[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
これは秘密の箱を隠した抽斗の鍵。
これは秘密の箱を隠した抽斗のある部屋の鍵。
これは秘密の箱を隠した抽斗のある部屋がある家の鍵。
これは秘密の箱を隠した引き出しのある部屋がある家を閉ざした、鉄の門の鍵……。
「どこ迄続くのかしらね?」小首を傾げて、少女は一人ごちた。青いリボンのよく似合う、茶色の髪が動きに連れて揺れる。リボンと同じ青い服を着た、十歳ばかりと見える少女だ。
その彼女の前には、一人の老人。閉ざされた鉄の門を前に、小さな声で耳慣れない節を付けて、先程の繰言を続けている。鉄の門の鍵、迄行って、繰言は元に返った。
これは秘密の箱の鍵……。
「ストップ」少女が遮った。「入れ子型の童謡っていうのも聞いた事はあるけど、一人で謡ってても仕方ないでしょ? 普通、二人以上で間違えないように少しずつ歌詞を足していくものじゃないの」
老人はそこで初めて少女に気付いた様に、ゆるゆると振り向いた。
「でも、あの子が居ないんだ……」歳に似合わぬ子供染みた口調で、老人は言った。「だから一人で謡わなきゃ」
「その『あの子』は何処に行ったの?」
ゆるりと、老人は頭を振った。
「此処に居たんだ。この門の向こうに、家があって、部屋があって、抽斗があって……」
「箱があったのね?」
こくり、と頷く。
だが、今、門の向こうには生い茂った草が風に揺れる、広い空き地があるだけだった。
これは秘密の箱の鍵……。
老人の繰言を、少女はまた、煩わしそうに遮った。
「どうして居なくなったのかしらね?」
「解らない……」老人は悲しげな顔で頭を振った。「大事に……してたのに。外国から帰って来たら此処は……僕の家は無くなっていた」
「此処はもう何十年も前に取り壊されたそうよ。住人が誰も居なくなっちゃったんですって」
「そんな……あの子が……居たのに」老人は門に取り縋った。丸でその向こうに、未だかの家があるとでも言う様に。
その老人に、少女は一本の鍵を差し出した。やや大振りの、鉄製の鍵を。
「入って見てみれば?」
老人は縋る様に鍵を受け取り、震える手で錆付いた鍵穴にそれを挿した。
重々しい音を立てて鍵は解かれ、鉄の門は軋みながら、数十年振りに開け放たれた。
草の波の中、僅かに残る土台と自らの記憶を頼りに、老人は部屋の位置に見当を付けた。北側の隅の部屋。かつて彼の自室だった部屋。
そして――秘密の箱を隠した抽斗のある部屋。
適当な石を拾って、彼はその辺りの土を掘り起こし始めた。幾らか掘っては場所を変え、また掘っては場所を変え……。
その彼の横に、いつしか少女が立ち、口遊む。
これは……箱を隠した抽斗のある部屋がある家を閉ざした、鉄の門の鍵。
これは……箱を隠した抽斗のある部屋がある家の鍵。
これは……箱を隠した抽斗のある部屋の鍵。
これは……箱を隠した抽斗の鍵。
節が進む毎に、腰のベルトに付けた鍵束から、一本一本、鍵を取り外して行く。
老人の手が、止まっていた。じっと、少女が手にした鍵を見詰めている。大量の鍵の中から、次はどれが外されるのか、見極めようとでも言う様に。
そして、少女が次の鍵に指を掛けた時、老人はそれ迄のゆるゆるとした動作からは想像も出来ない素早い動きで、少女を捕えようとした。
だが、青い服の裾を翻して、少女はさらりとそれを躱した。
「これは貴方が殺した女の子を隠した箱の鍵」小さな鍵を手に、少女は謡い終えた。
老人はその場にへたり込むと、呆けた様に少女の手の中の鍵を只、見ていた。
彼の秘密の箱は、最早秘密ではなくなっていたのだった。
* * *
「ご苦労様」五本の鍵を新たな鍵束に繋ぎながら、少女は言った。「それにしても、真逆自分の部屋の床の下――地下に穴を掘って、箱の入った抽斗を隠していたなんてね」
あれから、老人は私有地に勝手に立ち入った怪しい人物として、近隣の住人からの通報を受けた警官に連れられて行った。
そして元、この土地に住んでいた事、そしてこの土地に隠して行ったものの事を、話したと言う。
友達が欲しかったのだと、ぽつりと漏らしたらしい。
被害者の身元、殺害時期、そして彼が出国した時期等がこれから厳しく調べられるだろう。
今頃戻って来るなんて、自業自得と言うか、自縄自縛と言うか――少女は苦笑する。
「これは秘密の箱を隠した抽斗のある部屋が……ああ、もう、面倒臭いわね」頭を振って、少女は襟元から金のチェーンに繋がれた金の鍵を取り出した。「これ一本で充分だわ」
手近な扉に金の鍵を挿して開け、少女は何処とも知れない場所へと、消え去った。
―了―
めっちゃお久し振りです^^;
そして何か、投稿エディター変わってる~?
