〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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昼から本降りになった雨は、夜になっても降り続いていた。
傘の花開く街路は街灯や車のライトを反射して、川面の様に白光が瞬いている。
それを見下ろしながら、実加はこれが最後と大きな溜め息をついた。
十階建てのマンションの屋上。傘も差さず佇む彼女と死とを隔てるのは金属製のフェンス一枚だけだった。その事が、凍えた身体を更に冷たく、強張らせる。
しかし実加は意を決して、最後の壁へと足を踏み出した。
と、誰も居ない筈の屋上で、彼女の耳元に誰かの声が囁いた。
「その儘風邪ひいてこじらせても死ねるんじゃなぁい?」と。
「誰!?」慌てて振り向いた実加の目には、しかし誰の姿も映らなかった。屋上中を見回しても、屋上に突き出した階段室を回り込んでみても、何者の影も無い。
しかしはっきりと、直ぐ耳元に声の気配はあったのだ。不吉な台詞を実にあっけらかんと言ってのけたのは、誰だったのだろうか? あるいは死を前にした緊張の余り、幻聴でも――そう思った時。
「どぉでもいいじゃなぁい」
「!」再びの声に、実加は飛び上がる。二十代前半位だろうか? 実加よりやや年下に思える女性の声。些か間延びした、舌っ足らずな喋り方の所為で、もっと若年(じゃくねん)にも思えるが。
「だからぁ、どぉでもいいってば」
「誰なのよ!?」やはり周囲を見回しながら、実加は声を上げる。
「仕方ないなぁ。じゃあ、一応名乗るわ。ミキだよぉ」
「ミキ……さん? 何処に居るの?」
「ミキでいいわ。それより貴女、自殺しようとしてたのぉ?」何処に、の問いは無視して、ミキは言った。
「それは……」言い掛けて、実加は口を噤む。これはまともな相手ではない。声は変わらず耳元からするのに、やはりその姿は無いのだ。幽霊か、あるいは死神にでも魅入られたか……。
「なぁに? 死のうとしてた癖に怖いのぉ?」くすくすと笑う気配。
「そんなんじゃ……ないけど」言いながらも、実加の足は言葉を裏切って、階段室へとにじり寄る。親友と思っていた人に裏切られ、最早この世に生きる価値無しと死を覚悟して来た筈なのに、確かに彼女は恐怖を感じていた。
「大丈夫よぉ。死ぬのなんて簡単なんだから」ミキの声は相変わらずあっけらかんとしている。「普通に生活してたって、車に轢かれても死ぬし、病気でも死ぬし、地震雷火事親父――あ、親父は怖くないかぁ――怖いものばかりじゃなぁい。それに……アタシも怖いんでしょぉ? 実加ちゃん?」
「どうして名前を……!?」名乗った記憶は無い。元より幽霊の知り合いもない。
「だぁから、どぉでもいいじゃなぁい」呆れた様な声が返る。もし見えていたら、肩を竦めてでもいるのかも知れない。「それより……どぉするのぉ? 此処で、怖いものだらけのこの世からさよならする?」
「……」実加は雨粒の跳ねる足元を見詰めて、迷った。確かに死ねば、これ以上裏切られる事も、ミキが言った様な事で死ぬ恐れもなくなる。だがそれは心に傷負わぬ安穏とした生活に戻るのでも、況してや不死になるのでもない。
只暗い、誰の手も届かない場所に逃げるだけだ。
そこでは傷を負わない代わりに、負った傷が癒える事もない。
裏切られて、傷付いて――勢いで此処迄来たものの、実加は未だ死ぬ気にはなれない自分に気が付いた。一呼吸置いて落ち着いたのか、本来持つ死への恐怖を思い出したのか。
くるり、完全に踵を返した実加に、もうミキの声は聞こえなかった。
階段室に遠ざかる足音が響くのを聞きながら、フェンスの上に腰掛けた女が苦笑を浮かべていた。
「やれやれ、もう何人目かなぁ? 止めたの。自殺者の出た建物はその自殺者が呼ぶから自殺が相次ぐ……なぁんて言われたら、最初に飛び降りたアタシの所為になっちゃうじゃなぁい。アタシのは自業自得だけど、他人の人生放棄の責任迄負い切れないもんね」
