〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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呼ばれているのには気が付いていた。
子供の様な声、歳旧(ふ)りた老人の様な声、男の声、女の声……。様々な声がその扉から漏れ聞こえてくるのを、私は物心付く前から聞いていた気がする。
只、家人の誰もそれには気付かず、聞こえていない風だった。私も、それを知らせる術を持たなかった。
突然の雨に、通りすがりの彼がこの館に降り込められる迄。
暖炉のあるこの部屋に、冷たい身体で通された彼は、私を見付けてこう言った。
「この館は随分、にぎやかいですね。人ではなくて……」
私は只、彼を見詰めた。彼には聞こえるのだ。
夫人の遺したコレクション室から聞こえるあの声が。
連れて行ってくれないかと、私は彼にお願いした。あの部屋へ。
呼ばれているのだ、と。
「しかし、私は雨宿りさせて貰っている身ですし……」彼は渋った。
それも無理は無い。それは私にも解った。
見ず知らずの人の館。雨と寒さを凌げるだけでもと思っていた彼に、私を連れて館内を彷徨うなんて無礼な真似が出来るかどうか。
家人に見付かれば雨宿りを口実として潜り込んだ不埒者として、家を追われるかも知れない。より悪ければ、官憲に突き出されるやも。
それでも、この機を逃しては、私はあの呼び声に応える事は出来ないだろう。そう確信していた。だから精一杯の懇願をした。
彼は、大きな溜め息を一つ漏らして、頷いた。
「仕方ないですね。けれど私に出来るのは連れて行って上げるだけです。その後、貴女がまたここに連れて来られても……口添え一つ出来ませんよ? それでも?」
構わない。私はそう答えた。これでも見掛けよりは大人なのだから、その位の道理は解っているわ。
彼は濡れた足跡を残さない様に靴を脱ぎ、私を連れて部屋を出た。毛足の長い絨毯に深い足跡を残しながらも、静かに。
館の二階北側にかなりの面積を占めるコレクション室。
声は今や頭を抱えたくなる程に、周囲の空間を支配している。
「ここでいいんですね? キャロル?」
その言葉に私は肯定の返事。そして安堵する。彼には本当に、この声が聞こえている。
扉を開けた彼と私の前に広がった部屋の光景は――一面の硝子ケースと、そこに飾られた人形達。
人形――それが亡き夫人のコレクションだった。ビスク・ドール、日本人形、その他様々な地域の人形達。それらは全て分類され、綺麗なケースに収まっていた。私への呼び声を上げながら。
「解りましたから」流石に煩わしげに、彼が言った。「キャロルは連れて来ました。それで、彼女の場所は?」
一斉に、視線だけが窓辺の開いた硝子ケースに集中する。
〈Carol〉
その懐かしい夫人の文字が、そこが私の本来の場所だと教えてくれていた。高さ三十センチ程のケース。そこに収められていたビスク・ドールがこの私。
彼はそっと、私をそこに収め、服の襞も直してくれた。
それにしてもどうしてこうも動じないのかしら? 望みが果たされたお陰か、私はやっと彼に対する興味を持つ余裕を得た。
人形に話し掛けられ、人形の声が木霊する館内を誘われる儘、歩くなんて。普通の人には聞こえさえしないし、聞こえた所で悲鳴を上げて逃げるのが関の山だわ。
私がそう尋ねると、彼は「内緒ですよ」と言って苦笑した。無論、私が人間に言う筈が無い。
彼は左手の、皮膚そっくりの〈外装〉を、そっと外した。
歯車の基本形って変わらないものなのね――驚きに茫然としつつも、私はそんな事を考えていた。木で出来たからくり人形も、この部屋にはあるけれど、彼のそれは木目の暖かい色ではなかった。それでもどこか、似通っていた。
「私はね、あなた方が生まれてからずっと後に造られた機械人形です」
私が造られてから、夫人が去ってから、この館が前時代の遺産として保存される様になってから、どれだけの時間が経っていたのだろう。
私は茫然と、彼を見送った。
人形がああなるのなら、もう何十年だか、何百年だか、遅く生まれたかったわ――再び暖炉のある部屋に戻された私は、心底、そう思った。
―了―
人形怪談……と見せてSFもどき?
