〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
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吉野紗和が「あっ!」と小さく声を上げたのは、ロッカールームで帰り支度を始めた夕方だった。
「どうしたの?」隣のロッカーの同僚が、殆ど反射的に訊く。
指輪を落としたみたい、と浮かない顔で紗和は答えた。
「落としたみたいって……曖昧ねぇ」別の女子社員が結い上げていた髪を手直ししながらも眉を顰める。
いつ落としたのか解らないのだと、左手を見詰めて紗和は頭を振る。その左の小指に、いつも銀色のシンプルなリングをしていた事を、同僚達は思い出した。余りに毎日大事そうに着けているので、誰かからの贈り物かと冷やかしの的になった事もあった筈。結局紗和は自分で買ったお守りの様な物だと言い、何だ、と白けただけだったのだが。
「気が付いたのはついさっきなのね? ちょっとこの辺探してみよう?」
その声に近辺の者が応じ、ロッカーの隙間さえ覗き込んだのだが、指輪は見付からなかった。捜索範囲と人員は自然と拡大されたが、更衣室内には無い様だ、という結論が見付かっただけだった。
「いつ、どこで落としたか、心当たりは無いの?」
例えば――と同僚達は次々に声を上げた。
「どうしたの?」隣のロッカーの同僚が、殆ど反射的に訊く。
指輪を落としたみたい、と浮かない顔で紗和は答えた。
「落としたみたいって……曖昧ねぇ」別の女子社員が結い上げていた髪を手直ししながらも眉を顰める。
いつ落としたのか解らないのだと、左手を見詰めて紗和は頭を振る。その左の小指に、いつも銀色のシンプルなリングをしていた事を、同僚達は思い出した。余りに毎日大事そうに着けているので、誰かからの贈り物かと冷やかしの的になった事もあった筈。結局紗和は自分で買ったお守りの様な物だと言い、何だ、と白けただけだったのだが。
「気が付いたのはついさっきなのね? ちょっとこの辺探してみよう?」
その声に近辺の者が応じ、ロッカーの隙間さえ覗き込んだのだが、指輪は見付からなかった。捜索範囲と人員は自然と拡大されたが、更衣室内には無い様だ、という結論が見付かっただけだった。
「いつ、どこで落としたか、心当たりは無いの?」
例えば――と同僚達は次々に声を上げた。
「朝、電車のドアに手を挟まれそうになってた時とか」同じ電車で通勤する同僚が今朝の出来事を思い出す。いつもの満員電車、駆け込んだはいいが後ちょっとで左手を挟まれそうになった紗和と顔を見合わせて思わずほっと大きな息をついた。
会社で制服に着替える時に見た覚えがあるから違う筈、と紗和は頭を振った。
「あ、じゃあ話に夢中になった私がロッカーの戸にぶつかって勢いよく閉めちゃって、危うく手を詰めそうになってた時は?」隣の同僚があの時はごめん、と重ねて手を合わせながら訊く。
大丈夫、と手を振って見せながらも紗和は否定する。その後のお茶汲みの時にもしていた覚えがある、と。
「あ! そのお茶汲みの時にも課長に急に声掛けられて、驚いて沸いたばかりのお湯零してたじゃない! 気を付けなきゃ駄目よ!?」別の同僚から心配混じりの怒鳴り声。
苦笑しながらも紗和は有難うと笑う。幸い手や服にも掛からなかったし、慌てて指輪を落としたりもしなかったらしい。
「キャビネットの上に積みっ放しになってたファイルが落ちてきた時は? 全く、何度片付けても溜まるんだから」不満混じりの声にも、紗和は頭を振る。左手で顔を庇いはしたが、指輪は外れていなかったし、怪我も無かったと。
「化粧室で外したりは? そう言えば昼休みに一緒に行った化粧室でも突然蛍光灯が割れて……」別の同僚が言い――流石に蒼褪める。「ちょっと……これ、皆今日一日で吉野の周りに起こった事?」
ざわざわとした空気が流れた。
目撃者も状況も様々。だが、個々の話を付き合わせてみれば、ほんの僅か一日の間にこれ程の事故が彼女に降り掛かっていた事が解った。
確かに吉野紗和はちょっとぼうっとした所もある、面倒をみたくなるか苛付かせられるかといったタイプではあった。だが、仕事にも人間関係にも問題は無く、寧ろ意外にも器用な質だった。その彼女が今日に限って何故こうも……?
