〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
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『迎えに来てくれないか』
その台詞、そして声を聞く事はもう無いと、女は鍵を見詰めながら溜め息をついた。ほぼ平板な板に穴が刻まれたディンプルキー。その輪郭が涙でぼやける。
月夜の晩、公園のブランコに一人揺れながら、もう何時間、そうしていただろう。
それは車の鍵だった――甘ったれで子供の様に我が儘な所もある、それでも大好きだった恋人の車の合鍵。
車と、悪い事に酒が好きで、よく歓楽街近くの駐車場に車を停めた儘、飲みに行っては彼女に深夜の電話を入れてきた。
迎えに来てくれないか、と。彼女に運転手を頼むと。文句を言いながらも甘い彼女が、断らない事を知った声で。その為に態々合鍵を渡す要領のよさもあった。
その台詞、そして声を聞く事はもう無いと、女は鍵を見詰めながら溜め息をついた。ほぼ平板な板に穴が刻まれたディンプルキー。その輪郭が涙でぼやける。
月夜の晩、公園のブランコに一人揺れながら、もう何時間、そうしていただろう。
それは車の鍵だった――甘ったれで子供の様に我が儘な所もある、それでも大好きだった恋人の車の合鍵。
車と、悪い事に酒が好きで、よく歓楽街近くの駐車場に車を停めた儘、飲みに行っては彼女に深夜の電話を入れてきた。
迎えに来てくれないか、と。彼女に運転手を頼むと。文句を言いながらも甘い彼女が、断らない事を知った声で。その為に態々合鍵を渡す要領のよさもあった。
自分が甘やかすから飲酒癖も治らないのだと、彼女にも解ってはいた。一言、行かないと言えば彼は愛車を置いてタクシーで帰るか、電車がある内に帰る様になっただろう。いっそ愛車を酔客の通り掛かる夜の駐車場に置いて帰るのを嫌がって飲みに行く回数も減ったかも知れない。
けれど、言えなかった。
その甘ったれた台詞は、彼女には自分への信頼に聞こえ、そして断る事はそれを失う事に繋がる様に、感じられていたから。
だけれど、もうあの台詞を聞く事は無い。
何故なら彼はその愛車と共に事故に巻き込まれ、この世を去ってしまったから。この鍵も、もう受け入れる先は無い。
彼女は幾度目かの溜め息をついた。
友人達からは彼女を都合よく使うだけと、評判の悪い男だった。それでも、例え甘えでも依存でも、彼女はもう一度、あの声を聞きたいと願っていた。彼女自身も、必要としてくれる存在としての彼に依存していたのだろう。
けれど……。
彼女は一度、ぎゅっと両の眼を瞑ると、涙を振り切った。
もう彼は居ない。割り切る事など簡単には出来ないが、それは受け入れざるを得ない事実として彼女の眼前にある。
だからこの鍵ももう必要ない。持っていればいつ迄も、彼を求めてしまいそうだった。それ程に自分が弱い事を、彼女は知っていた。それはある意味、彼女の強みでもあったかも知れない。
彼女はブランコから勢いをつけて立ち上がると、鍵を――彼との最後の繋がりを――手放そうとした。さりとて屑籠には捨て難く、目に付いた看板の端に、そっと鍵の繋がった輪を掛けた。
「さようなら」惜別の言葉を残し、彼女は去って行った。
月が更に傾いた頃、そっとその鍵に手を伸ばした少女に、どこか甘い、懇願する様な声が掛かった。
『それを、彼女に返してくれないか』
鍵を取り、振り返った少女は些か冷ややかな目で相手を見遣った。茶色の髪に青いリボン、青い服、そして腰のベルトには幾多の鍵の連なる鍵束を付けた少女。十歳ばかりと見えるが、その眼差しは子供のものとは違っていた。
「返して、どうするの?」彼女は訊いた。
『迎えに来て貰わないと……。解ってるんだろう?』へらりと、男は笑った。『ありす』
「彼女は貴方の所へは行けないわ、未だね」少女は肩を竦める。
『来てくれるさ。いつだってそうだった。僕が声を掛ければどんな真夜中だって、遠い所だって……』
口角の上がったその顔を、冷たい視線で刺しながら、少女は鍵を自分の鍵束へと繋いだ。ご苦労様、と小さく囁く。
