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「サボる心算はなかったんだ。こうして来たんだし……。言うならばちょっと大幅な遅刻?」
「昨日の昼の約束が、今日の夕方に来るなんてのは、最早遅刻の域でもねぇよ」俺は悪友のへらへらした顔に、手にした紙コップの中身をぶちまけたいという衝動を必死で堪えた。只の水ならその衝動に従ったかも知れないが、流石に珈琲は拙い――スーツのクリーニング代なんぞ、請求されたくねえ。
「兎に角、悪かったって」奴は一応、神妙に謝った。「いや、こっちだって色々あったんだよ。本当」
「色々って何だよ?」
「先ず……」表情を改めて、奴は抑えた声で話を始めた。「言って置くが、俺は決して約束を忘れていた訳じゃあない。実際、昨日の午前中、余裕を持って家を出たんだ」
「じゃあ、何で……」口を挟もうとした俺を、奴は軽く手を上げて止める。黙って聞いてくれ、と。
俺は取り敢えず、その言い訳を聞いてやる事にした。
「まぁ、兎に角俺は早めに家を出た。ところが、出て直ぐに、忘れ物に気付いたんだ」
「忘れ物?」思わず怪訝な声が漏れる。
昨日の約束は、近場のゲームセンターで遊ぶというそれだけの事だった。
肝心の軍資金入りの財布でも忘れたのかと呆れていたら、奴は頭を掻きながら、こう言った。
「いや、すまん――誰と約束したのか、忘れちまって」
「……は?」俺は呆けた声を上げた。
俺に構わず、奴は話を続ける。
「確かに誰かと約束をした覚えはあるんだ。けど、誰だか思い出せない。いつしたのかも思い出せない。なのに……行かなきゃいけないって、思いだけはあったんだ」
「おい……巫山戯てるのか?」俺の険のある声さえ、奴は無視した。
「正直、気味が悪かった。だから思わず部屋に駆け戻り、閉じ篭った儘、一生懸命考えた――誰と、いつ、どんなシチュエーションで、約束をしたのか。今迄に会った奴で、ゲーセンに行こうなんて約束をしそうな奴の顔を、次々と思い浮かべてもみた。それでやっと辿り着いたのが、お前だった――小学校四年の時に、転校直前に声を掛けてきた、お前だったんだ」
* * *
俺の父親は所謂転勤族だった。それも今時の単身赴任などではなく、家族は転勤の度に、その移動に付き合わされながらも、仕方ないものと思っていた。
だから、転校が多いのも、仕方ないのだと思っていた。その為に――それだけの所為ではないにしても――友達がなかなか出来ないのも。
会っては別れの繰り返しに、俺の方も慣れてしまったのだろう。どうせ数箇月で別れるのだと、敢えて積極的に友達を作ろうともしていなかった。それでも、中には気になる奴も居るもので……。
どうしても声を掛けて置きたい、遊びでも何でもいい、思い出を作って置きたい、そう思った相手に、やっと声を掛けたのは父親から告げられた急な転勤の話に、背中を押されたからだろう。
突然の俺の誘いに、奴は少し吃驚しながらも笑って頷いてくれた。
なのに――翌日、奴は姿を見せなかった。
その日が、最後だったと言うのに。
そうだ……。そうだった……。
* * *
「正直、クラスに溶け込もうとしてる様にも見えなかったお前から声を掛けられた時は、吃驚した」
奴の言葉に引き起こされた回想に俺が翻弄されている間にも、奴は話を続けていた。
「けど、嬉しかった。クラスに馴染んできたのかなって。でも……済まなかった」
唐突に、奴は深く、頭を垂れた。
「約束の日、俺は急な熱を出してしまった。今みたいに子供でも携帯を持ってる時代じゃなかった。家に電話しても誰も出なくて……。熱に苦しみながら、学校で会ったら謝ろう――そう思っていたのに、お前は居なくなっていた」
* * *
俺は――俺達は、全てを思い出していた。
* * *
「だから今度こそ、行かなきゃいけないと思って、慌てて家を出て来たんだ。結局、遅刻しちまったけどな」奴は苦笑しながら、言った。「だから……今度はお前の番だ。早く来いよ」
* * *
「!」俺はベッドに上半身を起こして、今見た夢を反芻した。
夢? どこからが? どこ迄が?――俺は混乱した頭を掻き毟った。
小学生の時に約束を交わした街に、俺は自分自身の転勤で、舞い戻って来た。二十数年振りの街は疾うに様変わりして、面影も殆ど感じられなかった。尤も、長く住んだ街でもないが。
それでも、懐かしさからあんな夢を見たんだろう。
成長したあいつが待ってる夢。
今じゃあのゲーセンもあるのかどうか。
それでも……。それでも俺は……。
それからは眠れない儘に夜が明け、俺は身支度を整えると、週末を幸いと家を出た。
ぶらりと歩きながら、ゲーセンのあった場所を捜す。
そして――。
「遅い遅い! サボリじゃないにしても、ちょっとした大幅な遅刻だぞ?」そう言ってやはり二十数年分歳を取った奴が迎えてくれたのは、やはりもうゲーセンではなかったけれど――俺達はやっと、約束を果たせそうだ。
―了―
夜霧のサボりー(--;)
夢……殆ど、目が覚めると覚えてない(笑)
無事、再会♪
妖猫夜霧は仲間を集めて百鬼夜行したいのかも知れません(爆)