更に午後に入ってからもエレベーターの点検中に一階下のフロアの資料室から数冊のファイルを運ぶ途中、危うく階段で足を滑らせそうになっていたと別の同僚が顔を顰めた。
最早話の中心は指輪探しよりも、今日一日の事件事故探しになっていた。
「どれも基本的には運の問題なのよね」話を総合して、紗和の隣のロッカーの主が言った。「電車だっていつも満員電車に駆け込み状態。あの殺人的おしくら饅頭の中じゃ、誰が手を挟まれても不思議じゃないわよ。ロッカーの戸は――本当に話に夢中になって周りが見えなかった私が悪いんだけど――個々のロッカーの間が狭い事もあって、珍しい事じゃないわよね? お茶汲みしてようと何してようと、課長がいきなり大きな声を掛けるのもいつもの事。キャビネットの上のファイルだってしょっちゅう落ちてるわ。化粧室の蛍光灯はもうかなり古くなってたし……。さっさと変えてくれていれば問題なかったのに、こういう所、ケチるのよね、この会社。エレベーターが使えなくてもお使い頼まれるのも、いつもの事……」
「本当、不運だったねぇ、吉野ぉ。指輪迄失くすし」
「でも、これだけ続け様に事故に遭いながら怪我一つ無かったっていうのは……ある意味強運?」
顔を見合わせる同僚に、紗和が残念さを滲ませながらも落ち着いた様子で微苦笑して言った。
「もしかしたら本当にお守りとして、私の身代わりになってくれたのかも知れませんね。あの指輪。不運が通り過ぎたから、役目を終えて私の前から消えたのかも……。そう思う事にします」
そして帰り際に騒がせて済まなかったと、頭を下げた。
丸でそれで呪縛が解けた様に、はっと皆我に返って帰り支度を急ぎ始めた。聞けば聞く程出てくる事故に気を取られたのと、同僚の持ち物が紛失したという事件に帰るに帰れない空気になっていたのだ。然して高価そうではなかったが、仮にも貴金属。逃げる様に帰ったと変な噂が立ちはしないかと、それを恐れる心理も働いた様だ。
「でも本当、いつ落としたのかしら? さっき迄指輪をしていたのを見た気もするんだけど……。ごめん、私も記憶が定かじゃないわ。同じ様な毎日を過ごしてると駄目ね」隣のロッカーで支度を急ぎながら首を傾げる同僚に、紗和は自分もそうだと苦笑した。
紗和は頻りに侘びながら、もういいよと微苦笑する同僚達と共に帰って行った。
ゆっくりと支度をし、それを見送った女子社員は、結い上げていた髪を最後に下ろした。
転がってきたのを咄嗟に隠してしまった指輪が落ちないように、丁寧に解きながら。
彼女は知っていた――自分で買った物、と紗和が言ったこの指輪が、彼女も好意を寄せている男性社員からの贈り物だという事を。嫉妬の象徴だったそれが不意に紗和の指をするりと外れ、目の前に転がってきた時、思わず手が伸び、それと同時に口が重くなってしまったのだった。
彼女の指には小さ過ぎる指輪。嫉妬の象徴でありながらも憧れでもあった指輪を、彼女はネックレスに通し、首に掛けた。
翌日、件の女子社員が帰り電車を待つホームから酔っ払いにぶつかられて転落し、運悪く入って来た電車に撥ねられた、というニュースが社内に沈鬱な空気と共に広まった。
彼女の遺体は首を轢断されていたと言う。
―了―
お守りの品が破損したり無くなったりするのにはやはり訳がある……様な気がする。
そんな不運を吸った物を然も邪な思いで盗んだりしたら……ま、碌な事にはなりそうにないですよね(^^;)
会社で制服に着替える時に見た覚えがあるから違う筈、と紗和は頭を振った。
「あ、じゃあ話に夢中になった私がロッカーの戸にぶつかって勢いよく閉めちゃって、危うく手を詰めそうになってた時は?」隣の同僚があの時はごめん、と重ねて手を合わせながら訊く。
大丈夫、と手を振って見せながらも紗和は否定する。その後のお茶汲みの時にもしていた覚えがある、と。
「あ! そのお茶汲みの時にも課長に急に声掛けられて、驚いて沸いたばかりのお湯零してたじゃない! 気を付けなきゃ駄目よ!?」別の同僚から心配混じりの怒鳴り声。
苦笑しながらも紗和は有難うと笑う。幸い手や服にも掛からなかったし、慌てて指輪を落としたりもしなかったらしい。
「キャビネットの上に積みっ放しになってたファイルが落ちてきた時は? 全く、何度片付けても溜まるんだから」不満混じりの声にも、紗和は頭を振る。左手で顔を庇いはしたが、指輪は外れていなかったし、怪我も無かったと。
「化粧室で外したりは? そう言えば昼休みに一緒に行った化粧室でも突然蛍光灯が割れて……」別の同僚が言い――流石に蒼褪める。「ちょっと……これ、皆今日一日で吉野の周りに起こった事?」
ざわざわとした空気が流れた。
目撃者も状況も様々。だが、個々の話を付き合わせてみれば、ほんの僅か一日の間にこれ程の事故が彼女に降り掛かっていた事が解った。
確かに吉野紗和はちょっとぼうっとした所もある、面倒をみたくなるか苛付かせられるかといったタイプではあった。だが、仕事にも人間関係にも問題は無く、寧ろ意外にも器用な質だった。その彼女が今日に限って何故こうも……?
