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昨日夜霧が誰かに話しているのを、ふと僕は耳にした――光沢には電話しないです、と。「光沢」というのは確かこの学園のある山を降りた街中にある和風料亭だったと思う。ちょっと、僕達の様な学生が立ち寄るには敷居の高い店だったと記憶している。
尤も、先生方は懇親会などで利用する事もある様だった。今回もまた、遅れ馳せの新年会を兼ねて、という話だったみたいだけれど、夜霧にはどうやら不満だったらしい。
それで、今日夜霧が神社前のその店とかでの食事会には参加しなかったのだろうか?
「相変わらず我が儘だな、夜霧は」僕の話に、京は呆れた様に相槌を打った。「一応社会人の付き合いとかいうものもあるだろうに」
「いつもは『飲み会って言ってもなかなか飲めない』とか『教頭の話が長い』とか何とか言いながらも、行ってるのにね」僕も苦笑する。
「偶々見たいテレビと時間が被ってたとか、その程度の事だろ。夜霧の事だから」
それに対しては僕はちょっと、首を傾げる。
「用事がある、みたいな言い方じゃあなかったなぁ。電話予約を頼まれたのを、自分は嫌です、みたいな……。店が嫌だったのかな?」
「この辺じゃあ、先生方が集まると言えばあの店が定番だろう。まぁ、街中には他に飲み屋もあるだろうが……」
僕達学生が行くには敷居の高い店、それ故に僕達はその店の事をよくは知らない。
只、鬱蒼とした鎮守の杜を背負った神社の前に立つ、白い壁の和風建築を趣のある石灯籠が照らす店で、評判がいいのか遠くのナンバーの車が止まっている事もしばしばあるという事位か。
「料理が口に合わないって事はないよねぇ」
「解らんぞ? 結局は個人の好みの問題だからな」僕の呟きに、京が首を傾げる。「双子の俺達でさえ、完全に同じ味が好みって訳じゃないし」
それもそうか、と僕は頷く。例えば僕は余りに辛い物は苦手だけれど、京は平気だ。同じ遺伝子で、同じ様に育って、どこで差が生じたのか、解らないけれど。
変わり者の夜霧の事、舌が他の人達と変わっていても不思議ではない。
でも、自分は参加しないにしても予約の電話位してもいいんじゃあ……?
僕がまた、納得行かない顔をしていると、京が溜息をつきながら携帯を手に取った。
真逆……。
「訊けばいいだろう、訊けば」
出た。京の単刀直入。
「いや、態々訊く事でも……」という僕の制止は、京の短縮ボタンを押す速度に負けた。
二言三言話して、京は僕に携帯を放って寄越した。
〈真田弟? 立ち聞きはよくないわよ?〉
「す、済みません」僕は慌てて謝る。電話越しなのに頭を下げてしまうのって、何故なんだろうね。
〈まぁ、別にいいけどね。で? あの店に行きたくない訳は何かって?〉
「はい……。あ、余りに立ち入った事なら無理には……」
〈この前ね……聞いちゃったのよ〉
「何を、ですか?」
〈あの店の前の神社、解るわよね。三日程前の夜、あそこの杜から何かを木に打ち付ける様な音がするのを……〉
『……』僕は、横で聞いていた京と顔を見合わせた。
神社の杜、夜、木に何かを打ち付ける様な音――僕達の脳裏に同時に浮かんだのは、恐らく夜霧とも全く同じものだったろう。
「真逆……丑の刻参りとか……ないですよね?」恐る恐る、なるべく冗談めかして言ってみるが、夜霧は他に思い付かない、と断言してくれた。
〈時間迄は確認しなかったけど、真夜中だったし、辺りは暗くて誰も居なかったし、流石に気味が悪かったわよ。あれって七日位続けるんでしょ? もしあの晩が初日だったりしたら今夜も……〉
そんな時間に何をしてたんだという、敢えて本筋から遠ざけて怖さを紛らわせようとする問いに、近所の友人宅に居て遅くなったのだと夜霧は答えた。
〈それで、その友達の話では、やっぱり時々、聞こえて来るらしいのよ。そういう音が……〉
「た、確かにそんなの聞いたら、目の前の店でのんびり食事会なんてやってられませんよね」
夜霧でもやっぱり怖かったんだろうかと、僕はちょっと、苦笑する。
〈と言うかね……〉
が、夜霧の話は未だ続いていた。
〈辺りは暗かったって言ったでしょ? 例の店はもう閉店して灯も落とされてたのよ。けど、駐車場には車が何台か……。あの店、本来夜には駐車場はチェーンで封鎖するのよ。なのにそうしていなかったって事は、閉店以前から停められていて、その儘になっているって事じゃない。あの店は完全に運転代行会社と提携してるから、飲酒の所為で置いて帰ったって訳でもないし〉
「それって、詰まり……」
〈丑の刻参りの犯人は、あの店に車を停めていた――もしかしたら、あの店で食事していたかも知れないって事よ。下手すると今夜の宴席の直ぐ隣の部屋に居ないとも……?〉
電話を切った時、その店名とは相反するイメージを植え付けられてしまったあの店は、例え学生でなくなっても、僕達にとっては入り難い店となっていた。
―了―
寒い~(--;)
私も流石に嫌っす(^^;)
流石に夜霧でも……ねぇ(^^;)