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珍しく家族三人が揃った朝食の席で、昔住んでいた家の夢を見たと言ったら、両親に笑われた。
「何言ってるの。聡美はこの家で生まれて、十七年間ここで育ったんじゃない」珈琲のおかわりを注ぎながら、母が笑う。
「まぁ、夢の中って不思議と、知らない場所を知ってると思ったり、地理無茶苦茶だったりするからなぁ。テレビか何かで見た場面とかが出て来て、それがそう思えたんじゃないか?」連休中はのんびり過ごすと決めて、パジャマ姿の父が言う。
そうなのかも知れない、と私も苦笑した。確かに、私には物心付いた頃からのこの家の記憶がある。夢の中の家が昔住んでいた所だと思えたのも、夢の中だからこそなのだろう。
でも……夢の中では何故かそうだと確信していたし、何よりとっても懐かしい感じがしたんだけどなぁ……。
木造平屋の一戸建て。詳しい築年数は判らないけど、板壁や屋根の傷み具合、障子や畳の日焼け具合から、かなりの年代物だと思われた。部屋数は五つもあっただろうか。台所、両親の部屋、そして私の部屋。
私の部屋?――ふと、私は首を捻る。
物心付く前の幼い子供に一人部屋は、普通与えないだろう。幼い子供は急に熱を出したり、それでなくとも何かと手が掛かるのだもの。
やはり、只の夢だったのか。少しだけ残念な気持ちで、私は肩を竦めた。
夢の家はとても居心地がよく、温かかったから。お母さんはいつも優しくて、色々教えてくれた。お父さんも陽の高い内に帰って来ては、色んな土産話をしてくれた。
何歳位だったのか、何故か顔は覚えていないのだけれど。
その夜、私はまた昔の家の夢を見た。
やっぱり、自分の家に感じられる、懐かしい家。懐かしい両親。
なのに、昨夜とは様相が違った。
近所の友達の家から帰った私が見たのは、一面の、赤。
玄関も。廊下も。台所も、居間も、仏間も……! 全てが赤く彩られていた。玄関に倒れたお父さんと、台所で倒れていたお母さん、その二人から溢れた血で。
お父さんは玄関に置いてあった傘を手に、何か、あるいは誰かと戦って、そしてお母さんはお父さんに守られながら台所に逃げ込んだものの、捕まって……。犯人は二人の返り血を浴びた儘、室内を物色し、金目の物を盗って行った。
その情景がありありと浮かぶのも、夢の中だから? だったらこんな夢、見たくない!
全てを拒絶する様に悲鳴を上げた私の頭に、何かが叩き付けられた様な衝撃が走った。痛みは無い。けれど確かにそれは悪意を以って故意にぶつけられた物だと感じられ、私は慌ててそちらを振り返った。
返り血に染まった若い男の顔。そしてその背後の、家族三人の名が記された表札――中川啓吾、佐和子、そして啓子……。
それが、私が最後に見たものだった。
「パパ、若い頃のアルバム見せてよ」翌朝、連休を満喫する父に、ちょっと甘えた声で、私は頼んだ。
「アルバム? 何処にしまったかな?」仕方ないな、と苦笑しながらも、父は数冊のアルバムを出してきた。
その中――約十八年程前の日付の中に、私は見付けた。
いや、既に気付いてはいたのだ。
夢の中の若い男の顔、その面影が、歳を重ねた父の顔に、残っている事に。
そしてネットで調べて知った事だが、私が生まれる一年程前、隣町で一家惨殺事件があり、その犯人は未だ不明だった。一家の主は中川啓吾。妻佐和子と、十一歳になる啓子という娘が居たそうだ。
あの家は今はどうなっているのだろう……? 惨劇の現場として忌み嫌われ、解体されてしまったのだろうか? それとも……?
明日、私は父にドライブをせがもうと思っている。普段仕事仕事で会話をする機会もないのだから、近場でいいから連休中位は、と。勿論、行き先は私が決める。
聡美ではなく、敵の娘として生まれ変わってしまった、中川啓子として。
―了―
連休中に何考えてんでしょね? この人は☆
因果だねぇ。
家が見たいと言うか、父の反応を見たいと言うか……。