更に午後に入ってからもエレベーターの点検中に一階下のフロアの資料室から数冊のファイルを運ぶ途中、危うく階段で足を滑らせそうになっていたと別の同僚が顔を顰めた。
最早話の中心は指輪探しよりも、今日一日の事件事故探しになっていた。
「どれも基本的には運の問題なのよね」話を総合して、紗和の隣のロッカーの主が言った。「電車だっていつも満員電車に駆け込み状態。あの殺人的おしくら饅頭の中じゃ、誰が手を挟まれても不思議じゃないわよ。ロッカーの戸は――本当に話に夢中になって周りが見えなかった私が悪いんだけど――個々のロッカーの間が狭い事もあって、珍しい事じゃないわよね? お茶汲みしてようと何してようと、課長がいきなり大きな声を掛けるのもいつもの事。キャビネットの上のファイルだってしょっちゅう落ちてるわ。化粧室の蛍光灯はもうかなり古くなってたし……。さっさと変えてくれていれば問題なかったのに、こういう所、ケチるのよね、この会社。エレベーターが使えなくてもお使い頼まれるのも、いつもの事……」
「本当、不運だったねぇ、吉野ぉ。指輪迄失くすし」
「でも、これだけ続け様に事故に遭いながら怪我一つ無かったっていうのは……ある意味強運?」
顔を見合わせる同僚に、紗和が残念さを滲ませながらも落ち着いた様子で微苦笑して言った。
「もしかしたら本当にお守りとして、私の身代わりになってくれたのかも知れませんね。あの指輪。不運が通り過ぎたから、役目を終えて私の前から消えたのかも……。そう思う事にします」
そして帰り際に騒がせて済まなかったと、頭を下げた。
丸でそれで呪縛が解けた様に、はっと皆我に返って帰り支度を急ぎ始めた。聞けば聞く程出てくる事故に気を取られたのと、同僚の持ち物が紛失したという事件に帰るに帰れない空気になっていたのだ。然して高価そうではなかったが、仮にも貴金属。逃げる様に帰ったと変な噂が立ちはしないかと、それを恐れる心理も働いた様だ。
「でも本当、いつ落としたのかしら? さっき迄指輪をしていたのを見た気もするんだけど……。ごめん、私も記憶が定かじゃないわ。同じ様な毎日を過ごしてると駄目ね」隣のロッカーで支度を急ぎながら首を傾げる同僚に、紗和は自分もそうだと苦笑した。
紗和は頻りに侘びながら、もういいよと微苦笑する同僚達と共に帰って行った。
ゆっくりと支度をし、それを見送った女子社員は、結い上げていた髪を最後に下ろした。
転がってきたのを咄嗟に隠してしまった指輪が落ちないように、丁寧に解きながら。
彼女は知っていた――自分で買った物、と紗和が言ったこの指輪が、彼女も好意を寄せている男性社員からの贈り物だという事を。嫉妬の象徴だったそれが不意に紗和の指をするりと外れ、目の前に転がってきた時、思わず手が伸び、それと同時に口が重くなってしまったのだった。
彼女の指には小さ過ぎる指輪。嫉妬の象徴でありながらも憧れでもあった指輪を、彼女はネックレスに通し、首に掛けた。
翌日、件の女子社員が帰り電車を待つホームから酔っ払いにぶつかられて転落し、運悪く入って来た電車に撥ねられた、というニュースが社内に沈鬱な空気と共に広まった。
彼女の遺体は首を轢断されていたと言う。
―了―
お守りの品が破損したり無くなったりするのにはやはり訳がある……様な気がする。
そんな不運を吸った物を然も邪な思いで盗んだりしたら……ま、碌な事にはなりそうにないですよね(^^;)
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こんばんは♪
お守りが身代わりになったという話は、結構聞いたことがあるけど・・・
そういう災厄を吸い取ったお守りの品を拾ったりすると、その災厄も一緒に拾ってしまう事になるんやねぇ~!