呼ばれているのだ、と。
「しかし、私は雨宿りさせて貰っている身ですし……」彼は渋った。
それも無理は無い。それは私にも解った。
見ず知らずの人の館。雨と寒さを凌げるだけでもと思っていた彼に、私を連れて館内を彷徨うなんて無礼な真似が出来るかどうか。
家人に見付かれば雨宿りを口実として潜り込んだ不埒者として、家を追われるかも知れない。より悪ければ、官憲に突き出されるやも。
それでも、この機を逃しては、私はあの呼び声に応える事は出来ないだろう。そう確信していた。だから精一杯の懇願をした。
彼は、大きな溜め息を一つ漏らして、頷いた。
「仕方ないですね。けれど私に出来るのは連れて行って上げるだけです。その後、貴女がまたここに連れて来られても……口添え一つ出来ませんよ? それでも?」
構わない。私はそう答えた。これでも見掛けよりは大人なのだから、その位の道理は解っているわ。
彼は濡れた足跡を残さない様に靴を脱ぎ、私を連れて部屋を出た。毛足の長い絨毯に深い足跡を残しながらも、静かに。
館の二階北側にかなりの面積を占めるコレクション室。
声は今や頭を抱えたくなる程に、周囲の空間を支配している。
「ここでいいんですね? キャロル?」
その言葉に私は肯定の返事。そして安堵する。彼には本当に、この声が聞こえている。
扉を開けた彼と私の前に広がった部屋の光景は――一面の硝子ケースと、そこに飾られた人形達。
人形――それが亡き夫人のコレクションだった。ビスク・ドール、日本人形、その他様々な地域の人形達。それらは全て分類され、綺麗なケースに収まっていた。私への呼び声を上げながら。
「解りましたから」流石に煩わしげに、彼が言った。「キャロルは連れて来ました。それで、彼女の場所は?」
一斉に、視線だけが窓辺の開いた硝子ケースに集中する。
〈Carol〉
その懐かしい夫人の文字が、そこが私の本来の場所だと教えてくれていた。高さ三十センチ程のケース。そこに収められていたビスク・ドールがこの私。
彼はそっと、私をそこに収め、服の襞も直してくれた。
それにしてもどうしてこうも動じないのかしら? 望みが果たされたお陰か、私はやっと彼に対する興味を持つ余裕を得た。
人形に話し掛けられ、人形の声が木霊する館内を誘われる儘、歩くなんて。普通の人には聞こえさえしないし、聞こえた所で悲鳴を上げて逃げるのが関の山だわ。
私がそう尋ねると、彼は「内緒ですよ」と言って苦笑した。無論、私が人間に言う筈が無い。
彼は左手の、皮膚そっくりの〈外装〉を、そっと外した。
歯車の基本形って変わらないものなのね――驚きに茫然としつつも、私はそんな事を考えていた。木で出来たからくり人形も、この部屋にはあるけれど、彼のそれは木目の暖かい色ではなかった。それでもどこか、似通っていた。
「私はね、あなた方が生まれてからずっと後に造られた機械人形です」
私が造られてから、夫人が去ってから、この館が前時代の遺産として保存される様になってから、どれだけの時間が経っていたのだろう。
私は茫然と、彼を見送った。
人形がああなるのなら、もう何十年だか、何百年だか、遅く生まれたかったわ――再び暖炉のある部屋に戻された私は、心底、そう思った。
―了―
人形怪談……と見せてSFもどき?
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キャロルちゃんって
こんばんわ♪
キャロルちゃんて、ひょっとして、この間、バンシーさんに身元引受されたリーズちゃんのお友達ですか?(違ったらすみません)
だったら面白いなぁと思って(^^♪
こんなに人形たちに愛される、おばあちゃまのお話もいつか読んでみたいです(*^_^*)
キャロルちゃんて、ひょっとして、この間、バンシーさんに身元引受されたリーズちゃんのお友達ですか?(違ったらすみません)
だったら面白いなぁと思って(^^♪
こんなに人形たちに愛される、おばあちゃまのお話もいつか読んでみたいです(*^_^*)
Re:キャロルちゃんって
>リーズちゃんのお友達?
