〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「ああ、この鍵ではないのよ。私が探しているのは」老婦人は目を瞬きながら掌の上の鍵を見詰め、頭を振った。「これじゃないわ」もう一度、念を押す様にそう告げる。
「そう?」目の前の少女は気にした風もなく、寧ろ悪戯っぽい笑みさえ浮かべて、彼女の顔を見上げている。茶色い髪に青いリボンのよく似合う、十歳ばかりの可愛らしい少女だった。青い服もよく似合っている。
じゃあこれは? と次に少女が差し出した鍵にも、老婦人は頭を振った。
「これも違う。これも、それも違うわ。私が探しているのは子供部屋の鍵なの。それが無いと大事な息子に会いに行けないのよ」
老婦人――七十代位だろうか。彼女の息子とあれば、最早「子供」ではないだろうに、丸で幼い愛し子を捜し求める様に切なげに、それでいて夢見る様に語る。
「早く行って上げないと、あの子はお片付けが苦手だから……。大変な状態になってしまうのよ。私が片付けて上げないとね」世話の焼ける子供と言いつつも、その世話を焼く事を自らの楽しみと――あるいは存在意義と――している様な自負に満ちた笑顔。「だから、早く息子の部屋の鍵を頂戴?」
少女の腰のベルトにはじゃらじゃらと数多くの鍵が束となって下げられている。その中から針の一本でさえも探し出しそうな、歳を経て弱った眼ながらも鋭い視線。
少女はそれにも動じた風もなく、また一本の鍵を取り出しては渡す。
老婦人はまたも、頭を振った。
「そう?」目の前の少女は気にした風もなく、寧ろ悪戯っぽい笑みさえ浮かべて、彼女の顔を見上げている。茶色い髪に青いリボンのよく似合う、十歳ばかりの可愛らしい少女だった。青い服もよく似合っている。
じゃあこれは? と次に少女が差し出した鍵にも、老婦人は頭を振った。
「これも違う。これも、それも違うわ。私が探しているのは子供部屋の鍵なの。それが無いと大事な息子に会いに行けないのよ」
老婦人――七十代位だろうか。彼女の息子とあれば、最早「子供」ではないだろうに、丸で幼い愛し子を捜し求める様に切なげに、それでいて夢見る様に語る。
「早く行って上げないと、あの子はお片付けが苦手だから……。大変な状態になってしまうのよ。私が片付けて上げないとね」世話の焼ける子供と言いつつも、その世話を焼く事を自らの楽しみと――あるいは存在意義と――している様な自負に満ちた笑顔。「だから、早く息子の部屋の鍵を頂戴?」
少女の腰のベルトにはじゃらじゃらと数多くの鍵が束となって下げられている。その中から針の一本でさえも探し出しそうな、歳を経て弱った眼ながらも鋭い視線。
少女はそれにも動じた風もなく、また一本の鍵を取り出しては渡す。
老婦人はまたも、頭を振った。
「おかしいわ。そんなに鍵があるのに……息子の部屋の鍵が無いなんて……」老婦人は嘆いて見せる。どこかに隠しているのでしょう、と言わんばかりの慨嘆。
「そうね。おかしいわね」少女は言った。「こんなに沢山、息子さんの部屋の鍵があるなんて」
話が噛み合わない――老婦人は僅かに苛立ちを見せた。
彼女は無いと言い、少女はあると言う。然も沢山。
「兎に角、貴女が差し出した物は全て違うわ。私にその束の中から探させてくれないかしら?」
それは駄目、と今度は少女が頭を振った。これは大事なものだから、と。
そして新たな鍵を差し出す――首が横に振られる。その繰り返し。
「どうして? ああ、早く行って上げないと、きっとお腹を空かせているわ。可哀相に」
「息子さん、お幾つなの?」知っている事を業と尋ねる様な表情。
「幾つ……? 幾つ……だったかしら? おかしいわね、こんな事も覚えてないなんて……」老婦人は取り繕う様な苦笑を浮かべた。
「じゃあ、訊き方を変えるわね? 貴女の一番目の息子さんはお幾つ?」
「一番目? 一番目も何も私には一人しか息子は居ない……居ないわ」どこかぼうっとした様子でそう繰り返し、老婦人は自らの記憶を探り始めた様だった。
