〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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隣の部屋のドアが、そして鍵が締まる音を、女は聞いていた。
それ以降の音は全く聞こえない。防音の優れたマンションでは当たり前の事なのだが、彼女にはそれが隣の住民が息を潜めてこちらを窺っている様で、緊張が高まるのを感じた。
勿論、思い過ごしだ、とは彼女も思う。隣は彼女と同年代――二十代半ば――の、やはり女性。廊下で顔を合わせれば挨拶はするが、それ以外には特に付き合いもなく、その分トラブルも無い筈だった。
それなのに彼女は神経質になっていた。
と言うのも、二箇月前、隣の住人が入ってから、彼女には良くない事ばかり降り掛かる様になったからだった。
会社では通勤の際の私服や化粧に迄、それ迄言われた事も無かった文句を言われ、仕事にも身が入らない。友達にさえ何か変わったねと言われ、囁かれる陰口を、彼女の耳は感じ取っていた。何も変わってなんかいないわよ、という反論は胸の内。極力、トラブルは起こさない――それが彼女の処世術だった。
それなのに……彼女はここ二箇月を思い出して、溜め息をついた。
もしかしたら、自分は呪われているのかも知れない――そんな思いが、この処、頭を巡っていた。
それ以降の音は全く聞こえない。防音の優れたマンションでは当たり前の事なのだが、彼女にはそれが隣の住民が息を潜めてこちらを窺っている様で、緊張が高まるのを感じた。
勿論、思い過ごしだ、とは彼女も思う。隣は彼女と同年代――二十代半ば――の、やはり女性。廊下で顔を合わせれば挨拶はするが、それ以外には特に付き合いもなく、その分トラブルも無い筈だった。
それなのに彼女は神経質になっていた。
と言うのも、二箇月前、隣の住人が入ってから、彼女には良くない事ばかり降り掛かる様になったからだった。
会社では通勤の際の私服や化粧に迄、それ迄言われた事も無かった文句を言われ、仕事にも身が入らない。友達にさえ何か変わったねと言われ、囁かれる陰口を、彼女の耳は感じ取っていた。何も変わってなんかいないわよ、という反論は胸の内。極力、トラブルは起こさない――それが彼女の処世術だった。
それなのに……彼女はここ二箇月を思い出して、溜め息をついた。
もしかしたら、自分は呪われているのかも知れない――そんな思いが、この処、頭を巡っていた。
彼女が越して来る以前の、前の隣人の事は殆ど記憶に無かった。やはり女性で、挨拶程度の付き合いで、何のトラブルも無く、何の思い出も無く、去って行った。確か今の隣人が入る随分前だったとは思うけれど、正確な所は覚えてもいない。
今回の隣人とも、それは同じの筈だった。いずれどちらかが去って行き、後は道で会っても判らない。都会の単身者用マンションなんて、そんなものだろう、と。
だが、果たして向こうもそう思っているのだろうか? 過去の隣人にしろ、今の隣人にしろ。
こちらは何の気なしにした事でも、気に障(さわ)った事があったのではないか? 近所付き合いもしない――そんなのは此処では当たり前なのだが――人間味の無い女と思われているのではないか? 何か、恨みを買ってしまったのではないか?
そして彼女に呪いを……?
