〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「ここ、何があったっけ?」
そう呟いて立ち止まったのは寂れた商店街――と言うよりもはやシャッター街と呼んだ方が適切な通りの一角で、草が疎らに生えた場所。
そんな場所だから、潰れて撤去された店があっても全然不思議ではない。だが、先日迄確かにあった筈の店が無くなり、それが何屋だったか思い出せないとなると、妙に気になってしまう。そんな事は無いだろうか。
思い出せない位だから多分利用した事も無い、あるいはとうの昔に商いを辞めた店だったか……。並びを見て記憶を呼び覚まそうとするが、目の前の空き地の如くぽっかりと空間が広がるのみ。
こんなに記憶力、悪かったっけ――自嘲を含んだ苦笑いが浮かぶ。
解っている。人間の記憶なんて結構、曖昧だ。脳は全てを記憶しているという話もあるけれど、引き出せるのはほんの一欠片。
そんなもんだし、それでいい。
でも、この思い出せないもどかしさは後を引きそう――クイズと思って考えてみるか。
そう呟いて立ち止まったのは寂れた商店街――と言うよりもはやシャッター街と呼んだ方が適切な通りの一角で、草が疎らに生えた場所。
そんな場所だから、潰れて撤去された店があっても全然不思議ではない。だが、先日迄確かにあった筈の店が無くなり、それが何屋だったか思い出せないとなると、妙に気になってしまう。そんな事は無いだろうか。
思い出せない位だから多分利用した事も無い、あるいはとうの昔に商いを辞めた店だったか……。並びを見て記憶を呼び覚まそうとするが、目の前の空き地の如くぽっかりと空間が広がるのみ。
こんなに記憶力、悪かったっけ――自嘲を含んだ苦笑いが浮かぶ。
解っている。人間の記憶なんて結構、曖昧だ。脳は全てを記憶しているという話もあるけれど、引き出せるのはほんの一欠片。
そんなもんだし、それでいい。
でも、この思い出せないもどかしさは後を引きそう――クイズと思って考えてみるか。
先ず本屋は除外。僕の脳内の地図はそれらを中心に書き込まれていく。小さな店でも見逃さない自信がある。
洋品店も考え難い。何故なら隣がブティックだ。流石に同業者が並んでいたら、儲かるんかいな、とツッコミがてら覚えていた筈。同様の理由で逆隣が営む八百屋も無し。通りの向かいは……何の店だろう、と錆びた看板をよくよく見れば鮮魚店。錆びて下りた儘のシャッターに鮮の文字は似合わないけど。八百屋にしろ魚屋にしろ、自炊をしない僕には用の無い所だ。
後は……薬局? 居酒屋? 駄菓子屋?
どれも違う気がする――本当に店なんかあったのか? そんな気さえした時、横から声。
「その空き地に何があったか、気になるのかい?」
ずばり言い当てられて、ちょっと苦笑いする。そんなに長い事ここで考え込んでいたかな。しかし八百屋の親父は構わず言葉を続けた。
「けど、そこには店なんか無かったぜ?」
……は?
「いや、確かにこの間、何かあったと思うんですけど?」出来るだけ失礼にならないように、かつ不審そうに訊く。そう、一時は疑ったものの、よくよく検めれば八百屋の壁にも、最近迄の日当たりの差を示す色の違いが、くっきりと刻まれている。
なのに何故無かったなどと?