一人息子は世話の焼ける子供だった。遊んだ玩具は片付けない。好き嫌いが激しく、彼女が手間隙掛けて作ったものでも平気で残し、注意すれば癇癪を起こしてそれをひっくり返した。碌でもない遊びを覚えては付近の住民ともトラブルを起こし、補導された事さえあった。
それでも、彼女の愛しい息子だった。父親を早くに亡くした可哀相な子供。だから私が彼の分迄愛するの。
それでも……そう思い込もうと、彼女は努力した。その内心では、どうしてこうなの? という問いが渦を巻いていたとしても。
そして――世話の焼ける子供は世話の焼ける大人となり、車での暴走の果てに……。
「!」蘇り掛けた記憶に、老婦人は頭を押さえた。「違う、そんな事……! ある筈がないわ……! そうよ、息子はいい子になって……。私の言う事をよく聞くいい子になって……!」
「それはいつ?」少女の冷静な声が彼女の熱を冷ます。
「いつ? それは……」記憶が更に手繰られる。
息子ガ死ンダ後……。
「思い出した?」上目遣いに老婦人を見詰め、少女は僅かに、笑う。
思い出した――茫然と老婦人は言った。
息子が死んだ後、彼女は生き甲斐を失くした寂しさと、彼を止める事の出来なかった罪悪感からだろうか。幼い少年を言葉巧みに攫っては、息子として育てる事を繰り返したのだ。
だが、物心ついた子供にとっては、どう言った所で彼女は他人でしかない。しかし最早彼女には「ママの元に帰りたい」という言葉の意味さえ、捉えられなくなっていた。「ママは此処に居るでしょ?」不思議そうな顔でそう繰り返す彼女に、幼いながらも不気味なものを感じて逃げた子供も居た。
一人が居なくなると、彼女はまた、一人攫ってくる。
勿論、逃げ帰った子供から話を聞いた親から告発され、法の捌きを受けた事もあった。カウンセリングに通わされた事もあった。
その度に出所後の彼女は転居し、そして別の何処かで、また事件を起こした。
「だからほら、鍵が沢山」それ迄に示した鍵を並べて、少女は笑う。「どれも、貴女が息子と思った子供達を――閉じ込めていた部屋の鍵よ?」
「私……私は……」老婦人は頭を抱える。「私の息子は……たった一人……」
「貴女に子供を攫われた人にとっても、たった一人の息子さんだったかもね?」
「……あ、あ……私は……あの子は……一人しか居なかったのに……」
「そうね。息子さんの代用なんて、居る訳もないのにね」少女は肩を竦めた。
「私は……何て事をしてきたの……」嘆きの声が、啜り泣きに変わる。
少女はその打ちひしがれた老婦人の前の鍵を回収した。たった一本、それ迄彼女には見せていなかった鍵を置いて。それこそが、彼女の本来の息子の部屋の鍵だった。
「ちゃんと、片付けて上げるのね」それは部屋ではなく、彼女の心を、と言っていた。「あれでも心配してるわよ?」
涙にぼやけた瞳に、手に取った一本の鍵を映し、老婦人は一頻り、啜り泣いた。
「ご苦労様」十本以上はあるだろう鍵を鍵束に繋ぎ、少女は呟いた。流石に呆れた様な溜め息が洩れる。
そして顔を上げて見れば、一人の男の姿。彼女にしか、見えてはいないが。
「あれでよかったの?」小首を傾げる。「折角歳の所為もあって、忘れていたのに?」
「母の息子は俺一人なんだよ――散々苦労掛けて、今更虫のいい話だとは思うけど」
「そうね。それに……罪は自覚されなければならない」そうでなければ本当の悔悟も謝罪も生まれない。「彼女……もう長くはないわ」
「せめてもの親孝行に、迎えに来るさ」そう言って、男は姿を消した。
「生きてる内にすればよかったのに」少女は肩を竦め、微苦笑を浮かべると、何処へともなく姿を消した。
―了―
短く書こうと思ったのに長くなる……(--;)
「そうね。おかしいわね」少女は言った。「こんなに沢山、息子さんの部屋の鍵があるなんて」
話が噛み合わない――老婦人は僅かに苛立ちを見せた。
彼女は無いと言い、少女はあると言う。然も沢山。
