〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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今日迄背負ってきた罪と、永遠の睡眠に没する心算だった。
でも、昨日夜霧が漂う中で、私を揶揄した彼の言葉が今も頭の中に木霊して眠らせてくれない……。
「逃げる為に人を殺して、更にその罪からも逃げる為に今度は自分も殺すのか。それとも、今度は俺を殺す算段か?」
夜霧に包まれた湖面に突き出した桟橋。その突端で手の中の小さな瓶をじっと見詰めていた私は、そう声を掛けられてはっと我に返った。
「大きな声で言わないでくれる? そんな事」精一杯の虚勢で笑顔を作り、私は振り向いた。「人に聞かれたら、始末する相手が増えちゃうじゃないの」
彼は大袈裟な仕草で肩を竦め、この小さな湖を囲む、霧に包まれた森からゆっくりと出て来た。朧気だった輪郭が急激にはっきりとして、私は思わず一歩、後退った。
でも、昨日夜霧が漂う中で、私を揶揄した彼の言葉が今も頭の中に木霊して眠らせてくれない……。
「逃げる為に人を殺して、更にその罪からも逃げる為に今度は自分も殺すのか。それとも、今度は俺を殺す算段か?」
夜霧に包まれた湖面に突き出した桟橋。その突端で手の中の小さな瓶をじっと見詰めていた私は、そう声を掛けられてはっと我に返った。
「大きな声で言わないでくれる? そんな事」精一杯の虚勢で笑顔を作り、私は振り向いた。「人に聞かれたら、始末する相手が増えちゃうじゃないの」
彼は大袈裟な仕草で肩を竦め、この小さな湖を囲む、霧に包まれた森からゆっくりと出て来た。朧気だった輪郭が急激にはっきりとして、私は思わず一歩、後退った。
十年前、当時勤めていた会社で、私は僅かな額ながらも資金を着服してしまった。
当時付き合っていた人は優柔不断で、私の結婚を望む言葉にも、なかなか首を縦に振ってくれなかった。そんな時の言い訳は先ず、お金。定職に就いてはいたけれど、当時の私より収入の少なかった彼の、それは不安だったのか、それとも――男としての意地だったのか?
けれど私は先ず金を求め、尚一層働いた。それでも彼は首肯せず、寧ろ共にする時間が減った事で互いに不信感に駆られ始め……。
そんな時に目の前にあった資金に、魔が差した。
このお金さえあれば、こんなに時間を犠牲にして働かなくても、彼と一緒に居られる。そんな思い――あるいは妄想――に駆られた。
そんな事をして、監査が入ればばれない筈もないのに……。魔は私の思考も理性も、その一瞬、奪い去ってしまったのだ。
案の定、合わない帳簿や落ち着きのない私の様子から勘付いたのだろう。慰安旅行の夜、私は上司に呼び出された。
そして、未だ他人には話していないから、直ぐに返せば不問にしてもいい、と言った彼を、私は隙を見て殺してしまった。この湖に突き落として――。
更には社に戻ってから、社のパソコンを操作して、横領犯が彼であるかの様に、偽装迄した。その所為もあってか、彼の死はそれを苦にしての自殺という方向に傾いた。これは預かり知らない事だったけれど、彼に若干の借金があった事も、私には幸運に働いた様だ。
けれど、結局そうして手にした金は私と彼の間を繋ぎ止めてはくれず、程無くして私達は別れた。
結局、私は彼の思いなど解ってはいなかったのだろう。私は少しばかりの資金と大きな罪、そして喪失感を抱えて退社し、逃げる様に街を離れた。
なのに、今頃になって当時の同僚と再会し、然も事件を掘り起こされた挙げ句に私が犯人だと気付かれるなんて……。
「あの後直ぐ辞めちゃったから、どうしたかと思ってたよ」再会した夜、彼はそう言っていた。
「色々あって……」過去に触れられたくなかった私は目を伏せた。
「まぁね、上司が横領やらかした挙げ句に慰安旅行の夜に自殺なんてね。充分ショックだったと思うよ。君とは仲良かったみたいだし……」そう言って私を見た目は、意味ありげだった。
罪悪感がそう見せたのかとも思ったが、次の彼の言葉がその観測を打ち消した。
「そう言えばあの夜、君達は湖の方へ歩いて行ったね。彼が亡くなった湖に、二人で」
「私を……疑ってるの?」声が上擦った。「あの当時も警察にも話したけど、私は直ぐに戻ったわ。湖には霧が出ていて見晴らしも悪いし、気味も悪かったし……」