不幸が起こり始めたのは二箇月前から。ならばそれ以前に越して行ったかつての隣人の所為とは考え難いだろう。だとすればやはり――彼女の目は、隣室との境の壁に吸い寄せられた。
廊下で顔を合わせれば、そのやや派手な装いから想像される人物像とはちょっと違った柔らかくもにこやかな挨拶をする女性。決して立ち入ってはこないけれど、冷たさは感じさせない。余り濃い人付き合いを望まない女にしてみれば、理想的な隣人の筈だった。
なのに……。
そんな事をぼんやりと考えながら歩いていた所為だろう。落ち着かない部屋での、睡眠不足もあったかも知れない。
歩道橋で足を踏み外した彼女は、腕の骨に罅が入るという怪我を負ってしまった。それも利き腕で、これでは仕事にも家事にも差し支えてしまう。
よりによって利き腕だなんて……何故こんなに私ばかりがついてないの?――彼女は憤然としながら、自宅マンションへと帰り着いた。
「あ、こんばんは」エレベーターを降りた所で、件の隣人と顔を合わせてしまった。いつもの様ににこやかに言った隣人だったが、固定された腕やあちこちの擦り傷を見て、驚いた風で声を上げた。「どうかなさったんですか!?」
それは当たり前の問い掛けだったのだろう。だが、今の彼女にはその問いは、呪いの効果を確かめようとしている様にさえ、聞き取れた。白々しい心配顔の下で、舌を出しているのではないかとさえ。
「貴女が……」時折疼く痛みに押される様に、彼女は口を開いていた。「貴女が来てから碌な事が無いわ! 貴女、私に何か恨みでもあるんじゃないの? 言いたい事とか、怒ってる事とか! だから……私に呪いを掛けたんじゃないの?」
隣人は面食らった様子で、頭を振った。
「とんでもない! 前に住んでた所なんて、挨拶しても返してくれる人も居なかったから……恨むどころか、いい人だなって……思ってたのに……」傷付いた様子で、隣人は俯いた。
彼女はその顔を覗き込む――本当はほくそえんでいるのではないかと。
だがそこに、本当の涙を見て、彼女は自分こそが相手を傷付けてしまった事に気付いた。
「あ、あの、ごめんなさい! 私、この処ついてなくて、その……そうよね。貴女に恨まれる覚えも無いし、貴女がそんな事する様にも……。大体このご時世に呪いだなんて、何を馬鹿な事言ってるんだろ、私。ごめんなさい。それこそ怒らせちゃったかも知れないけど……。本当、ごめんなさい!」彼女は深々と頭を下げた。
下げた頭は恥ずかしさと申し訳なさで重かったが、何やらすっと、肩の辺りが軽くなった様な気がした。
そう。隣に住むのは得体の知れない化け物なんかじゃない。自分と同じ様に涙したり笑ったりする、普通の人間。必要以上に恐れる事もない。必要以上に意識する事も。
考えてみればこの二箇月間、自分は隣人を意識し過ぎていたのかも知れない。少し派手だけれどにこやかで、柔らかな雰囲気の彼女に、女性として対抗意識を持っていたのかも知れない。彼女の様になりたい――その思いが無意識に服装や化粧を真似るだけに留まってしまい、それ以上の本来の魅力に迄は及ばなかった。それが会社での注意となり、友人達からも変わったと言われる原因となった。そして無意識に周囲の反応を気にしていた彼女の耳は、自分に関わりそうな単語を勝手に拾い、繋げていったのだ。それも、否定的な方向へ。
そしてそれを勝手な思い込みで悩み、不注意を呼んだ挙げ句がこの怪我だ。
自業自得じゃないの――彼女は苦笑した。呪いだなんて、馬鹿馬鹿しい。自分の愚かさを、何かの所為にしたかっただけじゃないの。
もう一度深々と頭を下げて非礼を詫び、今から出掛ける所だと言う隣人と別れた。
言う事を言ってしまったのが却ってよかったのか、それ以来、彼女等は時折互いの部屋を行き来する仲になった。
隣人の部屋は住人同様に柔らかい雰囲気で纏められた、居心地のいい部屋だった。
只一つ、引っ越し後に天袋から見付けて、前の住人の物だろうが捨てるのも可哀相だからと飾っていると言う日本人形だけが異質で、然も自分の部屋との境の壁を見詰めている事だけが、少し、彼女を不安にさせはしたが。
―了―
長くなったよ~☆
運が悪いのを何でもかんでも呪いだの霊だのの所為にするのはいけませんよね~☆
今回の隣人とも、それは同じの筈だった。いずれどちらかが去って行き、後は道で会っても判らない。都会の単身者用マンションなんて、そんなものだろう、と。
だが、果たして向こうもそう思っているのだろうか? 過去の隣人にしろ、今の隣人にしろ。
こちらは何の気なしにした事でも、気に障(さわ)った事があったのではないか? 近所付き合いもしない――そんなのは此処では当たり前なのだが――人間味の無い女と思われているのではないか? 何か、恨みを買ってしまったのではないか?
