〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「此処が昔、ここらにあった村の近くに棲み付いた鬼女が犠牲者を放り込んだ井戸の跡だってさ」
寒風吹き荒ぶ、草茫々の野原の一角で、正樹はそう言って半ば崩れ掛けた石組みを指した。
「昔は近くに棲家もあったのかも知れないけど……流石に跡形も無いな」
尤も、そう言う正樹もその昔話がどれ程昔の事なのかは知らない。幼い頃に、周囲の大人達から聞かされただけだ。
「本当にそんなの居たの?」数箇月前に越して来た隣人は、石組みの傍にしゃがみ込んで、疑わしそうに言った。「子供の頃に聞いたんでしょ? ほら、よくあるじゃない。悪戯してたり、夜更かししてると何処其処のお化けが来て食べられちゃうぞ、みたいな子供騙しの脅し文句。あれじゃないの?」
「……なるほど、そういう可能性もあるな」そう言いつつも、正樹は軽く眉を顰める。育った町に連綿と伝えられてきた昔話。人食い鬼女の話ではあるが、これも正樹が好きなこの町の一部には違いなかった。「しかし、だとしたらこの跡は何だ?」
「これだけ崩れてると本当に井戸だったかどうかも解らないし……。井戸だったとしても元々村外れに住んでたのをちゃっかり話に組み込んじゃったんじゃない?」
「こんな所に一つだけ? だとしても何でそんな村外れに?」
「そんな事知らないわよ。そもそも井戸じゃないかも知れないし」
「じゃあ……」何をムキになっているんだろう、と自分でも思いつつ、正樹は言った。「石組み、少し除けてみようぜ? 井戸なら水は涸れていたとしても穴があるだろうし」
「……危なくない?」
心配げな隣人を脇に寄せて、正樹は近くの林から拾って来た大き目の枝で、石組みを退かし始めた。
長年の風雨で脆くなっていた石組みは、意外にも容易に崩れていった。
ややあって……。
石組みの奥から聞こえた音に、正樹の手は止まった。
「水……? 今の、水に何かが落ちた音じゃあ……?」
「本当だ」隣人も目を丸くする。「それも何かエコー掛かってた様な……」
「ほら、やっぱり井戸だったんだよ、此処」正樹は勝ち誇った様に隣人を振り返る。
が、相手は正樹が手を止める事を許さなかった。
「此処迄来たら見てみましょ。ね?」真っ直ぐに彼の目を見詰め、言い募る。「お願いだから」
何故そこ迄と思いつつも、正樹は作業を再開した。
そしてやがて、がらりと崩れた石組みの向こうに、深く、暗い穴が姿を現した。
と――。
崩れた石が立てる水音とは違う、何かがその奥から聞こえてきた。
それが何かに気付いた正樹の身体が硬直した。
人の声――複数の人の怨嗟の声だった。怨み、嘆き、呪い……それらの入り混じった低い唸り声が、井戸の壁を登り、地を這う様にして、正樹に迫って来る。
これは幻覚なのか、それとも現実なのか、同行者に問い質したくとも、そちらを振り返る事も、声を出す事も出来ない。喉が、からからだった。
その正樹の肩に、手が触れた。
隣人だった。
「大丈夫……有難うね」そう囁くと、丸で何事もないかの様に、井戸へと歩いて行く。呼び止めようとするが、矢張り声が出ない。
井戸を背に、こちらを振り返り、彼女はふっと、笑みを見せた。
「ごめんね。此処が井戸だった事なんて、私が一番よく知ってる。崩して欲しくって、煽っちゃった。この石組み、こう見えて何処かの高僧が組んだもので、一種の封印だったんだ。だから私じゃ崩せなくって……」
何を言い出したのかと眉根を寄せる正樹に、彼女は告げた。
「私が……鬼女だよ」と。
そして同時に、正樹の記憶が混濁し始めた。隣人だと思っていたこの女に見覚えがない。此処に来る事になった理由も思い出せない。そもそも、隣家はもう長い事、空き家ではなかったか?
