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どれ、今日はまた罪人と落雷の話を聞かせるとしようかな。何? 聞き飽きた? 年寄りの話はくどいから嫌だ? いいから黙って聞きなさい。特にちび共。
ああ、辰己は御一緒してくれるかな。何? 自分はちびではない? いいからお聞き。
そう、あれはもう何百年前の事だろうなぁ……。
* * *
また始まった――辰己はうんざりしながら肩を竦めた。もう何度も聞いた話だ。一言一句、思い出せる程に頭に染み付いている。
それでも一通り聞く迄、この老体の話が終わらないのも解っていた。仕方なく、彼はこの苦行に耐える事にした。
* * *
とある地方の事。
元々雷の多かったその地方では、通常の裁きをしても真偽の付け難い罪人の裁定に、独特の方法を使っておった。何と落雷の多発する山中に一晩、木の杭に磔にしておくと言うんじゃな。
そして雷がその者に落ちれば有罪、もし落ちなければ無罪。
そんなもの真偽ではなく、運任せではないか?――ああ、今の人間ならそう言うだろう。だが、その頃は未だ雷は理屈も解らなければ、対抗する手段も無い、神の怒りにも等しいものと捉えられていた。
だから、自分等では及ばぬものを、神様に裁定をして頂く、それ位の考えだったんじゃよ。
まぁ、勿論滅多に行われる事ではなかったよ。大抵の物事は人間達でどうにか出来たし、何よりこれで有罪と沙汰が降りるという事は、死罪と等しかったからなぁ。身動きもならず、雷の直撃を受けて、生きていた者など先ずおらんからな。
これで裁かれるのは人を害し、尚且つその罪から逃れようとあの手この手で画策した者――あるいはそう思われた者。
無論、真実無罪の者もおったろう。当然それらには雷は降りてはならん。
そして、有罪の者は――見逃してはならんかった。
ある時、自分の恋人を殺したと思しき男がこの裁きに掛けられた。
林業に携わる貧しい男だったが、何でもより高き身分の女性に見初められ、そちらに鞍替えしたと言うんじゃな。そして邪魔になった恋人を殺したと。
しかし、証拠が挙がらない。
被害者の娘は谷に突き落とされておった。崖の上に残った争った跡から、事故や自殺ではないと判断されたものの、今の様に鑑識だとかいった技術が進歩している訳でもない。履物の痕なんぞ入り乱れてしまえば区別も付かん。
只、直前に件の男が娘と一緒に歩いて行くのを、近所の者が目撃しておった。
そして動機がある事も、直ぐに知れ渡った。
だが、男は否定する。確かに別れ話を持ち出しはしたが、彼女はそれを拒否して走り去ってしまったのだと。彼女が落ち着いた頃にもう一度話をしようと先に戻ったので、その行く先は見ていない。その後は新しい許嫁を案じてそちらに行き、ずっと二人で居た、と。
しかし、他に娘に害意を持つ者も見当たらない。どう見ても男が怪しいのだが、確たる証拠が無い。
そこで、件の裁きに委ねる事となったんじゃ。
* * *
暗くなった山中、杭に磔にされた儘、一人残され、男は不安げに空を見上げていた。
徐々に、その耳に地を這う様な低い音が忍び寄り、男はぎくりと身を硬くした。
と――。
「汝、人を殺めしか?」
不意に聞こえた人の言葉に、男は狼狽して辺りを見回した。が、誰の姿もありはしない。自分を連れて来た役人達は巻き添えを恐れるかの如くそそくさと帰って行った。
だが、声ははっきりと、もう一度繰り返した。
「汝、人を殺めしか?」
さてはこれが雷の裁きというものかと、男は脂汗を垂らしつつ、懸命に頭を振った。
「め、滅相もない! 俺はあいつが崖の方に行った事も知らなかったんですよ。元々あの辺りは蛇が出るってんで、女子供は近付かない場所で、別れ話に逆上したとは言え、そんな所に行くなんて事は……」
「真か?」
「真も真」
「しかし、逆上した彼女を追って行こうとはしなかったのか? その儘放って置いて、もし自害でもすれば……真逆それを狙っていた訳ではあるまい?」
「滅相もない! 只、頭が冷えてからと思って……。あいつぁ、頭に血が上ると手が付けられない所があったもんで……。あの時も、その……自分を捨てるなら、その女を殺してやるとか何とか口走ってまして、とてもこれはまともな話は出来ないと……。そういう女なんです。とても自害なんてする奴じゃない。寧ろ本当にあの人を殺しやしないかと心配で、俺は近道を使ってそっちに向かいました」
なるほど、確かに男は被害者と一緒に居るのを目撃された後、数刻後には新しい女の所に現れている。因みに被害者が突き落とされた崖から件の女性の家迄は歩けば小一時間程、掛かる。
「あいつがあの人を殺そうと思っていたかも知れないなんて、他の連中には言いませんでしたがね。だから、別れ話の後に新しい女の所に行くなんてと、大分顰蹙も買ってしまった様ですが……。流石に……あいつをそこ迄貶めたくはありませんや」
「なるほど……」と、声は呟き、纏っていた低き雷鳴と共に遠ざかって行った。
翌朝男は無事な姿で発見され、無罪を言い渡された。
* * *
それも束の間じゃったがの。
男が無罪を言い渡され、杭から解放されようとする寸前じゃ。集まった役人共の目を眩ませる程の光と音が奴を襲ったんじゃ。
勿論、落雷の一撃に遭っては、口の達者な男も生きちゃあおれんかったよ。
何? 無罪と談じられたんじゃないのかって?
男には所謂アリバイがあったんだろうって?
確かに、あの崖から女の家迄、歩けば小一時間は掛かる。男は近道を使って、それより早く、家に到着していた。
じゃがな――普段林業で山に入っていた、あの男の使っていた近道と言うのは、崖の上迄伸びた木を縄一本で伝い降りて、その下僅かの所にある女の家に急ぐというものだったんじゃよ。
確かに一本しか通らぬ道をぐるりと回れば小一時間なんじゃがの。被害者の娘は男の近道を知っておった様で、自分もどうにか出来ないかと崖に向かったんじゃろう。本当に女を殺しに行こうとしていたのか、単に話をしようとしていたのかは解らんがの。
女の元に急ごうと、やはり近道に向かった男はそれを見付け、あるいは本当に許嫁を殺そうとしていると思ったのやも知れん。
何にしても――裁きに向かった雷も、その辺、調べが甘かったのう。まぁ、フォローはしておいたが。
のう? 辰己や?
* * *
本当にうんざりだ――辰己は天を仰いだ。
この後も何百年、聞かされる事だろう?
あの時も大きな雷を落とされたと言うのに。
―了―
雷様も楽じゃない(苦笑)
いやぁ、雷様も騙されないようにしないと(笑)