〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「そんな花を摘んで帰って来るものじゃないよ」
縮れながらも細長く伸びた花弁、更に細く長く伸びたおしべとめしべ、葉の一枚も無い茎の先に灯った炎の様に紅い花。とある秋の夕暮れ、道端に咲くその鮮やかな紅に惹かれて採って帰ると、庭先に居た母はそう言って軽く眉根を寄せた。
「どうして? 綺麗なのに」花が好きな母は喜んでくれるだろうと思っていた私は、その表情に思わずしゅんとなる。
その思いに気づいたのか母は僅かに表情を和らげつつも、説明してくれた。
「まぁ、その鮮やかな紅い色が炎を連想させるからなんだろうけどね、昔はその花を摘んで家に持ち帰るとその家は火事になるって言われていたんだよ」
「そうなの?」私は目を丸くした。
「勿論迷信だけどね」母は苦笑する。「異名を死人花、地獄花、捨て子花……余りいい呼び名を持たないね、その花は。綺麗な花なんだけどねぇ」
「ふぅん……」そんな話を聞いた私は、何となくそれを家に持ち込む事に薄気味の悪さを感じ、庭に植えようかと思って根の付いた儘にしてきた花の束を、庭の片隅にそっと放置した。
「さ、もう夕飯の支度をするから、手をよく洗っておいで」母はそう言って、家に入って行った。
私は頷き、続いて家に入ると先ず洗面所へと向かった。
「……!」家が火事になった夢を見て、私は真っ暗な部屋の中、がばりと身を起こした。ひんやりとした空気に思わず身を震わせつつ、そこに火事の兆候が全く無い事にほっとする。
時計を見れば午前二時。もう父は帰って来たのだろうか? 夜遊びばかりしている父の事など、もう心配するのも止めてしまったけれど。
火事の夢を見るなんて、夕方あんな話を聞いたからだ。やっぱりあんな花、摘んで帰るんじゃなかった――そんな事を思いつつ、喉の渇きを覚えた私は水でも飲んで来ようと部屋を出た。夢の中ではずっと悲鳴を上げていた。もしかしたら実際にも、声を上げていたのかも知れない。
それにしては隣の部屋の母も――余程深く寝入っているのだろうか――起こしにも来なかったけれど。
と、向かった台所には未だ灯が点いていた。食器を洗っているらしい水音もする。
何だ、未だ起きてたんだ。もしかして、今頃父が帰って来て、夜食でも食べさせていたのかも知れない。
そう思うと私の足は鈍った。この時間に帰って来た父の顔なんて見たくない。お酒の所為で赤く逆上せ上がって、眼はとろんとして……その癖、ちょっとした事でかっとなっては、母に手を上げる。普段の父は大人しいだけに、私にはその豹変振りは恐ろしかった。
渇いた喉を唾を飲み込んで湿そうとしたけれど、口の中もからからだと、却って自覚しただけだった。
この際、洗面所に――と踵を返そうとした時だった。台所から、呂律の回らない父の声が聞こえてきた。
「お前……何故……」なじぇ、と聞こえたけれど、そう言っているのは解った。「何を……食わせたんだ……?」
「浅葱って言ったでしょ」そう言う母の声は落ち着いて、静かだった。
「何を……混ぜ……」言葉にし切れず、苦しげに噎せる。やがてそれは掠れた様な息となり、最早言葉をなさなくなった。
「何も混ぜてやしないわ。私は道端に生えていたのを摘んで来て、夜食に料理しただけ。どうかしたの?」
母の声は静かで……余りにも静かで、私は喉の渇きも忘れてそっと後退りした。目からぽろぽろと、知らず知らず涙が零れる。私は悲しいのだろうか、怖いのだろうか、それとも……真逆、嬉しい?