「兎に角、貴女が差し出した物は全て違うわ。私にその束の中から探させてくれないかしら?」
それは駄目、と今度は少女が頭を振った。これは大事なものだから、と。
そして新たな鍵を差し出す――首が横に振られる。その繰り返し。
「どうして? ああ、早く行って上げないと、きっとお腹を空かせているわ。可哀相に」
「息子さん、お幾つなの?」知っている事を業と尋ねる様な表情。
「幾つ……? 幾つ……だったかしら? おかしいわね、こんな事も覚えてないなんて……」老婦人は取り繕う様な苦笑を浮かべた。
「じゃあ、訊き方を変えるわね? 貴女の一番目の息子さんはお幾つ?」
「一番目? 一番目も何も私には一人しか息子は居ない……居ないわ」どこかぼうっとした様子でそう繰り返し、老婦人は自らの記憶を探り始めた様だった。
一人息子は世話の焼ける子供だった。遊んだ玩具は片付けない。好き嫌いが激しく、彼女が手間隙掛けて作ったものでも平気で残し、注意すれば癇癪を起こしてそれをひっくり返した。碌でもない遊びを覚えては付近の住民ともトラブルを起こし、補導された事さえあった。
それでも、彼女の愛しい息子だった。父親を早くに亡くした可哀相な子供。だから私が彼の分迄愛するの。
それでも……そう思い込もうと、彼女は努力した。その内心では、どうしてこうなの? という問いが渦を巻いていたとしても。
そして――世話の焼ける子供は世話の焼ける大人となり、車での暴走の果てに……。
「!」蘇り掛けた記憶に、老婦人は頭を押さえた。「違う、そんな事……! ある筈がないわ……! そうよ、息子はいい子になって……。私の言う事をよく聞くいい子になって……!」
「それはいつ?」少女の冷静な声が彼女の熱を冷ます。
「いつ? それは……」記憶が更に手繰られる。
息子ガ死ンダ後……。
「思い出した?」上目遣いに老婦人を見詰め、少女は僅かに、笑う。
思い出した――茫然と老婦人は言った。
息子が死んだ後、彼女は生き甲斐を失くした寂しさと、彼を止める事の出来なかった罪悪感からだろうか。幼い少年を言葉巧みに攫っては、息子として育てる事を繰り返したのだ。
だが、物心ついた子供にとっては、どう言った所で彼女は他人でしかない。しかし最早彼女には「ママの元に帰りたい」という言葉の意味さえ、捉えられなくなっていた。「ママは此処に居るでしょ?」不思議そうな顔でそう繰り返す彼女に、幼いながらも不気味なものを感じて逃げた子供も居た。
一人が居なくなると、彼女はまた、一人攫ってくる。
勿論、逃げ帰った子供から話を聞いた親から告発され、法の捌きを受けた事もあった。カウンセリングに通わされた事もあった。
その度に出所後の彼女は転居し、そして別の何処かで、また事件を起こした。
「だからほら、鍵が沢山」それ迄に示した鍵を並べて、少女は笑う。「どれも、貴女が息子と思った子供達を――閉じ込めていた部屋の鍵よ?」
「私……私は……」老婦人は頭を抱える。「私の息子は……たった一人……」
「貴女に子供を攫われた人にとっても、たった一人の息子さんだったかもね?」
「……あ、あ……私は……あの子は……一人しか居なかったのに……」
「そうね。息子さんの代用なんて、居る訳もないのにね」少女は肩を竦めた。
「私は……何て事をしてきたの……」嘆きの声が、啜り泣きに変わる。
少女はその打ちひしがれた老婦人の前の鍵を回収した。たった一本、それ迄彼女には見せていなかった鍵を置いて。それこそが、彼女の本来の息子の部屋の鍵だった。
「ちゃんと、片付けて上げるのね」それは部屋ではなく、彼女の心を、と言っていた。「あれでも心配してるわよ?」
涙にぼやけた瞳に、手に取った一本の鍵を映し、老婦人は一頻り、啜り泣いた。
「ご苦労様」十本以上はあるだろう鍵を鍵束に繋ぎ、少女は呟いた。流石に呆れた様な溜め息が洩れる。
そして顔を上げて見れば、一人の男の姿。彼女にしか、見えてはいないが。
「あれでよかったの?」小首を傾げる。「折角歳の所為もあって、忘れていたのに?」