そして彼女に呪いを……?
不幸が起こり始めたのは二箇月前から。ならばそれ以前に越して行ったかつての隣人の所為とは考え難いだろう。だとすればやはり――彼女の目は、隣室との境の壁に吸い寄せられた。
廊下で顔を合わせれば、そのやや派手な装いから想像される人物像とはちょっと違った柔らかくもにこやかな挨拶をする女性。決して立ち入ってはこないけれど、冷たさは感じさせない。余り濃い人付き合いを望まない女にしてみれば、理想的な隣人の筈だった。
なのに……。
そんな事をぼんやりと考えながら歩いていた所為だろう。落ち着かない部屋での、睡眠不足もあったかも知れない。
歩道橋で足を踏み外した彼女は、腕の骨に罅が入るという怪我を負ってしまった。それも利き腕で、これでは仕事にも家事にも差し支えてしまう。
よりによって利き腕だなんて……何故こんなに私ばかりがついてないの?――彼女は憤然としながら、自宅マンションへと帰り着いた。
「あ、こんばんは」エレベーターを降りた所で、件の隣人と顔を合わせてしまった。いつもの様ににこやかに言った隣人だったが、固定された腕やあちこちの擦り傷を見て、驚いた風で声を上げた。「どうかなさったんですか!?」
それは当たり前の問い掛けだったのだろう。だが、今の彼女にはその問いは、呪いの効果を確かめようとしている様にさえ、聞き取れた。白々しい心配顔の下で、舌を出しているのではないかとさえ。
「貴女が……」時折疼く痛みに押される様に、彼女は口を開いていた。「貴女が来てから碌な事が無いわ! 貴女、私に何か恨みでもあるんじゃないの? 言いたい事とか、怒ってる事とか! だから……私に呪いを掛けたんじゃないの?」
隣人は面食らった様子で、頭を振った。
「とんでもない! 前に住んでた所なんて、挨拶しても返してくれる人も居なかったから……恨むどころか、いい人だなって……思ってたのに……」傷付いた様子で、隣人は俯いた。
彼女はその顔を覗き込む――本当はほくそえんでいるのではないかと。
だがそこに、本当の涙を見て、彼女は自分こそが相手を傷付けてしまった事に気付いた。
「あ、あの、ごめんなさい! 私、この処ついてなくて、その……そうよね。貴女に恨まれる覚えも無いし、貴女がそんな事する様にも……。大体このご時世に呪いだなんて、何を馬鹿な事言ってるんだろ、私。ごめんなさい。それこそ怒らせちゃったかも知れないけど……。本当、ごめんなさい!」彼女は深々と頭を下げた。
下げた頭は恥ずかしさと申し訳なさで重かったが、何やらすっと、肩の辺りが軽くなった様な気がした。
そう。隣に住むのは得体の知れない化け物なんかじゃない。自分と同じ様に涙したり笑ったりする、普通の人間。必要以上に恐れる事もない。必要以上に意識する事も。
考えてみればこの二箇月間、自分は隣人を意識し過ぎていたのかも知れない。少し派手だけれどにこやかで、柔らかな雰囲気の彼女に、女性として対抗意識を持っていたのかも知れない。彼女の様になりたい――その思いが無意識に服装や化粧を真似るだけに留まってしまい、それ以上の本来の魅力に迄は及ばなかった。それが会社での注意となり、友人達からも変わったと言われる原因となった。そして無意識に周囲の反応を気にしていた彼女の耳は、自分に関わりそうな単語を勝手に拾い、繋げていったのだ。それも、否定的な方向へ。
そしてそれを勝手な思い込みで悩み、不注意を呼んだ挙げ句がこの怪我だ。
自業自得じゃないの――彼女は苦笑した。呪いだなんて、馬鹿馬鹿しい。自分の愚かさを、何かの所為にしたかっただけじゃないの。
もう一度深々と頭を下げて非礼を詫び、今から出掛ける所だと言う隣人と別れた。
言う事を言ってしまったのが却ってよかったのか、それ以来、彼女等は時折互いの部屋を行き来する仲になった。