俺をどうする気だ!?――目に怯えを浮かべる正樹に、彼女は僅かに寂しげな笑みを浮かべた。
「言ったでしょ、大丈夫。貴方を取って食ったりはしないわ。私は……彼らの怨嗟を終わらせに来ただけだから」
言うなり、彼女は後ろに一歩、下がった。井戸の、深く開いた穴の中へと。
「おい!」堕ちて行く彼女の姿に、正樹は咄嗟に声を上げた。それで解けたものか、身体も動く。
慌てて駆け寄った彼の目の前で、井戸から何物かが噴出した。
目には見えないそれは突風の様でもあり、それでいて、人の体温の様に温かかった。
やがて噴出が止み、辺りの全てが静まった頃、正樹は恐る恐る、井戸を覗き込んだ。
が、其処には例の女の遺体も無く、只蟠る水が鏡の様に彼の顔を映しているだけだった。
―了―
取り敢えずコメ禁止ワード増やしつつ様子見。
寒風吹き荒ぶ、草茫々の野原の一角で、正樹はそう言って半ば崩れ掛けた石組みを指した。
「昔は近くに棲家もあったのかも知れないけど……流石に跡形も無いな」
尤も、そう言う正樹もその昔話がどれ程昔の事なのかは知らない。幼い頃に、周囲の大人達から聞かされただけだ。
「本当にそんなの居たの?」数箇月前に越して来た隣人は、石組みの傍にしゃがみ込んで、疑わしそうに言った。「子供の頃に聞いたんでしょ? ほら、よくあるじゃない。悪戯してたり、夜更かししてると何処其処のお化けが来て食べられちゃうぞ、みたいな子供騙しの脅し文句。あれじゃないの?」
「……なるほど、そういう可能性もあるな」そう言いつつも、正樹は軽く眉を顰める。育った町に連綿と伝えられてきた昔話。人食い鬼女の話ではあるが、これも正樹が好きなこの町の一部には違いなかった。「しかし、だとしたらこの跡は何だ?」
「これだけ崩れてると本当に井戸だったかどうかも解らないし……。井戸だったとしても元々村外れに住んでたのをちゃっかり話に組み込んじゃったんじゃない?」
「こんな所に一つだけ? だとしても何でそんな村外れに?」
「そんな事知らないわよ。そもそも井戸じゃないかも知れないし」
「じゃあ……」何をムキになっているんだろう、と自分でも思いつつ、正樹は言った。「石組み、少し除けてみようぜ? 井戸なら水は涸れていたとしても穴があるだろうし」
「……危なくない?」
心配げな隣人を脇に寄せて、正樹は近くの林から拾って来た大き目の枝で、石組みを退かし始めた。
長年の風雨で脆くなっていた石組みは、意外にも容易に崩れていった。
ややあって……。
石組みの奥から聞こえた音に、正樹の手は止まった。
「水……? 今の、水に何かが落ちた音じゃあ……?」
「本当だ」隣人も目を丸くする。「それも何かエコー掛かってた様な……」
「ほら、やっぱり井戸だったんだよ、此処」正樹は勝ち誇った様に隣人を振り返る。
が、相手は正樹が手を止める事を許さなかった。
「此処迄来たら見てみましょ。ね?」真っ直ぐに彼の目を見詰め、言い募る。「お願いだから」
何故そこ迄と思いつつも、正樹は作業を再開した。
そしてやがて、がらりと崩れた石組みの向こうに、深く、暗い穴が姿を現した。
と――。
崩れた石が立てる水音とは違う、何かがその奥から聞こえてきた。
それが何かに気付いた正樹の身体が硬直した。
人の声――複数の人の怨嗟の声だった。怨み、嘆き、呪い……それらの入り混じった低い唸り声が、井戸の壁を登り、地を這う様にして、正樹に迫って来る。
これは幻覚なのか、それとも現実なのか、同行者に問い質したくとも、そちらを振り返る事も、声を出す事も出来ない。喉が、からからだった。
その正樹の肩に、手が触れた。
隣人だった。
「大丈夫……有難うね」そう囁くと、丸で何事もないかの様に、井戸へと歩いて行く。呼び止めようとするが、矢張り声が出ない。
井戸を背に、こちらを振り返り、彼女はふっと、笑みを見せた。
「ごめんね。此処が井戸だった事なんて、私が一番よく知ってる。崩して欲しくって、煽っちゃった。この石組み、こう見えて何処かの高僧が組んだもので、一種の封印だったんだ。だから私じゃ崩せなくって……」
何を言い出したのかと眉根を寄せる正樹に、彼女は告げた。
「私が……鬼女だよ」と。
そして同時に、正樹の記憶が混濁し始めた。隣人だと思っていたこの女に見覚えがない。此処に来る事になった理由も思い出せない。そもそも、隣家はもう長い事、空き家ではなかったか?
俺をどうする気だ!?――目に怯えを浮かべる正樹に、彼女は僅かに寂しげな笑みを浮かべた。
「言ったでしょ、大丈夫。貴方を取って食ったりはしないわ。私は……彼らの怨嗟を終わらせに来ただけだから」
言うなり、彼女は後ろに一歩、下がった。井戸の、深く開いた穴の中へと。
「おい!」堕ちて行く彼女の姿に、正樹は咄嗟に声を上げた。それで解けたものか、身体も動く。
慌てて駆け寄った彼の目の前で、井戸から何物かが噴出した。
目には見えないそれは突風の様でもあり、それでいて、人の体温の様に温かかった。
やがて噴出が止み、辺りの全てが静まった頃、正樹は恐る恐る、井戸を覗き込んだ。
が、其処には例の女の遺体も無く、只蟠る水が鏡の様に彼の顔を映しているだけだった。
―了―
取り敢えずコメ禁止ワード増やしつつ様子見。
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