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「あら、そう?」少女は意外そうに小首を傾げた。栗色の髪に青いリボン、青い服のよく似合う、十歳ばかりの少女だ。腰のベルトには様々な鍵を纏めた鍵束が下がっている。古い物、新しい物、凝った造りの物、至極シンプルな物……造られた年代も目的もばらばらだろうそれらが、彼女の動きに連れて音を立てる。
その彼女が今、少年に差し出しているのは、やや年代物ではあったがごくシンプルな造りの鍵だった。何処かの家の鍵の様だ。
落し物だと呼び止められて、それを差し出された少年は暫しそれを検めた後、受け取りを拒否したのだった。
「でも、何処の鍵かは解ってるみたいね?」少女が悪戯っぽく笑う。
「……」少年は答えず、歩み去ろうとした。
「本当に要らないの?」
少年は答えない。歩みがやや、速くなる。
「要らないならいいんだけど……。何処かに置いといたら、誰かが拾って行くかもね。いい人が拾えばいいけど、悪い人だったら空き巣に……」
「入れる訳ないだろ! その何処かの誰かはそれが何処の鍵かも、祖母ちゃんの家が何処かも知らないんだから!」堪らずといった様子で振り返り、少年は怒鳴った。
「でも」少女は笑む。「そんな事も考えてたでしょ? この鍵を、捨てた後」
「……お前……何なんだよ?」自分の胸の高さ迄しかない少女を見下ろし、しかし少年は怯えをその視線に乗せていた。
ありす、と名乗った少女はもう一度、鍵を差し出した。
少年は操られる様に、鍵を受け取っていた。
鍵を捨てたのは三年程前の事だった。
大好きだった祖母の家の鍵。祖父は既に他界し、彼女一人で家を守っていた。未だ六十代で元気だった事もあり、長男である少年の父も、時折様子伺いに行くだけでよしとしていた。
そして少年自身もよく、電車で二駅の彼女の家に遊びに行っていた。
この鍵を持って。
祖母は自宅の近くに小規模な畑を借りていて、家庭菜園を作っていた。そこで切りが付く迄は戻らない事もあり、留守中は勝手に上がっていいと、合鍵をくれたのだ。
ところがある暑い日曜日、家に上がって待つものの、幾ら待っても帰って来ない。昨夜、電話で伝えてはいたから、切りが付けば帰って来る筈なのにと、少年は不安になった。そこで前に手伝いに行った時の記憶を頼りに、畑に迎えに行った少年は、そこで倒れている祖母を発見したのだった。
間一髪だった、と担当した医師は言った。後少しでも発見が遅れていれば、助からなかっただろうと。
老体ながら健康である事を過信したのか、暑い中での農作業という条件も悪かったのだろう。
それでも辛うじて回復した彼女は、少年に礼を言った。
「本当に助かったよ。よく気が付いてくれたねぇ。リョウちゃんは私の自慢の孫だよ」と。
その言葉と共に、少年にはもう一つ、嬉しい事があった。両親が、祖母を引き取ろうと相談を始めたのだ。それ迄は元気だからという事もあり、お互い自由に暮らしていたのだが、やはりもしもの事を考えれば傍に居た方がいいのではないかと。
食べ物の味付けを祖母に合わせたり、遊び場にしていた一階の和室を祖母様に空けたりと、少年にとっても生活の一部が変わる事になると説明されたが、彼はそのデメリットよりも、大好きな祖母と一緒に居られるメリットを、素直に喜んだ。
だが――。
退院を前に両親が切り出した同居の勧めを、祖母はきっぱりと断ったのだった。
世話にはなりたくない、と。
色んなお話を知っていて、色んな事を教えてくれる、そんな大好きな祖母と一緒に暮らせる――そう心躍らせていた少年は、両親の話を聞いて愕然とした。
「お祖母ちゃん……来ないの?」彼は両親に問うた。「どうして? お祖母ちゃん、僕の事自慢の孫だって、大好きだって言ってくれたのに……。どうして、一緒に住むのは嫌なの?」
「お祖母ちゃん、今回はあんな事になったけど、未だ自分は元気だからって……」取り成す様な母の言葉は耳を素通りした。
「……本当は僕の事、嫌いなの?」
「おいおい、誰もそんな事言ってないだろう?」父が苦笑する。
