〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「あれ? 居たの?」帰って来るなり、そんな声を上げたのは七つ離れた姉だった。
「居るに決まってんじゃん」寄り掛かっていたソファから身を起こして、あたしは言った。
「隣のおばさんがあんたが今し方、駅の方へ行くのを見たって言うから、珍しく外出したのかなって……」会社帰りの買い物の荷物をテーブルに降ろしながら、姉は言う。「これから夕飯なのに、出掛ける訳無いわよね。待ってて、直ぐ作るから」
それでなくたって出掛けやしない――それが解っている癖にと、あたしは苛立つ。
あたしは十六歳の高校一年生。だけど、二学期からずっと、学校には通っていない。理由は色々あった。学校が肌に合わない。先生も。同級生も。何より、本当の志望校じゃあなかった。落ち着いて考えれば子供の我が儘みたいなものだ。
でも、登校拒否を只咎める両親の家を飛び出して、一人暮らしのOLをしている姉の所に転がり込んでからは、引っ込みが付かなくなって――現在、鋭意引き篭もり中。
姉は暫くこっちで様子を見るからって、両親にも執り成してくれた。いつも優しいけど、年を越して、これだけ長期間ともなると、迷惑しているのはあたしにだって明らかだ。でも、此処を出たら何処にも行く所なんか、無い。この街には他にちゃんとした知り合いなんて居ないし……。
だから、あたしが外出する事なんて、先ず無い。
「居るに決まってんじゃん」寄り掛かっていたソファから身を起こして、あたしは言った。
「隣のおばさんがあんたが今し方、駅の方へ行くのを見たって言うから、珍しく外出したのかなって……」会社帰りの買い物の荷物をテーブルに降ろしながら、姉は言う。「これから夕飯なのに、出掛ける訳無いわよね。待ってて、直ぐ作るから」
それでなくたって出掛けやしない――それが解っている癖にと、あたしは苛立つ。
あたしは十六歳の高校一年生。だけど、二学期からずっと、学校には通っていない。理由は色々あった。学校が肌に合わない。先生も。同級生も。何より、本当の志望校じゃあなかった。落ち着いて考えれば子供の我が儘みたいなものだ。
でも、登校拒否を只咎める両親の家を飛び出して、一人暮らしのOLをしている姉の所に転がり込んでからは、引っ込みが付かなくなって――現在、鋭意引き篭もり中。
姉は暫くこっちで様子を見るからって、両親にも執り成してくれた。いつも優しいけど、年を越して、これだけ長期間ともなると、迷惑しているのはあたしにだって明らかだ。でも、此処を出たら何処にも行く所なんか、無い。この街には他にちゃんとした知り合いなんて居ないし……。
だから、あたしが外出する事なんて、先ず無い。
だけど、その翌日も、姉はあたしが居るのを見て首を傾げた、今度は近所のおじさんに、あたしとエレベーターの所で擦れ違ったと言われた、と。
「あたしに年恰好の似た子が居るんじゃないの? 隣のおばさんにしたって、そのおじさんにしたってあんまり直接顔を合わせた事なんて無いし」あたしがこのマンションの一室から動いていない事を一番よく知っている、あたしは言った。近所の住人と言っても、それこそ来た時に偶然顔を見た位。あたしの方は顔を覚えてもいない。
姉は未だ首を捻りながらも、何十世帯も入居しているマンションの事、全員の顔を把握している訳ではないのだし、似た子が居てもおかしくないと納得して、夕食の準備にと台所に立った。
それでも、二度ある事は三度あるとばかりに、隣のお婆さんが、あたしがこの部屋の玄関から出て行くのを見たと言っていた――夕飯後にそう聞いた時は流石に気味が悪くなった。玄関なんか、開けてもいない。
「嫌ねぇ。丸であんたが二人居るみたい……」頬に手を添えて、姉は眉を顰める。「何て言うんだっけ? ドッペルゲンガー?」
「縁起でもない事言わないでよ」あたしは読んでいた音楽雑誌を放り出した。「ドッペルゲンガーなんて、本人が見たら、近い内に死んじゃうって奴じゃない!」
「でも、確かにこの部屋から出て来るのを見たって、お婆ちゃん、言うのよ? それもついさっきの事だって」
隣のお婆ちゃんは何くれとなく、若い人の世話を焼きたがってか、うちにもおはぎを作ったから、とかお裾分けを持って来る。だからあたしの顔も、マンションの他の住人よりはよく知っているだろう。
