『背後からの声』

「ねぇ……此処に居ちゃいけないの？」

　か細い声が背後から問い掛ける。どこか儚げな、幼い女の子の声。
「ああ。駄目だ」私は目を瞑った儘、きっぱりと言い放つ。
「どうしても？」
「どうしても――もうお前と話す事は無いよ」
「……」沈黙と、離れ行く気配。

「どうしても此処に居ちゃあいけないのかい？」
　苦笑を含んだ声が背後から問い掛ける。どこか浮付いた、若い男の声。
「ああ。駄目だ」やはり私はきっぱりとそう告げる。
　それ以上の問答を必要とせず、苦笑の気配だけを残して、やはり離れて行く。

「本当に、此処に居ちゃあ駄目なの？」
　切なげな声がまた、同じ問いを発した。どこか艶っぽい、若い女の声。
「駄目だ。何を言おうと、何度言おうと」
　ちっ、と舌打ちを残して、またも気配は遠ざかって行く。
　
　そう。何度姿を変え、声を変え現れても駄目だ。
　私が待っているのはお前じゃない。
　何処から湧いて来るのか知れない、何処の誰とも知れない、混濁した魂などではない。
　私が待っているのは只一人、我が娘……。
　彼女を失った事故で、私もまた身体の自由の殆どを失った。
　今宵もまた、ベッドに仰臥し眠れない儘、私は雑多な声を聞く。
　こんな身体でも、身体無きモノには魅力的な住処となり得るのか、それとも奴にはこの身体を動かす術もあるのか、此処――私の魂の在り場所を明け渡せと言う声を。

「ねえ」
　ああ、また来たのか。
　悪戯っぽい笑みを含んだ背後からの声。小さくてよくは聞き取れなかったが、少女の声の様だ。
　私は溜め息をついた。
　だが、その声と言葉がはっきりと聞き取れた時、私は自らの心臓が凍り付くのを感じた。
「ねぇ、此処に居ていいでしょ？　パパ」
　ああ、お前も……その混濁したモノに取り込まれてしまっていたのか……娘よ。
　冷たく凍った顔を、熱く溢れた涙が横切った。
「ああ……。いいよ」
　涙で曇った視界の様に、私の意識も混濁し……。
　後は濃霧の様な白い闇に沈むのみ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　またサボったよ～、夜霧め～☆
　尚、まねっこ防止の為に変な区切りとなっております（＾＾；）