『おい! それは彼女に返してくれって言ってるだろう』男の声が荒くなった。『彼女に来て貰わないと』
「……最期の鍵は我が手に」謡う様に呟く少女。「彼女にはもう、この鍵は必要ないし、貴方にも必要ないわ」
『何だと? 兎に角それを返せ!』手を伸ばす男の手はしかし、少女を擦り抜けた。
「大丈夫よ。別の迎えが来るから」にっこりと、しかしどこか悪戯っぽく笑い、少女は身を翻した。「残念ながら車じゃないけれどね」
公園中央の噴水を回り込むなり姿を消してしまった彼女を、尚も捜す男の耳に近付いて来たのは櫂で川面を掻き回す様な水音――振り向いた彼の目が、ローブから覗く虚空の眼と、合った。
―了―
時々別個の話に出て来る船頭さん。カロンのイメージかな。
何か昨日の逆パターンになった様な?(^^;)
あ。看板に鍵~はafoolさんトコから拾っちゃいましたm(_ _)m
けれど、言えなかった。
その甘ったれた台詞は、彼女には自分への信頼に聞こえ、そして断る事はそれを失う事に繋がる様に、感じられていたから。
だけれど、もうあの台詞を聞く事は無い。
何故なら彼はその愛車と共に事故に巻き込まれ、この世を去ってしまったから。この鍵も、もう受け入れる先は無い。
彼女は幾度目かの溜め息をついた。
友人達からは彼女を都合よく使うだけと、評判の悪い男だった。それでも、例え甘えでも依存でも、彼女はもう一度、あの声を聞きたいと願っていた。彼女自身も、必要としてくれる存在としての彼に依存していたのだろう。
けれど……。
彼女は一度、ぎゅっと両の眼を瞑ると、涙を振り切った。
もう彼は居ない。割り切る事など簡単には出来ないが、それは受け入れざるを得ない事実として彼女の眼前にある。
だからこの鍵ももう必要ない。持っていればいつ迄も、彼を求めてしまいそうだった。それ程に自分が弱い事を、彼女は知っていた。それはある意味、彼女の強みでもあったかも知れない。
彼女はブランコから勢いをつけて立ち上がると、鍵を――彼との最後の繋がりを――手放そうとした。さりとて屑籠には捨て難く、目に付いた看板の端に、そっと鍵の繋がった輪を掛けた。
「さようなら」惜別の言葉を残し、彼女は去って行った。
月が更に傾いた頃、そっとその鍵に手を伸ばした少女に、どこか甘い、懇願する様な声が掛かった。
『それを、彼女に返してくれないか』
鍵を取り、振り返った少女は些か冷ややかな目で相手を見遣った。茶色の髪に青いリボン、青い服、そして腰のベルトには幾多の鍵の連なる鍵束を付けた少女。十歳ばかりと見えるが、その眼差しは子供のものとは違っていた。
「返して、どうするの?」彼女は訊いた。
『迎えに来て貰わないと……。解ってるんだろう?』へらりと、男は笑った。『ありす』
「彼女は貴方の所へは行けないわ、未だね」少女は肩を竦める。
『来てくれるさ。いつだってそうだった。僕が声を掛ければどんな真夜中だって、遠い所だって……』
口角の上がったその顔を、冷たい視線で刺しながら、少女は鍵を自分の鍵束へと繋いだ。ご苦労様、と小さく囁く。
『おい! それは彼女に返してくれって言ってるだろう』男の声が荒くなった。『彼女に来て貰わないと』
「……最期の鍵は我が手に」謡う様に呟く少女。「彼女にはもう、この鍵は必要ないし、貴方にも必要ないわ」
『何だと? 兎に角それを返せ!』手を伸ばす男の手はしかし、少女を擦り抜けた。
「大丈夫よ。別の迎えが来るから」にっこりと、しかしどこか悪戯っぽく笑い、少女は身を翻した。「残念ながら車じゃないけれどね」
公園中央の噴水を回り込むなり姿を消してしまった彼女を、尚も捜す男の耳に近付いて来たのは櫂で川面を掻き回す様な水音――振り向いた彼の目が、ローブから覗く虚空の眼と、合った。
―了―
時々別個の話に出て来る船頭さん。カロンのイメージかな。
何か昨日の逆パターンになった様な?(^^;)
あ。看板に鍵~はafoolさんトコから拾っちゃいましたm(_ _)m
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無題
どもども!