「記憶違いだろう」八百屋は笑う。「よくある事さ」
腑に落ちないものの、ムキになる程の事でもない。僕は適当に聞き流し、ブティックに探りを入れようかと思ったが……どうも、今日は商店街近くの神社の祭りがあるらしく、ここもそれに合わせての大売出しの様で、彩り豊かな店はそれなりに賑わっていた。小さな子供が貰ったらしい玩具の笛を吹きながら出て来る。
まぁ、後日でもいいか。覚えていればだけど――僕は色テープや造花で飾られた小さな商店街を後にした。
駅を挟んで行き過ぎた先に黒々と蟠る建物。鉄筋コンクリートも煤け、無残な有り様だ。
ここはよく覚えている。生鮮食料品が主力のスーパーだった場所。それだけに地元の商店街とは開店前後を通じて、いざこざが絶えなかったらしい。
焼け落ちたのはほんの二週間程前だったろうか。
いつの間にか充満した無臭のガスに、引火した火が全館をなめ尽くすのは然程の間も必要としなかった様だ。火種その物は喫煙スペースでの、ほんの一服だったのだろうと推測された。
だが、ガスの出所は未だ不明となっていた。
一時は商店街との葛藤も交えて色々と憶測も飛び交った様だが……。証拠が出なかった所為か、いつしかそれも立ち消えになっていった。
いずれこの建物自体も撤去され、消えて行くのだろう。火災による物的、人的被害は誰かの記憶には残るだろうけれど。
そんな重いからかつい、しみじみと眺めてしまう。
煤けた外壁、熱で曲がった屋上の鉄柵、割れた窓、前面にアーケードを張り出していた歪んだ鉄枠……と、そこに僅かに残った幕を眼にして、記憶が浮上した。
そうだ、あそこには……。
―つづく―
洋品店も考え難い。何故なら隣がブティックだ。流石に同業者が並んでいたら、儲かるんかいな、とツッコミがてら覚えていた筈。同様の理由で逆隣が営む八百屋も無し。通りの向かいは……何の店だろう、と錆びた看板をよくよく見れば鮮魚店。錆びて下りた儘のシャッターに鮮の文字は似合わないけど。八百屋にしろ魚屋にしろ、自炊をしない僕には用の無い所だ。
後は……薬局? 居酒屋? 駄菓子屋?
どれも違う気がする――本当に店なんかあったのか? そんな気さえした時、横から声。
「その空き地に何があったか、気になるのかい?」
ずばり言い当てられて、ちょっと苦笑いする。そんなに長い事ここで考え込んでいたかな。しかし八百屋の親父は構わず言葉を続けた。
「けど、そこには店なんか無かったぜ?」
……は?
「いや、確かにこの間、何かあったと思うんですけど?」出来るだけ失礼にならないように、かつ不審そうに訊く。そう、一時は疑ったものの、よくよく検めれば八百屋の壁にも、最近迄の日当たりの差を示す色の違いが、くっきりと刻まれている。
なのに何故無かったなどと?
「記憶違いだろう」八百屋は笑う。「よくある事さ」
腑に落ちないものの、ムキになる程の事でもない。僕は適当に聞き流し、ブティックに探りを入れようかと思ったが……どうも、今日は商店街近くの神社の祭りがあるらしく、ここもそれに合わせての大売出しの様で、彩り豊かな店はそれなりに賑わっていた。小さな子供が貰ったらしい玩具の笛を吹きながら出て来る。
まぁ、後日でもいいか。覚えていればだけど――僕は色テープや造花で飾られた小さな商店街を後にした。
駅を挟んで行き過ぎた先に黒々と蟠る建物。鉄筋コンクリートも煤け、無残な有り様だ。
ここはよく覚えている。生鮮食料品が主力のスーパーだった場所。それだけに地元の商店街とは開店前後を通じて、いざこざが絶えなかったらしい。
焼け落ちたのはほんの二週間程前だったろうか。
いつの間にか充満した無臭のガスに、引火した火が全館をなめ尽くすのは然程の間も必要としなかった様だ。火種その物は喫煙スペースでの、ほんの一服だったのだろうと推測された。
だが、ガスの出所は未だ不明となっていた。
一時は商店街との葛藤も交えて色々と憶測も飛び交った様だが……。証拠が出なかった所為か、いつしかそれも立ち消えになっていった。
いずれこの建物自体も撤去され、消えて行くのだろう。火災による物的、人的被害は誰かの記憶には残るだろうけれど。
そんな重いからかつい、しみじみと眺めてしまう。
煤けた外壁、熱で曲がった屋上の鉄柵、割れた窓、前面にアーケードを張り出していた歪んだ鉄枠……と、そこに僅かに残った幕を眼にして、記憶が浮上した。
そうだ、あそこには……。
―つづく―
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