ましてや、そのような邪な思いが加味されたら、
尚の事なんだろうねぇ!
お守りが落ちてても拾わんとこ!
(=^_^=) ヘヘヘ
そういう災厄を吸い取ったお守りの品を拾ったりすると、その災厄も一緒に拾ってしまう事になるんやねぇ~!
ましてや、そのような邪な思いが加味されたら、
尚の事なんだろうねぇ!
お守りが落ちてても拾わんとこ!
(=^_^=) ヘヘヘ
Re:こんばんは♪
厄を吸い取ってくれてる、と思うとならばその吸い取った厄はどこに行くんやろう? と考えてしまいましてん(^^;)
で、やっぱり邪な思いは厄を呼ぶかな……と(苦笑)
で、やっぱり邪な思いは厄を呼ぶかな……と(苦笑)
Re:無題
最後にスプラッタに(苦笑)
やっぱりそんな物を邪な思いで手に取っちゃいけませんな☆
あるいは邪だから引き寄せちゃったのかも?
やっぱりそんな物を邪な思いで手に取っちゃいけませんな☆
あるいは邪だから引き寄せちゃったのかも?
冬猫
呪われた指輪だよ!小さい災いが少しづつ来て、一気にバーンと来るんだと思うね。指輪を盗んだお嬢さんは、たまたまタイミングが悪かったんだと思うよ。
呪われてたのは元の持ち主だよ。実は、彼氏は別れたがってたんだね。
なんて想像しちゃいます。
呪われてたのは元の持ち主だよ。実は、彼氏は別れたがってたんだね。
なんて想像しちゃいます。
Re:冬猫
いや、紗和さん、前からずっと着けてたって明記してるし……(--;)
そんなロシアンルーレットな面白い指輪じゃないから(苦笑)
そんなロシアンルーレットな面白い指輪じゃないから(苦笑)
Re:ああ…‥‥・・
よくある事さ! タイトルが「冬猫」になってる事なんて!(笑)
それにしても毎日暑いね~☆
それにしても毎日暑いね~☆
こんばんはー
指輪は仕事の邪魔になるので、お出掛けのときにたまーに嵌める程度。
そんな訳で、ピンキーリングも持ってるけど嵌めてないんですよね。
今のところ、こんな危険な事故にはあってないけど、ちょっと考えちゃうかも…
そんな訳で、ピンキーリングも持ってるけど嵌めてないんですよね。
今のところ、こんな危険な事故にはあってないけど、ちょっと考えちゃうかも…
Re:こんばんはー
まぁ、彼女は余りに運が悪いですよね(苦笑)
でも所謂大事故の陰には数多の表に出ない小さな事故があると言いますから、実は間一髪回避して意識されなかった事故も無いとは言い切れないかも?(←脅してどーする)
指輪、やっぱり慣れないとちょっと邪魔って感じしますよね(^^;)
でも所謂大事故の陰には数多の表に出ない小さな事故があると言いますから、実は間一髪回避して意識されなかった事故も無いとは言い切れないかも?(←脅してどーする)
指輪、やっぱり慣れないとちょっと邪魔って感じしますよね(^^;)
Re:持つべき人
確かに贈り物には贈った人の何らかの思いが籠もっているでしょうねぇ……。
彼女に贈った物を他人が、それも邪な感情で持ったら……こわ(笑)
彼女に贈った物を他人が、それも邪な感情で持ったら……こわ(笑)
Re:おはよう!
ずっと着けていたのに今日に限って……なので余程運の悪い日だったかと(笑)
やはり邪はいけませんな!(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)
やはり邪はいけませんな!(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)
Re:無題
しっかり罰が当たった様で(--;)
指輪……着ける指でも色々意味があったりしますねぇ。
指輪……着ける指でも色々意味があったりしますねぇ。
Re:おぉ~@@
バサッ! と言うかザクッ! と言うか(^^;)
ある意味お守り効果で本来の持ち主が守られていた分、そのつけも来たかもね~。邪だし★
ある意味お守り効果で本来の持ち主が守られていた分、そのつけも来たかもね~。邪だし★