〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「灯が、欲しい?」悪戯っぽい笑みを浮かべ、肩迄真っ直ぐに伸びた黒髪を揺らして、少女は小首を傾げた。目の大きな可愛らしい、八つ程と見える少女。その手には、小さな灯篭。
その仄かな灯を眩しそうに見詰めながら、男は頷いた。明るさそのものではない、その温かさが眩しいと言う様に、目を潤ませている。
二人の周囲は無明の闇。水の流れる音がするから川の傍とは知れるが、その音さえも濃い闇に反響する様にあらゆる方角から聞こえ、元が知れない。男は丸で自分が川の上に立っている様な錯覚さえ、感じていた。
自分の居場所が判らない。
行くべき所も解らない。
だから、男は灯を欲した。小さく仄かな灯でも。
その表情を見て、少女は小さく笑った。
にやりと。
「でも灯は一つしか無いの。おじちゃんに上げちゃったらあたしが迷っちゃうわ」不意に困った様な声で、少女は訴えた。「あたしは此処から離れちゃいけないから、おじちゃんと一緒に行く事は出来ないし……どうしよう?」
男は縋る様に灯を見た。小さな灯篭の中にあるのは蝋燭の火。電灯でない事に、男は少しほっとした。
「何か、その火を分ける物が無いかな?」言いながら、背広のポケットを漁るが、出て来たのはハンカチが一枚切り。こんな物では直ぐに燃え尽きてしまう。余りのヘビースモーカー振りを医者に注意され、禁煙に踏み切った為、ライターも煙草も無い。こんな事なら、と臍(ほぞ)を噛んだが、どうしようもない。服に燃え移らせたとしてもそれをどうやって持てばいいのか、そしていつ迄、何処迄?
それに火は小さく、風が吹けば今にも消えてしまいそうだった。
「どうする? おじちゃん」少女は男を見上げた。
真っ直ぐ見詰めるその眼差しに、居心地悪げに男は目を逸らした。
と、少女がクッと笑った。
「あたしから灯を取って行く?」
はっと振り向いた男に、少女は暗い光を湛えた目を向けた。
少女から灯を奪って行く――それは心の中に密かに生じていた企みでもあった。こんな小さな女の子から、たった一つの縁(よすが)である灯を奪い、この闇の中に取り残して行く……それは大人として、いや、人として、やってはならない事。その思いが男の意識からその企みを目隠ししていたのだが、彼女自身が、その目隠しを取り払ってしまった。
丸で、その事によって男が迷う様を愉しむかの様に、一見無邪気な笑みを浮かべて。
「灯が無いと、おじちゃん、いつ迄も帰れないよ?」少女が更に煽る。「他には何処にも灯なんて無いんだから……ね?」
「……どうしたいんだ? 君は」少女の意図が解らず、男は掠れた声で唸る。「私が灯を持って行ってしまったら、困るんだろう?」
「そりゃあ、困るわよ! あたしだってこんな暗い所に灯も無しなんて」少女は頬を膨らませる。
「だったら何故……!」欲望を煽る様な事を言うのだ? この少女は。
「さぁ? それよりどうするの? のんびりしてると、灯、消えちゃうかも」くすくすと、少女は笑う。「ほら、蝋燭が短くなってきた……」
男の目は彼女の言葉通り、溶け流れ、その長さを減じた蝋燭に注がれた。これだけの灯で、何処か明るい所へ、自分が何処に居るのか、何者であるのか解る所へ、辿り着けるのか?――そう考え、迷う間にもそれは短くなっていく。
どちらに向かえばいいのかも解らなかった。だが、男は焦りに突き動かされ、手を伸ばし――。
その背後から、低く、暗い声が掛かった。
「困ったお嬢ちゃんだ」
振り返った男の目に、小船の舳先に立ったローブ姿が映った。ローブの中の顔は白く、眼窩は黒――髑髏の姿に、男は情けない悲鳴を上げた。
「この時期は大忙しでね。その隙を突いてか、偶にああいったモノがちょっかい出してくるんだよ」船の舳先に立ち、棹を巧に操りながら船頭――先程の髑髏――は言った。「この闇に迷い続ける連中さね。仲間を求めてるんだよ」
「は、はぁ……」小船に揺られながらも、男は逃げ腰だった。見た目だけなら、この髑髏の方が余程、闇に彷徨う悪霊に見える。「じゃあ……私があの灯を取っていたら……」
「闇の中に幼い女の子を残して行く――それが罪悪感となりあんたを縛るか、あるいはそれを罪悪感も無しにやっちまう魂が闇に沈むのか……その辺はわしもよくは知らんが、どちらにしてもこの闇の一部だな。あのお嬢ちゃんの様に。尤も、子供なのは姿だけだがね」
男はぞっと、周囲の闇を見回す。だが今は全くの闇には見えない。暗い川が続く、その所々には、船が着けられそうな岸辺がある。
そして、そんな岸の一つに、灯があった。
少女の姿が持っていた様な仄かな灯ではなく、くっきりと、彼を導く灯。
男がそれを伝えると、船頭はしっかりと頷いて、船をそちらへ回した。
「有難う。助かりました」岸に降り立ち、男は頭を垂れた。
「何。これが仕事さ」無愛想に言いながらも、船頭の声は照れている様だった。「じゃあ……よいお盆を」
