〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「昨日はこの広い空間へ施設の子達を案内する筈だったの」
老婆はその広さを測ろうとでもする様に両手を広げて、その空間へ足を踏み出した。
花さえ咲かぬ一面の荒れ野原。赤茶けた土が水を吸って、所々黒ずんで見える。遠くに窺える山々も、未だ靄を纏っていた。
「昨日は雨で残念だったわ」呟き、振り返った彼女は連れの表情を見遣って微苦笑した。「どうしてこんな所に、然も態々買い取って、と思ってるんでしょう?」
「あ……はい」途惑い顔で、彼女の側近を務める中年の男は頷いた。「子供達を連れて行くのならもっとこう……明るい所の方が良いのではありませんか?」
「そうね。植物園で花を愛でるのもいいでしょう。動物園で小動物と触れ合うのも……。どちらも情操教育にはいいとされているわ」
「ならば何故?」
その問いに、老婆は微笑んで、答えた。
「あの子達を、生かす為」
老婆はその広さを測ろうとでもする様に両手を広げて、その空間へ足を踏み出した。
花さえ咲かぬ一面の荒れ野原。赤茶けた土が水を吸って、所々黒ずんで見える。遠くに窺える山々も、未だ靄を纏っていた。
「昨日は雨で残念だったわ」呟き、振り返った彼女は連れの表情を見遣って微苦笑した。「どうしてこんな所に、然も態々買い取って、と思ってるんでしょう?」
「あ……はい」途惑い顔で、彼女の側近を務める中年の男は頷いた。「子供達を連れて行くのならもっとこう……明るい所の方が良いのではありませんか?」
「そうね。植物園で花を愛でるのもいいでしょう。動物園で小動物と触れ合うのも……。どちらも情操教育にはいいとされているわ」
「ならば何故?」
その問いに、老婆は微笑んで、答えた。
「あの子達を、生かす為」
夫と息子を亡くしてから、彼女はもう三十年も孤児を預かる施設を営んでいた。亡き夫が裕福であった事、彼女自身が子供好きであった事、そして何より寂しさが、彼女の背中を押した。息子は帰って来ない。けれど息子や娘同然に、子供達を愛し、育てる事は出来る――そう信じていた。
実際、小規模ながらも人手も得、援助者も見付かり、施設の運営は巧く行っていた。
もう何十人もの子供達を育て、一般の家庭に送り出し、あるいは一人でも生活出来るように教育し、巣立たせてきた。
新しい家族が出来たと、配偶者や子供を紹介に来る「子供」も、中には居た。
息子はもう居ないけれど、こうして「孫」も出来た――彼女は幸せだった。
ところがここ数年、ある事に気付いたのだった。
現在施設に居るのは十五歳を一番上に、様々な年代の子供が二十人程。中には未だ乳飲み子も居る。
その中で小学校に上がった頃からだろうか、妙に無気力になる子が居る事に気付いたのだ。
楽しそうにしているかと思えば不意に無表情になり、外に出る事を拒む事もあった。
施設では里親が現れなかった場合でも、将来の生活に困らないように、様々な職業訓練への補助もしていた。手に職を、という訳だ。しかしこちらも「大工になりたい」などと嬉々として通う子が居たのは少々昔の話。今では、あちらの教室、こちらの教室を転々とした挙げ句、通うのを止めてしまう子も居る。中には付いていけないから、という能力的な問題がある子供も居た。
何かが変わってきている――そう、彼女は感じていた。
大人しいけれど無気力で、それでいて時折、妙な所で反抗を見せる。そんな時は投げ遣りで、厭世観に満ちた子も居る。
栄養状態には常に気を遣っているのに、低体重、平均より小さな子供。
自発的な行動が、只引っ込み思案と言うには過ぎる程に、見られない子供。
それらの子供達の姿に、彼女は思った。
この子達は巣立ちを恐れ、忌避しているのではないかと。余りに居心地のいい、施設という揺り籠から出たくないのではないかと。
施設症――ホスピタリズムという言葉を彼女は知っていた。
原因や症例は様々だが、早くに親から引き離された子供が陥る事のある病。こんな施設を営む以上、知っておかねばならないと、彼女は積極的にそれらの研究資料に触れていた。
