〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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遠く閃く雷光を恨めしげに見上げながら、私は――雨宿りという緊急避難とは言え――入る店を間違えた、と肩を落とした。
偽煉瓦造りの壁に蔦を這わせたその外観と窓から漏れる暖色系の灯、そして仄かに香る珈琲の匂い。それで店の前に出された看板も碌に見ず、喫茶店と判断して飛び込んだのだけど。
実際には香り高い珈琲を飲んでいる店主がたった一人居るだけの、骨董品店。
最早私には骨董品なのかガラクタなのか、判断もつかない様な物が所狭しと棚に並べられ、壁に架けられている。扱われている商品は無国籍風で、青磁の皿の隣に何処の物とも知れない奇怪な像が立っていたりする。
せめて西洋アンティークショップなら未だ良かったのに、と私はそっと溜め息をつく。そして店主の愛想がもうちょっとでも良かったなら、雨宿り代として何か安い小物でも買って行く気にもなっただろうに。
突然の雨に髪も上着もぐしょ濡れになっている私に、店主は一瞥を投げただけで殆ど無反応。表情すら変わらない。心ある店主ならタオルの一枚でも貸してくれるものじゃないの?
しかし、今更別の店に駆け出すには――外は滝の様な豪雨と化し、私の足を縫い止めた。
偽煉瓦造りの壁に蔦を這わせたその外観と窓から漏れる暖色系の灯、そして仄かに香る珈琲の匂い。それで店の前に出された看板も碌に見ず、喫茶店と判断して飛び込んだのだけど。
実際には香り高い珈琲を飲んでいる店主がたった一人居るだけの、骨董品店。
最早私には骨董品なのかガラクタなのか、判断もつかない様な物が所狭しと棚に並べられ、壁に架けられている。扱われている商品は無国籍風で、青磁の皿の隣に何処の物とも知れない奇怪な像が立っていたりする。
せめて西洋アンティークショップなら未だ良かったのに、と私はそっと溜め息をつく。そして店主の愛想がもうちょっとでも良かったなら、雨宿り代として何か安い小物でも買って行く気にもなっただろうに。
突然の雨に髪も上着もぐしょ濡れになっている私に、店主は一瞥を投げただけで殆ど無反応。表情すら変わらない。心ある店主ならタオルの一枚でも貸してくれるものじゃないの?
しかし、今更別の店に駆け出すには――外は滝の様な豪雨と化し、私の足を縫い止めた。
仕方なく私は店の棚の間を見て回り、少しでも気を紛らわせようとする。店主は相変わらず温かい珈琲の香りを独りで楽しんでいる。濡れ鼠の客が寒くないだろうか、位の気遣いも無いのだろうか。それともどうせ雨宿りに飛び込んで来ただけの人間は客じゃないと思ってる? 商売上手とは言えないわね。この店主。
棚の間から窺い見れば、三十代か四十代か、今一つ年齢の絞り切れない男性。やや鋭角的な顔が更に冷たい印象を与える。そして何を考えているのか、ずっと珈琲が湯気を立てるカップを凝視している。
私は溜め息をついて、少しでも興味を引く物が無いか、商品を見て回る事にした。
不思議と、本当に不思議な程、私の趣味に合う物は無かったけど。
その内、雷の音も遠ざかり、窓の外が明るさを取り戻し始めた。突然の夕立は降り始めと同じ様に急速に終焉を告げた様だった。
結局目に付く物も無く、無理に雨宿り代を払う気にもなれず、私はドアノブに手を掛けた。
と、ずっと無言、不動だった店主が不意に動いた。
「お客さん、お忘れ物ですよ?」
え? と、私は振り返った。けれどショルダーバッグは肩に掛けた儘。開けもしなかったし、勿論何も取り出していない。出したのは精々上着のポケットに入っていたハンカチ位。それも未だ手に持った儘だった。
「何も……忘れてませんけど?」私は怪訝な思いに僅かの警戒心を乗せて訊き返した。入った以上は何か買って行けとでも言う心算だろうか、この無愛想店主。
しかし店主の視線は私の足元に落ちた。
釣られて見れば、水に濡れた私の足跡が、板の上に点々と刻まれている。他にも上着から垂れたのだろう、雫の跡。
「……汚した跡を弁償しろとでも言うんですか?」私は呆れた声を上げた。「雨なんですよ? 板の間だし、その内乾くじゃないですか。それともこのお店、雨天の客お断り?」
「いえ、そうではなく、その雨水をお忘れですと……」
私が更に呆れたのは言う迄もない。
「板に滲みこんだ雨水をどうやって持ち帰れと? 大体、雨水なんて私の持ち物でさえないじゃないですか」
「しかし当店では、人が持ち込んだものは全てその方のもの――置いて行かれると仰るのなら、それ相応のものと引き換えに、引き取らせて頂きますが、宜しいですか?」
は?――私はかなり間の抜けた顔をしていたと思う。でも、無理ないわよね? 確かな物なら兎も角も、雨水を引き取る? それ相応のものと引き換えに?
