〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
Admin
Link
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「書いて行かれませんか?」その言葉と共に差し出されたのは一枚の細長い色紙――短冊だった。
町立鹿嶋記念図書館の入り口ロビーは然して広くはないけれど、ちょっとしたイベントホールになっていた。そこにこの数日前から幾本もの笹が飾られ、空調の風に葉を揺らしていた。
笹には既に十数枚ずつ、色とりどりの短冊が、様々な願いと共に下げられている。
短冊を差し出した職員によると主に子供を中心に書いて貰っていたのだけど、それだけだとかなり余りそうなのだとか。確かに、色紙で作った鎖やぼんぼり、紙の西瓜、そんな物で飾られた笹には未だ薄い緑が目立つ。だから大人に迄対象を広げたのか。
私はちょっと考えて、短冊を二枚貰い、帰りに下げるからと、いつもの席に向かった。
読みたい本を何冊か脇に置いて、私はそっと話し掛けた――傍らに立つ、この図書館に住む幽霊、鹿嶋良介君に。
「何かお願い事、ある?」そう言って、薄い青の短冊を一枚、書見台に置いた。
町立鹿嶋記念図書館の入り口ロビーは然して広くはないけれど、ちょっとしたイベントホールになっていた。そこにこの数日前から幾本もの笹が飾られ、空調の風に葉を揺らしていた。
笹には既に十数枚ずつ、色とりどりの短冊が、様々な願いと共に下げられている。
短冊を差し出した職員によると主に子供を中心に書いて貰っていたのだけど、それだけだとかなり余りそうなのだとか。確かに、色紙で作った鎖やぼんぼり、紙の西瓜、そんな物で飾られた笹には未だ薄い緑が目立つ。だから大人に迄対象を広げたのか。
私はちょっと考えて、短冊を二枚貰い、帰りに下げるからと、いつもの席に向かった。
読みたい本を何冊か脇に置いて、私はそっと話し掛けた――傍らに立つ、この図書館に住む幽霊、鹿嶋良介君に。
「何かお願い事、ある?」そう言って、薄い青の短冊を一枚、書見台に置いた。
勿論良介君は直接書く事は出来ない。けれど私に言ってくれれば代書するのに否やはない。
が、良介君はちょっとそっぽを向いて言った。
「いいよ。子供っぽいし」
「七歳児に言われても困るわ……」私はくすりと笑う。良介君が亡くなったのはもう何十年も前の事。でもその姿は当時の儘、七歳で留まっているし、時折私より大人っぽい事を言う事もあるけれど、やっぱり未だ子供なのよね。何より、この状況で子供っぽいから、なんて言うのが子供の証拠よ。私は懐かしいもの。
私はもう一枚の薄い藤色の短冊に自分の願い事を認(したた)めた。良介君の目にも付き易い所にそっと置く。一方的に知る訳じゃないからね、と。
良介君はそれをちらりと見て、目を丸くした。
「すばるお姉ちゃん……『もっと本を読めますように』って……今でも充分読んでると思うけど」苦笑混じりで呆れられてしまった。
「いいじゃない。慎ましいささやかなお願いでしょ。それで? 良介君のお願い事は? 私の見たんだから、教えてよね?」
「あ、ずっるーい!」思わず高い声を上げた良介君だけど、私が周囲を見回しつつ口元に指一本立てると、慌てて口を押さえた。勿論、私以外の誰にも聞こえてはいないのだけど……図書館で騒いだりしない大人しい子供だったっていう生前の彼を知る此処の司書、山名さんの評は当たっていて、然も死んでも変わらないらしい。
でも、頭の回転も変わらないらしい。
「いいもん。どうせロビーの笹に吊るせば誰からでも見られるものなんだから、今此処で見たからって問題ないでしょ」
ぐ。確かにそうなんだけど。
「なぁに? 言いたくない事なの? 恥ずかしいの?」
「別にそんな事ないけど……」そう言いつつ視線が泳ぐ良介君。
「あるんでしょ? お願い事」無いなら無いって言う筈だ。「ま、勿論お願いしたからって叶うものじゃないだろうけど。夢よ、夢」
言ってから、ちょっと心が痛む。既に亡くなった子供に「夢」だなんて酷かしら。