そのお婆ちゃんが……。
「惚けちゃったんじゃないの?」あたしは不安を掻き消す様に、態と突き放した口調で言った。「兎に角、あたしは此処から出てないんだから」
だからおかしいのよね――そう呟いている姉を残して、あたしは自分が占領している部屋に引き取った。
元々姉が物置代わりにしていた四畳半。今でも雑多な物が置いてある。姉が物を取りに来る時もあるけれど、取り敢えず此処があたしのテリトリー。小さな北向きの窓が一箇所あるだけの、狭いけど、今のあたしには落ち着く部屋。
何よりテレビも無くて、音楽も聴かずに済む。あたしより巧い演奏、あたしよりずっといいリズム感……そんなものを聴いていたら、あたしは自分がどれだけちっぽけか、思い知らされてしまう。だってあたしは志望校へさえ進めない程度の力しか無い。中学の友達は何かの折にあたしが演奏すると、褒めてくれた。音楽学校への志望を口にした時も、絶対行けるよ、そう言ってくれた。例え、お世辞でも。
志望校に落ちたあたしはその褒め言葉さえも嫌味に取り、滑り止めで受かった普通科の高校では、楽器さえ手に取らなくなった。
それは、未だその辺の子よりは巧いと思っている僅かな自尊心を守る為の、いじましい自衛策だったのかも知れない。でも、趣味も語らず、心を開かないあたしに、友達が出来る筈も無かった。
そうして、そこに居る意味を見失った……。
いつしか眠っていたのだろう、あたしはリビングから聞こえる姉の声に目を覚ました。最近では余り聞けなくなった、明るい声だった。
誰かと話している様だ――あたしは尚更部屋に縮こまった。
隣のお婆ちゃんかも知れない。でも、それなら結果は兎も角あたしに声位掛ける筈。それとも眠っていて気付かなかった?
でも、時計を見るともう午後九時。お婆ちゃんがこんな時間に訪ねて来る事なんて無い。
じゃあ、誰が――自分でも気付かない内に、耳をそばだてていた。でも、姉の声はするのに、相手の声は偶にぼそっと返るだけで、それも酷くくぐもった小声でよく判らない。内容も聞き取れない。
けれど、姉のあの明るい声からすると、親しい人なのだろう。だったら、あたしが出て行くのは気が引ける。こんな妹が居るなんて……。
襖に額を付けて、思いに耽っていると、姉の声が響いた。
それは、あたしの名前を含んでいた。
はっと顔を上げたけれど、此処に居るあたしを呼んだのでない事はその響きからも解った。丸で直ぐ目の前に居る相手に呼び掛ける様な、そんな声。
でも、あたしは此処に居る。真逆同名の人? いや、そんな友人が居るのなら姉は話の種にしただろう。少しでも、あたしとの会話の接ぎ穂を探そうとしていたのだもの。
じゃあ、今姉と喋っているのは誰?――あたしはうそ寒いものを感じた。先日からの、目撃談を思い出す。駅の方、エレベーター、玄関と、段々と近付いて来る目撃談。
夕方の、姉との会話が思い出される。あたしが二人居るみたい――ドッペルゲンガー?
本人が見たら、近い内に死ぬ。
そんなもの、迷信に決まっている。あたしは此処に、一人居るだけ。例え幻影のあたしが居るとしても……本体のあたしの方が消える事なんて、ある筈が無いじゃない!
でも、襖に掛けた手は、震えるばかりで動こうとはしなかった。
もし、此処を開けて、あたしが居たら? 姉と一緒に笑っていたら?
此処はあたしの居場所なのに――此処しか居場所は無いのに。
いつしかあたしは冷たくなった手を襖から放し、しゃがみ込んで耳をぎゅっと塞いでいた。
翌朝の姉の言葉は恐怖でしかなかった。
「昨夜は久し振りによく喋ったわね」笑顔で姉は言う。「あんたが夕飯の後に部屋から出て来るなんて珍しい事もあるものだと思ったけど」
「……お姉ちゃん、それ……あたしじゃない……」ごくりと唾を飲み込んで、あたしは思い切って言った。「あたし、部屋を出てなんかいない」
「え?」姉は目を丸くした。「冗談でしょ? 珍しくあんたの方から話し掛けてきて、家の事とか、色々話したじゃない」
あたしは部屋の襖を振り返った。〈あたし〉は昨夜、あの部屋から出て来た。そしてその辺の他人なんかじゃない、姉に話し掛け、家の事迄知っていた。
あたしはずっと部屋に居たのに。
近付いて来る――確実に。此処迄来たら次は……部屋の中、あたしの目の前!?
