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彼女の不在は判っていた。
いや、だからこそあの日、彼女が共通の友人と共に暮らす、あのマンションを訪ねたのだ。
友人とは言いつつも、彼女が決して望んで、そいつと一緒に住んでいるのではないと、知っていたから――何やら昔、色々とあって弱みを握られているらしい。その内容は、私も知らないが。
実質居候と言っていいそいつに、先ずは遠回しに独立を促す心算だった。尤も、私も一応友人として付き合っているのだから、そいつの性格も知れている――遠回しなどという穏便な手は通用しないという事を。いざとなったら恫喝、あるいは多少の暴力に頼る事になるかも知れない……。私は念の為に、ポケットにナイフを忍ばせた。
流石にこんな真似は、彼女が居ては出来ないだろう。
ところがマンションに行ってみると、予め連絡を入れていたにも拘らず、何度チャイムを鳴らしても反応がない。
私という客が来る前に、ビールでも調達にコンビニへ――そんな気の利く奴ではない。きっと土産でも期待して待っているに違いない。
しかし、居るのならばインターフォンに出ないのはおかしい。このマンションはオートロック。開けて貰わなくては入れないのだから。
真逆、不穏な空気を察知して逃げたか? しかし、奴のバイクはちゃんと置き場にある。外に逃げるのなら乗って行かない手はない筈だ。
携帯電話にも出ない。寝ているのか?
と、分厚い硝子のドアを前に手を拱いている私を不審に思ったか、管理人室のドアが開いた。
約束してあったのだが反応がない、もしかしたら具合でも悪いのかも知れない――渡りに船とそう説明して開けて貰う事に成功した。が、これではもう強硬な手段は使えないな、と内心苦笑する。この後、彼女達の部屋で事件でもあれば、管理人は私の人相を事細かに説明するだろう。
部屋迄二人で行き、もう一度チャイムを鳴らしてみたが、やはり反応はない。私は管理人と顔を見合わせ、管理人は頷いてマスターキーを取り出した。
暗い廊下の向こう、リビングには灯が点っていた。そちらへと呼び掛け、それでも反応がないのを確認して、私達は靴を脱いだ。二人でそろそろと、短い廊下を進む。
奴の名を呼びながらリビングを覗き込んだ私は、一目見て「あっ!」と声を上げてしまった。
続いて、一拍遅れて入って来た管理人が、情けない悲鳴を上げる。
皓々と灯の点いたリビングの真ん中で、奴が倒れていた。血痕も無い、暴力の痕も無い――だが、奴の顔に張り付いた苦悶と恐怖は、それが自然な死ではない事を物語っていた。
何より――後から入って来た管理人には私の背が邪魔になって見えなかった様だが――私は見てしまったのだ。
蒼白い顔をした彼女が……決してこの場に居る筈のない彼女の幽姿が奴の傍らに立ち竦み、私の声に反応するかの様にほんの一瞬こちらを見て、霧の様に掻き消えてしまったのを。
結局、救急車が呼ばれたものの、奴の不審死は心臓麻痺で片付けられそうだった。外傷も無く、毒物も検出されなかった――例え彼女の生霊がどんな力を行使したとしても、それを証明する事は出来ないのだから。
翌日、私は使う必要のなくなったナイフをそっと処分し、代わりに花束を持って、彼女の元を訪れた。
もう安心して帰れるよ、と囁く。
先日、睡眠薬の過量摂取で運び込まれた儘、病室で眠り続ける彼女に。
―了―
春眠暁……ぐー(--)zzz