だが、今迄こんな事は無かったのに――彼女は訝った。
しかし、先ずは今の子供達、と手を打つ事を決めた。
その一つが、あの荒れ野の様な空間への遠出だった。
「原因としてはね、親から受けるべき愛情の欠落等が言われているけれど……私達の子供達への愛は昔も今も変わってはいない筈よね?」にっこり笑って、彼女は側近に言う。「なのにそれが解らなくなっている子が居るの……。自分が愛されてる自信が、愛される存在なんだっていうプライドが無いの。だから一人で立って行く事も、人と向き合う事も出来ずに揺り籠から出たがらない」
「はあ……。しかし、それと此処とどう関係が……?」
「あの子達はね、昔の子達と違って、施設でも学校でも、物理的に恵まれ過ぎているの。花は花屋で売られている。野菜も八百屋やスーパーで綺麗な物が手に入る。けれど、それらを育てるのがどれだけ大変で、丹精を込めなければならないかを知らないの。自分がそこ迄の愛情を注ぐ事が、どれだけ大変かを知らないの。だから他人の愛情の価値も解らないし、愛される自分の価値も解らないの。だからこそ……敢えて此処で、この花も咲き難い土地で、育てさせてみたいの。花や野菜を」
解りました、と側近は微笑んで頷いた。彼もかつては彼女に育てられた「子供」の一人だった。孤児として周囲から白い目で見られた事もあった。同学年の子供からからかわれた事も少なからずあった。それでも歪まなかったのは、この「母」達に愛されているという自覚、矜持が支えとなってくれていたから……。
「簡単には行かないでしょうね。けれど……いずれ花が咲くと信じているの。私は」
只、気になるのは――と、彼女は表情には出さずに思う――あんな症状なのは、うちの子供達だけなのかしら?
―了―
空間ー、施設ー、夜霧や、何処からそんな単語を……(--;)
えー、施設症というのは実際にあるそうですが、今回の方法は全くの思い付きです。実際にはやはり根気良く養育者との信頼関係を取り戻すよう指導する様です。一緒に花を育てるのもその一助位にはなる……かな?
実際、小規模ながらも人手も得、援助者も見付かり、施設の運営は巧く行っていた。
もう何十人もの子供達を育て、一般の家庭に送り出し、あるいは一人でも生活出来るように教育し、巣立たせてきた。
新しい家族が出来たと、配偶者や子供を紹介に来る「子供」も、中には居た。
息子はもう居ないけれど、こうして「孫」も出来た――彼女は幸せだった。
ところがここ数年、ある事に気付いたのだった。
現在施設に居るのは十五歳を一番上に、様々な年代の子供が二十人程。中には未だ乳飲み子も居る。
その中で小学校に上がった頃からだろうか、妙に無気力になる子が居る事に気付いたのだ。
楽しそうにしているかと思えば不意に無表情になり、外に出る事を拒む事もあった。
施設では里親が現れなかった場合でも、将来の生活に困らないように、様々な職業訓練への補助もしていた。手に職を、という訳だ。しかしこちらも「大工になりたい」などと嬉々として通う子が居たのは少々昔の話。今では、あちらの教室、こちらの教室を転々とした挙げ句、通うのを止めてしまう子も居る。中には付いていけないから、という能力的な問題がある子供も居た。
何かが変わってきている――そう、彼女は感じていた。
大人しいけれど無気力で、それでいて時折、妙な所で反抗を見せる。そんな時は投げ遣りで、厭世観に満ちた子も居る。
栄養状態には常に気を遣っているのに、低体重、平均より小さな子供。
自発的な行動が、只引っ込み思案と言うには過ぎる程に、見られない子供。
それらの子供達の姿に、彼女は思った。
この子達は巣立ちを恐れ、忌避しているのではないかと。余りに居心地のいい、施設という揺り籠から出たくないのではないかと。
施設症――ホスピタリズムという言葉を彼女は知っていた。
原因や症例は様々だが、早くに親から引き離された子供が陥る事のある病。こんな施設を営む以上、知っておかねばならないと、彼女は積極的にそれらの研究資料に触れていた。
