〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「これを手放しちゃいけないよ」
祖母がそう言って、私の小さな掌を両手で包む様にして渡してくれたお守りを、私はその日の内に机の抽斗にしまい込んだ。だって小さなペンダントになってはいたけれど、それは小さな目の様で、気味が悪かったのだもの。
白い光沢のある石の中に浮かんだ黒い虹彩。瞳孔に当たる中心部は一際黒く、小さな私にはそれは自分をじっと見返す目にしか思えなかったのだ。
そしてこんな気味の悪い物をくれる祖母から距離を取った。元々父の実家である祖母宅にはお盆や正月、法事に出向く程度。元はその地方の大地主だったらしく、今でも立派な家を構えている。どこか暗い、私にとっては十七歳になった今でも寄り付き難い家だけれど。
只、私の父は長男で、何れ帰って来るようにと請われている。
格式のある家は大変だからと、母もなかなか首を縦に振らない為、話は延び延びになっているけれど。
それでも、その祖母が倒れたとあっては、家族揃って行かない訳にはいかない――昨夜、その報せを受け取った私達一家は、取り急ぎ手荷物を纏め、車を走らせた。
幸い、祖母の容態は思った程悪くなく、病室に駆け付けた私達は当の祖母に笑顔で出迎えられた。倒れたというのは狂言かと思う程の、回復振りだった。
気が抜けた私は一旦祖母の家に荷物を置くと、夕飯迄、と周囲の散策に出た。
農作業中の老婆に声を掛けられたのはその途上だった。
「あんたさん、あの家の親戚の人かい?」頭に被った手拭の下から人を睨め上がる様な、嫌な目付きだった。
それでも私は表面上はにこやかに、頷いて見せた。少し、引き攣っていたかも知れないけれど。
「あの家は……むかぁし、この一帯の地主だった」
「そう、らしいですね……」いきなり昔話に巻き込まれたらしい不運を呪いながらも、私は相槌を打った。
「それはもう、栄えたもんさ。あたしらなんざ、足元にも及ばない程……。あたしらはもう……」また、嫌な目付きで私を見上げる。「妬ましくて、妬ましくてねぇ……」
私は思わず後退りしていた。そんな事を言われても困る。その当時、私は生まれてもいないし、何より――。
「あの、家の者が貴女方に何かしたんですか? 何か悪い事でも……?」恐る恐る、私は尋ねた。何かしたのだとしても、やっぱり私にはどうしようもない事なのだけれど。
が、老婆は頭を振った。
「何かある度に、餅や酒を振舞ってくれたよ。それ程に裕福だったんだろうさ。けど、それがまた妬ましくてねぇ……。あんたの家の者は気付いてもいなかっただろうけれどね」
「そんな……」私は呻いた。いい事をして、妬まれるなんて。
「だから……」老婆の話は未だ終わっていなかった。「あの家の不幸を祈ったのに、何で不幸にならないんだい?」
口角を引き上げて私を見上げるその顔は、魔物めいて見えて、私はその場から駆け出していた。
背後から、あの嫌な視線がいつ迄も追い縋って来る気がして、私は家へと向かって懸命に駆けた。
家の外周を巡る川に架かった木の橋を渡ればもう直ぐ、と私は更に足に力を注ぐ。
と、橋の中程に足を踏み入れた途端――足元から聞こえる異音と、一瞬の浮遊感に、私は次に起こる事態を想像して身を硬くした。
しかし、冷たい水への落下も、その痛みも免れ、私は橋の家側へと、父の腕によって引き寄せられていた。
「大丈夫か?」
「う、うん……」私は茫然と答えた。「父さん……いつから……」
「胸騒ぎがして、お前を捜して表に出たら、向こうから凄い形相で走って来るから、何事かと思ってな」そう言って父は苦笑する。「この橋……もう傷んでたんだな」
「あ、うん……」今頃、心臓が激しく脈を打ち始め、私はそう答えるのがやっとだった。
「それにしても間に合ってよかった」私の肩をぽん、と叩いて父は言った。「あれ、ちゃんと持ってたんだな」
「え?」言われてやっと、私は自分があの祖母から貰ったお守りを無意識に持って来ていた事に気付いた。もしかしたら祖母とはお別れになるかも知れない、その時位は……そんな思いが私の中にあったのかも知れない。結局は杞憂に終わったけれど。「お父さん、これって……」
「邪眼除けのお守りだよ」事も無げに、父は答えた。「妬み、嫉み……それらの籠った邪眼から、家の者を護ってくれるんだって、家に代々伝わってるんだよ。目には目を、じゃないけれど、その目がそういった邪な思いを跳ね返してくれるんだと」