隣人の部屋は住人同様に柔らかい雰囲気で纏められた、居心地のいい部屋だった。
只一つ、引っ越し後に天袋から見付けて、前の住人の物だろうが捨てるのも可哀相だからと飾っていると言う日本人形だけが異質で、然も自分の部屋との境の壁を見詰めている事だけが、少し、彼女を不安にさせはしたが。
―了―
長くなったよ~☆
運が悪いのを何でもかんでも呪いだの霊だのの所為にするのはいけませんよね~☆
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うん
祟りは有るかも解らんけど、なんでもかんでも呪いとか祟りだとか言ってたら、自分を縛ってるようなモノだもんね~
何も出来なくなっちゃうよね。
人形は嫌だな、人形は。
出だしの部分、防音効果がホントに効いてる建物なら、ドアを閉めた時点でカギをかける音は聞こえないよ~
音って話的には主人公の不安な描写として最適なんだげどね~
はっ!まさか音は霊の仕業か!!(笑)
何も出来なくなっちゃうよね。
人形は嫌だな、人形は。
出だしの部分、防音効果がホントに効いてる建物なら、ドアを閉めた時点でカギをかける音は聞こえないよ~
音って話的には主人公の不安な描写として最適なんだげどね~
はっ!まさか音は霊の仕業か!!(笑)
Re:うん
と言うか、何でもかんでも呪いや運勢の所為にして、自分を顧みないのも如何なものかと。
人形、嫌いっすね(苦笑)
音ね~。全く聞こえなくもないんだけど……それだけ隣に神経が集中してたという話。
人形、嫌いっすね(苦笑)
音ね~。全く聞こえなくもないんだけど……それだけ隣に神経が集中してたという話。
おはよう!
人形好きだねぇ。(笑)
人形の呪いか~。
続編というか、別な話が書けそうだよねぇ。
でも、確かに都会に住んでいると、隣の人のことが結構、気になるもんだよねぇ。
あっ、そうそう、あのねぇ、以下の部分、
>言う事を言ってしまったのが帰ってよかったのか
帰ってではなく、却って(かな?)じゃないかな。
人形の呪いか~。
続編というか、別な話が書けそうだよねぇ。
でも、確かに都会に住んでいると、隣の人のことが結構、気になるもんだよねぇ。
あっ、そうそう、あのねぇ、以下の部分、
>言う事を言ってしまったのが帰ってよかったのか
帰ってではなく、却って(かな?)じゃないかな。
Re:おはよう!
人形、好きと言うか、籠り易いからねぇ。呪いも思いの一種だから。
果たして前の住人は何の思いで人形を残して行ったのか……?
おおう、却ってだ却って(汗)
直しときます☆
果たして前の住人は何の思いで人形を残して行ったのか……?
おおう、却ってだ却って(汗)
直しときます☆
Re:こんにちは♪
しかし続編と言うか人形が残された真相を書くと、実は案外詰まんない事だったりして。や、考えてないっすけど(笑)
元々は、何でもかんでも呪いや霊の所為にするのは、それこそ彼等に失礼だろうと思っただけ☆
元々は、何でもかんでも呪いや霊の所為にするのは、それこそ彼等に失礼だろうと思っただけ☆
Re:無題
呪われていると思えば日常よくある事さえ、何でも悪く思えてくるし、自分に原因がある事すらもその所為にしたくなるのよね~。人間って弱いわ。
でも、本当に呪われたら……どないしましょ?(>_<)
でも、本当に呪われたら……どないしましょ?(>_<)
Re:思いこみ
弱り目に祟り目とかね~。ネガティブになると日頃なら笑って済む様な事でも気になったりするし。
病は気から! ポジティブに行きましょう!(・0・)/
病は気から! ポジティブに行きましょう!(・0・)/
Re:無題
思わせぶりですね~、前の隣人に何があったんでしょうね~(笑)
要は気の持ち様?
要は気の持ち様?