「でも君が戻って来たのは、時間的には彼が湖に落ちてから後だったねぇ」
「行った時とは別の、森の中の道を通って帰ったから、少し時間が掛かったのよ。霧で見通しも悪かったし」
「なるほど、霧は君の姿も隠してくれるからね。例え見通しや気味が悪くても、姿を見られないという利点はあった訳だ」
「……」私は黙してしまった。話せば話す程に、ボロが出そうな不安が胃を締め上げる。証拠は無いのだ。彼も刑事でも何でもない。落ち着いてあしらってしまえば……。
「そう言えば君、事件の後、随分熱心にパソコンいじってたねぇ。その癖いつも普通に片付けてる筈の仕事が終わらなくて、残業してたっけ。あれって……何をしてたのかなぁ?」
私は――上司を沈めた湖に最後の鎮魂に行く時間をくれと願い、彼は自分も同行するという条件で、それを了承した。
そして昨日の夜、彼の揶揄に精一杯の虚勢で応えたけれど、私には手にした睡眠薬を彼に盛る気など毛頭、無かった。
そんな事をしても罪の荷重が増すだけ。そんな事は解っていた。
飲むのは私独り――そう思っていたし、今日もその思いの儘、この桟橋に立ったのだけれど……。
今は森との境でこちらを窺っている、彼の昨夜の言葉が木霊する。
『逃げる為に人を殺して、更にその罪から逃れる為に今度は自分も殺すのか』と。
昨夜、霧の中から現れた彼は更にこうも言った。
『君はあの世へ行っても逃げ続けるんだろうか? 横領犯の汚名を着せられ、先に行かされた上司には、合わせる顔などないだろうしな。今の君じゃあ』
そう。私は罪を償っていない。彼に合わせる顔などある筈もない。
私は――臆病な私にはもう、逃げ道すら、残されてはいなかった。
私の手から、睡眠薬の瓶が湖の水面に滑り落ち、波紋を作り、沈んで行った。
―了―
暑いっす(--;)
当時付き合っていた人は優柔不断で、私の結婚を望む言葉にも、なかなか首を縦に振ってくれなかった。そんな時の言い訳は先ず、お金。定職に就いてはいたけれど、当時の私より収入の少なかった彼の、それは不安だったのか、それとも――男としての意地だったのか?
けれど私は先ず金を求め、尚一層働いた。それでも彼は首肯せず、寧ろ共にする時間が減った事で互いに不信感に駆られ始め……。
そんな時に目の前にあった資金に、魔が差した。
このお金さえあれば、こんなに時間を犠牲にして働かなくても、彼と一緒に居られる。そんな思い――あるいは妄想――に駆られた。
そんな事をして、監査が入ればばれない筈もないのに……。魔は私の思考も理性も、その一瞬、奪い去ってしまったのだ。
案の定、合わない帳簿や落ち着きのない私の様子から勘付いたのだろう。慰安旅行の夜、私は上司に呼び出された。
そして、未だ他人には話していないから、直ぐに返せば不問にしてもいい、と言った彼を、私は隙を見て殺してしまった。この湖に突き落として――。
更には社に戻ってから、社のパソコンを操作して、横領犯が彼であるかの様に、偽装迄した。その所為もあってか、彼の死はそれを苦にしての自殺という方向に傾いた。これは預かり知らない事だったけれど、彼に若干の借金があった事も、私には幸運に働いた様だ。
けれど、結局そうして手にした金は私と彼の間を繋ぎ止めてはくれず、程無くして私達は別れた。
結局、私は彼の思いなど解ってはいなかったのだろう。私は少しばかりの資金と大きな罪、そして喪失感を抱えて退社し、逃げる様に街を離れた。
なのに、今頃になって当時の同僚と再会し、然も事件を掘り起こされた挙げ句に私が犯人だと気付かれるなんて……。
「あの後直ぐ辞めちゃったから、どうしたかと思ってたよ」再会した夜、彼はそう言っていた。
「色々あって……」過去に触れられたくなかった私は目を伏せた。
「まぁね、上司が横領やらかした挙げ句に慰安旅行の夜に自殺なんてね。充分ショックだったと思うよ。君とは仲良かったみたいだし……」そう言って私を見た目は、意味ありげだった。
罪悪感がそう見せたのかとも思ったが、次の彼の言葉がその観測を打ち消した。
「そう言えばあの夜、君達は湖の方へ歩いて行ったね。彼が亡くなった湖に、二人で」
「私を……疑ってるの?」声が上擦った。「あの当時も警察にも話したけど、私は直ぐに戻ったわ。湖には霧が出ていて見晴らしも悪いし、気味も悪かったし……」
