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子供の頃、通学路のあちこちに『お巡りさんの看板』が立っていた。
等身大の看板に、お巡りさんが描かれた奴だ。単純な造りの、どことなくのほほんとした顔をしていたけれど、足元に地元県警の名が書かれていたから、どうやらちゃんとしたものらしい。
それにしても、本当にあちらこちらにあるんだけど。
ある雨の日、集団登校中の僕等に向かって、雨でスリップしたらしい車が突っ込みそうになった。
僕等は突然の耳障りなブレーキ音と、横滑りしながら迫って来る車体に、パニックを起こすだけで足も動かせずにいた。自棄に時間が遅く感じるのに、身動き一つならない。
ウインドウ越しにはっきりと、恐怖に顔を引き攣らせたサラリーマン風のおじさんの姿。懸命にハンドルを操ろうとしているけど、スリップしたタイヤはおじさんの思う方向へは動いてくれない。
この儘では……!
と――。
車が更に滑り、僕等を避ける様に――あるいはそちらへ吸い寄せられる様に――道路脇に立つ、お巡りさんの看板へと、突っ込んで行った。
金属のぶつかる耳障りな音、僕等の悲鳴……それらが消え、静かに降る雨音だけになって暫くした頃、少しひしゃげた運転席のドアが開いた。おじさんはどうやら無事だった様だ。
勿論、僕等にも怪我はなく、全員の無事を喜びながら、それから暫くして来た本物のお巡りさんに事情を訊かれた。
そして僕は、この際とばかりに、予てから気になっていた事を訊いた。例の看板の事だ。
「例えば、パトカーが走っているだけでも、ドライバーはスピードの出し過ぎに気を付けるようになるんだよ。シートベルトの未着用にもね。それと同じ様に、お巡りさんの姿があるだけでも、少しだけ、気が引き締まり、悪い事が出来なくなる……といいなって期待してるんだよ」お巡りさんはそう言って苦笑した。
あちこちに沢山あるのは、本来なら自分達で見守りたいけど、人員的にも街の全てには目が行き届かないから、と。
「まぁ、看板だから、本当に見守るだけしか出来ないんだけどねぇ……」
「でも、あの時、本当に車の動きがおかしかったんです。運転手のおじさんがハンドル回しても向きも変えられなかったのに……。運転手のおじさんだって、掠り傷で済んだみたいだし」
「うん……。もしかしたら、あいつが守ってくれたのかも知れないねぇ」お巡りさんはしみじみと、頷いた。
あれは只の看板なのに――そう思いつつも、僕らも同じ事を感じていた。
そんな話をする僕等の傍らを、車の直撃を受けてぐしゃぐしゃになった看板が運ばれて行く。
単純な造りの、どことなくのほほんとした顔が、少しだけ、凛々しく見えた。
僕等は思わず敬礼して、それを見送った。
―了―
夜中の三時頃に携帯にメモりながら考えた話~( ̄▽ ̄;)