〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
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こんな狭い店だったんだな――商品の陳列されていた棚も取り払われた店内を見回して、僕は感慨に耽っていた。
ほんの半年程、バイトした小さな本屋。先日、閉店した本屋。
元々老夫婦が細々と営んでいたのだけれど、ご主人が身体を壊したとかで募集していたバイトに応募したのが僕だった。正直、時給なんて安いものだ。けれど本好きだった事もあり、僕はここを希望した。
所狭しと並べられた棚の間を縫って、重い本を運んだり陳列していた時には意外に広く感じたのに……。
コンクリートが剥き出しとなった床は、冷たく、そして見渡した面積は狭かった。
勿論、棚で遮られて見通しが悪かった分広く見えたとか、棚を回り込んで歩く距離が長かった分広く感じたとか、そんな錯覚もあったんだと思う。
けど、それ以上に、抜け殻になった店は……小さく見えた。
それは感傷だったのかも知れないけれど。
「ごめんねぇ、仁君。折角手伝ってくれてたのに、お店……。あの人が元気にさえなってくれてたら……」背後から掛かった老婦人の声に、僕は慌てて頭を振る。
結局、ご主人の容態はよくなる事はなく、半月前に亡くなられた。もう九十近かったから、大往生と言っていいのかも知れない。ご主人よりは二つ下の老婦人も、彼無しで店を続ける気力は無かったらしく、遂に長年続けた店を閉める決心をした。
そして、悲しみを振り払う様に、彼女は店から全てを取り払った……。
ご主人が愛用していた椅子も、彼のタバコの後が残ったカウンターも、何もかも……。
店は元々の土地から、老夫婦の所有だし、いずれは更地にするとかで――何もそこ迄しなくても、とは思ったのだけれど。
それだけ、振り切ってしまいたい程にご主人の死は彼女にはショックだったのだろうか。
僕は型通りの慰めの言葉を口にする事しか出来ず、彼女を店舗隣の自宅に送り届けた後、別れの挨拶を告げた。
それから数日後――僕は夕方にその店の前を通り掛かった。
何気無く自転車で通り過ぎ掛け、慌ててブレーキを掛ける。
店に、灯が点いていた。天井の蛍光灯も全てが取り去られた店で、古めかしいランプの明かりが、コンクリートの冷たさの中で、僅かな空間を温めていた。
その小さな灯の範囲に、ぽつりと腰を下ろしているのは、あの老婦人だった。店を懐かしんでいるのか、冷たい床を撫でては、何事か呟いている。
それだけならば未だいいが――僕は見てしまった。
ランプを挟んで彼女と向かい合い、懐かしげな微笑みを浮かべる、ご主人の姿を。それはどこか薄っぺらで、向こうの壁が透けて見えていて……初めて見る幽霊の姿に、僕は言葉を失った。
もし、彼が夫人を自分の世界に引き込みに来たのだとしたら、僕は彼女を店から引き摺り出してでも、阻止するべきかも知れない。けれど、二人の様は本当に温かで、互いを労わる視線が余りに微笑ましくて――僕は声を掛ける事も出来ず、その場を去った。
更に半年程後、あの店の隣の家、詰まりは老婦人宅が鯨幕に覆われていた。
ああ、ご主人の元に旅立ったんだ――僕は、悲しくはあったけれど、どこか心静かに、その葬列を見送った。
主を失った店は、尚小さく、冷たく見えた。
―了―
前に寄った事のある店が、昨日通り掛かったら内装も全て撤去されていて……妙に小さく感じたのさ。
ほんの半年程、バイトした小さな本屋。先日、閉店した本屋。