部屋に戻り、布団の中で涙を堪えていた私は、それから暫く後に救急車の音に再び飛び起きる事となった。運ばれて行く父の手には既に血の気はなく、取り乱した様子でそれに取り縋って見せる母の姿が、妙に滑稽に映った。
死因は毒によって引き起こされた呼吸困難。元々、深酒やタバコで身体を傷めてもいたらしい。
そして問題の毒はと言うと……。
家の周りが落ち着いた後、私は学校の図書室で植物図鑑を紐解いた。
浅葱:ユリ科の多年草。葉や鱗茎は食用となる。
母はこれの鱗茎――玉葱やユリネみたいに短い茎の周りに肉質の葉が付いた地下茎なんだそうだ――を調理して食べさせたと言っていた。けれど、これには勿論、毒は無い。
と、私の目に、あの日見た鮮やかな紅が飛び込んできた。
彼岸花:ヒガンバナ科の多年草。全草が有毒。鱗茎は誤食される事もあるので注意が必要。
有毒――その単語が脳裏で渦を巻く。
花が好きな母はきっとこの事も知っていたのだろう。そして私はその根っこの付いた儘の花を放置した。あれはどうしたっけ? その夜からの騒ぎで、そんな事は忘れてしまっていた。
もしかしたら、父への殺意は母の中で以前から燻っていたのかも知れない。でも、明らかに殺人と解る方法で殺せば、自分も捕まり、私の身柄もどうなる事か……。
だから誤食による事故死を装って……?
母の中の殺意を燃え上がらせてしまったのは、私がこの手で摘んで来た、あの紅い花だったのかも知れない。
―了―
お彼岸ですから。
縮れながらも細長く伸びた花弁、更に細く長く伸びたおしべとめしべ、葉の一枚も無い茎の先に灯った炎の様に紅い花。とある秋の夕暮れ、道端に咲くその鮮やかな紅に惹かれて採って帰ると、庭先に居た母はそう言って軽く眉根を寄せた。
「どうして? 綺麗なのに」花が好きな母は喜んでくれるだろうと思っていた私は、その表情に思わずしゅんとなる。
その思いに気づいたのか母は僅かに表情を和らげつつも、説明してくれた。
「まぁ、その鮮やかな紅い色が炎を連想させるからなんだろうけどね、昔はその花を摘んで家に持ち帰るとその家は火事になるって言われていたんだよ」
「そうなの?」私は目を丸くした。
「勿論迷信だけどね」母は苦笑する。「異名を死人花、地獄花、捨て子花……余りいい呼び名を持たないね、その花は。綺麗な花なんだけどねぇ」
「ふぅん……」そんな話を聞いた私は、何となくそれを家に持ち込む事に薄気味の悪さを感じ、庭に植えようかと思って根の付いた儘にしてきた花の束を、庭の片隅にそっと放置した。
「さ、もう夕飯の支度をするから、手をよく洗っておいで」母はそう言って、家に入って行った。
私は頷き、続いて家に入ると先ず洗面所へと向かった。
「……!」家が火事になった夢を見て、私は真っ暗な部屋の中、がばりと身を起こした。ひんやりとした空気に思わず身を震わせつつ、そこに火事の兆候が全く無い事にほっとする。
時計を見れば午前二時。もう父は帰って来たのだろうか? 夜遊びばかりしている父の事など、もう心配するのも止めてしまったけれど。
火事の夢を見るなんて、夕方あんな話を聞いたからだ。やっぱりあんな花、摘んで帰るんじゃなかった――そんな事を思いつつ、喉の渇きを覚えた私は水でも飲んで来ようと部屋を出た。夢の中ではずっと悲鳴を上げていた。もしかしたら実際にも、声を上げていたのかも知れない。
それにしては隣の部屋の母も――余程深く寝入っているのだろうか――起こしにも来なかったけれど。
と、向かった台所には未だ灯が点いていた。食器を洗っているらしい水音もする。
何だ、未だ起きてたんだ。もしかして、今頃父が帰って来て、夜食でも食べさせていたのかも知れない。
そう思うと私の足は鈍った。この時間に帰って来た父の顔なんて見たくない。お酒の所為で赤く逆上せ上がって、眼はとろんとして……その癖、ちょっとした事でかっとなっては、母に手を上げる。普段の父は大人しいだけに、私にはその豹変振りは恐ろしかった。
渇いた喉を唾を飲み込んで湿そうとしたけれど、口の中もからからだと、却って自覚しただけだった。
この際、洗面所に――と踵を返そうとした時だった。台所から、呂律の回らない父の声が聞こえてきた。
「お前……何故……」なじぇ、と聞こえたけれど、そう言っているのは解った。「何を……食わせたんだ……?」
「浅葱って言ったでしょ」そう言う母の声は落ち着いて、静かだった。
「何を……混ぜ……」言葉にし切れず、苦しげに噎せる。やがてそれは掠れた様な息となり、最早言葉をなさなくなった。
「何も混ぜてやしないわ。私は道端に生えていたのを摘んで来て、夜食に料理しただけ。どうかしたの?」
母の声は静かで……余りにも静かで、私は喉の渇きも忘れてそっと後退りした。目からぽろぽろと、知らず知らず涙が零れる。私は悲しいのだろうか、怖いのだろうか、それとも……真逆、嬉しい?
