〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「今日も晴れそうにはないわね」ベランダに立って夜空を見上げていると、姉が隣に並んでそう言った。
無言の儘、僕は頷いた。目だけは、厚く蟠る雲を恨めしい思いで睨みながら。
「冷えてきたわね。いい加減中に入ろう?」
「もう少し」
「風邪ひいちゃうよ?」そう言いながら、姉は僕の部屋から持って来たのだろう、僕の上着を肩に掛けてくれた。僕が直ぐには中に入らない事など、既に予想済みだったのだろう。
「ありがと」ぽつりと呟いて、僕はやはり空を見上げる。
「今夜は立待月だね」同じ様に空を見上げて、姉が言った。
「え?」聞き慣れない言葉に、僕は訊き返す。
「お月様が出て来るのを、立って待つ――だから立待月。十五夜、十六夜、立待月、居待ち月、臥待ち月、更待ち月……段々お月様の出て来るのが遅くなるんだね。それでも見たくて月の出を待つ……のかな?」姉は微苦笑を浮かべる。「でも、あんたがそんなにお月見に拘るとは思わなかったんだけどね? 確かに十五夜以降ずっと曇り空で、お月見出来てないけど」
そんなに月が好きだった? と言う姉の問いに、僕は小さく頭を振った。
「特別に月が好きって訳じゃないんだ。去年のお月見なんて、母さんがあんまり綺麗だって言うからちらっと見ただけで、お団子食べてただけだったし」
「そうだったわね」姉はころころと笑う。
でも、じゃあ今年はどういう風の吹き回し?――姉の問いは止まない。
僕はちょっと溜息をついてみせた。
「大した理由じゃないよ。友達と約束したんだ。一緒にお月見しようって」
「あら、じゃあそのお友達は?」姉は首を傾げる。「晴れたら来る――か、行く――約束なの? だから晴れるの待ってるの?」
もしかして、女の子? と、姉の目がにやける。月明かりの下でデートなんてロマンティックよね、子供の癖に――そう言う口調に、どこかやっかみが感じられる。
だが、僕は頭を振った。
「そんなんじゃないよ。ほら、覚えてないかな。この間転校して行ったって話した子。前にうちに遊びに来た事もあったんだけど。確か、姉ちゃんもその時、居た筈だよ」
「どの子かな? あんた、意外と友達多いから……」
「ほら、前に僕の部屋で音楽掛けたらうっかり大音量になっちゃって、姉ちゃんが怒鳴って来た時……あの時居た子だよ」
「ああ……」姉は思い出した様だった。「何だ、男の子か。何か、大人しい子だったわよね。話す時に相手の顔をまともに見ないから、ちょっと暗い子なのかなって思った覚えがあるわ。そう、あの子転校しちゃったの」
それでせめて、同じ月を眺めようって約束したの?――その姉の問いに、僕は曖昧に頷いた。
「あのね、姉ちゃん。あの子が人の顔を見ないのって、別に性格の所為じゃないよ。本当は明るい子だし」
「そうなの?」
「うん。とっても明るい……強い子だよ」僕は頷いた。「小さい頃に事故に遭った所為で目が見えなくても全然拗ねた所とかなくて、いつも頑張ってた」
「目が……」姉が小さく息を呑んだ。「だから、人の顔を見なかったのね……。誤解してたわ」
ごめんなさい、と此処に居ない僕の友達に口の中で謝っている。
「それでね、その子が今度遠くの大きな病院で検査を受けたんだ。そしたら、もしかしたら手術で見えるようになるかも知れないって……。だから転校もそこに通院する為なんだって」
「そう……。成功するといいわね」
「うん……実はその手術はもう済んでるんだよ。後は状態を見ながら包帯が外れるのを待っているそうなんだ。それで、もうそろそろ……十五夜の頃には外れそうだって、この間電話で聞いてね、だったら、一緒にお月見をしようって僕が言ったんだ。だからあの子も、月が見えたら、また電話するって」
なのに月は未だ現れない。電話もない。
月に拘らなくたって、ちゃんと治ったのなら報せてくれてもいいのだけれど……彼も約束に拘っているのだろう。
そう、決して失敗したからじゃない――僕はそう信じていたかったのかも知れない。
だから、曇り空を見て、実は安堵していたんだ。電話がないのはこの雲に遮られて、月が見えないからだと。
翌朝、昨夜の雲は嘘の様にどこかへ散っていた。天気予報でも、今夜は晴れそうだと言っていた。
今夜――月は見えるのだろうか。
僕の目にも、彼の目にも。
夜、僕は祈る様な思いでベランダに出た。
皓々と光る月が、僕を照ら出す。
柔らかく、穏やかな光。だが、僕の心中はじりじりと焼け付きそうだった。
電話は未だ――否。
家の奥でベルが鳴るのを、僕の耳は確かに捉えた。
そして姉の応対と、僕に子機を届けに来る軽やかな足音。弾んだ声は、電話の向こうから伝染したものだろうか。
僕は月を見上げ、今度こそ、その優しい光を愉しんだ。
―了―
お月見にも色々あるもんです☆
無言の儘、僕は頷いた。目だけは、厚く蟠る雲を恨めしい思いで睨みながら。
「冷えてきたわね。いい加減中に入ろう?」
「もう少し」
「風邪ひいちゃうよ?」そう言いながら、姉は僕の部屋から持って来たのだろう、僕の上着を肩に掛けてくれた。僕が直ぐには中に入らない事など、既に予想済みだったのだろう。
「ありがと」ぽつりと呟いて、僕はやはり空を見上げる。
「今夜は立待月だね」同じ様に空を見上げて、姉が言った。
「え?」聞き慣れない言葉に、僕は訊き返す。