「お姉ちゃん!」あたしは思わず悲鳴の様な声を上げて、姉に取り縋っていた。「どうしよう? 本当に昨夜のはあたしじゃないの! あれは……もしドッペルゲンガーで、あたしの前に現れたら……あたし、死んじゃうの!?」
姉は暫しあたしの取り乱し様に困惑の表情を浮かべていた。けれど、そっとあたしの肩に手を置いて、あたしの眼を見詰めた。
「あんたが本物なんでしょう? だったら、堂々としてなさい」きっぱりと、姉は言った。「そして、あんたがあんただって、証明しなさい」
「証明?」
「そう。此処へ来てからのあんたはあれだけ好きだった音楽からも遠ざかり、私から見ても……あんたじゃないみたいだった」
「それは……」あたしは俯く。姉だってあたしが志望校に進めなかった事は知っている。それでどれだけ傷付いたかも、知ってくれている筈だった。
「あんたは音楽そのものが好きなんじゃなくて、人に褒めて貰える、優越感が得られるから好きだったの? 違うでしょ? 一人でもずっと練習してたの、私は知ってるよ?」
そう、例え姉が受験の時でも、音は控えていたけれど練習は止めなかった。状況が状況だけに煩いと言われても。それだけ好きだった――ううん、好きなのに。
音楽が好きなあたし――それが少なくともあたしの一部だった。間違いなく。
それを見失ったあたしは、自分の証明が立てられない。
そう気付くと、無性に楽器を弄りたくなった。あたしの一部が疼き出す。でも此処には楽器なんて無い。出て来る時にも敢えて持ってこなかった。
あたしは――あたしの方が幻影になんてなりたくなかった。〈あたし〉の存在が怖かった。
だから、その日の内に元々少ない荷物を纏めて、数ヶ月引き篭もった暗い部屋を後にした。出掛けに玄関で出会った隣のお婆ちゃんは、久し振り、と笑った。昨日の事なんて忘れたのか――やっぱり惚けてるのかも知れない。ちょっと笑って頭を下げて、あたしはお婆ちゃんの横を摺り抜けた。
楽器のある実家へ向かって。例えちっぽけな演奏でも、聞いてくれる友達の居る故郷へ向かって。
* * *
「あ、お母さん? 夕方の電車で帰ったから。うん。楽器、ちゃんと保管していてくれた? うん、ならいいの。あの子にはドッペルゲンガーなんて作り話して脅かしちゃって、悪い事したけど……あの子に、ちゃんと自分に戻って貰いたかったの。ちょっと傍迷惑だけど、音楽好きで明るいあの子に。だから……一人二役の会話なんて、傍から見たら馬鹿みたいな事迄しちゃったわよ。全く。何だかんだ言いながら音楽雑誌読んでる――音楽を捨て切れない癖に、意地っ張りなんだから……。じゃ、私もその内顔見せに帰るから。うん、元気で」
―了―
全部姉さんの策略でしたという話(笑)
「あたしに年恰好の似た子が居るんじゃないの? 隣のおばさんにしたって、そのおじさんにしたってあんまり直接顔を合わせた事なんて無いし」あたしがこのマンションの一室から動いていない事を一番よく知っている、あたしは言った。近所の住人と言っても、それこそ来た時に偶然顔を見た位。あたしの方は顔を覚えてもいない。
姉は未だ首を捻りながらも、何十世帯も入居しているマンションの事、全員の顔を把握している訳ではないのだし、似た子が居てもおかしくないと納得して、夕食の準備にと台所に立った。
それでも、二度ある事は三度あるとばかりに、隣のお婆さんが、あたしがこの部屋の玄関から出て行くのを見たと言っていた――夕飯後にそう聞いた時は流石に気味が悪くなった。玄関なんか、開けてもいない。
「嫌ねぇ。丸であんたが二人居るみたい……」頬に手を添えて、姉は眉を顰める。「何て言うんだっけ? ドッペルゲンガー?」