男はその言葉にはっとした。
そうだ。私は煙草の吸い過ぎからか肺を傷め、禁煙に挑んだものの手遅れだった。そして今日は初盆……。ではあの灯は……。
ゆっくり振り向いた男の前に、懐かしい我が家と温かな迎え火が、彼を待っていたと微笑む様に広がった。
―了―
今度こそシーズン真っ只中(^^;)
『灯――あかり』の船頭さん、再登場です。
14日16:16分、最終行、ちょこっと変えましたm(_ _)m
男は縋る様に灯を見た。小さな灯篭の中にあるのは蝋燭の火。電灯でない事に、男は少しほっとした。
「何か、その火を分ける物が無いかな?」言いながら、背広のポケットを漁るが、出て来たのはハンカチが一枚切り。こんな物では直ぐに燃え尽きてしまう。余りのヘビースモーカー振りを医者に注意され、禁煙に踏み切った為、ライターも煙草も無い。こんな事なら、と臍(ほぞ)を噛んだが、どうしようもない。服に燃え移らせたとしてもそれをどうやって持てばいいのか、そしていつ迄、何処迄?
それに火は小さく、風が吹けば今にも消えてしまいそうだった。
「どうする? おじちゃん」少女は男を見上げた。
真っ直ぐ見詰めるその眼差しに、居心地悪げに男は目を逸らした。
と、少女がクッと笑った。
「あたしから灯を取って行く?」
はっと振り向いた男に、少女は暗い光を湛えた目を向けた。
少女から灯を奪って行く――それは心の中に密かに生じていた企みでもあった。こんな小さな女の子から、たった一つの縁(よすが)である灯を奪い、この闇の中に取り残して行く……それは大人として、いや、人として、やってはならない事。その思いが男の意識からその企みを目隠ししていたのだが、彼女自身が、その目隠しを取り払ってしまった。
丸で、その事によって男が迷う様を愉しむかの様に、一見無邪気な笑みを浮かべて。
「灯が無いと、おじちゃん、いつ迄も帰れないよ?」少女が更に煽る。「他には何処にも灯なんて無いんだから……ね?」
「……どうしたいんだ? 君は」少女の意図が解らず、男は掠れた声で唸る。「私が灯を持って行ってしまったら、困るんだろう?」
「そりゃあ、困るわよ! あたしだってこんな暗い所に灯も無しなんて」少女は頬を膨らませる。
「だったら何故……!」欲望を煽る様な事を言うのだ? この少女は。
「さぁ? それよりどうするの? のんびりしてると、灯、消えちゃうかも」くすくすと、少女は笑う。「ほら、蝋燭が短くなってきた……」
男の目は彼女の言葉通り、溶け流れ、その長さを減じた蝋燭に注がれた。これだけの灯で、何処か明るい所へ、自分が何処に居るのか、何者であるのか解る所へ、辿り着けるのか?――そう考え、迷う間にもそれは短くなっていく。
どちらに向かえばいいのかも解らなかった。だが、男は焦りに突き動かされ、手を伸ばし――。
その背後から、低く、暗い声が掛かった。
「困ったお嬢ちゃんだ」
振り返った男の目に、小船の舳先に立ったローブ姿が映った。ローブの中の顔は白く、眼窩は黒――髑髏の姿に、男は情けない悲鳴を上げた。
「この時期は大忙しでね。その隙を突いてか、偶にああいったモノがちょっかい出してくるんだよ」船の舳先に立ち、棹を巧に操りながら船頭――先程の髑髏――は言った。「この闇に迷い続ける連中さね。仲間を求めてるんだよ」
「は、はぁ……」小船に揺られながらも、男は逃げ腰だった。見た目だけなら、この髑髏の方が余程、闇に彷徨う悪霊に見える。「じゃあ……私があの灯を取っていたら……」
「闇の中に幼い女の子を残して行く――それが罪悪感となりあんたを縛るか、あるいはそれを罪悪感も無しにやっちまう魂が闇に沈むのか……その辺はわしもよくは知らんが、どちらにしてもこの闇の一部だな。あのお嬢ちゃんの様に。尤も、子供なのは姿だけだがね」
男はぞっと、周囲の闇を見回す。だが今は全くの闇には見えない。暗い川が続く、その所々には、船が着けられそうな岸辺がある。
そして、そんな岸の一つに、灯があった。
少女の姿が持っていた様な仄かな灯ではなく、くっきりと、彼を導く灯。
男がそれを伝えると、船頭はしっかりと頷いて、船をそちらへ回した。
「有難う。助かりました」岸に降り立ち、男は頭を垂れた。
「何。これが仕事さ」無愛想に言いながらも、船頭の声は照れている様だった。「じゃあ……よいお盆を」
男はその言葉にはっとした。
そうだ。私は煙草の吸い過ぎからか肺を傷め、禁煙に挑んだものの手遅れだった。そして今日は初盆……。ではあの灯は……。
ゆっくり振り向いた男の前に、懐かしい我が家と温かな迎え火が、彼を待っていたと微笑む様に広がった。
―了―
今度こそシーズン真っ只中(^^;)
『灯――あかり』の船頭さん、再登場です。
14日16:16分、最終行、ちょこっと変えましたm(_ _)m
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無題
どもども!
