[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
夕涼みがてらの散歩が、一体どうしてこんな事になってしまったんだろう。
陽が落ちて尚、部屋に籠もる熱気に、堪らず外に出たのは午後八時頃の事だった。
ここ数日の猛暑の所為なのか、元々型の古かったクーラーが完全に故障してしまい、急遽電気店に頼んだものの、取り付けに来られるのが明日以降だと言うのだ。矢張りこの猛暑で、需要が一気に高まったらしい。
扇風機の生温い風に、却って苛立ちを覚えた僕は小銭入れと携帯だけを持って部屋を出たのだ。
とは言え、外も蒸し暑く、また風も殆どなかったから、あまり涼む事は出来なかったが。
取り敢えず、よくクーラーの効いたコンビニにでも入って少し時間を潰してから、冷えたビールかアイスでも買って帰ろう――そんな事を考えながら、歩き出した。
田舎町の古びた住宅街の狭い路地を通り抜け、川に架かる橋の袂に出る。雨の所為で水嵩が増しているのだろうか、川の音に少しだけ、涼しさを感じた。
と――。
「あれ?」思わず、声を上げていた。「蛍?」
暗い川の上、月が作る橋の影の一段と暗くなった所に、ゆらゆらと浮かぶ、やや緑を帯びた黄色の光点。
綺麗な水辺にのみ棲むと聞いていただけに、田舎町とは言え、こんな身近な所に居るとは思いもしなかった。実際、これ迄に此処で見た事もなかったのだ。
二つ、四つ……ゆらゆらと光が乱舞する。
特に自然や虫が好きという訳じゃあなかったけれど、思わず僕は見入っていた。
六つ、八つ……何だ、結構居るんだなぁ。
徐々に数を増してくる、光。只、不思議な事に、増えるのは必ず二匹ずつ、等間隔で並んでいる事。
番いなのかな? 仲がいいんだな――そんな呑気な事を考えている間にも、増えていく。矢張り二匹ずつ、等間隔に。
そしてもう一つ、気付いた。それらは橋が作った濃い影からは出て来ない。川面はそこそこの広さがあると言うのに、何故か影の中に縮こまっている。
時折瞬きながら、丸で橋の下で犇き、上に居る僕を見上げる何物かの目の様だ――そんな想像に、ふと、背筋を冷たいものが走った。一旦そういう風に見てしまうと、尚更そう見えてしまう。
馬鹿馬鹿しい、と頭を振って、友人達にもこの情景を届けてやろうと、携帯のカメラを起動させた。
流石に暗過ぎるかとフラッシュをオンにして先ず一枚とシャッターを押した瞬間……並んで舞う光点の間に、何か異質なものが浮かび上がった。それは人の顔にも似て、それでいて酷く歪んだ印象を、その一瞬の刹那に僕の脳裏に残した。
真逆!――慌てて携帯の画面を見直す。
そこには矢張り、目だけを黄色く光らせる、蒼白い歪んだ顔が……。
「うわあああぁぁぁ!」僕は悲鳴を上げて、携帯を放り出していた。
突然の奇声に、何事かと、周囲の民家の窓に人影が立つ。何軒かのドアが勢いよく開いた。最近ではこの田舎町も見て見ぬ振りが増え、世知辛くなってきたと思っていたが、未だ未だ捨てたものでもないらしい。
只、残念なのは――後に、僕の悲鳴は橋から誤って川に転落した際のものだと判断された事だろうか。そして今の僕にはもう、抗弁も出来ないという事実は、本当に残念でならない。
彼らが駆け付けてくれる迄のほんの僅かの間、その間に、川の下に潜むもの達に引き摺り込まれたのだと……。
もし、この橋を通り掛かる事があったなら、咄嗟に放り出した携帯を捜してみて欲しい。投げ捨てる際、指が引っ掛かって、キーを押してしまったそれには、きっとあの画像が保存されている。
そして、もし、それを見ても尚、橋の下を見る好奇心があるのなら、きっと……緑を帯びた黄色の目を光らせた、僕達の姿が見えるだろう……。
―了―
暑いから(・ω・)ノ