「母の息子は俺一人なんだよ――散々苦労掛けて、今更虫のいい話だとは思うけど」
「そうね。それに……罪は自覚されなければならない」そうでなければ本当の悔悟も謝罪も生まれない。「彼女……もう長くはないわ」
「せめてもの親孝行に、迎えに来るさ」そう言って、男は姿を消した。
「生きてる内にすればよかったのに」少女は肩を竦め、微苦笑を浮かべると、何処へともなく姿を消した。
―了―
短く書こうと思ったのに長くなる……(--;)
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Re:無題
今回はありす、結構喋ってますね(笑)
いつもは渡すだけ渡しといて、勝手にして――尤も行動はお見通し――って感じですが(^^;)
いつもは渡すだけ渡しといて、勝手にして――尤も行動はお見通し――って感じですが(^^;)
Re:こんばんは♪
愛情と溺愛とは違うのではないかと思う訳ですよ。
そして愛していると言いながら、他の子供で代用しようとした老婦人……哀れと言うか、愚かな面も。
そして愛していると言いながら、他の子供で代用しようとした老婦人……哀れと言うか、愚かな面も。
こんばんは!
私自身は実は子ども嫌いだから(^_^;)
子どもに執着しないと思うけど
自分の子どもはイイ子だって思っている親は多いと思う。
自分を思い返してみたら
嘘もつくし、イイ子のふりもしていたはずだから
わかるはずなのに。。。
結構クールな母親です。
でもね、何かあるとやっぱりあたふたするんだけどね(^_^;)
親ってなんだかんだと大変なんだなあと
改めて思ってしまうお話でしたよ。ありがとうです(^^)
子どもに執着しないと思うけど
自分の子どもはイイ子だって思っている親は多いと思う。
自分を思い返してみたら
嘘もつくし、イイ子のふりもしていたはずだから
わかるはずなのに。。。
結構クールな母親です。
でもね、何かあるとやっぱりあたふたするんだけどね(^_^;)
親ってなんだかんだと大変なんだなあと
改めて思ってしまうお話でしたよ。ありがとうです(^^)
Re:こんばんは!
私も子供は苦手っす(^^;)
よく世間様では子供は純真って言うけど、自分の子供の頃どうだったよ? って訊きたくなりますよね~(笑)
それでもその世話の焼ける子供に自らの存在意義を投影してしまった老婦人は……別の生き甲斐を見付けるべきでしたな。
よく世間様では子供は純真って言うけど、自分の子供の頃どうだったよ? って訊きたくなりますよね~(笑)
それでもその世話の焼ける子供に自らの存在意義を投影してしまった老婦人は……別の生き甲斐を見付けるべきでしたな。
Re:こんばんは
虫か動物がうじゃうじゃ……それも面白そうだけど、流石に代用が虫じゃ、息子も浮かばれんかも(苦笑)
こんにちは
一般的には、子供の時に手の掛かった子供は、大人になってから手が掛からない。
子供の時に、手の掛からなかった子供は、大人になってから手が掛かるって言うけどね。
ともあれ、愛情と盲目は違うって事ですな。
突き放すのも愛。
そういう意味じゃ、ありすは超ベテラン?(笑)
子供の時に、手の掛からなかった子供は、大人になってから手が掛かるって言うけどね。
ともあれ、愛情と盲目は違うって事ですな。
突き放すのも愛。
そういう意味じゃ、ありすは超ベテラン?(笑)
Re:こんにちは
突き放しまくりですからね~、ありす(笑)
鍵を渡しといて後は勝手にしてね♪ どうなるかは解ってるけど――みたいな(^^;)
鍵を渡しといて後は勝手にしてね♪ どうなるかは解ってるけど――みたいな(^^;)
Re:こんにちは
常識レベルかどうかは解りませんが、アニマルチャンネルなどでは猫祭りの様ですよ(^^)
日本人、語呂合わせが好きですよね~。
日本人、語呂合わせが好きですよね~。
Re:無題
鍵が一杯……その陰にあるドラマも一杯。
そりゃ、ありすも重いよね(--;)
そりゃ、ありすも重いよね(--;)