「縁起でもない事言わないでよ」あたしは読んでいた音楽雑誌を放り出した。「ドッペルゲンガーなんて、本人が見たら、近い内に死んじゃうって奴じゃない!」
「でも、確かにこの部屋から出て来るのを見たって、お婆ちゃん、言うのよ? それもついさっきの事だって」
隣のお婆ちゃんは何くれとなく、若い人の世話を焼きたがってか、うちにもおはぎを作ったから、とかお裾分けを持って来る。だからあたしの顔も、マンションの他の住人よりはよく知っているだろう。
そのお婆ちゃんが……。
「惚けちゃったんじゃないの?」あたしは不安を掻き消す様に、態と突き放した口調で言った。「兎に角、あたしは此処から出てないんだから」
だからおかしいのよね――そう呟いている姉を残して、あたしは自分が占領している部屋に引き取った。
元々姉が物置代わりにしていた四畳半。今でも雑多な物が置いてある。姉が物を取りに来る時もあるけれど、取り敢えず此処があたしのテリトリー。小さな北向きの窓が一箇所あるだけの、狭いけど、今のあたしには落ち着く部屋。
何よりテレビも無くて、音楽も聴かずに済む。あたしより巧い演奏、あたしよりずっといいリズム感……そんなものを聴いていたら、あたしは自分がどれだけちっぽけか、思い知らされてしまう。だってあたしは志望校へさえ進めない程度の力しか無い。中学の友達は何かの折にあたしが演奏すると、褒めてくれた。音楽学校への志望を口にした時も、絶対行けるよ、そう言ってくれた。例え、お世辞でも。
志望校に落ちたあたしはその褒め言葉さえも嫌味に取り、滑り止めで受かった普通科の高校では、楽器さえ手に取らなくなった。
それは、未だその辺の子よりは巧いと思っている僅かな自尊心を守る為の、いじましい自衛策だったのかも知れない。でも、趣味も語らず、心を開かないあたしに、友達が出来る筈も無かった。
そうして、そこに居る意味を見失った……。
いつしか眠っていたのだろう、あたしはリビングから聞こえる姉の声に目を覚ました。最近では余り聞けなくなった、明るい声だった。
誰かと話している様だ――あたしは尚更部屋に縮こまった。
隣のお婆ちゃんかも知れない。でも、それなら結果は兎も角あたしに声位掛ける筈。それとも眠っていて気付かなかった?
でも、時計を見るともう午後九時。お婆ちゃんがこんな時間に訪ねて来る事なんて無い。
じゃあ、誰が――自分でも気付かない内に、耳をそばだてていた。でも、姉の声はするのに、相手の声は偶にぼそっと返るだけで、それも酷くくぐもった小声でよく判らない。内容も聞き取れない。
けれど、姉のあの明るい声からすると、親しい人なのだろう。だったら、あたしが出て行くのは気が引ける。こんな妹が居るなんて……。
襖に額を付けて、思いに耽っていると、姉の声が響いた。
それは、あたしの名前を含んでいた。
はっと顔を上げたけれど、此処に居るあたしを呼んだのでない事はその響きからも解った。丸で直ぐ目の前に居る相手に呼び掛ける様な、そんな声。
でも、あたしは此処に居る。真逆同名の人? いや、そんな友人が居るのなら姉は話の種にしただろう。少しでも、あたしとの会話の接ぎ穂を探そうとしていたのだもの。
じゃあ、今姉と喋っているのは誰?――あたしはうそ寒いものを感じた。先日からの、目撃談を思い出す。駅の方、エレベーター、玄関と、段々と近付いて来る目撃談。
夕方の、姉との会話が思い出される。あたしが二人居るみたい――ドッペルゲンガー?
本人が見たら、近い内に死ぬ。
そんなもの、迷信に決まっている。あたしは此処に、一人居るだけ。例え幻影のあたしが居るとしても……本体のあたしの方が消える事なんて、ある筈が無いじゃない!
でも、襖に掛けた手は、震えるばかりで動こうとはしなかった。
もし、此処を開けて、あたしが居たら? 姉と一緒に笑っていたら?
