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「この世に一つしかない、薬だよ」旅の途中、余りの大荷物に見兼ねて荷運びを手伝ってやった老婆から、そう言って差し出されたのは一見何の変哲もない、小さな薬瓶に入った液体だった。硝子瓶が濃い茶色をしているので、中の色は全く判らない。
「何の薬だい? 生憎と僕は至って健康なんだが」苦笑して、僕はそう言った。
「もう直この辺りで流行る疫病の、唯一の特効薬さ」真面目な顔で、老婆は言う。
「疫病? それなら自分で飲みなよ。大体、もう直流行るって……あんたは予言者かい?」
「予言も少しだが、するさ。あたしは魔女だからね」
「魔女!?」我ながら、頓狂な声を上げてしまった。当然だろう? 今のこの世に魔女と名乗る人間が居るなんて。
「信じないならそれもいいさ。今時親切な若者だと思って、礼をしようとしたんだがねぇ」
どうしたもんだろう?――僕は考えた――常識的に見て、疫病の流行を予言し、医師でさえ知り得ないだろうその特効薬を持つ魔女など、現代のこの世に存在するとは思えない。魔女……殊に白魔女は薬草の知識などに通じた、所謂民間医療の習熟者なのだとは聞くが……。
「で、でも、それが本当なら何で自分で飲まないんだ? それ一つしかないんだろう?」俺は探りを入れる事にした。
「何。あたしはもう充分に生きたからね。それに、病が流行るよりも前に寿命が尽きる予定さ」
「じゃ、じゃあ、何でそんな薬作ったんだよ?」
「疑り深いねぇ」
「だって、自分には必要ないのに、そんな薬を、然もたった一つだけ作るなんて……」
「……本当はね、たった一人の孫娘の為に作ったのさ。けど、娘と一緒に行き先も告げずに遠くに行ってしまってねぇ。魔女なんて言っても箒で飛べる訳でもない、年老いた老婆さ。捜す事も出来やしない。せめて形見として渡したかったが、それも出来ないなら、せめて……最後に親切にしてくれた人にと思ったんだがねぇ……」そう言って、老婆は俯いた。声が、嗚咽に震えている。
そう迄言われて、怪しいから要らんと突っ撥ねられる程、僕は薄情ではない。
「解りました。僕でよかったら、有難く頂きます」僕はそう言って、小瓶を受け取ったのだった。
更に詳しい話を――殊に孫娘とやらの特徴を詳しく聞き出しながら。
* * *
「さて、これで五十六人目、と」大荷物をひょいと担いで、老婆は呟いた。「一人位は行き付いてくれるかねぇ? あの子に」
明らかに長旅をしていると見える若者を狙って、薬と孫娘の情報をばら撒く事半年。
何処に居るかも判らない孫娘に、それでも通りすがりに会う事があればと、彼等にそれとなく託したのだが……。病の予言を信じずとも、形見と迄言われれば、旅の序でに気に掛けておいてくれる事を願って。
行き着くとしても、本当に疫病が流行るのに間に合えばいいけれど――流行ってしまえば、どれ程親切な人間だろうと、我が身が可愛い。奇跡を祈って、飲んでしまうだろう。
だが、まぁ、それでも構わない。薬を棄てる事もなく――もしかしたら――孫娘の姿を目の端ででも、捜してくれていたのなら。
寧ろ、助かって貰いたい――老婆は自分の思いに、苦笑いを浮かべた。
これじゃあ、孫娘を助けたいんだか、彼等を助けたいんだか。
「ま……善なる者に幸いあれ、さ」呟いて、老婆は歩き出した。
―了―
眠い眠い(--)。゜