〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
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「窓を閉めて」尖った声に、知理(ちさと)は慌てて窓を閉めに走った。それによって、丸で空気を圧縮するかの様に響いていた蝉の大音声が遮断され、室内の一同はほっと息をついた。
声を発した本人、思歩(しほ)は耳を、いや頭を覆っていた手を離し、窓を忌まわしげに見据えている。いや、実際にその目を向けているのは、そのすり硝子の先の、虫だろう。忌まわしい記憶と結び付く、虫。その声を聞くと感情を抑えられなくなる、と思歩は言う。
だから夏には窓なんて開けられない。
けれどそうすると今度は別の子が騒ぎ出す。
「暑ぅい! エアコンつけてよぉ!」情子(せいこ)が甘ったれた声を出す。
はいはい、と知理がリモコンを手に取り、電子音を鳴らす。
夏の一日の、いつものやり取り。
声を発した本人、思歩(しほ)は耳を、いや頭を覆っていた手を離し、窓を忌まわしげに見据えている。いや、実際にその目を向けているのは、そのすり硝子の先の、虫だろう。忌まわしい記憶と結び付く、虫。その声を聞くと感情を抑えられなくなる、と思歩は言う。
だから夏には窓なんて開けられない。
けれどそうすると今度は別の子が騒ぎ出す。
「暑ぅい! エアコンつけてよぉ!」情子(せいこ)が甘ったれた声を出す。
はいはい、と知理がリモコンを手に取り、電子音を鳴らす。
夏の一日の、いつものやり取り。
情子は子供の様な形(なり)ながら、一番付き合いが長かった。禁欲的な知理と違い、思った事は全て口に出し、時折それは知理を困らせる。
思歩との付き合いはもっと短かった。それでいて、深い。知理が色々と気を回さなければ、どうなっていた事か――それでいて、それは一方的な依存ではないのだった。
三年前のある夕刻、彼女は人を殺した。
夏とは言え日も傾き始めた公園に幼い妹を迎えに行った彼女は、その妹に話し掛け、手を伸ばそうとしている男を目にした。その人相風体はここ数日、高校で不審者の目撃情報として噂されていたものに似ていて――彼女は夢中で、妹に駆け寄り、その手を引いて逃げた。
ところが男は彼女等を追って来る――彼女はパニックに陥った。妹を守らなければ! 何としても!
両親はこの、歳遅くなって生まれた娘を特に溺愛している。この子に何かあれば、それも私が居ながら、何かあったとすれば……酷く罵られ、ぶたれ――それは彼女にとって恐怖だった。
だが、歳の離れた妹の脚は彼女に比べて鈍く、直ぐにぐずり始める。
「もうちょっとで人の居る辺りに出るからぁ! 文句言わずについて来てよぉ!」思わず怒鳴りながら振り返った時、男との距離は余りにも近かった。慌てて妹の腕を引っ張るが、それは小さな脚のバランスを崩させる結果となっただけ。転んで泣き出した妹と男を一瞬の間に見比べて、彼女は妹の手を放し、公園の柵の補修用だろうか、詰まれていた金属製のパイプを、手に取っていた。
後は――余りの感情の爆発の所為か、はっきりとは覚えていない。
只、公園に入ってからずっと、蝉は鳴き続けていた。彼女の凶行を包み込む様に。
結局、男はやはり子供の連れ去りの前科が幾つかあったという事――但し、いずれも只可愛いからと連れ回しただけで、子供は無事に保護されていた――そして人相風体から、この辺りでも警戒が始まっていた事等が、後に病室で彼女に伝えられた。
「じゃあ、私、あそこ迄する事はなかったの……?」思っていた程悪い人間ではなかったのかも知れない、という思いと、けれどあの時は追って来られた事もあったし、仕方なかったのだ――そんな思いが渦巻く。
知らなかったんだもの。あの状況じゃ仕方ないじゃない。普通じゃなかったんだもの。あの男も、私も――そうよ、私は普通じゃなかった。いつもの私ならあんな事……人を殴り殺すなんて! だって、よく覚えていないし、あれは、そう……いつもの私がやった事じゃないんだわ。それならば……。
病室の外では、今日も蝉が鳴き続けていた。彼女の思考を掻き乱す様に。考えるのを止めろと言わんばかりに。
「煩い……」彼女の口から低い声が漏れた。「閉めて! 窓を閉めて! でないと……殺したくなる……!」
それが、知理の聞いた思歩の最初の言葉だった。
結局、彼女が未成年である事、外的、心理的状況から判断してお咎め無しとなり、暫くの入院の後、彼女は家族の元へ戻った。
だがそれ以来、元々抑圧された彼女の心に住み着いていた情子という子供っぽい人格に加え、あるスイッチで攻撃性を増す思歩の人格も、形成されてしまった。
あの日と同じ、蝉の大音声――それが聞こえる度に蠢き出す彼女を抑える為に、知理は今年の夏も、いつものやり取りを繰り返す。特に妹が傍に居る時には。
抑えた殺意が、本来の標的である彼女に向かないように。
―了―
暑いー。朝から蝉鳴くなー! それだけで暑いんやー!!(怒)
因みに虫は全般的に嫌いですが……ゴ×××と蝉は特に嫌いです★
思歩との付き合いはもっと短かった。それでいて、深い。知理が色々と気を回さなければ、どうなっていた事か――それでいて、それは一方的な依存ではないのだった。
三年前のある夕刻、彼女は人を殺した。
夏とは言え日も傾き始めた公園に幼い妹を迎えに行った彼女は、その妹に話し掛け、手を伸ばそうとしている男を目にした。その人相風体はここ数日、高校で不審者の目撃情報として噂されていたものに似ていて――彼女は夢中で、妹に駆け寄り、その手を引いて逃げた。
ところが男は彼女等を追って来る――彼女はパニックに陥った。妹を守らなければ! 何としても!
