〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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秋も深まり風が冷たさを帯びる様になった頃の事だった。
彩の変わり始めた庭をぼうっと眺めていた僕は、必要がなくなった扇風機を納戸にしまってくれと母から頼まれた。僕が暇を持て余している様に見えたのと、母自身、納戸には足を踏み入れたくなかったからだろう。
家の一番奥に位置する納戸は小さ目の窓の際迄詰まれた箪笥や衣装ケースの所為で暗く、陰気だった。また、母は雑多に積まれた物の隙間から、大嫌いな虫が這い出て来るのではないかと、気が気ではないらしい。
ならば大掃除でもして、どうせ使われていないだろう物を片付ければいいだろうと思われるだろうが――そしてまた、母はそうしたいだろうが――残念ながらそうも行かない。
納戸の荷物の殆どは、現在入院中の祖母の物なのだ。そしてこの家自体も。元々此処から離れての借家暮らしだった僕達親子三人は、留守番を兼ねて間借りしているに過ぎない。此処に来てもう二年にはなるけれど、矢張り此処は自分の家だという実感はない。
また祖母というのが実に気の強い人で、意識不明で病院に運び込まれる迄、具合の悪さを近所の人達にも、数少ない友人達にも悟らせなかった様な人だった。祖父はもう疾うに鬼籍に入っている。息子である僕の父も、社会人となって家を出てからはお互い殆ど不干渉だった。
その所為もあって、家の奥の方への侵入は僕自身にも少し、躊躇われる。
全くの他人の家へ上がり込む様な……。
そんな後ろめたさと扇風機を抱えて、僕は廊下を奥へと進んだ。突き当りを右に曲がれば件の納戸。
少し立て付けの悪い板戸を開けて、手近な隙間に扇風機を置いて出ようとした時だった。
カリカリと、何かを引っ掻く様な音が耳を掠めた。
思わずその場で動きを止め、耳を澄ます――今は聞こえない。
外の木の枝が板塀を掠めた音だったのだろうか? いや、今日は然程風もない。それに何より、音は納戸の中からした様だった。
僕は改めて振り返り、中を見回す。
荷物の隙間から僅かに覗く窓からの弱々しい光に、僕が立ててしまったのだろう、埃が舞っている。それ以外に、動く物はない。
母が恐れる様に虫でも居るのだろうか? しかし虫にしては大きな音だった様な……。真逆、鼠? それならこんな食べ物も無い所より、台所が一番に狙われるだろう。母からそんな話は聞いていない。鼠など出たら絶対、大騒ぎする筈なのに。
納戸の暗さの所為だろうか、僕はそこに怪しげなものの影を想像し……慌てて納戸を出ると、板戸を閉め切った。
ところで、元々、納戸というのは人の寝所として使われていたものらしい。出入り口以外、障子等の開口部がなく、壁に囲まれた部屋。防犯上も都合がよかったのか、いつしか貴重品を「納める」部屋ともなったそうだ。今では不用品一時置き場みたいな扱いだけれど。
そんな部屋に一体何が居たのか――そもそも本当に何かが居たのか?
恐れと好奇心に苛まれて数日後、祖母の入院する病院から報せが入った。危篤だ、と。
取る物も取りあえず駆け付けた僕達家族の前で、祖母は亡くなった。不義理な事ではあるけれど、悲しみよりも、これからどうなるんだろうという不安感が、込み上げるばかりだった。
* * *
結局、他には身寄りがなかった事もあり、祖母の家はすんなりと、父が相続する事となった。税金やら何やら、色々大変だと頭を抱えていたけれど。
そして母は、葬儀や様々な手続きが片付くと早速、件の納戸に手を付ける事にした。当然の様に、納戸に入りたがらない、しかし片付けたい母の為、僕と父が実働部隊となった。
あの日の事が思い出され、好奇心が疼く。両親が一緒だという事で、恐怖心はやや、薄らいでいた。
然して広くもない部屋にどうやってこれだけの物が、と呆れる程に、廊下には物が溢れた。箱を開けて見れば殆どは古い衣類、寝具、雑多な小物……。
そして一竿の箪笥の一番下の抽斗を開けた時、僕は思わず声を上げてしまった。
丸で抽斗の底を床に見立てるかの様にして、小さな一式の布団が敷かれ――その中に幼い女の子を模した日本人形が一体、寝かされていたのだ。
白くふっくらとした顔、肩迄の艶やかな黒髪、美しい花模様の着物は長い間此処にしまい込まれていたにも拘らず、虫食いや黴に侵されもせず、見事に原形を留めている。
しかし、抽斗の四隅には防虫剤や湿気取り等は無く――あるのは只、小皿に盛られた塩と思しき物だけ。黒ずんでいて、とても舐めて確かめてみる気にはなれないが。
と、僕は気付いた。
掛け布団の上に出された人形の手。その小さな指先が、傷付いている事に。