「でも君が戻って来たのは、時間的には彼が湖に落ちてから後だったねぇ」
「行った時とは別の、森の中の道を通って帰ったから、少し時間が掛かったのよ。霧で見通しも悪かったし」
「なるほど、霧は君の姿も隠してくれるからね。例え見通しや気味が悪くても、姿を見られないという利点はあった訳だ」
「……」私は黙してしまった。話せば話す程に、ボロが出そうな不安が胃を締め上げる。証拠は無いのだ。彼も刑事でも何でもない。落ち着いてあしらってしまえば……。
「そう言えば君、事件の後、随分熱心にパソコンいじってたねぇ。その癖いつも普通に片付けてる筈の仕事が終わらなくて、残業してたっけ。あれって……何をしてたのかなぁ?」
私は――上司を沈めた湖に最後の鎮魂に行く時間をくれと願い、彼は自分も同行するという条件で、それを了承した。
そして昨日の夜、彼の揶揄に精一杯の虚勢で応えたけれど、私には手にした睡眠薬を彼に盛る気など毛頭、無かった。
そんな事をしても罪の荷重が増すだけ。そんな事は解っていた。
飲むのは私独り――そう思っていたし、今日もその思いの儘、この桟橋に立ったのだけれど……。
今は森との境でこちらを窺っている、彼の昨夜の言葉が木霊する。
『逃げる為に人を殺して、更にその罪から逃れる為に今度は自分も殺すのか』と。
昨夜、霧の中から現れた彼は更にこうも言った。
『君はあの世へ行っても逃げ続けるんだろうか? 横領犯の汚名を着せられ、先に行かされた上司には、合わせる顔などないだろうしな。今の君じゃあ』
そう。私は罪を償っていない。彼に合わせる顔などある筈もない。
私は――臆病な私にはもう、逃げ道すら、残されてはいなかった。
私の手から、睡眠薬の瓶が湖の水面に滑り落ち、波紋を作り、沈んで行った。
―了―
暑いっす(--;)
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こんにちは
横領した額は、幾らだったんだろう?
それが気になった。(^_^;)
だって、上司ならそれなりのお給料だろうから、数百万程度なら、自殺の原因としては、不審に思われるだろうし、それ以上なら、僅かな金額ではないように思うから。
ってか、少額だったんなら、返金した方が良かったように思うが。
上司が関係を無理強いしてきたのかと思ったよ。←テレビの見過ぎか?(爆)
それが気になった。(^_^;)
だって、上司ならそれなりのお給料だろうから、数百万程度なら、自殺の原因としては、不審に思われるだろうし、それ以上なら、僅かな金額ではないように思うから。
ってか、少額だったんなら、返金した方が良かったように思うが。
上司が関係を無理強いしてきたのかと思ったよ。←テレビの見過ぎか?(爆)
Re:こんにちは
○曜サスペンス劇場?(笑)
そんな上司は湖に落とされても当(以下ダーク発言につき自主規制)
幾らだったんでしょうねぇ(←おい)
まぁ、金額もあるけど、ばれたら社には居られなくなるので、それを恐れて……という線も?
そんな上司は湖に落とされても当(以下ダーク発言につき自主規制)
幾らだったんでしょうねぇ(←おい)
まぁ、金額もあるけど、ばれたら社には居られなくなるので、それを恐れて……という線も?
こんにちは♪
横領かぁ~実際にありそうな話だねぇ!
あれって本当に魔が射すとしか言い様がないね、
ちょっと冷静に考えたら、ばれない訳ないって
事くらい分かりそうだものねぇ・・・・
惚れた相手に貢いだり、賭け事につぎ込んだり、
いろいろあるだろうけど・・・・
あれって本当に魔が射すとしか言い様がないね、
ちょっと冷静に考えたら、ばれない訳ないって
事くらい分かりそうだものねぇ・・・・
惚れた相手に貢いだり、賭け事につぎ込んだり、
いろいろあるだろうけど・・・・
Re:こんにちは♪
やはり魔が差すんでしょうねぇ、ああいうのは。
ばれるっちゅうのに。
ばれるっちゅうのに。
Re:おはようございます(^^)
かもね~(笑)
傍から見るとしょもない男に惚れる女性も居るけれど……恋は盲目なんでしょうかねぇ。
傍から見るとしょもない男に惚れる女性も居るけれど……恋は盲目なんでしょうかねぇ。
Re:こんばんは
逆に女に操られる男も居るしね(笑)
やっぱり恋は盲目?
やっぱり恋は盲目?