[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
嫌いなものを描きなさい――そう言って画用紙を渡された子供達は、思い思いに自らの苦手とするものを描き始めた。
虫、蛇、蛙……ピーマン、玉葱、グリーンピース……注射器、三叉の槍を持ったキャラクター化された虫歯菌……その他諸々。一枚の画用紙に幾つも幾つも描いている子供も居る。
それにしても、普通は好きなものを描けと言うんじゃないのかな?――今は図工の時間中。担任教師の不審な言葉に、何人かが首を傾げていた――好きな人を描け、とか。
まぁ、いい。好きな人だと、母親とか先生とか、子供なりに気を遣うが、嫌いなものなら思い付く儘を描けばいいのだから。
隣を覗き込んではからかう者や、題材はどうであれ絵の出来栄えに拘る者、一つの教室の中、様々な思いが画用紙に描かれて行く。
やがて時間の終了間際、回収された絵を眺めて、教師は言った。
「どうして皆、自分の顔を描いてるの?」
一瞬の間があって、次々に手と声が上がった。
「違うよ、私が描いたのはそこの子供っぽい二十八番!」
「私も違う。あっちの妙に理屈っぽい三番の子」
「その……十二番です。いつも意地悪で……」
「三十番! 暗いんだもの!」
「先生、しっかり見てよ。頭の悪そうな顔、ちゃんと描けてるでしょう?」
次々に上がる声に、教師は重い溜息をついた。予想はしていた事ではあるが……。
「はいはい、よく描けてるわ。それぞれ――同じ遺伝子を持った、他人の顔がね」
クローンは果たして同一人物となり得るか否か――馬鹿げた実験をしたものだと、教師は上役の正気を疑った。然も、違法ではないか。
一卵性双生児がそうである様に、同じ遺伝子という設計図を基にしようと、育てられた環境でその性格や学習に於ける習熟度は変わってくるのだ。
只、共通するのは、同じ姿をした他人への競争意識と……その嫌な面が自分にも何処かしら備わっているのではないかという嫌悪感のみ。
究極の同族嫌悪かも知れない。
だからかしら?――教師は溜息をついた――幼い頃の自分そっくりのこの子達が、決して好きにはなれない……。
母でもない、姉でもない、同一の遺伝子を持った彼女は、数十人の自分という鏡を、今日も見続けている。
今、嫌いなものを書けという課題で彼女が描くのは、紛れもなく自分の顔だった。
―了―
ねーむーいー。