この店、そしてこの店主、何?
しかし私は、雨水に対しての「それ相応のもの」に興味を引かれてしまった。
そして私が貰ったのは――いえ、引き換えとして受け取ったのは、店の何処から引っ張り出して来たのか解らない、手にすっぽり収まる程の大きさの水晶のクラスター。方々に突き出している結晶も小さいし、クラックも入っていてその分、透明度も今一つ。加工してアクセサリーに出来る様な物でもない。
でも、何故か私はそれが気に入ってしまい、今もそれは部屋のデスクにちんまりと飾ってある。
『水晶は昔、水の結晶化したものと言い伝えられていたそうです』これを差し出しながら、店主は言っていた。『水はあらゆるものを育みます――板に滲み込んだ雨水でさえ、人の目に見えない程度の何かを育むでしょう。そして水晶は昔から人の想像力や精神的なパワーを育むと……。まぁ、この程度の品質のものではたかが知れるでしょうけれど』
だからこれ位が相応ではないか、と店主は生真面目に言った。
品質は兎も角、明らかな「物」を見て、一旦は断った私だったけど――さっき見て回った時には確実に無かったそれが気に入った事と、少しでもお金を、と財布を取り出したら更に大きな、然も変な像を持ち出して来た店主に負け、それを雨水と引き換えた。押し問答の間に床は乾き始めていたけれど。
あのお店、色んな意味でやって行けるのかしら?――そんな事を思いながら同じ道を通った翌日、そこに店は無く、草茫々の空き地が広がるだけだった……。
私が雨宿りしていたのは一体何処だったの?
昨日の雨水を一杯に吸い上げ、陽光に緑に煌めく草を茫然と見詰めながら、私は珈琲の香りをほんの一瞬、嗅いだ気がした。
―了―
奇妙な話になりました(^^;)
あれ~? 怖い話を書こうかな、と思ったんだけど……眠気の所為にしちゃいます(←おい)
雨の降り方が梅雨時の「しとしと」から梅雨終盤の「突然ザーッ!」に変わってきた様な気がします。う~む、水害が出ませんように。皆様、お気を付け下さいませ。
棚の間から窺い見れば、三十代か四十代か、今一つ年齢の絞り切れない男性。やや鋭角的な顔が更に冷たい印象を与える。そして何を考えているのか、ずっと珈琲が湯気を立てるカップを凝視している。
私は溜め息をついて、少しでも興味を引く物が無いか、商品を見て回る事にした。
不思議と、本当に不思議な程、私の趣味に合う物は無かったけど。
その内、雷の音も遠ざかり、窓の外が明るさを取り戻し始めた。突然の夕立は降り始めと同じ様に急速に終焉を告げた様だった。
結局目に付く物も無く、無理に雨宿り代を払う気にもなれず、私はドアノブに手を掛けた。
と、ずっと無言、不動だった店主が不意に動いた。
「お客さん、お忘れ物ですよ?」
え? と、私は振り返った。けれどショルダーバッグは肩に掛けた儘。開けもしなかったし、勿論何も取り出していない。出したのは精々上着のポケットに入っていたハンカチ位。それも未だ手に持った儘だった。
「何も……忘れてませんけど?」私は怪訝な思いに僅かの警戒心を乗せて訊き返した。入った以上は何か買って行けとでも言う心算だろうか、この無愛想店主。
しかし店主の視線は私の足元に落ちた。
釣られて見れば、水に濡れた私の足跡が、板の上に点々と刻まれている。他にも上着から垂れたのだろう、雫の跡。
「……汚した跡を弁償しろとでも言うんですか?」私は呆れた声を上げた。「雨なんですよ? 板の間だし、その内乾くじゃないですか。それともこのお店、雨天の客お断り?」
「いえ、そうではなく、その雨水をお忘れですと……」
私が更に呆れたのは言う迄もない。
「板に滲みこんだ雨水をどうやって持ち帰れと? 大体、雨水なんて私の持ち物でさえないじゃないですか」
「しかし当店では、人が持ち込んだものは全てその方のもの――置いて行かれると仰るのなら、それ相応のものと引き換えに、引き取らせて頂きますが、宜しいですか?」
は?――私はかなり間の抜けた顔をしていたと思う。でも、無理ないわよね? 確かな物なら兎も角も、雨水を引き取る? それ相応のものと引き換えに?