何の話かと思ったら、このおじさんは亡くなってる人だったんですね。
全く周りが見えないぐらいの闇が訪れたら、今の私は大歓迎なんですけどねww
コメントにまとまりがつかなそうなんで、これにて退散!!w
何の話かと思ったら、このおじさんは亡くなってる人だったんですね。
全く周りが見えないぐらいの闇が訪れたら、今の私は大歓迎なんですけどねww
コメントにまとまりがつかなそうなんで、これにて退散!!w
Re:無題
早く寝て下さいね~(^^;)
空君が添い寝してくれるかな?^-^
空君が添い寝してくれるかな?^-^
こんばんは♪
お盆だねぇ~!
迎え火なんて、何十年もやってないなぁ・・・
子供の頃にはナスときゅうりに割り箸を刺して、
お婆ちゃんと迎え火を焚いたんだけどねぇ~!
暗闇で迷っている霊がいっぱいいるかな??
迎え火なんて、何十年もやってないなぁ・・・
子供の頃にはナスときゅうりに割り箸を刺して、
お婆ちゃんと迎え火を焚いたんだけどねぇ~!
暗闇で迷っている霊がいっぱいいるかな??
Re:こんばんは♪
お盆ですね~。
この辺では未だに電気の灯篭じゃなくて本格的に火を焚く所もあるのか、20センチ程の長さの細い木(オガラ)を束にして売ってます。
この辺では未だに電気の灯篭じゃなくて本格的に火を焚く所もあるのか、20センチ程の長さの細い木(オガラ)を束にして売ってます。
Re:盆の入り
今は精々電気の灯篭ですねぇ。家によっては未だにオガラで迎え火する所もある様ですが。
煙に乗って帰って来られるとも言いますから、やはり迎え火の方がいいのかしら?
煙に乗って帰って来られるとも言いますから、やはり迎え火の方がいいのかしら?
Re:こんばんは
そうか、東京は七月が
お墓、ちょっと遠いのです。
お休みが取れないとなかなか……( ̄- ̄;)
来月の法事は無理矢理取ったけど☆
お墓、ちょっと遠いのです。
お休みが取れないとなかなか……( ̄- ̄;)
来月の法事は無理矢理取ったけど☆
Re:おぉ
う、うちの幽霊って……(^^;)
少女も一応悪霊の類なので、元は幽霊と言えば幽霊なんですが……やっぱり普通の幽霊さんは怖くない(笑)
少女も一応悪霊の類なので、元は幽霊と言えば幽霊なんですが……やっぱり普通の幽霊さんは怖くない(笑)
Re:こんにちは
まぁ、お盆の行事は地方にもよりますからねぇ。
心の中で「お帰りなさい」位は言っといてもいいかも?
心の中で「お帰りなさい」位は言っといてもいいかも?
Re:あらぁ~
ぴぴさん、お帰り~(^^)ノ
お休みどないでした?
お盆シーズン(一部除く)に合わせてみました☆
お休みどないでした?
お盆シーズン(一部除く)に合わせてみました☆
Re:こんにちはっ
お盆ですねぇ。
最近は会社のお盆休みなんかはずらしてる所もある様やけど、ご先祖さんのお帰りは、ずれたりせぇへんのやろなぁ(^^;)
最近は会社のお盆休みなんかはずらしてる所もある様やけど、ご先祖さんのお帰りは、ずれたりせぇへんのやろなぁ(^^;)