『美化特別強化委員会』

　京と月夜は夜霧と美化特別強化委員会を組織する筈だったみたいだ。
　勿論、美化委員は元からある。ところが最近校内の風紀の乱れが目立つと、風紀委員会の三年生、貴田月夜（きだ・つくよ）が熱心に言い出し、それに男子寮の纏め役の京と、夜霧こと夜原霧枝先生が同調してしまったのだ。
　かくして、風紀と美化を兼ね備えた、そしてより強力な組織が我が学園に作られようとしていた。
　この二つを一緒にしたのは風紀の乱れや清掃の不徹底は根っこが同じものとされたからだそうだ。詰まりは生徒それぞれの怠慢。気の緩み。
　理屈は解るけど……牽引役がこの三人という事に、僕は不安を抱いた。

「京、寮の纏め役として責任を感じるのは解るけど、余り徹底するのもどうかと思うよ？」組織の発足に先立っての話し合いで遅く帰って来た京に、僕は言った。「此処は全寮制なんだしさ。学校でも寮でも、なんて事してたら息が詰まっちゃうよ」
「まぁな」やけに素直に、京は頷いた。「だが、遅刻、服装の乱れ、公共物である校舎や寮への落書きなど、目に余る！　それを注意するのは当然の事だろうが！」
「それはまぁ……」今度は僕が頷いた。実際、高校生にもなって机に名前を刻み込んでる奴とか居るもんなぁ。後々そんな席に当たると、試験の時にうっかりプリントの下の傷にシャーペンの先が嵌まって、解答用紙に穴が開くんだぞ？　名前書いてる最中なんか、最悪な気分だ。
　まぁ、確かにそれだけならいいんだけど……と、僕の疑念は晴れなかった。

　しかし、委員会発足の噂は校内に蔓延し、顔を顰める者も少なくなかった。
「あの三人が筆頭っていうのがなぁ……」と、勇輝。放課後の教室での事だった。
　あ。やっぱり僕と同じ所が気に懸かってる。無理もないか。
　夜霧は気分屋で何かと言うと八つ当たり的に生徒を叱るし、京は杓子定規で直ぐ怒鳴る。眉間に皺寄せて。残る月夜にしたって――彼女が風紀委員として校門に立つ時は皆異常な程に背筋が伸びている。右手右足、同時に出ている奴が居たという噂もある位だ。
　その厳しい三人組だからなぁ。
　学校では兎も角、寮で位はラフな格好もアリだろう、と僕達は思う。京は寮内でもきちっとしてるけど。一体誰に似たんだか。
「それにしても何で急に言い出したんやろうな？」割り込んだのは関西人。間宮栗栖。「然も新学期始まってから……。春休みの間、京も貴田もそれぞれ、寮におったし、夜霧かてちょくちょく通うてたやんか。その間に話進めとけばええのに。や、俺も賛成はせぇへんけど」
「んー？　新入生の有り様を見て綱紀粛正を思い立ったとか？」勇輝が言う。「それにしても急だよな。未だ新学期が始まって一週間そこそこ。余程の奴でも居たのか？」
「でも、少なくとも男子寮には見当たらないよね？」と、僕は苦笑する。「もし居たら、京が大騒ぎしてるよ」
『確かに』勇輝と栗栖が声を揃えた。
「言い出しっぺは貴田月夜……。女子寮の方やろか？　勇輝、知らん？」栗栖の僅かに悪戯っぽい視線での問いに、勇輝はあっち行けという様に手をひらひらさせて答えた。知らん知らん、と。彼女が卒業したら、もう女子寮に興味は無いらしい。
　それにうちは全寮制だけに、受験での面接のウェイトは大きい。余り和を乱す様な問題のありそうな生徒は来られないと思うんだけど。実際、今年の新入生達は大人し過ぎる位だ。