丸で棺の蓋を掻き毟って破ろうとしていた死者の様に……。
脳裏に、カリカリという音が蘇ったのは言う迄もない。
音の事は誰にも言っていなかったが、四隅の塩や状態を見て尋常な物ではないと悟ったのだろう。両親は――特に母が――大騒ぎをして、その日の内に近くの寺から僧侶を呼び寄せた。どうにか引き取って欲しい、と。さもなければこの家を出るのも辞さない様子だったが、僧侶は暫し読経を上げると、人形の手を丁重に掛け布団の中に入れ、寝かし付ける様にぽんぽんと柔らかく、腹を叩いた。そして新たに四隅に粗塩を盛り、抽斗を閉める。
何故しまうのかと金切り声を上げる母に、彼は言った。これはこうする他ないのだと。
僧侶に聞いた話では、この地方では昔、亡くした子供の代わりに人形を大事に扱っていたらしいのだが、時折――ほんの時折、その人形に本当に何かが入ってしまう事があるのだ、と。それがその子供なのか、違うモノなのかは解らないそうだ。
そして、そうして何かが入ってしまった物は人に見られない様に、かつ丁寧に寝かし付け、盛り塩や札で封じるのだと言う。
僕が音の事を言うと、困った顔をして頭を振った。起きてしまったのなら、僕達家族が此処を出ても付いて行くかも知れない、と。結局の所あれは子供であり、世話をしてくれる者を求めているのだと。
あの人形が祖母や僕達にとって何だったのかは今となっては解らないが、この家に住まい続けるのであれば、寺でも出来るだけの供養はしようと約束してくれた。
結局、母もそれ以上手を付ける気をなくし、納戸は元の通り荷物をしまい直され、今では開かずの部屋となっている。僕達家族の荷物を入れる事も最早ない。
納戸は僕達の暮らすものとは別の空間――妖のものの寝所として、今も僕の家に存在している。
―了―
久し振りに書いたら、目茶苦茶長くなったんですが……(--;)
そして忍者ブログも遂に記事内に広告が表示される様になったか……(--;)
彩の変わり始めた庭をぼうっと眺めていた僕は、必要がなくなった扇風機を納戸にしまってくれと母から頼まれた。僕が暇を持て余している様に見えたのと、母自身、納戸には足を踏み入れたくなかったからだろう。
家の一番奥に位置する納戸は小さ目の窓の際迄詰まれた箪笥や衣装ケースの所為で暗く、陰気だった。また、母は雑多に積まれた物の隙間から、大嫌いな虫が這い出て来るのではないかと、気が気ではないらしい。
ならば大掃除でもして、どうせ使われていないだろう物を片付ければいいだろうと思われるだろうが――そしてまた、母はそうしたいだろうが――残念ながらそうも行かない。
納戸の荷物の殆どは、現在入院中の祖母の物なのだ。そしてこの家自体も。元々此処から離れての借家暮らしだった僕達親子三人は、留守番を兼ねて間借りしているに過ぎない。此処に来てもう二年にはなるけれど、矢張り此処は自分の家だという実感はない。
また祖母というのが実に気の強い人で、意識不明で病院に運び込まれる迄、具合の悪さを近所の人達にも、数少ない友人達にも悟らせなかった様な人だった。祖父はもう疾うに鬼籍に入っている。息子である僕の父も、社会人となって家を出てからはお互い殆ど不干渉だった。
その所為もあって、家の奥の方への侵入は僕自身にも少し、躊躇われる。
全くの他人の家へ上がり込む様な……。
そんな後ろめたさと扇風機を抱えて、僕は廊下を奥へと進んだ。突き当りを右に曲がれば件の納戸。
少し立て付けの悪い板戸を開けて、手近な隙間に扇風機を置いて出ようとした時だった。
カリカリと、何かを引っ掻く様な音が耳を掠めた。
思わずその場で動きを止め、耳を澄ます――今は聞こえない。
外の木の枝が板塀を掠めた音だったのだろうか? いや、今日は然程風もない。それに何より、音は納戸の中からした様だった。
僕は改めて振り返り、中を見回す。
荷物の隙間から僅かに覗く窓からの弱々しい光に、僕が立ててしまったのだろう、埃が舞っている。それ以外に、動く物はない。
母が恐れる様に虫でも居るのだろうか? しかし虫にしては大きな音だった様な……。真逆、鼠? それならこんな食べ物も無い所より、台所が一番に狙われるだろう。母からそんな話は聞いていない。鼠など出たら絶対、大騒ぎする筈なのに。
納戸の暗さの所為だろうか、僕はそこに怪しげなものの影を想像し……慌てて納戸を出ると、板戸を閉め切った。
ところで、元々、納戸というのは人の寝所として使われていたものらしい。出入り口以外、障子等の開口部がなく、壁に囲まれた部屋。防犯上も都合がよかったのか、いつしか貴重品を「納める」部屋ともなったそうだ。今では不用品一時置き場みたいな扱いだけれど。
そんな部屋に一体何が居たのか――そもそも本当に何かが居たのか?