此処はあたしの居場所なのに――此処しか居場所は無いのに。
いつしかあたしは冷たくなった手を襖から放し、しゃがみ込んで耳をぎゅっと塞いでいた。
翌朝の姉の言葉は恐怖でしかなかった。
「昨夜は久し振りによく喋ったわね」笑顔で姉は言う。「あんたが夕飯の後に部屋から出て来るなんて珍しい事もあるものだと思ったけど」
「……お姉ちゃん、それ……あたしじゃない……」ごくりと唾を飲み込んで、あたしは思い切って言った。「あたし、部屋を出てなんかいない」
「え?」姉は目を丸くした。「冗談でしょ? 珍しくあんたの方から話し掛けてきて、家の事とか、色々話したじゃない」
あたしは部屋の襖を振り返った。〈あたし〉は昨夜、あの部屋から出て来た。そしてその辺の他人なんかじゃない、姉に話し掛け、家の事迄知っていた。
あたしはずっと部屋に居たのに。
近付いて来る――確実に。此処迄来たら次は……部屋の中、あたしの目の前!?
「お姉ちゃん!」あたしは思わず悲鳴の様な声を上げて、姉に取り縋っていた。「どうしよう? 本当に昨夜のはあたしじゃないの! あれは……もしドッペルゲンガーで、あたしの前に現れたら……あたし、死んじゃうの!?」
姉は暫しあたしの取り乱し様に困惑の表情を浮かべていた。けれど、そっとあたしの肩に手を置いて、あたしの眼を見詰めた。
「あんたが本物なんでしょう? だったら、堂々としてなさい」きっぱりと、姉は言った。「そして、あんたがあんただって、証明しなさい」
「証明?」
「そう。此処へ来てからのあんたはあれだけ好きだった音楽からも遠ざかり、私から見ても……あんたじゃないみたいだった」
「それは……」あたしは俯く。姉だってあたしが志望校に進めなかった事は知っている。それでどれだけ傷付いたかも、知ってくれている筈だった。
「あんたは音楽そのものが好きなんじゃなくて、人に褒めて貰える、優越感が得られるから好きだったの? 違うでしょ? 一人でもずっと練習してたの、私は知ってるよ?」
そう、例え姉が受験の時でも、音は控えていたけれど練習は止めなかった。状況が状況だけに煩いと言われても。それだけ好きだった――ううん、好きなのに。
音楽が好きなあたし――それが少なくともあたしの一部だった。間違いなく。
それを見失ったあたしは、自分の証明が立てられない。
そう気付くと、無性に楽器を弄りたくなった。あたしの一部が疼き出す。でも此処には楽器なんて無い。出て来る時にも敢えて持ってこなかった。
あたしは――あたしの方が幻影になんてなりたくなかった。〈あたし〉の存在が怖かった。
だから、その日の内に元々少ない荷物を纏めて、数ヶ月引き篭もった暗い部屋を後にした。出掛けに玄関で出会った隣のお婆ちゃんは、久し振り、と笑った。昨日の事なんて忘れたのか――やっぱり惚けてるのかも知れない。ちょっと笑って頭を下げて、あたしはお婆ちゃんの横を摺り抜けた。
楽器のある実家へ向かって。例えちっぽけな演奏でも、聞いてくれる友達の居る故郷へ向かって。
* * *
「あ、お母さん? 夕方の電車で帰ったから。うん。楽器、ちゃんと保管していてくれた? うん、ならいいの。あの子にはドッペルゲンガーなんて作り話して脅かしちゃって、悪い事したけど……あの子に、ちゃんと自分に戻って貰いたかったの。ちょっと傍迷惑だけど、音楽好きで明るいあの子に。だから……一人二役の会話なんて、傍から見たら馬鹿みたいな事迄しちゃったわよ。全く。何だかんだ言いながら音楽雑誌読んでる――音楽を捨て切れない癖に、意地っ張りなんだから……。じゃ、私もその内顔見せに帰るから。うん、元気で」
―了―
全部姉さんの策略でしたという話(笑)
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Re:お、お姉さん・・・
あはは。
このお姉さんとは姉妹喧嘩したくないかも(笑)
このお姉さんとは姉妹喧嘩したくないかも(笑)
Re:策略でしたか・・・
ふふふ、引っ掛かりましたか^^
お姉さん、年の功?
お姉さん、年の功?