ぺろりと舌を出して、ミキは姿を消した。
―了―
変な幽霊さんです。
しかしはっきりと、直ぐ耳元に声の気配はあったのだ。不吉な台詞を実にあっけらかんと言ってのけたのは、誰だったのだろうか? あるいは死を前にした緊張の余り、幻聴でも――そう思った時。
「どぉでもいいじゃなぁい」
「!」再びの声に、実加は飛び上がる。二十代前半位だろうか? 実加よりやや年下に思える女性の声。些か間延びした、舌っ足らずな喋り方の所為で、もっと若年(じゃくねん)にも思えるが。
「だからぁ、どぉでもいいってば」
「誰なのよ!?」やはり周囲を見回しながら、実加は声を上げる。
「仕方ないなぁ。じゃあ、一応名乗るわ。ミキだよぉ」
「ミキ……さん? 何処に居るの?」
「ミキでいいわ。それより貴女、自殺しようとしてたのぉ?」何処に、の問いは無視して、ミキは言った。
「それは……」言い掛けて、実加は口を噤む。これはまともな相手ではない。声は変わらず耳元からするのに、やはりその姿は無いのだ。幽霊か、あるいは死神にでも魅入られたか……。
「なぁに? 死のうとしてた癖に怖いのぉ?」くすくすと笑う気配。
「そんなんじゃ……ないけど」言いながらも、実加の足は言葉を裏切って、階段室へとにじり寄る。親友と思っていた人に裏切られ、最早この世に生きる価値無しと死を覚悟して来た筈なのに、確かに彼女は恐怖を感じていた。
「大丈夫よぉ。死ぬのなんて簡単なんだから」ミキの声は相変わらずあっけらかんとしている。「普通に生活してたって、車に轢かれても死ぬし、病気でも死ぬし、地震雷火事親父――あ、親父は怖くないかぁ――怖いものばかりじゃなぁい。それに……アタシも怖いんでしょぉ? 実加ちゃん?」
「どうして名前を……!?」名乗った記憶は無い。元より幽霊の知り合いもない。
「だぁから、どぉでもいいじゃなぁい」呆れた様な声が返る。もし見えていたら、肩を竦めてでもいるのかも知れない。「それより……どぉするのぉ? 此処で、怖いものだらけのこの世からさよならする?」
「……」実加は雨粒の跳ねる足元を見詰めて、迷った。確かに死ねば、これ以上裏切られる事も、ミキが言った様な事で死ぬ恐れもなくなる。だがそれは心に傷負わぬ安穏とした生活に戻るのでも、況してや不死になるのでもない。
只暗い、誰の手も届かない場所に逃げるだけだ。
そこでは傷を負わない代わりに、負った傷が癒える事もない。
裏切られて、傷付いて――勢いで此処迄来たものの、実加は未だ死ぬ気にはなれない自分に気が付いた。一呼吸置いて落ち着いたのか、本来持つ死への恐怖を思い出したのか。
くるり、完全に踵を返した実加に、もうミキの声は聞こえなかった。
階段室に遠ざかる足音が響くのを聞きながら、フェンスの上に腰掛けた女が苦笑を浮かべていた。
「やれやれ、もう何人目かなぁ? 止めたの。自殺者の出た建物はその自殺者が呼ぶから自殺が相次ぐ……なぁんて言われたら、最初に飛び降りたアタシの所為になっちゃうじゃなぁい。アタシのは自業自得だけど、他人の人生放棄の責任迄負い切れないもんね」
ぺろりと舌を出して、ミキは姿を消した。
―了―
変な幽霊さんです。
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Re:ほぉ![](/emoji/D/439.gif)
![](/emoji/D/439.gif)
あー、そこ迄行っちゃうと届かないかもね(汗)
「もうやだっ!」って思ってても、一息入れると怒りが冷める事ってありません? そんな感じの緩衝材になっているとか^^
「もうやだっ!」って思ってても、一息入れると怒りが冷める事ってありません? そんな感じの緩衝材になっているとか^^
こんばんはぁ
おいでおいでとはよく聞きますが、それではないんですね^^;
そんな子ならきっと、自殺が悔やまれたのでしょうね・・・。
名前を知っていたのは、やっぱり実加ちゃんが何度も足を運んだからなのですかね?