子供だけで川や池に遊びに行ってはいけません――そんな在り来たりの事が細々と書かれた夏休みの栞を、啓太は紙飛行機にして、飛ばした。
学校の裏手の、フェンスに囲まれた濁り池に向けて。
藻が繁茂したどろりとした緑色の池は、同様に繁茂する水草の下に何か生息しているのか、時折、とぷん、こぽり……と濁った水音を立てる。フェンスからの距離もあって、昼の光の中でも、それらの姿は確認出来ないが。
勿論、こんな所で遊ぶ子供など居ない。
啓太が時折、見に来るだけだ。
フェンスの向こうの、何かを見る為に。
一年前の夏休み、啓太は友達の一人とこのフェンスを越え、池に近付いた事がある。
大きな魚が居る――そんな噂を聞き付けてきたのは、その友達だった。
真逆と思いつつも、釣竿と網、適当な餌を持参して、フェンスをどうにか乗り越えたのだ。釣竿と言っても父の使い古しのボロ竿で、本当にそんな大物が掛かったとしても、相手にはならなかっただろう。
それでも退屈を紛らわすには丁度よかった。立入禁止の場所に忍び込むという、ちょっとしたスリルも味わえた。
糸を垂らして数十分、小鮒一匹、蛙一匹掛からないなと少し退屈してきた頃、友達が言った。
本当に何か居るのかどうか、池を木の枝で掻き回してみようか、と。
水草や藻の所為で、深さは判らない。流石に足を踏み入れるのは危険だろうが、木の枝ならと、啓太もその提案に乗った。
それでも縁の石は滑り易く、友達は足場に注意しながら精一杯、近くで拾った木の枝を水面に伸ばした。
こぽり、どこか奥の方で音がした。
ぱしゃり、木の枝が水面を叩く。続いてばしゃばしゃと、水飛沫を上げて濁った水が掻き混ぜられる。
と、藻に絡みでもしたのか、その動きが止まった。
ととと……と、友達がバランスを崩し掛けて腕を振り回す。
危ない!――そう手を伸ばした啓太の目の前で、友達の身体が大きく傾いだ。引き上げようとしてぎゅっと握っていた木の枝に、逆に引き摺られる様に。
その時、確かに啓太は見たと思った。
木の枝に絡む、藻の塊よりももっと実体感を持った、深い緑色の何かを。
次の瞬間上がった水飛沫は、友達が落ちた所為だったのか、それともその緑色の何かが躍り出た所為だったのか……。
見極める前に、啓太は意識を失っていた。
どれ程経っただろうか、池の傍で倒れている所を用務員に発見された啓太は、友達が池に落ちた事を懸命に訴えた。用務員も顔色を変え、慌てて通報。水底を浚う事になった。
救急車両を始めとして様々な作業用車両が集められ、池は水を抜かれたが――その深さを見て、啓太は呆気に取られた。
光を通さない濁った深い色の所為で如何にも深そうに見えていた池が、自分達子供の腰程しかない。
そして、友達の姿も怪しい物の姿も、何処にも無かった。
それどころか異様な程に何も、居はしなかった。
結局友達はそれ以降、行方不明となった。
啓太は幾度も、本当の事を話してくれと友達の両親から詰め寄られたが、どれだけ話しても、信じては貰えなかった。
自分でも信じられないのだからしかたがない――やがて啓太は口を閉ざした。
それでも、啓太は手掛かりを求めて池を見詰め続けている。
とぷん、こぽり……時折、そんな濁った水音を聞きながら、藻と水草に覆われた、何も居ない筈の濁り池を。
―了―
水難注意ー(--)