だが、今迄こんな事は無かったのに――彼女は訝った。
しかし、先ずは今の子供達、と手を打つ事を決めた。
その一つが、あの荒れ野の様な空間への遠出だった。
「原因としてはね、親から受けるべき愛情の欠落等が言われているけれど……私達の子供達への愛は昔も今も変わってはいない筈よね?」にっこり笑って、彼女は側近に言う。「なのにそれが解らなくなっている子が居るの……。自分が愛されてる自信が、愛される存在なんだっていうプライドが無いの。だから一人で立って行く事も、人と向き合う事も出来ずに揺り籠から出たがらない」
「はあ……。しかし、それと此処とどう関係が……?」
「あの子達はね、昔の子達と違って、施設でも学校でも、物理的に恵まれ過ぎているの。花は花屋で売られている。野菜も八百屋やスーパーで綺麗な物が手に入る。けれど、それらを育てるのがどれだけ大変で、丹精を込めなければならないかを知らないの。自分がそこ迄の愛情を注ぐ事が、どれだけ大変かを知らないの。だから他人の愛情の価値も解らないし、愛される自分の価値も解らないの。だからこそ……敢えて此処で、この花も咲き難い土地で、育てさせてみたいの。花や野菜を」
解りました、と側近は微笑んで頷いた。彼もかつては彼女に育てられた「子供」の一人だった。孤児として周囲から白い目で見られた事もあった。同学年の子供からからかわれた事も少なからずあった。それでも歪まなかったのは、この「母」達に愛されているという自覚、矜持が支えとなってくれていたから……。
「簡単には行かないでしょうね。けれど……いずれ花が咲くと信じているの。私は」
只、気になるのは――と、彼女は表情には出さずに思う――あんな症状なのは、うちの子供達だけなのかしら?
―了―
空間ー、施設ー、夜霧や、何処からそんな単語を……(--;)
えー、施設症というのは実際にあるそうですが、今回の方法は全くの思い付きです。実際にはやはり根気良く養育者との信頼関係を取り戻すよう指導する様です。一緒に花を育てるのもその一助位にはなる……かな?
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無題
どもども!
施設症ですか…。
確かに居心地のいい空間で育てられたら、そこを出て行くのが嫌になってもおかしくないけどね~。
今の子達は同じようなもんだし、施設の子じゃなくても施設症になる可能性があるよね!!
ってか、自宅に居る子の方が愛情を受けられないって可能性の方が大きいのかも
施設症ですか…。
確かに居心地のいい空間で育てられたら、そこを出て行くのが嫌になってもおかしくないけどね~。
今の子達は同じようなもんだし、施設の子じゃなくても施設症になる可能性があるよね!!
ってか、自宅に居る子の方が愛情を受けられないって可能性の方が大きいのかも
![](/emoji/E/284.gif)
Re:無題
そうそう、調べて書きながら、こういう子供って今普通に居るよなぁ、とか思ってたり……。それが最後の一文に出てる訳ですが。
親の愛情もちょっと昔とは違ってきてる感もあり★
親の愛情もちょっと昔とは違ってきてる感もあり★
Re:ぉあ
有難うございます(^^)
部活で施設訪問とかあったんですか? 何部だったんだろ、姐さん。
今の子は……どーなのかなぁ。中高生辺りが特に……?
部活で施設訪問とかあったんですか? 何部だったんだろ、姐さん。
今の子は……どーなのかなぁ。中高生辺りが特に……?
こんばんは♪
ふぅ~む!なるほどねぇ~!
居心地の良い場所から出て行くのは確かに、ちょっと勇気がいるかも知れないネェ!
それと未来に希望が持てなくなってるのかもネ!
後はなんだろう~??
教育なのかなぁ・・・・・
居心地の良い場所から出て行くのは確かに、ちょっと勇気がいるかも知れないネェ!
それと未来に希望が持てなくなってるのかもネ!
後はなんだろう~??