恐れと好奇心に苛まれて数日後、祖母の入院する病院から報せが入った。危篤だ、と。
取る物も取りあえず駆け付けた僕達家族の前で、祖母は亡くなった。不義理な事ではあるけれど、悲しみよりも、これからどうなるんだろうという不安感が、込み上げるばかりだった。
* * *
結局、他には身寄りがなかった事もあり、祖母の家はすんなりと、父が相続する事となった。税金やら何やら、色々大変だと頭を抱えていたけれど。
そして母は、葬儀や様々な手続きが片付くと早速、件の納戸に手を付ける事にした。当然の様に、納戸に入りたがらない、しかし片付けたい母の為、僕と父が実働部隊となった。
あの日の事が思い出され、好奇心が疼く。両親が一緒だという事で、恐怖心はやや、薄らいでいた。
然して広くもない部屋にどうやってこれだけの物が、と呆れる程に、廊下には物が溢れた。箱を開けて見れば殆どは古い衣類、寝具、雑多な小物……。
そして一竿の箪笥の一番下の抽斗を開けた時、僕は思わず声を上げてしまった。
丸で抽斗の底を床に見立てるかの様にして、小さな一式の布団が敷かれ――その中に幼い女の子を模した日本人形が一体、寝かされていたのだ。
白くふっくらとした顔、肩迄の艶やかな黒髪、美しい花模様の着物は長い間此処にしまい込まれていたにも拘らず、虫食いや黴に侵されもせず、見事に原形を留めている。
しかし、抽斗の四隅には防虫剤や湿気取り等は無く――あるのは只、小皿に盛られた塩と思しき物だけ。黒ずんでいて、とても舐めて確かめてみる気にはなれないが。
と、僕は気付いた。
掛け布団の上に出された人形の手。その小さな指先が、傷付いている事に。
丸で棺の蓋を掻き毟って破ろうとしていた死者の様に……。
脳裏に、カリカリという音が蘇ったのは言う迄もない。
音の事は誰にも言っていなかったが、四隅の塩や状態を見て尋常な物ではないと悟ったのだろう。両親は――特に母が――大騒ぎをして、その日の内に近くの寺から僧侶を呼び寄せた。どうにか引き取って欲しい、と。さもなければこの家を出るのも辞さない様子だったが、僧侶は暫し読経を上げると、人形の手を丁重に掛け布団の中に入れ、寝かし付ける様にぽんぽんと柔らかく、腹を叩いた。そして新たに四隅に粗塩を盛り、抽斗を閉める。
何故しまうのかと金切り声を上げる母に、彼は言った。これはこうする他ないのだと。
僧侶に聞いた話では、この地方では昔、亡くした子供の代わりに人形を大事に扱っていたらしいのだが、時折――ほんの時折、その人形に本当に何かが入ってしまう事があるのだ、と。それがその子供なのか、違うモノなのかは解らないそうだ。
そして、そうして何かが入ってしまった物は人に見られない様に、かつ丁寧に寝かし付け、盛り塩や札で封じるのだと言う。
僕が音の事を言うと、困った顔をして頭を振った。起きてしまったのなら、僕達家族が此処を出ても付いて行くかも知れない、と。結局の所あれは子供であり、世話をしてくれる者を求めているのだと。
あの人形が祖母や僕達にとって何だったのかは今となっては解らないが、この家に住まい続けるのであれば、寺でも出来るだけの供養はしようと約束してくれた。
結局、母もそれ以上手を付ける気をなくし、納戸は元の通り荷物をしまい直され、今では開かずの部屋となっている。僕達家族の荷物を入れる事も最早ない。
納戸は僕達の暮らすものとは別の空間――妖のものの寝所として、今も僕の家に存在している。
―了―
久し振りに書いたら、目茶苦茶長くなったんですが……(--;)
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Re:こんばんは(^^)
他にも色んな物が詰まってそうですよね(^^;)
Re:無題
全く出入りのない部屋で、猫が居たら、それはそれでミステリーかも……。
おや、こんな所に隠し通路が(笑)
おや、こんな所に隠し通路が(笑)
Re:おはよう
うん、何かね(^^;)
何かがありそうで……。
何かがありそうで……。