そうかも知れませんね~(^^)
相当人形好きなお婆ちゃま。
しかしどんだけお喋りな――人間には聞こえてないけど――人形達でしょう(笑)
機械人形君もその内また使ってみたいかも。
そうかも知れませんね~(^^)
相当人形好きなお婆ちゃま。
しかしどんだけお喋りな――人間には聞こえてないけど――人形達でしょう(笑)
機械人形君もその内また使ってみたいかも。
Re:無題
いつになるやら、来るのやらって感じですが(^^;)
人型に魂が宿るのかどうかという点では、新旧どちらも昔からあるテーマですね。
人型に魂が宿るのかどうかという点では、新旧どちらも昔からあるテーマですね。
Re:無題
有難うございます(^^)
やっぱり捻りを入れたくなる捻くれ者です(笑)
やっぱり捻りを入れたくなる捻くれ者です(笑)
Re:こんばんわ★
意識のある人形がお化けかお化けじゃないかは置いといて(笑)
西洋人形――ビスク・ドールです(^^)
やっぱりレースとかフリル一杯です♪
西洋人形――ビスク・ドールです(^^)
やっぱりレースとかフリル一杯です♪
Re:ンニャ
確かに人形ネタ増えましたね。主にビスク・ドール(笑)
やはりあの雰囲気がね。
うにゅ? 見ず知らずの館で軒先で雨宿りが出来るだけでもラッキー♪なのに部屋に上げて貰えた彼に、普通飾ってあった人形持って館内うろつくなんて、下手すると泥棒と間違われそうな事、出来へんでしょう、という意味やってんけど(何故か関西弁)?
やはりあの雰囲気がね。
うにゅ? 見ず知らずの館で軒先で雨宿りが出来るだけでもラッキー♪なのに部屋に上げて貰えた彼に、普通飾ってあった人形持って館内うろつくなんて、下手すると泥棒と間違われそうな事、出来へんでしょう、という意味やってんけど(何故か関西弁)?
しかし
テクノロジーを超えたところで会話が進んでますね。人形の精神世界にアンドロイドは入り込めるということか・・・無敵な感じ。
人形に、心はないほうが幸せだよね。
四肢が動かないいまま、生きるのは苦しい。
人形に、心はないほうが幸せだよね。
四肢が動かないいまま、生きるのは苦しい。
Re:しかし
意識だけあって動けないのはやっぱりねー(--;)
だからキャロルも最後、彼を羨んでるのよ。
勿論、現実にアンドロイドが精神を持ち得るかは知らんけど(笑)
だからキャロルも最後、彼を羨んでるのよ。
勿論、現実にアンドロイドが精神を持ち得るかは知らんけど(笑)
人形、好きです。
こんにちは。最近体調を崩して、コチラへ来られなくなっていてゴメンなさい;;
動く人形って便利かもしれないけれど…。
わたしは、動かない人形の方が好きです。
ですが、おはなしは楽しく読ませていただきました。(^^*
動く人形って便利かもしれないけれど…。
わたしは、動かない人形の方が好きです。
ですが、おはなしは楽しく読ませていただきました。(^^*
Re:人形、好きです。
体調の方はもう大丈夫ですか? 何かと忙しい時期ですし、ご自愛下さいね。
物言わぬ人形、でも存在感はある、みたいな感じですね?
やっぱりミステリアスですもんね(^^)
物言わぬ人形、でも存在感はある、みたいな感じですね?
やっぱりミステリアスですもんね(^^)
Re:人形は
元々は身代わりとして自分が受ける災厄を代わりに受けて貰おうという用途で作られたそうですからね~。それには自分の魂の一部が籠っていなくてはならないし(だから髪を使ったりしますよね、藁人形とか^^;)
呪術的には籠り易くて当然かも? 只、普通そういったものは処分していたのだけれど(流すとか、お焚き上げするとか)今の人形は……?
呪術的には籠り易くて当然かも? 只、普通そういったものは処分していたのだけれど(流すとか、お焚き上げするとか)今の人形は……?
無題
奥が深い。
人形も動き出すようになったら、
人間に聞こえる声をだせるようになったら、
あ、怖い。
でも、本当、人形達は心があったら、どう思ってるんだろうねぇ……。
子供の頃の人形はもう、押し入れの隅に追いやられてると思う。。。。ファブィ。
人形も動き出すようになったら、
人間に聞こえる声をだせるようになったら、
あ、怖い。
でも、本当、人形達は心があったら、どう思ってるんだろうねぇ……。
子供の頃の人形はもう、押し入れの隅に追いやられてると思う。。。。ファブィ。
Re:無題
有難うございます(^^)
人形が心を持って、喋る様になったら……やっぱり怖いな(苦笑)
人形だらけのコレクションルーム、人によっては怖いかも知れない(^^;)
人形が心を持って、喋る様になったら……やっぱり怖いな(苦笑)
人形だらけのコレクションルーム、人によっては怖いかも知れない(^^;)