教育なのかなぁ・・・・・
Re:こんばんは♪
施設に限らないよな~、と思いつつ書いてみました★
希望が持てないのも暗に自信の無さの現れかなぁ。
希望が持てないのも暗に自信の無さの現れかなぁ。
嗚呼。。。
いろんな意味で耳の痛い内容のお話でした(^_^;
何だか自分のことを言われているような(←思い当たる節がありすぎる)。
施設症、初めて聞きました。
うーん、巽さんはいろんなことをご存知ですな、見習わないと。
何だか自分のことを言われているような(←思い当たる節がありすぎる)。
施設症、初めて聞きました。
うーん、巽さんはいろんなことをご存知ですな、見習わないと。
Re:嗚呼。。。
ご安心下せぇ。私も思い当たり過ぎる(^^;)
子供じゃないけどねー(余計質悪いって)
中学時代、教師に「無関心」だの何だの言われましたからねー。他の生徒の面前で言う教師の無神経さには負けるよ★
子供じゃないけどねー(余計質悪いって)
中学時代、教師に「無関心」だの何だの言われましたからねー。他の生徒の面前で言う教師の無神経さには負けるよ★
こんにちは
施設症かぁ。
そんな言葉があるとは知らなかった。
私もドキリとする内容でした。
私もよく無気力って言われたなぁ。
もっとも、所謂かぎっ子で、身近に何時も大人がいなかったせいだと思うけど。
てっきり、近未来の話になるのかと思ってた。(笑)
そんな言葉があるとは知らなかった。
私もドキリとする内容でした。
私もよく無気力って言われたなぁ。
もっとも、所謂かぎっ子で、身近に何時も大人がいなかったせいだと思うけど。
てっきり、近未来の話になるのかと思ってた。(笑)
Re:こんにちは
敢えて「宇宙空間」とか「月面居住施設」とか真っ先に浮んだものを外す人(笑)
う~ん、うちも鍵っ子だったなぁ。やっぱり養育者と子供の距離感は大切かも。
う~ん、うちも鍵っ子だったなぁ。やっぱり養育者と子供の距離感は大切かも。
こんにちは
私の接しているコたちの中で
くってかかるとか、逆ギレするコたちと個人的に話をすると。。。どうも寂しいコが多いように感じます。
親は自分のことに夢中。お弁当はコンビニや食堂。子どもが遅刻しても知らない(自分も寝てるとかね…)
日本はどうなっていくのかな。
一部だけなら良いのだけれど。。
くってかかるとか、逆ギレするコたちと個人的に話をすると。。。どうも寂しいコが多いように感じます。
親は自分のことに夢中。お弁当はコンビニや食堂。子どもが遅刻しても知らない(自分も寝てるとかね…)
日本はどうなっていくのかな。
一部だけなら良いのだけれど。。
Re:こんにちは
う~ん、そういうのは子供達だけの問題ではないですよねぇ(--;)
子供達の愛情受容体が鈍っている以前に、親の愛情不足っぽい……。親が自分がやりたい事やってるだけ。そうかと思えば変な方に愛情(執着?)詰め込み過ぎてモンスターペアレンツ化したり……。
せめて反面教師となってくれればいいけど……。
子供達の愛情受容体が鈍っている以前に、親の愛情不足っぽい……。親が自分がやりたい事やってるだけ。そうかと思えば変な方に愛情(執着?)詰め込み過ぎてモンスターペアレンツ化したり……。
せめて反面教師となってくれればいいけど……。
Re:無題
施設症、何か名前を変えた方がいいんじゃないかって気がしてくる位、症例を見ると「最近の子だと普通じゃない?」って感じます。
や、私もギクリ(笑)
や、私もギクリ(笑)
Re:こんにちは♪
子供の感受性の問題なのか、親の愛情の与え方の問題なのか、その相乗効果か。難しいですね~。
難しいね~
本当に子供を育てるって大変やね。
最近は野性人がらしくないくらい状況で・・・
情が通用しない子供達に出逢ったと・・・
情が通用しないって、人の情を感じた事もない子供なのかもね~
可哀想に・・・
最近は野性人がらしくないくらい状況で・・・
情が通用しない子供達に出逢ったと・・・
情が通用しないって、人の情を感じた事もない子供なのかもね~
可哀想に・・・
Re:難しいね~
野生人さん、ぴぴさんのブログ読んだだけやけど、素敵な先生やと思うけどなぁ。
その先生の情が通用しないのか……。やっぱり何か……寂しい子達やねぇ。
その先生の情が通用しないのか……。やっぱり何か……寂しい子達やねぇ。