元々老夫婦が細々と営んでいたのだけれど、ご主人が身体を壊したとかで募集していたバイトに応募したのが僕だった。正直、時給なんて安いものだ。けれど本好きだった事もあり、僕はここを希望した。
所狭しと並べられた棚の間を縫って、重い本を運んだり陳列していた時には意外に広く感じたのに……。
コンクリートが剥き出しとなった床は、冷たく、そして見渡した面積は狭かった。
勿論、棚で遮られて見通しが悪かった分広く見えたとか、棚を回り込んで歩く距離が長かった分広く感じたとか、そんな錯覚もあったんだと思う。
けど、それ以上に、抜け殻になった店は……小さく見えた。
それは感傷だったのかも知れないけれど。
「ごめんねぇ、仁君。折角手伝ってくれてたのに、お店……。あの人が元気にさえなってくれてたら……」背後から掛かった老婦人の声に、僕は慌てて頭を振る。
結局、ご主人の容態はよくなる事はなく、半月前に亡くなられた。もう九十近かったから、大往生と言っていいのかも知れない。ご主人よりは二つ下の老婦人も、彼無しで店を続ける気力は無かったらしく、遂に長年続けた店を閉める決心をした。
そして、悲しみを振り払う様に、彼女は店から全てを取り払った……。
ご主人が愛用していた椅子も、彼のタバコの後が残ったカウンターも、何もかも……。
店は元々の土地から、老夫婦の所有だし、いずれは更地にするとかで――何もそこ迄しなくても、とは思ったのだけれど。
それだけ、振り切ってしまいたい程にご主人の死は彼女にはショックだったのだろうか。
僕は型通りの慰めの言葉を口にする事しか出来ず、彼女を店舗隣の自宅に送り届けた後、別れの挨拶を告げた。
それから数日後――僕は夕方にその店の前を通り掛かった。
何気無く自転車で通り過ぎ掛け、慌ててブレーキを掛ける。
店に、灯が点いていた。天井の蛍光灯も全てが取り去られた店で、古めかしいランプの明かりが、コンクリートの冷たさの中で、僅かな空間を温めていた。
その小さな灯の範囲に、ぽつりと腰を下ろしているのは、あの老婦人だった。店を懐かしんでいるのか、冷たい床を撫でては、何事か呟いている。
それだけならば未だいいが――僕は見てしまった。
ランプを挟んで彼女と向かい合い、懐かしげな微笑みを浮かべる、ご主人の姿を。それはどこか薄っぺらで、向こうの壁が透けて見えていて……初めて見る幽霊の姿に、僕は言葉を失った。
もし、彼が夫人を自分の世界に引き込みに来たのだとしたら、僕は彼女を店から引き摺り出してでも、阻止するべきかも知れない。けれど、二人の様は本当に温かで、互いを労わる視線が余りに微笑ましくて――僕は声を掛ける事も出来ず、その場を去った。
更に半年程後、あの店の隣の家、詰まりは老婦人宅が鯨幕に覆われていた。
ああ、ご主人の元に旅立ったんだ――僕は、悲しくはあったけれど、どこか心静かに、その葬列を見送った。
主を失った店は、尚小さく、冷たく見えた。
―了―
前に寄った事のある店が、昨日通り掛かったら内装も全て撤去されていて……妙に小さく感じたのさ。
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無題
どもども!
何か悲しいお話っすね~。
更地にする事もないだろうって思うけど、それだけご主人の事を愛してたんだろうね。
ランプの灯りで照らされた室内、亡くなったご主人との会話で旅立ちの決心をしたんですかね?
何か悲しいお話っすね~。
更地にする事もないだろうって思うけど、それだけご主人の事を愛してたんだろうね。
ランプの灯りで照らされた室内、亡くなったご主人との会話で旅立ちの決心をしたんですかね?
