居間に居座った。
と――ピンポーン、とどこか間延びしたチャイムが鳴った。
こんな時間から、誰だろう? 一応出た方がいいだろうか?
迷う間に、もう一度――ピンポーン。
大事な用事だったら困るし、と和樹は居間を出た。
「お祖母ちゃんは用事で居ません――それだけ言えばいいんだ」内心、知らない人に怖気付きながらも、和樹は自分の言葉に頷いた。
玄関に出てみれば、硝子戸越しに、外の日差しと小さな影が、見えている。
小さい……子供? 和樹は首を傾げた。子供がこんな時間に、お祖母ちゃんに何の用だろう?
と、鍵を開けようとして、ふと出掛けの祖母の言葉が脳裏をよぎった。
何処の子が来ても、戸を開けちゃいけないよ。
「だ、誰ですか?」危うく踏み止まり、和樹は先ず誰何した。影は自分よりも小さく見える。二学年程下だろうか? それでも思わず丁寧な口調で尋ねてしまう程びくついている事を、彼は自分でも滑稽に思った。思わず漏れた苦笑が、それでも緩和剤になったのか、二言目からはスムーズに、言葉が出た。「何処の子? お祖母ちゃんに用事?」
僅かに間があり、影が身動ぎした。
もう一度問おうかとした時、声が返った。
「遊ぼ……」
「え?」和樹は思わず訊き返した。「えっと……此処のお祖母ちゃんに用があるんじゃないの?」
「遊ぼ……」和樹の言葉に頷く様子も頭を振る様子もなく――丸でそれを一切無視するかの様に――子供はもう一度、彼を誘った。
何かおかしい、と和樹は感じた。この辺りで一緒に遊んだ事のある子供は居ない。もし、この小さな影が近所の子供で、近所のお婆ちゃんの孫が遊びに来ている事を誰かに聞いたとしても、見も知らぬ彼を誘いに来るだろうか? それも、たった一人で。
「ご、ごめん。今日は留守番だから、家に居ないと……」和樹はそう言って、廊下を一歩二歩と下がった。
影はそれに対しても残念そうな声を上げるでもなく、只、全く同じ口調で……。
「遊ぼ……」
「遊べないって言ってるだろ!」薄気味の悪さに顔を引き攣らせてそう怒鳴ると、和樹は居間へと駆け戻った。
襖を閉め、テレビの音量を上げる。
「何だったんだ、今の子……」ジュースを一口、息を整えながら、和樹は独りごちる。「お祖母ちゃんが開けないようにって言ってたのは、あの子の事なのか? もしかしたら、とんでもない悪戯坊主だとか……」
ともあれ、戸締りは祖母が出掛ける際に確認してある。こちらが開けさえしなければ、問題ない。玄関で少々声を上げた所で、居間でテレビの音量を上げていれば聞こえやしない。
それでも聞こえる位の大声で呼ばわっていたら、それは本格的におかしい。
そう思った刹那、和樹の耳に言葉が届いた。
「遊ぼ……」
「!」決して大きな声ではなかった。さりとて傍でもない。なのに、それはきっぱりと聞こえたのだ。
遊ぼ……と、更にもう一度。
「な、何なんだよ!?」どうしていいか解らず、それを掻き消そうとテレビの音量を上げる。目盛りがどんどん上がり、ワイドショーのキャスターの声が耳障りな程に大きくなっていく。
それにも拘らず、またもや。
「遊ぼ……」
指先が痛くなる程リモコンのボタンを押し続け、気付けば音量の目盛りは一杯になっていた。広い居間全体に、音声が反響している。頭が割れそうだと、和樹は耳を塞いだ。
それでもあの声が聞こえるのは、最早魅入られてしまった証拠なのか?――和樹は堪らず、襖を開け放った。廊下を駆ける。
そして見た玄関先には――小さな影が増えていた。
いずれも、彼より年下だろうか。影で見る限り、男の子も女の子も、居る様だった。だが、それらは一様に身動ぎもせず、只一つの言葉だけを繰り返していた。
『遊ぼ……』
夜、祖母が帰宅した時、玄関は開け放たれており――そこには一人の子供の姿も無く、只テレビだけが大音声を垂れ流していた。
「何で開けてしまったんだい……」膝を突いた祖母に、答える者も、なかった。
―了―
遊ぼ♪
しかし、これ、開けずにいても精神ダメージきつそうかも?
子供は……神隠し、かな。
座布団一枚(笑)
ある意味夜霧のコメントが恐怖(--;)
うむ、夜霧の遊びは危険そうな香り……(--;)