この店、そしてこの店主、何?
しかし私は、雨水に対しての「それ相応のもの」に興味を引かれてしまった。
そして私が貰ったのは――いえ、引き換えとして受け取ったのは、店の何処から引っ張り出して来たのか解らない、手にすっぽり収まる程の大きさの水晶のクラスター。方々に突き出している結晶も小さいし、クラックも入っていてその分、透明度も今一つ。加工してアクセサリーに出来る様な物でもない。
でも、何故か私はそれが気に入ってしまい、今もそれは部屋のデスクにちんまりと飾ってある。
『水晶は昔、水の結晶化したものと言い伝えられていたそうです』これを差し出しながら、店主は言っていた。『水はあらゆるものを育みます――板に滲み込んだ雨水でさえ、人の目に見えない程度の何かを育むでしょう。そして水晶は昔から人の想像力や精神的なパワーを育むと……。まぁ、この程度の品質のものではたかが知れるでしょうけれど』
だからこれ位が相応ではないか、と店主は生真面目に言った。
品質は兎も角、明らかな「物」を見て、一旦は断った私だったけど――さっき見て回った時には確実に無かったそれが気に入った事と、少しでもお金を、と財布を取り出したら更に大きな、然も変な像を持ち出して来た店主に負け、それを雨水と引き換えた。押し問答の間に床は乾き始めていたけれど。
あのお店、色んな意味でやって行けるのかしら?――そんな事を思いながら同じ道を通った翌日、そこに店は無く、草茫々の空き地が広がるだけだった……。
私が雨宿りしていたのは一体何処だったの?
昨日の雨水を一杯に吸い上げ、陽光に緑に煌めく草を茫然と見詰めながら、私は珈琲の香りをほんの一瞬、嗅いだ気がした。
―了―
奇妙な話になりました(^^;)
あれ~? 怖い話を書こうかな、と思ったんだけど……眠気の所為にしちゃいます(←おい)
雨の降り方が梅雨時の「しとしと」から梅雨終盤の「突然ザーッ!」に変わってきた様な気がします。う~む、水害が出ませんように。皆様、お気を付け下さいませ。
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この記事にコメントする
こんばんは
そちらは雨なんですね。被害が無ければ緑にとっては雨も良いんですがね~。くれぐれも川や土砂の近くには行かないように!気をつけてね~
こちらは暑いばかりです…。そちらの雨が半分こちらに降れば良いのにな。
ああ。小説のコメントを忘れてた。暑いからだー。
雨水で何かもらえる噂が立って、ずぶ濡れの客ばかりが溢れても何かくれるかな~?
こちらは暑いばかりです…。そちらの雨が半分こちらに降れば良いのにな。
ああ。小説のコメントを忘れてた。暑いからだー。
雨水で何かもらえる噂が立って、ずぶ濡れの客ばかりが溢れても何かくれるかな~?
Re:こんばんは
基本晴れ。時々ザーッ! という天気です☆
梅雨の終盤~夏ってこういう降り方が多いですよね。一時の降水量が凄いから何かと水害が起き易い……要注意シーズンです。
何か貰えると思って来る様な人には見付からないんじゃないかな、お店。
梅雨の終盤~夏ってこういう降り方が多いですよね。一時の降水量が凄いから何かと水害が起き易い……要注意シーズンです。
何か貰えると思って来る様な人には見付からないんじゃないかな、お店。
Re:こんばんは☆
梅雨……明けたんでしょうかねぇ?(^^;)
や、明けたなら明けたでいいんだけど。
お店……誰の前に現れるか解りません(笑)
や、明けたなら明けたでいいんだけど。
お店……誰の前に現れるか解りません(笑)
Re:無題
滝の様な雨となると、視界も遮られるし、音も凄いですからね~。雷でも付いたら恐怖です(>_<)
ちょっと通常とは違う価値観のお店、という感じで。本来この世のものじゃないかも?