Re:無題
只のコンクリートの箱になった店を見てたら、何となーく、しんみりした気分になったり(^^;)
こんばんは
時の流れによる変化って寂しいよね…歳を取ると尚更、余計な変化に気付いて寂しい気分になります。
そんな時は、良い方向に変化していると自身に信じこませてますが、なかなか慣れないものです~
老婦人は、後々の事を考えて片付けたんだろうね。ランプの元で幸せな時を向かえられたのだと信じてます。
そんな時は、良い方向に変化していると自身に信じこませてますが、なかなか慣れないものです~
老婦人は、後々の事を考えて片付けたんだろうね。ランプの元で幸せな時を向かえられたのだと信じてます。
Re:こんばんは
まぁ、私が昨日見た店はしょっちゅう経営者が替わってるので(笑)
こんなドラマは無いかも知れませんが(別の話はあるかもね~)
やはり何かが変わって行くのって、寂しいものがありますね~。
こんなドラマは無いかも知れませんが(別の話はあるかもね~)
やはり何かが変わって行くのって、寂しいものがありますね~。
こんにちは♪
ちょっと寂しいけど、でも良いお話ですネ♪
時の移り変わりは、どうする事も出来ないけど、
夫婦二人で紡いだ思い出は、きっとステキなもの
だったんでしょうね、老婦人は穏やかな気持で
旅立てたと思うなぁ・・・・
時の移り変わりは、どうする事も出来ないけど、
夫婦二人で紡いだ思い出は、きっとステキなもの
だったんでしょうね、老婦人は穏やかな気持で
旅立てたと思うなぁ・・・・
Re:こんにちは♪
どうせいつか来るものならば、心穏やかにその日を迎えられるのって、ある意味幸せかも……。
私も…
昨日、何度か行ったことがあるコンビニ
ちょうど内装を引っぺがしているところに出くわしましたなんだかもの悲しかった。。
あの世に行ってもなお仲良くいられるようなご夫婦は
幸せですね
羨ましいぞ(笑)
ちょうど内装を引っぺがしているところに出くわしましたなんだかもの悲しかった。。
あの世に行ってもなお仲良くいられるようなご夫婦は
幸せですね
羨ましいぞ(笑)
Re:私も…
何か寂しいですよね。買い物だけなら他の店に行けば事足りるとしても、それ程馴染みではなかったとしても、何と無く……ああ、無くなっちゃうんだ、って物悲しくなります。
共に白髪の生える迄……どころか、共に白装束纏う迄(^^;)
共に白髪の生える迄……どころか、共に白装束纏う迄(^^;)
こんばんは
今時の本屋さんは大変だろうなぁ。
ただでも文字離れが進んでいて売れないのに、不景気だし、売れもしないのにたくさん本を出して、お笑いタレントのネタ本なんかがバカ売れしたり、万引きも多いらしいし、オマケにネットの時代で雑誌すら余り売れないらしいしねぇ~。
うちの近くでも、本屋さんが結構なくなったねぇ。
まだ辛うじて残ってるけどさぁ。
ただでも文字離れが進んでいて売れないのに、不景気だし、売れもしないのにたくさん本を出して、お笑いタレントのネタ本なんかがバカ売れしたり、万引きも多いらしいし、オマケにネットの時代で雑誌すら余り売れないらしいしねぇ~。
うちの近くでも、本屋さんが結構なくなったねぇ。
まだ辛うじて残ってるけどさぁ。
Re:こんばんは
個人経営の本屋さんなんて、本当に大変だと思いますね。
チェーン店だと売れない在庫を少しでも需要の高い店に回す事も出来るでしょうけど、そうも行かないし。返品も利くのかどうか?
当然だけど、大型店程在庫も抱えて置けないから「あの店行っても無いしー」って、客離れもするし……。
うちの近所で個人経営で残ってるのは、それこそ老夫婦がやってる小さなお店位ですよ(-。-;)
チェーン店だと売れない在庫を少しでも需要の高い店に回す事も出来るでしょうけど、そうも行かないし。返品も利くのかどうか?
当然だけど、大型店程在庫も抱えて置けないから「あの店行っても無いしー」って、客離れもするし……。
うちの近所で個人経営で残ってるのは、それこそ老夫婦がやってる小さなお店位ですよ(-。-;)
Re:こんばんは
有難うございます♪
そしてやっぱり怖くない幽霊さん……。
そしてやっぱり怖くない幽霊さん……。
Re:無題
想い入れのある人、思い入れのある場所、突然無くなると、ぽっかりと穴が空いた様な気分になるでしょうね……。
時の流れとは言え、無情です。
時の流れとは言え、無情です。
Re:う~ん・・・
他に生き甲斐でもあれば未だ少しは気が紛れそうだけど……二人で店を営むのが生き甲斐だったりすると……うーん(--;)