両親はこの、歳遅くなって生まれた娘を特に溺愛している。この子に何かあれば、それも私が居ながら、何かあったとすれば……酷く罵られ、ぶたれ――それは彼女にとって恐怖だった。
だが、歳の離れた妹の脚は彼女に比べて鈍く、直ぐにぐずり始める。
「もうちょっとで人の居る辺りに出るからぁ! 文句言わずについて来てよぉ!」思わず怒鳴りながら振り返った時、男との距離は余りにも近かった。慌てて妹の腕を引っ張るが、それは小さな脚のバランスを崩させる結果となっただけ。転んで泣き出した妹と男を一瞬の間に見比べて、彼女は妹の手を放し、公園の柵の補修用だろうか、詰まれていた金属製のパイプを、手に取っていた。
後は――余りの感情の爆発の所為か、はっきりとは覚えていない。
只、公園に入ってからずっと、蝉は鳴き続けていた。彼女の凶行を包み込む様に。
結局、男はやはり子供の連れ去りの前科が幾つかあったという事――但し、いずれも只可愛いからと連れ回しただけで、子供は無事に保護されていた――そして人相風体から、この辺りでも警戒が始まっていた事等が、後に病室で彼女に伝えられた。
「じゃあ、私、あそこ迄する事はなかったの……?」思っていた程悪い人間ではなかったのかも知れない、という思いと、けれどあの時は追って来られた事もあったし、仕方なかったのだ――そんな思いが渦巻く。
知らなかったんだもの。あの状況じゃ仕方ないじゃない。普通じゃなかったんだもの。あの男も、私も――そうよ、私は普通じゃなかった。いつもの私ならあんな事……人を殴り殺すなんて! だって、よく覚えていないし、あれは、そう……いつもの私がやった事じゃないんだわ。それならば……。
病室の外では、今日も蝉が鳴き続けていた。彼女の思考を掻き乱す様に。考えるのを止めろと言わんばかりに。
「煩い……」彼女の口から低い声が漏れた。「閉めて! 窓を閉めて! でないと……殺したくなる……!」
それが、知理の聞いた思歩の最初の言葉だった。
結局、彼女が未成年である事、外的、心理的状況から判断してお咎め無しとなり、暫くの入院の後、彼女は家族の元へ戻った。
だがそれ以来、元々抑圧された彼女の心に住み着いていた情子という子供っぽい人格に加え、あるスイッチで攻撃性を増す思歩の人格も、形成されてしまった。
あの日と同じ、蝉の大音声――それが聞こえる度に蠢き出す彼女を抑える為に、知理は今年の夏も、いつものやり取りを繰り返す。特に妹が傍に居る時には。
抑えた殺意が、本来の標的である彼女に向かないように。
―了―
暑いー。朝から蝉鳴くなー! それだけで暑いんやー!!(怒)
因みに虫は全般的に嫌いですが……ゴ×××と蝉は特に嫌いです★
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ああなるほど…
こんばんは。
そっか、妹に対する二重の憎しみが、二つの人格になったんですね。両親の溺愛を受けるという羨望が情子に、妹の為に人を手にかけたというある意味の被害者意識が思歩に。
最初は3人の女の子の、夏の秘密かと思ったけど、もっと心理的なホラーですね。
読書が一向に進まないので、ほっぽり出してたホラーミステリでもかかろうかと思ってます。
あ、『メフィスト』は明日我が家に到着予定☆
そっか、妹に対する二重の憎しみが、二つの人格になったんですね。両親の溺愛を受けるという羨望が情子に、妹の為に人を手にかけたというある意味の被害者意識が思歩に。
最初は3人の女の子の、夏の秘密かと思ったけど、もっと心理的なホラーですね。
読書が一向に進まないので、ほっぽり出してたホラーミステリでもかかろうかと思ってます。
あ、『メフィスト』は明日我が家に到着予定☆
Re:ああなるほど…
こう毎日暑いとぼーっとしてきて、ミステリー読みもなかなか捗りませんね(^^;)
それでもジャンルを変えつつも読書に励むみけねこさんに脱帽。
妹自身には全く非も無いのだけれど、彼女にとっては罪な存在となっております。蝉の囁き(どころか唸りだな)に要注意。
それでもジャンルを変えつつも読書に励むみけねこさんに脱帽。
妹自身には全く非も無いのだけれど、彼女にとっては罪な存在となっております。蝉の囁き(どころか唸りだな)に要注意。
無題
どもども!