でも、今此処に居る良介君は、幽霊とは思えない程表情豊かで、自らが死んだ事を認めてはいても彼には彼の意思があり……だからこそ、彼に願いがあってもおかしくない、と私は思ったのだ。
良介君は暫し薄青い短冊を見詰め、ふ、と溜め息をついた。
「本当のお願いはね、多分これに書いて飾ったのを見た人が居たら、何の事だか解らないと思う」良介君はやがて、苦笑しながら言った。「だから……そうだねぇ、お姉ちゃんがもっと本を読んでくれますようにって書いといて」
独占読み聞かせ会、未だ未だやらせる気らしい。
私のと大差ないじゃない――私は微苦笑しながらも、それでいいのねと一回念を押して、その言葉を書き記した。
「それにしても本当のお願いって何なの? 私にも……よく解らない事?」
ちょっと困った様な顔をして、それでも良介君はやっと教えてくれた。
「いつか僕が成仏とかして、更に何十年も経ってすばるお姉ちゃんが、その……僕等の方へ来る様な事があったら、また一緒に居たいなって……。ごめん、死んだ後の事なんて、何だか縁起の悪いお願いで」
私は彼の謝罪に頭を振った。見た人が何だか解らない、なんていうのは只の言い訳。私の死んだ後、なんて想像をした事を、私に申し訳なく思っていたのだ。確かに縁起のいい想像ではないかも知れない。
でも、例え幽霊でも、そこ迄私を必要としてくれる存在は嬉しかった。まあ、七歳児じゃ色気も何も無いけどね。
「……そうだ、こっそり書いちゃおうか」私は言って、二枚の短冊と、鞄から出したポーチを持って自販機コーナーへと向かった。顔に疑問符を浮かべる良介君を伴って。
「えーと、死んだ後も一緒に居られますように……っと」同じ言葉を、それぞれの短冊に記す。サインペンで書いた最初の文字の横にこっそりと。爽やかな香りが気に入って持ち歩いていたオレンジの皮の絞り汁で。
その字は乾くと共に薄まり、紙に僅かな痕跡だけを残して消えた。
「炙り出し?」良介君が目を丸くする。
「これも懐かしいなぁ」私は笑う。「蜜柑の絞り汁とか、朝顔の花や葉っぱの絞り汁とかで色々書いて、火で炙るの。友達同士で秘密の暗号、とかね。勿論小さい頃だったから、傍にはお母さんとかが居て、秘密でも何でもなかったんだけど。あの頃はこんなのでも楽しかったな」
良介君は……余りにも幼い内に亡くなったから、未だやった事が無かったのかも知れない。思い出話をする私をちょっと羨ましげに、でもちょっと期待を含んだ目で見ている。
「あの笹、七夕が終わったら燃やすんだって山名さん達が言ってた。そうやってお願い事を天に上げるんだって。だから……織姫様と彦星様、ちゃんとこれ、読めるね」良介君は言って、はにかむ様な笑みを浮かべた。
「そうね。ちゃんと届くね」私は笑って答えた。
そして帰り掛け、私は二枚の短冊を笹に吊るした。
やがて大量の短冊は笹と共に炊き上げられ、その炎に本当のお願いの浮き出した二枚の短冊も、天へと届けられるのだろう。人々の、様々な想いと共に。
―了―
七夕という事で♪
私としては……「今日、投稿をサボった夜霧が明日まねっこしませんように」(爆)
が、良介君はちょっとそっぽを向いて言った。
「いいよ。子供っぽいし」
「七歳児に言われても困るわ……」私はくすりと笑う。良介君が亡くなったのはもう何十年も前の事。でもその姿は当時の儘、七歳で留まっているし、時折私より大人っぽい事を言う事もあるけれど、やっぱり未だ子供なのよね。何より、この状況で子供っぽいから、なんて言うのが子供の証拠よ。私は懐かしいもの。
私はもう一枚の薄い藤色の短冊に自分の願い事を認(したた)めた。良介君の目にも付き易い所にそっと置く。一方的に知る訳じゃないからね、と。
良介君はそれをちらりと見て、目を丸くした。
「すばるお姉ちゃん……『もっと本を読めますように』って……今でも充分読んでると思うけど」苦笑混じりで呆れられてしまった。
「いいじゃない。慎ましいささやかなお願いでしょ。それで? 良介君のお願い事は? 私の見たんだから、教えてよね?」