「風紀委員が美化に迄口を出したんが妙やと思うんやけど」栗栖が窓際に立って、外を見渡しながら言う。
「それは……どっちも気の緩みが原因だからって言ってたけど」僕は首を傾げる。
「それはそうやけど、それなら美化委員会の方に提案すれば済む事やろ？　それを態々強化委員会作る事はないんと違うか？」
「じゃあ……何だって？」傾げた首の角度がきつくなる。
「風紀委員は美化委員会に提案位は出来るけど、直接取り締まりは出来へん。けど、新学期始まっていっぺん決まってしもうたら、半年はその委員会の儘や。彼女は美化委員の仕事をやりたかったんと違うかな？　それも徹底して」つ……っと、栗栖の指が窓の桟を滑った。「こういう埃が残らへん位に」
　そう言ってこちらに向けた指には、僅かに埃が付着していた。
「それが……？」やっぱり僕にはさっぱり解らない。よしんば彼女が極度の潔癖症だったとして、何故今更？　それなら最初から美化委員になって置けばよかったのに。
　そう言ってみると栗栖は笑った。
「多分彼女自身やないな。潔癖症……でもないと思う」
　僕と勇輝は疑問符だらけの顔を見合わせた。

　寮に帰る前に、僕達三人は貴田月夜の姿を探した。
　今日も彼女は京達と共に、小会議室に残っていた。
「何なんだ？　反対声明なら聞かないぞ？」京が噛み付く様に言う。どうしてうちの兄貴はこうなんだろう？
「学園を綺麗にしようって言うんは反対する理由は無いねんけど」栗栖が苦笑しながら、口を開いた。「貴田さんに一つ訊きたいんやけど、新入生の中に弟か妹、おる？」
　ぎくり、と会議用の卓に着いていた月夜の肩が震えた。それでも、どうなのかと問う周囲の視線に、彼女は答えた。
「妹と、弟が……双子なの」
　やはり双子の僕と京は顔を見合わせた。
「はぁ」解った様な顔で、栗栖は笑う。解ったのなら僕達にも分けてくれ。「その二人のどちらか、もしくは二人共がアレルギー体質やねんな？」
『何でそうなる!?』僕と京の声が揃った。
「ハウスダストや」窓際に移動しながら、栗栖は言った。そして桟を見遣る。「やっぱり此処も溜まってるなぁ。埃。まぁ、これだけの人数が生活したり勉強したりしてんねんから、無理も無いやろうけど。それでも極力減らしたかったんやな？　貴田さん？」
　僅かの逡巡の後に、貴田月夜はこくりと頷いた。
「二人共、私と同じ所に……って、此処を受験して、合格したんだけど……元々あったアレルギーが酷くなってて、喘息症状が出て……。だからせめてこの埃でも少なく出来ればと思ったんだけど、一人じゃどうしようもないし、妹は一緒に部屋を掃除したりして上げられるけど、弟はそうは行かないし……」
「それで風紀と美化を結び付けて、校内と寮内の清掃を徹底させようとしたんやね？」
　またこくり、と頷く月夜。
「詰まり、凄く私的な提案だったという事か？」京の眉間に皺が寄る。「俺を巻き込んだのも、弟が居る男子寮も徹底させたかったから、とそういう事なんだな？」
「ごめん……。真田君なら、掃除とか嫌いな男子達も巧く纏めてくれると思って」月夜はそう言って頭を下げる。巧い、と思わず感心したのは内緒だ。
「まぁ、それは……な」ほら、京は照れながらもまんざらでもない様子だ。
　そして委員会参加予定者の後一人、夜霧は皆の顔を見比べて、一つ、息をついた。
「兄弟の為とは言え、そんな私的な事で委員会を組織しようとしていたとはね。貴田さん、この話は無かった事にします」
　月夜は肩を落とした。
「そして罰として、女子寮の清掃監督半年間！　序でに真田京も男子寮の同監督半年間！　見破れなかった私は校内の監督でもするわ」
　半年後には委員も再選になるでしょ、と呟いて、夜霧は会議室を締めるからと僕達全員を追い出し、施錠して行ってしまった。
　廊下に残された僕達は互いに顔を見合わせて、誰からともなく笑い出した。

　因みに、この三人の清掃監督はやはり予想に違わず厳しかった事を追記して置く。
　まぁ、生活環境が綺麗になるのはアレルギー持ちでなくてもいい事だから……結果オーライ、かな。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　あちらのペットの兎、月夜が「きょう月夜は夜霧と組織するはずだったみたい」と、謎の組織計画を企ててました（笑）