〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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冬休みに入って直ぐだったろうか。僕は両親と共に裏寂れた田舎町にある祖父母の家に連れられて来た。母の実家で、母は久し振りに羽が伸ばせると喜んでいたけれど、僕にとっては年に一回、来るか来ないかの古い家。帰って来た、という気はしない。大体、ここにはゲームだって無い。
仕方がないから外へ出てみる。その日は十二月とは思えない程、暖かい日和だった。
とは言え、都会育ちの小学四年生が喜ぶ物なんて、そうそう転がっちゃいない。夏なら未だカブトムシでも探すんだろうけど……団栗拾ってはしゃぐ歳でもないよなぁ。
そんな事をつらつら考えながら近所を歩いていると、山里の道端に並ぶ小さな小さなお地蔵さんが目に付いた。四、五体はあったろうか。
そしてその前に何やら真剣な顔で拝んでいる、六、七歳の子供――女の子だった。肩口でばっさり切り揃えた黒髪。元は白いのだろうに、薄汚れた顔。そして、お供えの泥団子を作り続けていたらしい、泥だらけの小さな手。
「何をしているの?」僕は思わず尋ねていた。
振り返ったその子はちょっとびっくりした顔をして、それから空を見上げた。
「雪乞い……」小さな声が、そう答えた。
仕方がないから外へ出てみる。その日は十二月とは思えない程、暖かい日和だった。
とは言え、都会育ちの小学四年生が喜ぶ物なんて、そうそう転がっちゃいない。夏なら未だカブトムシでも探すんだろうけど……団栗拾ってはしゃぐ歳でもないよなぁ。
そんな事をつらつら考えながら近所を歩いていると、山里の道端に並ぶ小さな小さなお地蔵さんが目に付いた。四、五体はあったろうか。
そしてその前に何やら真剣な顔で拝んでいる、六、七歳の子供――女の子だった。肩口でばっさり切り揃えた黒髪。元は白いのだろうに、薄汚れた顔。そして、お供えの泥団子を作り続けていたらしい、泥だらけの小さな手。
「何をしているの?」僕は思わず尋ねていた。
振り返ったその子はちょっとびっくりした顔をして、それから空を見上げた。
「雪乞い……」小さな声が、そう答えた。
雨乞いなら聞いた事はある。日照りが続いた時に雨を願って神様にお願いした神事だ。農業、特に稲作が主だった時代には、村の生死を賭けた大事業だったのだろう。
しかし雪乞いとは……?
「雪、降って欲しいの?」僕の問いにその子は素直に頷いた。
そう言えば毎年の暖冬傾向が続いている所為だろうか。今年はこの山里でも、山頂に冠雪が見られた程度だと聞いた。
こんな何も無い田舎町では雪も大事な遊び相手だものな――僕はそう納得し掛けた。何年か前、それこそ僕が小さかった頃には一面の雪で、雪だるまを作って遊んだものだった。
だが――ちょっと気に掛かるのは、その子がちっとも楽しそうな顔をしていない事だった。雪が降ったら何をして遊ぼう……そんな期待感がどこにも無い。
「君、名前は? あ、僕はそこの山口さんちの孫で、飯田豊」安心させる様に自分から名乗る。
「あたしは、川上、ゆき」
「近くに住んでるの?」
「うん。伯父さんの家」指差したのは山口のお祖父ちゃんちの直ぐ向かいだった。
僕はちょっと首を傾げる。あの家には今年の正月に挨拶に行った事があるのだけど、こんな子供は居なかった様な……。でも伯父さんの家っていう事は、何かの理由でそれ以降に引き取られたのかも?