「あ、ずっるーい!」思わず高い声を上げた良介君だけど、私が周囲を見回しつつ口元に指一本立てると、慌てて口を押さえた。勿論、私以外の誰にも聞こえてはいないのだけど……図書館で騒いだりしない大人しい子供だったっていう生前の彼を知る此処の司書、山名さんの評は当たっていて、然も死んでも変わらないらしい。
でも、頭の回転も変わらないらしい。
「いいもん。どうせロビーの笹に吊るせば誰からでも見られるものなんだから、今此処で見たからって問題ないでしょ」
ぐ。確かにそうなんだけど。
「なぁに? 言いたくない事なの? 恥ずかしいの?」
「別にそんな事ないけど……」そう言いつつ視線が泳ぐ良介君。
「あるんでしょ? お願い事」無いなら無いって言う筈だ。「ま、勿論お願いしたからって叶うものじゃないだろうけど。夢よ、夢」
言ってから、ちょっと心が痛む。既に亡くなった子供に「夢」だなんて酷かしら。
でも、今此処に居る良介君は、幽霊とは思えない程表情豊かで、自らが死んだ事を認めてはいても彼には彼の意思があり……だからこそ、彼に願いがあってもおかしくない、と私は思ったのだ。
良介君は暫し薄青い短冊を見詰め、ふ、と溜め息をついた。
「本当のお願いはね、多分これに書いて飾ったのを見た人が居たら、何の事だか解らないと思う」良介君はやがて、苦笑しながら言った。「だから……そうだねぇ、お姉ちゃんがもっと本を読んでくれますようにって書いといて」
独占読み聞かせ会、未だ未だやらせる気らしい。
私のと大差ないじゃない――私は微苦笑しながらも、それでいいのねと一回念を押して、その言葉を書き記した。
「それにしても本当のお願いって何なの? 私にも……よく解らない事?」
ちょっと困った様な顔をして、それでも良介君はやっと教えてくれた。
「いつか僕が成仏とかして、更に何十年も経ってすばるお姉ちゃんが、その……僕等の方へ来る様な事があったら、また一緒に居たいなって……。ごめん、死んだ後の事なんて、何だか縁起の悪いお願いで」
私は彼の謝罪に頭を振った。見た人が何だか解らない、なんていうのは只の言い訳。私の死んだ後、なんて想像をした事を、私に申し訳なく思っていたのだ。確かに縁起のいい想像ではないかも知れない。
でも、例え幽霊でも、そこ迄私を必要としてくれる存在は嬉しかった。まあ、七歳児じゃ色気も何も無いけどね。
「……そうだ、こっそり書いちゃおうか」私は言って、二枚の短冊と、鞄から出したポーチを持って自販機コーナーへと向かった。顔に疑問符を浮かべる良介君を伴って。
「えーと、死んだ後も一緒に居られますように……っと」同じ言葉を、それぞれの短冊に記す。サインペンで書いた最初の文字の横にこっそりと。爽やかな香りが気に入って持ち歩いていたオレンジの皮の絞り汁で。
その字は乾くと共に薄まり、紙に僅かな痕跡だけを残して消えた。
「炙り出し?」良介君が目を丸くする。
「これも懐かしいなぁ」私は笑う。「蜜柑の絞り汁とか、朝顔の花や葉っぱの絞り汁とかで色々書いて、火で炙るの。友達同士で秘密の暗号、とかね。勿論小さい頃だったから、傍にはお母さんとかが居て、秘密でも何でもなかったんだけど。あの頃はこんなのでも楽しかったな」
良介君は……余りにも幼い内に亡くなったから、未だやった事が無かったのかも知れない。思い出話をする私をちょっと羨ましげに、でもちょっと期待を含んだ目で見ている。
「あの笹、七夕が終わったら燃やすんだって山名さん達が言ってた。そうやってお願い事を天に上げるんだって。だから……織姫様と彦星様、ちゃんとこれ、読めるね」良介君は言って、はにかむ様な笑みを浮かべた。
「そうね。ちゃんと届くね」私は笑って答えた。
そして帰り掛け、私は二枚の短冊を笹に吊るした。
やがて大量の短冊は笹と共に炊き上げられ、その炎に本当のお願いの浮き出した二枚の短冊も、天へと届けられるのだろう。人々の、様々な想いと共に。
―了―
七夕という事で♪
私としては……「今日、投稿をサボった夜霧が明日まねっこしませんように」(爆)
PR
この記事にコメントする
Re:はぁ~
良介君、どんな男の子に成長してたろうねぇ?