「お月様が出て来るのを、立って待つ――だから立待月。十五夜、十六夜、立待月、居待ち月、臥待ち月、更待ち月……段々お月様の出て来るのが遅くなるんだね。それでも見たくて月の出を待つ……のかな?」姉は微苦笑を浮かべる。「でも、あんたがそんなにお月見に拘るとは思わなかったんだけどね? 確かに十五夜以降ずっと曇り空で、お月見出来てないけど」
そんなに月が好きだった? と言う姉の問いに、僕は小さく頭を振った。
「特別に月が好きって訳じゃないんだ。去年のお月見なんて、母さんがあんまり綺麗だって言うからちらっと見ただけで、お団子食べてただけだったし」
「そうだったわね」姉はころころと笑う。
でも、じゃあ今年はどういう風の吹き回し?――姉の問いは止まない。
僕はちょっと溜息をついてみせた。
「大した理由じゃないよ。友達と約束したんだ。一緒にお月見しようって」
「あら、じゃあそのお友達は?」姉は首を傾げる。「晴れたら来る――か、行く――約束なの? だから晴れるの待ってるの?」
もしかして、女の子? と、姉の目がにやける。月明かりの下でデートなんてロマンティックよね、子供の癖に――そう言う口調に、どこかやっかみが感じられる。
だが、僕は頭を振った。
「そんなんじゃないよ。ほら、覚えてないかな。この間転校して行ったって話した子。前にうちに遊びに来た事もあったんだけど。確か、姉ちゃんもその時、居た筈だよ」
「どの子かな? あんた、意外と友達多いから……」
「ほら、前に僕の部屋で音楽掛けたらうっかり大音量になっちゃって、姉ちゃんが怒鳴って来た時……あの時居た子だよ」
「ああ……」姉は思い出した様だった。「何だ、男の子か。何か、大人しい子だったわよね。話す時に相手の顔をまともに見ないから、ちょっと暗い子なのかなって思った覚えがあるわ。そう、あの子転校しちゃったの」
それでせめて、同じ月を眺めようって約束したの?――その姉の問いに、僕は曖昧に頷いた。
「あのね、姉ちゃん。あの子が人の顔を見ないのって、別に性格の所為じゃないよ。本当は明るい子だし」
「そうなの?」
「うん。とっても明るい……強い子だよ」僕は頷いた。「小さい頃に事故に遭った所為で目が見えなくても全然拗ねた所とかなくて、いつも頑張ってた」
「目が……」姉が小さく息を呑んだ。「だから、人の顔を見なかったのね……。誤解してたわ」
ごめんなさい、と此処に居ない僕の友達に口の中で謝っている。
「それでね、その子が今度遠くの大きな病院で検査を受けたんだ。そしたら、もしかしたら手術で見えるようになるかも知れないって……。だから転校もそこに通院する為なんだって」
「そう……。成功するといいわね」
「うん……実はその手術はもう済んでるんだよ。後は状態を見ながら包帯が外れるのを待っているそうなんだ。それで、もうそろそろ……十五夜の頃には外れそうだって、この間電話で聞いてね、だったら、一緒にお月見をしようって僕が言ったんだ。だからあの子も、月が見えたら、また電話するって」
なのに月は未だ現れない。電話もない。
月に拘らなくたって、ちゃんと治ったのなら報せてくれてもいいのだけれど……彼も約束に拘っているのだろう。
そう、決して失敗したからじゃない――僕はそう信じていたかったのかも知れない。
だから、曇り空を見て、実は安堵していたんだ。電話がないのはこの雲に遮られて、月が見えないからだと。
翌朝、昨夜の雲は嘘の様にどこかへ散っていた。天気予報でも、今夜は晴れそうだと言っていた。
今夜――月は見えるのだろうか。
僕の目にも、彼の目にも。
夜、僕は祈る様な思いでベランダに出た。
皓々と光る月が、僕を照ら出す。
柔らかく、穏やかな光。だが、僕の心中はじりじりと焼け付きそうだった。
電話は未だ――否。
家の奥でベルが鳴るのを、僕の耳は確かに捉えた。
そして姉の応対と、僕に子機を届けに来る軽やかな足音。弾んだ声は、電話の向こうから伝染したものだろうか。
僕は月を見上げ、今度こそ、その優しい光を愉しんだ。
―了―
お月見にも色々あるもんです☆
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Re:おはようございます☆
日本の言葉、特に昔の言葉っていい味わいがありますよね~(^^)
おはよう
ハッピーエンドだったんだ。
色々考えちゃったよ。
一向に電話がかかってこないとか、あるいは掛かって来たんだけど話が合わない(相手が嘘をついている)とか。(^_^;)
↑確かに日本語って豊かで良いよね。
全部覚えるの大変そうだけど。(笑)
色々考えちゃったよ。
一向に電話がかかってこないとか、あるいは掛かって来たんだけど話が合わない(相手が嘘をついている)とか。(^_^;)
↑確かに日本語って豊かで良いよね。
全部覚えるの大変そうだけど。(笑)
Re:おはよう
ずーっと掛かってこなかったら、また新月で見えない羽目に(苦笑)
日本語……漢字表記も相俟って、単語でも情景を表せますからねぇ。只、読む人もその意味を知らないと駄目だけど(^^;)
日本語……漢字表記も相俟って、単語でも情景を表せますからねぇ。只、読む人もその意味を知らないと駄目だけど(^^;)
Re:こんにちは♪
離れていても同じ月♪
う~む、友達を女の子にしてもよかったかも?(^^;)
う~む、友達を女の子にしてもよかったかも?(^^;)
Re:こんにちはっ
月の名称も色々あって、調べてみると楽しいですよ(^^)
Re:無題
よ、夜霧効果!?( ̄▽ ̄;)