ちょっと通常とは違う価値観のお店、という感じで。本来この世のものじゃないかも?
おはよう!
クラスターって何?
検索してみたけどよく分からなかった。
私はその引き換えにもらったクラスターが、何か事件を起こすのかと思って読んでいたら、店が無くなってたで終わってたので、ちょっと拍子抜け。(笑)
まぁ、話が長くなるからしょうがないかな。
検索してみたけどよく分からなかった。
私はその引き換えにもらったクラスターが、何か事件を起こすのかと思って読んでいたら、店が無くなってたで終わってたので、ちょっと拍子抜け。(笑)
まぁ、話が長くなるからしょうがないかな。
Re:おはよう!
クラスターって水晶なんかの鉱物の結晶です。主にパワーストーンに使うかな? 水晶の場合、六角柱状の結晶があちこち突き出した様なものが多いですね。
ちょっとこの世と価値観違うお店の話……なのかな?(←おい)
ちょっとこの世と価値観違うお店の話……なのかな?(←おい)
Re:無題
結果としてはラッキー……かも(笑)
人の目に見えないレベルのものを育むという点で等価と考えたのでしょうね、おかしな店主(^^;)
木の葉に変わってたら狐狸の類ですな(笑)
人の目に見えないレベルのものを育むという点で等価と考えたのでしょうね、おかしな店主(^^;)
木の葉に変わってたら狐狸の類ですな(笑)
こんばんは♪
もう梅雨明けですか?
こちらは、どうなんだろう?まだだ!なんて書いたら実は明けてた!てな事になると!またafoolさんから何か言われそうだからなぁ~(笑)
何とも不思議なお店ですねぇ~!
その水晶が何か妖しい事を引き起こすのか?
と思ったら、別に問題はなさそうだネ!
お店が消えちゃったのかぁ~~!
ん~~雷の影響で異次元に紛れ込んでしまったのかなぁ~??
こちらは、どうなんだろう?まだだ!なんて書いたら実は明けてた!てな事になると!またafoolさんから何か言われそうだからなぁ~(笑)
何とも不思議なお店ですねぇ~!
その水晶が何か妖しい事を引き起こすのか?
と思ったら、別に問題はなさそうだネ!
お店が消えちゃったのかぁ~~!
ん~~雷の影響で異次元に紛れ込んでしまったのかなぁ~??
Re:こんばんは♪
梅雨明け宣言出ましたな。北九州地方。
でも蒸し暑~い!(>_<)
これからはそれこそ夕立、雷の季節か~★
変なお店で雨宿りしないように(笑)
でも蒸し暑~い!(>_<)
これからはそれこそ夕立、雷の季節か~★
変なお店で雨宿りしないように(笑)
ほぅ~そう来たか・・・
今年の梅雨は、降る時は激しく!で降らない日も多いらしいね。
豪雨過ぎて被害もあるし、降らなくて水不足にもなりそうで・・・
自然とは偏屈ですね~
私、こう言うお話好きですよ^^
忘れ物・・・なんやろ?って、想像して楽しんでました。
最後にコーヒーの香りがって行も好き。
豪雨過ぎて被害もあるし、降らなくて水不足にもなりそうで・・・
自然とは偏屈ですね~
私、こう言うお話好きですよ^^
忘れ物・・・なんやろ?って、想像して楽しんでました。
最後にコーヒーの香りがって行も好き。
Re:ほぅ~そう来たか・・・
先日は曇ってきたな~と思ったらいきなりドザーーーッ! 一時間程で止んで、青空が見えましたが(^^;)
本当にね、降らなくても困るし、降り過ぎても困るし。上天気で喜んでると水不足で困ったり。難しいものですねぇ。
珈琲……何か、残り香って感じで。好きって言ってくれると嬉しいな♪
本当にね、降らなくても困るし、降り過ぎても困るし。上天気で喜んでると水不足で困ったり。難しいものですねぇ。
珈琲……何か、残り香って感じで。好きって言ってくれると嬉しいな♪