何の話かと思ったら、多重人格なんですね!!
一体誰が本当の自分なのか、分からなくなったら大変らしいっすよね。
人を殺してしまった罪悪感から逃れる為なんだろうけど、それって悲しい事ですね。。。
何の話かと思ったら、多重人格なんですね!!
一体誰が本当の自分なのか、分からなくなったら大変らしいっすよね。
人を殺してしまった罪悪感から逃れる為なんだろうけど、それって悲しい事ですね。。。
Re:無題
妹と同じ様に両親に愛されたいという想いを切り離し、人を殺した罪悪感を切り離し……。そうやって生まれた人格はやはり、悲しいですね。
こんばんは♪
う~ん・・・・何だか可哀そうだねぇ・・・
人格が分離してしまうほどの心理的葛藤!
親って、一般的には子供は皆平等に愛しているという事になっているけれど・・・そういう場合もあるけど、そうでない場合も多々あるよね、
で、それが露骨だと屈折しちゃうよねぇ!
人格が分離してしまうほどの心理的葛藤!
親って、一般的には子供は皆平等に愛しているという事になっているけれど・・・そういう場合もあるけど、そうでない場合も多々あるよね、
で、それが露骨だと屈折しちゃうよねぇ!
Re:こんばんは♪
親の愛は必ずしも平等とは限らず、もし平等だったとしてもそれを子供が感じ取れるかはまた別の話――隣の芝は青いからねぇ。
Re:こんばんわっ
ある意味、一緒に住んでる人達――心の中に(^^;)
うんうん、お姉さんなんだからというプレッシャーを掛け過ぎたのもあるかもね。そして妹には甘過ぎ……★
うんうん、お姉さんなんだからというプレッシャーを掛け過ぎたのもあるかもね。そして妹には甘過ぎ……★
Re:おはよう!
更に更に人格が派生して、最終的には大所帯になったりして(←おい)
取り敢えず現在の所、知理が抑え役ですね。その内手に負えなくなったら増えたりして……(--;)
取り敢えず現在の所、知理が抑え役ですね。その内手に負えなくなったら増えたりして……(--;)
せみしぐれ……
妹に対する嫉妬なのかな?夏はいつでも危険なんだね~終わりがないような蝉時雨…妹にとっては辛い夏だね(;>_<;)
『ヒグラシ~』のゲームを買ったよ。小説読んで無いけどね。
しばらく出来そうに無いんだけどさ。(笑)
『ヒグラシ~』のゲームを買ったよ。小説読んで無いけどね。
しばらく出来そうに無いんだけどさ。(笑)
Re:せみしぐれ……
蝉時雨なんて嫌いだー。
死のイメージしか無いや(苦笑)
妹は守らなければいけない、というのも彼女にとってはプレッシャーだったんだろうな。そして二律背反。
死のイメージしか無いや(苦笑)
妹は守らなければいけない、というのも彼女にとってはプレッシャーだったんだろうな。そして二律背反。
Re:同じ
うんうん、はっきり分かれてはいないけど、皆色々な面を持ってますよね。
いいお姉ちゃんの顔と、妹を疎む顔、妬む顔……共存していて普通なんだけど、その度が過ぎてしまうと……。想いが凝り固まった人格が出来てしまうのかも知れません。
いいお姉ちゃんの顔と、妹を疎む顔、妬む顔……共存していて普通なんだけど、その度が過ぎてしまうと……。想いが凝り固まった人格が出来てしまうのかも知れません。
Re:無題
なるほど〆(。。)メモメモ
声を出す声門自体は変わりないですからねぇ。
あ、でも前に人格が変わると体質が変わって、特定の物にアレルギーが出るという症例もテレビでやっていたなぁ。不思議は尽きない……。
声を出す声門自体は変わりないですからねぇ。
あ、でも前に人格が変わると体質が変わって、特定の物にアレルギーが出るという症例もテレビでやっていたなぁ。不思議は尽きない……。