「それで……どうして雪が降って欲しいの?」単刀直入に、僕は尋ねた。
「雪が降ったら……」ゆきは不意に言葉を詰まらせた。言いたくないと言うよりも、それから先の言葉が出てくるのを拒否するかの様な表情で、視線が定まらない。
理由があるのに、その理由を言えない――認めたくない。そんな風情が感じられた。
そして一度だけ、彼女の伯父の家の裏山を見上げると、僕との会話を振り切る様に、行ってしまった。
僕はお地蔵さんにお供えされた泥団子と共に、置き去りにされた。
家に帰って祖母にそれとなく向かいの家の事を訊くと、ゆきの両親が今年の秋に亡くなり、一人残った彼女が引き取られたのだとの事。伯父夫婦は子供が無かった所為もあり、彼女を我が子の様に可愛がっていると言う。
でも、それとは別に、あの子は何かを求めている――僕はそう感じた。
翌日、例のお地蔵さんの所に行くと、やっぱり彼女は居た。やっぱり泥団子を拵えて、顔を泥だらけにしている。
「ゆきちゃん」僕はそっと呼び掛けた。
振り返ったゆきは驚いた顔をした。何故って僕が本当のお団子や花を抱えていたから。
「どうせお供えするんなら、本物の方がいいだろ? お祖母ちゃんに用意して貰ったんだ」笑って彼女の隣にしゃがみ込み、尋ねる。「雪乞いってどうするの?」
ゆきは面食らった顔をしながらも、お地蔵さんにお供えをして――細い声で謡い出した。
雪 雪 おいで
隠しておくれ
白い真綿で 白い羽で
冷たい地面と 冷たい石を
包む様に 抱いておくれ
丸で雪が暖かいものであるかの様に錯覚させる、そんな願い唄だった。恐らくゆきのオリジナルだろう。
隠しておくれ――見たくない物があるのだ。きっとおじさんの家の裏庭に。
それは多分、彼女の両親の墓石。
それは両親の死の象徴だから。
認めない訳にはいかない――でも……。
僕は声を揃えて謡い出した。
雪 雪 おいで……
彼女は自分と同じ名の「雪」が、両親の墓石を包み込み、自らの目から隠してくれるのを待っていたのだ。
その年の雪は、それから二日後、里を覆った。
* * *
あれから十年が経った。
もう母に付き合って帰省する歳でもないのだけれど、僕はどうにか大学やバイトのスケジュールを調整して、この田舎町に帰って来た。
十年も経ったのに、変わらない町だった。それだけに、過疎化とか色んな問題はあるんだろう。でも、僕には懐かしかった。
道端のお地蔵さんも。
その前にしゃがみ込む少女も。
「ゆき……」僕は面影の残る彼女の名を呼んだ。
「豊兄さん」振り返って、彼女は笑った。「おかえり」
「ただいま」僕も笑う。そして気になった事を訊いた。「また……雪乞い?」
ゆきは首を横に振った。
「あの時はお世話になりました……って。これから大掃除だから、墓石も綺麗にして来なきゃね」
ゆきは――十七歳になったゆきは既に両親の死を受け入れ、正面から相対していた。
「豊兄さんも、あの時は有難うね。一緒に雪乞いしてくれて」
「いや……」僕は照れた様に、後ろ頭を掻いた。
「じゃ、落ち着いたらまた」そう言って、ゆきは伯父の家に向かって行った。
僕は――お地蔵さんに向かって呟く様に、謡った。
雪 雪……
父の墓の上にも、静かに降り注いでおくれ、と。
―了―
雪乞い――というのが頭にあって、何かこんな話になりました。
ミステリーでも怖い話でもなくて済みません。
しかし雪乞いとは……?
「雪、降って欲しいの?」僕の問いにその子は素直に頷いた。
そう言えば毎年の暖冬傾向が続いている所為だろうか。今年はこの山里でも、山頂に冠雪が見られた程度だと聞いた。
こんな何も無い田舎町では雪も大事な遊び相手だものな――僕はそう納得し掛けた。何年か前、それこそ僕が小さかった頃には一面の雪で、雪だるまを作って遊んだものだった。
だが――ちょっと気に掛かるのは、その子がちっとも楽しそうな顔をしていない事だった。雪が降ったら何をして遊ぼう……そんな期待感がどこにも無い。
「君、名前は? あ、僕はそこの山口さんちの孫で、飯田豊」安心させる様に自分から名乗る。
「あたしは、川上、ゆき」
「近くに住んでるの?」
「うん。伯父さんの家」指差したのは山口のお祖父ちゃんちの直ぐ向かいだった。
僕はちょっと首を傾げる。あの家には今年の正月に挨拶に行った事があるのだけど、こんな子供は居なかった様な……。でも伯父さんの家っていう事は、何かの理由でそれ以降に引き取られたのかも?
「それで……どうして雪が降って欲しいの?」単刀直入に、僕は尋ねた。
「雪が降ったら……」ゆきは不意に言葉を詰まらせた。言いたくないと言うよりも、それから先の言葉が出てくるのを拒否するかの様な表情で、視線が定まらない。
理由があるのに、その理由を言えない――認めたくない。そんな風情が感じられた。
そして一度だけ、彼女の伯父の家の裏山を見上げると、僕との会話を振り切る様に、行ってしまった。
僕はお地蔵さんにお供えされた泥団子と共に、置き去りにされた。
家に帰って祖母にそれとなく向かいの家の事を訊くと、ゆきの両親が今年の秋に亡くなり、一人残った彼女が引き取られたのだとの事。伯父夫婦は子供が無かった所為もあり、彼女を我が子の様に可愛がっていると言う。
でも、それとは別に、あの子は何かを求めている――僕はそう感じた。