「じゃあ、何で来ないの!? お祖母ちゃん……僕が遊びに行くといつも笑って『よく来たね』って言ってたのに……。夏休みに泊り掛けで行くと『ゆっくりしてお行き』って……。なのに、何でこの家には来ないの? お祖母ちゃんは……嘘つきなの!?」
「そんな事ないわよ。きっと未だ自由で居たいだけよ」
「……僕と一緒に居るのは自由じゃないんだ……」
「誰もそんな事言ってないでしょ?」母は驚いた様に我が子を見た。「そりゃあ、同居となったらお互い何かと不自由な事もあるかも知れないけど、お祖母ちゃんはリョウちゃんの事は目に入れても痛くない程可愛がってくれてるじゃない!」
「でも、一緒に居たくないんだ」少年はじっと、床を睨み据えた。
その日はどうにか宥められた形で収まったものの、翌日の登校時、少年は鍵を公園の林の中に投げ捨てた。
祖母が自分を好きでないのなら、自分の好きでなくなってやる、と。
その数日後、先程少女に言われた様な事を考えて、慌てて鍵を捜しに行ったものの、結局見付からずに肩を落として帰った事を、少年は思い出していた。
何処かの誰かが拾ったとして、それが祖母の家の物だと知る事など先ずないし、あの鍵の所為で祖母の家に泥棒が入る事などあり得ない。そう確信し、割り切るのに更に数日を要したものだった。幾度かは二駅先の祖母の家の近く迄行き、様子を窺ってみた事もあった。祖母は前と変わらない様に見えた。
だが、自分達との同居が拒否されたのだと思うと、声を掛ける事も出来ず、少年は踵を返したのだった。
そしていつしか完全に足は遠退き、今に到る。
以来忘れていた鍵の事をふっと頭に浮かべたのは三日前――祖母の体調が思わしくないらしいと、祖母の友人から両親に連絡が入った時だった。
心配だから様子を見に行く。それだけの事に、本当なら鍵も要らない筈だった。
具合どう?――その言葉だけでいい。
なのに行けないでいるのは、少年の心の問題だった。裏切られたと感じてしまった、子供時代の蟠りが、いつ迄も残っていたのだ。
だが――少年は鍵を手に、駅に向かっていた。
祖母がどんな気持ちで同居を断ったのか、彼自身は何も聞いていない。あれ以来家に行く事はおろか、電話すらもしなかった。結局、自分の思いも伝えてはいなかったのだ。
子供過ぎたのだ、と彼は自身を振り返った。祖母は祖母で何か事情や想いがあったのかも知れない。なのにそれを考慮する事さえせず、自分の思いを押し付けようとした。あれは只の我が儘だったのだ。
耳を傾けよう、と少年は思った。どうして祖母が断ったのか。今はどう思っているのか。
そして話そう。自分がどう思ったのか。今はどう思っているのか。
その為にも、会わなければならない。
彼は二駅先の家を、目指した。
* * *
「ご苦労様……はもう少し先ね。あの分じゃあ」少女は肩を竦めた。
三年経てば人の心も変わる。
成長もするし、老いもする。
元気な内は面倒を掛けたくないと思っていた者も、年々衰えを覚え、心細さを覚える。
自分の思いのみをぶつけようとしていた者も、相手を慮る事を覚える。
「それが時間というもの……なのかな?」僅かに苦笑を浮かべて、少女は踵を返した。
―了―
お久(・・)ノ
早く出て来るといいですね。
やはり話さないと伝わらない事もあるという話☆
新しい所でまたいい茶飲み友達が出来るだろうかとか(^^;)
独居老人の割合も増えてるし、高齢化社会だし……。
「童の時は語る事も童の如く、思う事も童の如く、論ずる事も童の如く也しが、人となりては童の事を捨てたり」(GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊から)
結局アニメな私ですwwwwwwww
ま、みんな、悩んで大人になったのよ(T_T) ウルウル
「そ、そ、ソクラテスか、プラトンか。
に、に、ニーチェか、サルトルか。
みぃ~~んな、悩んで大きくなった!
(おっきいわぁ~、大物よぉ~w)
おれも、おまえも、大物だぁーーー></」(サントリー ゴールドCMより^^;;;;w)
ではではー^^;;;w
やはり悩まない人は成熟出来ないのです。きっと。
嫁の世話になりたくないとか、面倒を掛けたくないとか。