Re:人は変われる
有難うございます(^^)
うん、考え方一つで楽しい事も楽しくなくなったり、逆に楽しさに目覚めたり。本当の楽しみが見えてきたり。
後ろ振り返るとどんどん沈むけどねー(笑)
うん、考え方一つで楽しい事も楽しくなくなったり、逆に楽しさに目覚めたり。本当の楽しみが見えてきたり。
後ろ振り返るとどんどん沈むけどねー(笑)
ふふっ
姉さんの方が年上な分、上手だよね。
きちんと引きこもりから卒業出来たなら良かったです。
姉だからこそ出来るんだね。こんな姉さんがいたら良いなー何でも話せそう。
私の姉は外では妹づらしやがります。頼りにならんのよ(^_^;)
きちんと引きこもりから卒業出来たなら良かったです。
姉だからこそ出来るんだね。こんな姉さんがいたら良いなー何でも話せそう。
私の姉は外では妹づらしやがります。頼りにならんのよ(^_^;)
Re:ふふっ
妹面しますか(^^;)
姐さんのお姉さんは(笑)
結構親よりも兄弟姉妹の方が話し易い事とか、ありますよね。
姐さんのお姉さんは(笑)
結構親よりも兄弟姉妹の方が話し易い事とか、ありますよね。
Re:面白かったです♪
ドッペルゲンガーが近付いて来る~☆というホラーにしようかと思って止めた(笑)
「見たって言ってたよ」と言うのが姉さんだけなのが引っ掛け♪
妹面しちゃいますか~( ̄ー ̄)
「見たって言ってたよ」と言うのが姉さんだけなのが引っ掛け♪
妹面しちゃいますか~( ̄ー ̄)
Re:逃げ場所
兄弟姉妹って時に頼りになるよね、という話^^
でも私は末っ子です(笑)
でも私は末っ子です(笑)
たは。
この自称引きこもりの妹ちゃんにマジでむかっ腹たてた私は、この子と同レベルですよ…。実際、うちも妹のほうがはるかにしっかりしてるし、私はぽややんな姉なので、同属嫌悪かなあ。
まずは、一旦家に帰ったけれど、その後どうするか、そこからは自分で考えないと、ですね。
まずは、一旦家に帰ったけれど、その後どうするか、そこからは自分で考えないと、ですね。
Re:たは。
うん、そこから結局学校行って……とかはやっぱり自分で踏み出さないとね。こういうのは内面的には引き摺って行ってどうにかなるものでもないし、最後は本人次第。
でも自分を証明しようともせず、引き篭もってるだけだと……本当にドッペル君来ちゃうかも。
ま、マジでむかっ腹立ちましたか?(汗)
でも自分を証明しようともせず、引き篭もってるだけだと……本当にドッペル君来ちゃうかも。
ま、マジでむかっ腹立ちましたか?(汗)
Re:姉ちゃん
有難うございます~(^^)
只殴っても、それこそ行き場を失くすだけなんで……(^^;)
自発的に帰るように仕向けないとね☆
只殴っても、それこそ行き場を失くすだけなんで……(^^;)
自発的に帰るように仕向けないとね☆
なるほど~
あたしはそんな優しさないかも・・・
きっと「このままココに居座って死ぬまでその薄暗い雰囲気で生きていくん?ってか生きる??」と切り刻むことでしょう。
・・・いや、何もいえないな。
基本、平和主義者の臆病者ですから(笑)
きっと「このままココに居座って死ぬまでその薄暗い雰囲気で生きていくん?ってか生きる??」と切り刻むことでしょう。
・・・いや、何もいえないな。
基本、平和主義者の臆病者ですから(笑)
Re:なるほど~
あはは……(^_^;)
でも姉ちゃん、めっちゃ脅してるよ?(笑)
でも姉ちゃん、めっちゃ脅してるよ?(笑)
Re:こんにちはっ
嘘も方便という奴ですね^^;
寒いですが、デグーさん達は引き篭もってませんか?
それともケージ齧ってるかにゃ(汗)
寒いですが、デグーさん達は引き篭もってませんか?
それともケージ齧ってるかにゃ(汗)
Re:いやぁ~お姉さん!
有難うございます(^^)
この妹、姉さんには一生勝てそうにないな(笑)
この妹、姉さんには一生勝てそうにないな(笑)
Re:こんばんは
うちの姉も12離れてます~☆
然も住んでるのは関東(笑)
滅多に会えないにゃ。
12歳も離れるとなかなか話も行動圏も合わないですよね。
然も住んでるのは関東(笑)
滅多に会えないにゃ。
12歳も離れるとなかなか話も行動圏も合わないですよね。
Re:無題
有難うございます。
余りに良く似た人間が何人か集まると……なんていう話もありますね。
姿形の似たものに何か意味を感じてしまうのでしょうかね。
余りに良く似た人間が何人か集まると……なんていう話もありますね。
姿形の似たものに何か意味を感じてしまうのでしょうかね。