部屋に戻り、布団の中で涙を堪えていた私は、それから暫く後に救急車の音に再び飛び起きる事となった。運ばれて行く父の手には既に血の気はなく、取り乱した様子でそれに取り縋って見せる母の姿が、妙に滑稽に映った。
死因は毒によって引き起こされた呼吸困難。元々、深酒やタバコで身体を傷めてもいたらしい。
そして問題の毒はと言うと……。
家の周りが落ち着いた後、私は学校の図書室で植物図鑑を紐解いた。
浅葱:ユリ科の多年草。葉や鱗茎は食用となる。
母はこれの鱗茎――玉葱やユリネみたいに短い茎の周りに肉質の葉が付いた地下茎なんだそうだ――を調理して食べさせたと言っていた。けれど、これには勿論、毒は無い。
と、私の目に、あの日見た鮮やかな紅が飛び込んできた。
彼岸花:ヒガンバナ科の多年草。全草が有毒。鱗茎は誤食される事もあるので注意が必要。
有毒――その単語が脳裏で渦を巻く。
花が好きな母はきっとこの事も知っていたのだろう。そして私はその根っこの付いた儘の花を放置した。あれはどうしたっけ? その夜からの騒ぎで、そんな事は忘れてしまっていた。
もしかしたら、父への殺意は母の中で以前から燻っていたのかも知れない。でも、明らかに殺人と解る方法で殺せば、自分も捕まり、私の身柄もどうなる事か……。
だから誤食による事故死を装って……?
母の中の殺意を燃え上がらせてしまったのは、私がこの手で摘んで来た、あの紅い花だったのかも知れない。
―了―
お彼岸ですから。
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Re:無題
お疲れ様です!
って、こらこら……(^^;)
って、こらこら……(^^;)
Re:こんばんは
うちの近所は道端に咲いてるよ~。田舎だから?(^^;)
お彼岸の頃迄は鱗茎状態で土の中。そこから茎が伸びて先ず花が咲くんだよねぇ。葉っぱは花が散った後に出るそうな。
お彼岸の頃迄は鱗茎状態で土の中。そこから茎が伸びて先ず花が咲くんだよねぇ。葉っぱは花が散った後に出るそうな。
おはよう!
えっ! 彼岸花って毒があるの?
こえぇなぁ。
前に調べたら、畑の片隅などに良く咲くとか書いてあったような。
で、巽さんは、誰を殺そうとしているの?(笑)
う~む、コレからは、ツッコミは自粛した方が良さそうだ。(笑)
こえぇなぁ。
前に調べたら、畑の片隅などに良く咲くとか書いてあったような。
で、巽さんは、誰を殺そうとしているの?(笑)
う~む、コレからは、ツッコミは自粛した方が良さそうだ。(笑)
Re:おはよう!
道端に普通に咲いてる~^^
野草を食す時は要注意っす!
野草を食す時は要注意っす!
こんにちは♪
彼岸花って毒があるとは聞いていたけど、
呼吸困難を引き起こして死に至るの?
かなりの猛毒なんだねぇ~!
触るくらいなら大丈夫なのね!
_φ( ̄ー ̄ )メモメモ
って何するつもりだ?(笑)
呼吸困難を引き起こして死に至るの?
かなりの猛毒なんだねぇ~!
触るくらいなら大丈夫なのね!
_φ( ̄ー ̄ )メモメモ
って何するつもりだ?(笑)
Re:こんにちは♪
量にもよるかも知れないけどね~。症状としては嘔吐や呼吸困難、麻痺を引き起こすらしいです。
そこ、メモらない!(爆)
そこ、メモらない!(爆)
Re:無題
昔の人の経験則、馬鹿には出来ませんな。
白い彼岸花、稀にありますね~。綺麗だけど、何となく不思議な感じの花ですよね、彼岸花。
白い彼岸花、稀にありますね~。綺麗だけど、何となく不思議な感じの花ですよね、彼岸花。