すると本当にすごい幽霊ですね、ここぞというタイミングで出てくるなんて^^;経験から来るモノかな?w
そんな子ならきっと、自殺が悔やまれたのでしょうね・・・。
名前を知っていたのは、やっぱり実加ちゃんが何度も足を運んだからなのですかね?
すると本当にすごい幽霊ですね、ここぞというタイミングで出てくるなんて^^;経験から来るモノかな?w
Re:こんばんはぁ
呼ばずに追い払う自殺者の霊(笑)
経験者だからねぇ^^;
あんな時でも幽霊に話し掛けられたら頭も背筋も冷えるだろうし(笑)
経験者だからねぇ^^;
あんな時でも幽霊に話し掛けられたら頭も背筋も冷えるだろうし(笑)
Re:変な幽霊さん
何ポイント溜まったら成仏出来るんだろ?(笑)
あの世のお役人さんにハンコ押して貰うのかな^^
あの世のお役人さんにハンコ押して貰うのかな^^
冬猫さんに一票!
それいいです!冬猫さんv
自殺が神様や閻魔様から許されない罪なら、こうして後に続きそうな自殺志願者を止めることは、ひとつの罪滅ぼしにならへんかなあ。
わざわざ怖い思いとか痛い目をみなくても、生きてりゃいつかは死ぬんやからさ、そない急がんでも★
自殺が神様や閻魔様から許されない罪なら、こうして後に続きそうな自殺志願者を止めることは、ひとつの罪滅ぼしにならへんかなあ。
わざわざ怖い思いとか痛い目をみなくても、生きてりゃいつかは死ぬんやからさ、そない急がんでも★
Re:冬猫さんに一票!
そそ、いつかは嫌でも死ねる(苦笑)
それでもやっちゃった人にはもれなくポイントカードを進呈?
因みに呼んじゃったら1人につき10ポイント減るとか。
それでもやっちゃった人にはもれなくポイントカードを進呈?
因みに呼んじゃったら1人につき10ポイント減るとか。
Re:無題
そうだよねー。それで死んだら死に損だもんね☆
それにしてもうちの幽霊さん、変なのばっかりになってきた?
幽霊が出て怖くならない話って……(--;)
それにしてもうちの幽霊さん、変なのばっかりになってきた?
幽霊が出て怖くならない話って……(--;)
こんにちは♪
自殺を思いとどまらせる幽霊ってのも面白いネ!
そうだよね、招いて仲間を増やそうとするばかりとは限らないよネェ!
きっと中には、自殺した事を悔やんで、自分の二の舞はしちゃダメだよって働きかける幽霊もいるよね・・・・そう思いたいなぁ!
そうだよね、招いて仲間を増やそうとするばかりとは限らないよネェ!
きっと中には、自殺した事を悔やんで、自分の二の舞はしちゃダメだよって働きかける幽霊もいるよね・・・・そう思いたいなぁ!
Re:こんにちは♪
人のいい幽霊(^^;)
ミキにしても「あそこで前に自殺した人が呼んだから……」とか言われたくなかったんでしょうね(笑)
呼んでへんわっ! と(爆)
ミキにしても「あそこで前に自殺した人が呼んだから……」とか言われたくなかったんでしょうね(笑)
呼んでへんわっ! と(爆)
こんにちはっ
変な幽霊ですね~。助けるなんて。ミキさん成仏成仏!!
数年前の話なんですが、私の実家の近所のおじさんが、犬の散歩してるのを見たのですが…、数日後、そのおじさんのお葬式があって。「え!?」ってビックリして母に聞いたら、
もうずっと病気で入院してたって…。散歩…できるわけないですよね…?
こないだ言ってた不思議な話です^^;
数年前の話なんですが、私の実家の近所のおじさんが、犬の散歩してるのを見たのですが…、数日後、そのおじさんのお葬式があって。「え!?」ってビックリして母に聞いたら、
もうずっと病気で入院してたって…。散歩…できるわけないですよね…?