でも普通に成長してたらすばるさんよりずっと年上……そこは考えないようにしよう(^^;)
でも普通に成長してたらすばるさんよりずっと年上……そこは考えないようにしよう(^^;)
Re:無題
流石にこの世に戻れないのは理解してるので……(^^;)
すばるお姉ちゃん(の幽霊)とずっと図書館は流石に(苦笑)
すばるお姉ちゃん(の幽霊)とずっと図書館は流石に(苦笑)
Re:おはよう!
七夕様のばかぁ~!(←罰当たり)
やっぱり短冊に書いて笹に吊るして天に上げないと効果無いのか?(--;)
ところで「良介君が成仏出来ますように」とか書かないすばるさん……もう馴染み過ぎ?
やっぱり短冊に書いて笹に吊るして天に上げないと効果無いのか?(--;)
ところで「良介君が成仏出来ますように」とか書かないすばるさん……もう馴染み過ぎ?
Re:こんにちは
うちも天の川見てないっす☆
なかなか天の川が綺麗に見える程には晴れなかったり、空気が汚れてたり……。
なかなか天の川が綺麗に見える程には晴れなかったり、空気が汚れてたり……。
Re:こんにちは♪
成仏させてしまうと話が続かなくなる……書き手も勝手なもんですよ(笑)
あ、願い事「生まれ変わっても逢えますように」っていうのもあるなぁ。
あ、願い事「生まれ変わっても逢えますように」っていうのもあるなぁ。
Re:良いね^^
有難うございます(^^)
生き返りたい、と願うには年月が経ち過ぎてるかもね。良介君の場合。
当時の知ってる人ってもう山名さんだけだし……。
生き返りたい、と願うには年月が経ち過ぎてるかもね。良介君の場合。
当時の知ってる人ってもう山名さんだけだし……。
Re:コメント
取り敢えず私のは叶わなかったよ(--。)
や、七夕飾りも地方によって違いがあるかな~って興味で訊いちゃいました^^
やっぱり仙台辺りは一味違うみたいですね!^-^
や、七夕飾りも地方によって違いがあるかな~って興味で訊いちゃいました^^
やっぱり仙台辺りは一味違うみたいですね!^-^
Re:無題
あははは、どんだけ本好きな人達だ(^▽^)
でも、実際十冊と言わず覚えてそう、すばるさん(笑)
でも、実際十冊と言わず覚えてそう、すばるさん(笑)
Re:一日遅れで
久方振りにやられました~(泣)
よ~ぎ~り~め~!
短冊の願い事……それだけ欲が深くなっていくんでしょうかね。大人になると(^^;)
そして妙に切実なのが増える(苦笑)
よ~ぎ~り~め~!
短冊の願い事……それだけ欲が深くなっていくんでしょうかね。大人になると(^^;)
そして妙に切実なのが増える(苦笑)