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今日みたいな晴れ渡った青空が広がる日に、香津美と一緒に、下山したいなぁ。
だけど、予定されていた治療はまた、延期されたみたい……。難しく、未だ確実ではない治療だとは聞いていたし、何度目かの延期に、僕も少し、慣れてきてしまったけれど。
それでも、やはり落胆せざるを得ない。人里離れた山中に造られたこの施設にも、そしてその運営団体にも、不信感が募っていく。今抱えている病気の治療の為の静養施設だとしか、両親からは聞かされていない、その所為もあるだろう。
だけど、今日は前々から気になっていた、この静養施設の中庭にある卵形っぽいオブジェの意味を知りたいという欲求は満たされた!
……でも、僕はこれを施設内の誰にも言わない。特に、早く下の街に降りられる事を願っている、此処で友達になった香津美には。
中庭の生垣の迷路に囲まれて、オブジェはぽつんと立っていた。
百五十cm位の石の台の上に置かれた、銀色の、卵。但しそれは尖った方を下にしていて、甚だ安定感に欠ける。勿論しっかり固定されているのだから、転がる心配などないのだが、見る度に危なっかしいなと思ってしまう。
材質はステンレスなのか何なのか、金属光沢で、曲線の所為だろう、見る者の顔を少し歪んだ鏡像として映し出す。
何を意味しているのか、全く解らなかった。インフルエンザのワクチン製造には大量の有精卵を必要とするそうだけれど、この病の治療薬にも卵が関連しているのだろうか?
そんな事を考えながら、他にする事もなく散歩していた時だった。
不意に迷路の一角から、院長先生が現れた。五十代半ばだろうか、すらりと背の高い男性で、此処の施設の代表役で、医師でもある。だから僕達は「院長先生」と呼んでいる。
診察室で会う時には当然だけど白衣で、少し冷たい印象のある院長先生だけど、香津美は優しい人だって言ってる。本当にこの施設の子供達の事を案じてくれている人だって。
その院長先生は、生垣迷路に隠された僕に気付く事なく、例のオブジェに向き合って立った。先生は背が高いから、少し、見下ろす様になる。
そして口を開いた。だが、ぼそぼそと低くてよく聞こえない声に、僕はそっと生垣を回り込んだ。
「今日も君達の元に誰も送らずに済みそうだよ……。ああ、解っているよ。この病は急変する事が多いからね。子供達からは目を離さないようにする。君達の……この研究施設初期に、救うどころかその苦しみを和らげる事も出来なかった、君達の犠牲を無駄にしない為にも、私は完全な治療法を模索し、確立してみせる。後少し……後少しだと思うんだ」そして彼は瞑目し、祈る様に呟いた。「今居る子達が、最後の礎であるように……」
礎……建物の土台として、柱の下に据えた石。転じて、元となる物、人……。
治療法が未だ確実ではないとは聞いていた。病状を見て、何度も延期させられる程に、デリケートなものなのだと。それでも、いつかは治療を終え、下山出来るものと思っていた。僕も、香津美も、他の子供達も……。
けど……治療法は未だ研究の途中だったんだ。
そして僕達はその為のモルモット。どうやら慰霊の為に造られたと思しきあのオブジェに向かって院長先生が言う「君達」と、きっと同じ……。
両親がそれを知っていて僕を預けたのかは解らない。けれど、滅多に会いには来ず、電話の声が震えていた事もあった――それから察するに、覚悟はしているという事だろう。それでも一縷の望みを掛けてはいるのかも、知れない。
きっと、他の子供達の身内も……。
だから、僕はこの事は誰にも言わない。皆は治療を終えて、元気になってこの山を下りられるんだって思ってるから。それが嘘だと訴えたって、誰も喜ばないから。
絶望は病の治療や抑制にプラスには働かない。
いつか治る――無理矢理だけど、僕自身そう信じる事にする。
いつか、晴れ渡った空の下、此処を出られるんだと……。
―了―
暗くなったー(--;)
手術すれば元気になる!――それは子供時代の私の支え。