こないだ言ってた不思議な話です^^;
Re:こんにちはっ
何か、うちの幽霊さん達は「成仏」という目的を忘れている気がします……(--;)良介君と言い(笑)
おじさん……最後に思い出の散歩コースを歩きたかったのかな。
生霊?^^;
おじさん……最後に思い出の散歩コースを歩きたかったのかな。
生霊?^^;
Re:無題
そんな威勢のいい呼び込みされたら、あの世は大変だねぇ(^^;)
東尋坊とか多いって言いますよね。何か居るのかな?
東尋坊とか多いって言いますよね。何か居るのかな?
Re:おぉ~
自殺者が多いのは宗教的な面もあるんでしょうかね。
キリスト教圏では自殺は大罪だし。
自殺を考えてもない人に囁き続けたら……逆に呼んじゃうかも(--;)
キリスト教圏では自殺は大罪だし。
自殺を考えてもない人に囁き続けたら……逆に呼んじゃうかも(--;)
Re:無題
死にたくなくても死んじゃう人が一杯居るのに、自殺なんてしなくてもねー。
死に様を選べるなんてある意味贅沢と言うか、傲慢な気がします。
死に様を選べるなんてある意味贅沢と言うか、傲慢な気がします。
ご無沙汰でm(__)m
まとめて読ませていただいちゃいました…
次から次へと…どんだけ引き出しがあるのか不思議ですよ、巽さんは!!
この幽霊さんは…生きているときはどんな人だったんだろうなと想像してしまうような存在ですね☆
私は間違っても自殺はしないと思うからな~(^^ゞ
次から次へと…どんだけ引き出しがあるのか不思議ですよ、巽さんは!!
この幽霊さんは…生きているときはどんな人だったんだろうなと想像してしまうような存在ですね☆
私は間違っても自殺はしないと思うからな~(^^ゞ
Re:ご無沙汰でm(__)m
お疲れ様です!
あ。引き出しの底が……(笑)
自殺なんかしてる暇、ありませんよね!(^^)v
あ。引き出しの底が……(笑)
自殺なんかしてる暇、ありませんよね!(^^)v
こんにちは
高校の時、何時も自殺を考えていた。
細かい話は省くけど、いじめとかでね。
ある時ホントに死のうと思ったことがあった。
どうして思いとどまったかって言うと、お腹が鳴ったから。
思いつめていたから、学校から帰ってきて何も口にしていなかった。
だからお腹がぐぐ~って鳴ったんだよね。
その瞬間、馬鹿馬鹿しくなった。
頭の中は嫌なことから逃げて死ぬことばかり考えているのに、体は生きようとしている。
考えてみたら、形の無い思い、考え、気持ちが死を望んでいるだけで、脳も心臓も胃も腸も、体の全てに器官は生きるために必死に活動しているんだって思った。
自分の体に申し訳ない気がしたんだよね。
で、思いとどまった。
あれ以来自殺は二の次になっているかなぁ。
細かい話は省くけど、いじめとかでね。
ある時ホントに死のうと思ったことがあった。
どうして思いとどまったかって言うと、お腹が鳴ったから。
思いつめていたから、学校から帰ってきて何も口にしていなかった。
だからお腹がぐぐ~って鳴ったんだよね。
その瞬間、馬鹿馬鹿しくなった。
頭の中は嫌なことから逃げて死ぬことばかり考えているのに、体は生きようとしている。
考えてみたら、形の無い思い、考え、気持ちが死を望んでいるだけで、脳も心臓も胃も腸も、体の全てに器官は生きるために必死に活動しているんだって思った。
自分の体に申し訳ない気がしたんだよね。
で、思いとどまった。
あれ以来自殺は二の次になっているかなぁ。
Re:こんにちは
思い悩んでるのは頭(精神?)だけなのかもね(苦笑)
いじめかぁ。私はそんな連中の所為で――色んな人のお陰で生きてきた――自分が死ぬなんて馬鹿馬鹿しいと思った。変な所プライド高くてね~。死ぬの怖くて理由をつけてただけかも知れないけど^^;
いじめかぁ。私はそんな連中の所為で――色んな人のお陰で生きてきた――自分が死ぬなんて馬鹿馬鹿しいと思った。変な所プライド高くてね~。死ぬの怖くて理由をつけてただけかも知れないけど^^;