妬み、嫉み、それらが籠った邪眼……あの老婆の、睨め上げる様な眼を、私は未だに忘れられない。
―了―
寒い~(--;)
気が抜けた私は一旦祖母の家に荷物を置くと、夕飯迄、と周囲の散策に出た。
農作業中の老婆に声を掛けられたのはその途上だった。
「あんたさん、あの家の親戚の人かい?」頭に被った手拭の下から人を睨め上がる様な、嫌な目付きだった。
それでも私は表面上はにこやかに、頷いて見せた。少し、引き攣っていたかも知れないけれど。
「あの家は……むかぁし、この一帯の地主だった」
「そう、らしいですね……」いきなり昔話に巻き込まれたらしい不運を呪いながらも、私は相槌を打った。
「それはもう、栄えたもんさ。あたしらなんざ、足元にも及ばない程……。あたしらはもう……」また、嫌な目付きで私を見上げる。「妬ましくて、妬ましくてねぇ……」
私は思わず後退りしていた。そんな事を言われても困る。その当時、私は生まれてもいないし、何より――。
「あの、家の者が貴女方に何かしたんですか? 何か悪い事でも……?」恐る恐る、私は尋ねた。何かしたのだとしても、やっぱり私にはどうしようもない事なのだけれど。
が、老婆は頭を振った。
「何かある度に、餅や酒を振舞ってくれたよ。それ程に裕福だったんだろうさ。けど、それがまた妬ましくてねぇ……。あんたの家の者は気付いてもいなかっただろうけれどね」
「そんな……」私は呻いた。いい事をして、妬まれるなんて。
「だから……」老婆の話は未だ終わっていなかった。「あの家の不幸を祈ったのに、何で不幸にならないんだい?」
口角を引き上げて私を見上げるその顔は、魔物めいて見えて、私はその場から駆け出していた。
背後から、あの嫌な視線がいつ迄も追い縋って来る気がして、私は家へと向かって懸命に駆けた。
家の外周を巡る川に架かった木の橋を渡ればもう直ぐ、と私は更に足に力を注ぐ。
と、橋の中程に足を踏み入れた途端――足元から聞こえる異音と、一瞬の浮遊感に、私は次に起こる事態を想像して身を硬くした。
しかし、冷たい水への落下も、その痛みも免れ、私は橋の家側へと、父の腕によって引き寄せられていた。
「大丈夫か?」
「う、うん……」私は茫然と答えた。「父さん……いつから……」
「胸騒ぎがして、お前を捜して表に出たら、向こうから凄い形相で走って来るから、何事かと思ってな」そう言って父は苦笑する。「この橋……もう傷んでたんだな」
「あ、うん……」今頃、心臓が激しく脈を打ち始め、私はそう答えるのがやっとだった。
「それにしても間に合ってよかった」私の肩をぽん、と叩いて父は言った。「あれ、ちゃんと持ってたんだな」
「え?」言われてやっと、私は自分があの祖母から貰ったお守りを無意識に持って来ていた事に気付いた。もしかしたら祖母とはお別れになるかも知れない、その時位は……そんな思いが私の中にあったのかも知れない。結局は杞憂に終わったけれど。「お父さん、これって……」
「邪眼除けのお守りだよ」事も無げに、父は答えた。「妬み、嫉み……それらの籠った邪眼から、家の者を護ってくれるんだって、家に代々伝わってるんだよ。目には目を、じゃないけれど、その目がそういった邪な思いを跳ね返してくれるんだと」
妬み、嫉み、それらが籠った邪眼……あの老婆の、睨め上げる様な眼を、私は未だに忘れられない。
―了―
寒い~(--;)
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Re:こんばんは
私も羨む側っす(笑)
うん、妬みや嫉み……人を呪う心は自分にも何れ返ってくると思うし。
うん、妬みや嫉み……人を呪う心は自分にも何れ返ってくると思うし。
Re:こんにちは♪
どんな境遇であれ、それぞれの悩みは生じるものかと(^^;)
Re:こんばんは(^^)
家の中でも日の当たる所は温いんですけどね~(^^;)
金銭的貧富は兎も角、心は貧しくなりたくありませんよねぇ。
金銭的貧富は兎も角、心は貧しくなりたくありませんよねぇ。
Re:無題
転ばぬ先の杖ですか(笑)
奢っても妬まれる、お金持ってるのに奢らなくても「あいつはケチだ」と疎まれる……や、そんな立場になった事ないですが(笑)
奢っても妬まれる、お金持ってるのに奢らなくても「あいつはケチだ」と疎まれる……や、そんな立場になった事ないですが(笑)