いつもはアリスが鍵を渡すのに、今回は回収だけで済んじゃいましたねw
それにしても、アリスの鍵束にはどのぐらいの鍵がぶら下がってるんでしょう?
10才ぐらいの女の子には、とても持てる重量じゃないような気が…(笑)
いつもはアリスが鍵を渡すのに、今回は回収だけで済んじゃいましたねw
それにしても、アリスの鍵束にはどのぐらいの鍵がぶら下がってるんでしょう?
10才ぐらいの女の子には、とても持てる重量じゃないような気が…(笑)
Re:無題
ありす、力持ち疑惑発生!?(^^;)
今回の鍵は最早完全に用を終えてしまっていたので、回収のみ☆
彼女に渡したら、この甘えた男の思う壺だも~ん(´・ω・`)
今回の鍵は最早完全に用を終えてしまっていたので、回収のみ☆
彼女に渡したら、この甘えた男の思う壺だも~ん(´・ω・`)
Re:おっ!
本当、どんだけあるんでしょう?(^^;)
今回は女性がある意味自己解決してしまったので、回収のみ♪
今回は女性がある意味自己解決してしまったので、回収のみ♪
おはよう!
読んでいる途中で、「あれ~?」と思っちゃった。
やっぱりネタになっていたのね~。(笑)
しかし、折角、彼女が悲しみの中からも、立ち直ろうとしているのに、へらへらとダラシナイやっちゃな~。
ところで、例の公園のカギ、アリスが回収しているか、再確認してきます~。(爆)
やっぱりネタになっていたのね~。(笑)
しかし、折角、彼女が悲しみの中からも、立ち直ろうとしているのに、へらへらとダラシナイやっちゃな~。
ところで、例の公園のカギ、アリスが回収しているか、再確認してきます~。(爆)
Re:おはよう!
有難く拾っちゃいました(笑)
そうそう、彼女が自分で立ち直ろうとしてるんだもん。ありすとしてもこんな鍵渡せません☆
で、例の鍵、どうでした?(笑)
そうそう、彼女が自分で立ち直ろうとしてるんだもん。ありすとしてもこんな鍵渡せません☆
で、例の鍵、どうでした?(笑)
Re:無題
カロン……西洋にも三途の川みたく現世とあの世を隔てる川とその渡し守の伝承がある様です。カロンはギリシャ神話の冥府の川の渡し守。
そう言えば冥王星の衛星のカロンの名の由来でもありますね。冥王星は準惑星になっちゃいましたが……。
あの死神さんの登場も考えたんですけど、このヤロー、既に死んでますからねぇ。死神はやはり、死に際して出て来るものかな、と今回は渡し守さんになりました☆
そう言えば冥王星の衛星のカロンの名の由来でもありますね。冥王星は準惑星になっちゃいましたが……。
あの死神さんの登場も考えたんですけど、このヤロー、既に死んでますからねぇ。死神はやはり、死に際して出て来るものかな、と今回は渡し守さんになりました☆
Re:こんにちはっ
何とかは死ななきゃ治らない――死んでも治るとは限らない?(^^;)
ありす、どこでストレス解消してるんだろ(笑)
ありす、どこでストレス解消してるんだろ(笑)
Re:無題
ありす力持ち疑惑再び(笑)
鍵……流石に何十本も持ったら重いよね(^^;)
う~ん、そこは多分不思議な力で!(←おい)
鍵……流石に何十本も持ったら重いよね(^^;)
う~ん、そこは多分不思議な力で!(←おい)
Re:おぉ
今回は彼女が自分で立ち直りを見せたので、この鍵は最早必要ない、という事で回収です。最期の鍵はありすの手に……です。
Re:おはよう!
あはは(^▽^)
回収し損ね?(笑)
それにしても何でそんなに、鍵落ちてるんだろ? その公園(笑)
回収し損ね?(笑)
それにしても何でそんなに、鍵落ちてるんだろ? その公園(笑)
Re:こんにちは♪
今回は女性が自力で立ち直ろうとしているので、寧ろ鍵を渡すのはお邪魔だろうと。それこそまた、このしょうもない男と繋がりが出来るだけで、彼女にとっていい事無いし。
必要ない――役目を終えた鍵はありすのものよ♪
必要ない――役目を終えた鍵はありすのものよ♪