翌日、例のお地蔵さんの所に行くと、やっぱり彼女は居た。やっぱり泥団子を拵えて、顔を泥だらけにしている。
「ゆきちゃん」僕はそっと呼び掛けた。
振り返ったゆきは驚いた顔をした。何故って僕が本当のお団子や花を抱えていたから。
「どうせお供えするんなら、本物の方がいいだろ? お祖母ちゃんに用意して貰ったんだ」笑って彼女の隣にしゃがみ込み、尋ねる。「雪乞いってどうするの?」
ゆきは面食らった顔をしながらも、お地蔵さんにお供えをして――細い声で謡い出した。
雪 雪 おいで
隠しておくれ
白い真綿で 白い羽で
冷たい地面と 冷たい石を
包む様に 抱いておくれ
丸で雪が暖かいものであるかの様に錯覚させる、そんな願い唄だった。恐らくゆきのオリジナルだろう。
隠しておくれ――見たくない物があるのだ。きっとおじさんの家の裏庭に。
それは多分、彼女の両親の墓石。
それは両親の死の象徴だから。
認めない訳にはいかない――でも……。
僕は声を揃えて謡い出した。
雪 雪 おいで……
彼女は自分と同じ名の「雪」が、両親の墓石を包み込み、自らの目から隠してくれるのを待っていたのだ。
その年の雪は、それから二日後、里を覆った。
* * *
あれから十年が経った。
もう母に付き合って帰省する歳でもないのだけれど、僕はどうにか大学やバイトのスケジュールを調整して、この田舎町に帰って来た。
十年も経ったのに、変わらない町だった。それだけに、過疎化とか色んな問題はあるんだろう。でも、僕には懐かしかった。
道端のお地蔵さんも。
その前にしゃがみ込む少女も。
「ゆき……」僕は面影の残る彼女の名を呼んだ。
「豊兄さん」振り返って、彼女は笑った。「おかえり」
「ただいま」僕も笑う。そして気になった事を訊いた。「また……雪乞い?」
ゆきは首を横に振った。
「あの時はお世話になりました……って。これから大掃除だから、墓石も綺麗にして来なきゃね」
ゆきは――十七歳になったゆきは既に両親の死を受け入れ、正面から相対していた。
「豊兄さんも、あの時は有難うね。一緒に雪乞いしてくれて」
「いや……」僕は照れた様に、後ろ頭を掻いた。
「じゃ、落ち着いたらまた」そう言って、ゆきは伯父の家に向かって行った。
僕は――お地蔵さんに向かって呟く様に、謡った。
雪 雪……
父の墓の上にも、静かに降り注いでおくれ、と。
―了―
雪乞い――というのが頭にあって、何かこんな話になりました。
ミステリーでも怖い話でもなくて済みません。
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☆☆☆☆☆
すごく良かったです。五つ星です。
ゆきちゃん、かわいそう、でも、かわいい!
このお話、すごく好き。巽さん、どこかに出品(応募?)しないの?
電車の中づり広告にたまにある小説みたいに
ぐっときますよ、これ。
ゆきちゃん、かわいそう、でも、かわいい!
このお話、すごく好き。巽さん、どこかに出品(応募?)しないの?
電車の中づり広告にたまにある小説みたいに
ぐっときますよ、これ。
Re:☆☆☆☆☆
有難うございます(〃△〃)テレ
わーい、五つ星貰っちゃった☆
応募ですか……ドキドキ(・・;)
わーい、五つ星貰っちゃった☆
応募ですか……ドキドキ(・・;)
Re:しんしんと…
あすかさん、有難うございます(^^)
昨日がお気楽だったので、今日はしんみりと。
北海道の中継はもう雪が舞ってたよー
昨日がお気楽だったので、今日はしんみりと。
北海道の中継はもう雪が舞ってたよー

良かったです♪
ほんとにねー。いい加減、早くどこかの出版社にでも出しなさいよ~。より多くの人に巽さんの小説を読んでもらいたいものです。
編集が何か言ったら、〆鯖攻撃よ♪
moonさん(はじめましてm(__)m)もっと言ってやって下さいな♪
あ。ところで先程はありがとね♪
編集が何か言ったら、〆鯖攻撃よ♪
moonさん(はじめましてm(__)m)もっと言ってやって下さいな♪
あ。ところで先程はありがとね♪
Re:良かったです♪
〆鯖攻撃(笑)
ちょっとK氏の積極性を見習ってみたい所ではあるかも……。
しかし未だ未だ知識が足りない様な……(^^;)
ちょっとK氏の積極性を見習ってみたい所ではあるかも……。
しかし未だ未だ知識が足りない様な……(^^;)
Re:すてきです♪
有難うございます~m(_ _)m
色々なのは多分乱読の結果もあろうかと……(^^;)
その分未だ自分のカラーがよく解らないです~
でも頑張る♪
色々なのは多分乱読の結果もあろうかと……(^^;)
その分未だ自分のカラーがよく解らないです~

でも頑張る♪
Re:最初から
有難うございます(^^)
雪に何を隠して欲しいかでミステリーになるパターンもあったんですが、この間の雪女とイメージダブるので止め、ささやかな話にしてみました。
雪に何を隠して欲しいかでミステリーになるパターンもあったんですが、この間の雪女とイメージダブるので止め、ささやかな話にしてみました。
Re:何度読んでも
有難うございますm(_ _)m
ゆきちゃん、もうちょっと待って下さいね♪
ゆきちゃん、もうちょっと待って下さいね♪
Re:無題
有難うございます(^^)
嬉しいお言葉ですにゃ♪
嬉しいお言葉ですにゃ♪