〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「本当に夜霧には困ったものだな」
「全くだね」
「お天気屋だし、細かいかと思えばいい加減だし、時々意味不明だし」
「意味不明はいつもだよ、多分」
「全くだね」
「お天気屋だし、細かいかと思えばいい加減だし、時々意味不明だし」
「意味不明はいつもだよ、多分」
それもそうかと頷いた、双子の兄、京に、僕は隠れて苦笑を浮かべた。
お天気屋に関しては人の事を言えた義理じゃないだろう、と。それこそ雷が落ちるから、言わないけど。
ところで僕達がこうして顔を付き合わせて愚痴っているのは、例によってと言うか、僕達の担任でもある夜霧――夜原霧枝先生――の事だった。今日の午後の美術がいきなり自習、そして終礼前に、夜霧は帰ってしまったのだ。説明も一切無しに。
それは親族の誰かが倒れただとか、そんな緊急事態だとでも言うのなら、僕達も心配こそすれ、愚痴ったりしない。けれど、他の先生に訊いた所では、少なくともそういう事ではなさそうだと言う。緊急の電話が掛かってきた様子もないし、それ程慌てた様子もなかった、と。それでも理由も無く早退は出来ないでしょうと京が食い下がると、その先生は困った顔で頭を掻いた。教頭に許可を取っていたので、一応ちゃんとした理由はある筈だけど、自分は聞いていない、と。
かくして、きっちりしない事が嫌いな京が、愚痴っているのだった。
ところで、僕達が居るのは男子寮内の図書室で、此処には当然、他のクラスや学年の生徒も出入りしていた。余程授業をほったらかしにされたのが気に障ったのか、京は夜霧の授業のあった生徒達の何人かに、尋ねていた。夜霧の様子に変な所は無かったかと。
「いつもの変とは別で?」そう尋ね返される事、複数回。夜霧……彼女に対する共通認識は「変」の一言に尽きるらしい。
ともあれ、聞き込みの結果、午前中に授業のあった生徒達の話では、全くいつも通りだったとの事だった。
そして僕達の授業は午後に入って直ぐの五時限目。
何かあったとすれば昼休みという事だろうか。しかし緊急の電話などは無かったと言う。尤も、携帯に直接掛かってきたとすれば、他の先生が気付かなかった可能性もあるけれど。そう言えば、携帯で何かを調べて、電話を掛けていたと言う。
只ちょっと気になったのは、昼食を取っていた夜霧が不意に口元を押さえて席を立ち、職員室を出て行ったという証言があった事。
そして昼休みの終わり間際、夜霧が購買部でマスクを買っているのを見たと言う証言。風邪でもひいたのだろうか? それが急に具合が悪くなったから早退した?
でも、それならそれで言えばいいのに……。やっぱり夜霧はよく解らない。
真逆、風邪より厄介な感染症だった、なんて事は――ないよね?
僕はちょっと、心配になっていた。
今度はそんな話で京と顔を突き合わせていると、本を返しに来たらしい間宮栗栖の関西弁が割り込んできた。
「何や、そないしてるとほんま、そっくりやなぁ」
僕ははっとしていつの間にか眉間に寄っていた皺を解く。元々一覧性で瓜二つな僕達だけど、この気難しそうな皺は似たくないんだよ。
何の用だと噛み付きそうな京を抑えて、僕は栗栖に事情を話した。尤も栗栖も同じクラスなのだけれど。
「昼休みに何かがあったんは確かな様やな」と、栗栖。
「急に気分が悪くなったとか……?」僕は首を傾げる。
「午前中に授業のあった連中によると、別に風邪をひいている様子も無かったそうだが」京はやっぱり眉間に皺を寄せている。「それに一旦はマスクを買って、午後の授業に備えていたらしいのに、結局自習にしておいて、早退……余程具合が悪くなったのか?」
「真逆夜霧に限ってとは思うけど、昼食の最中に口元を押さえて席を立ったのって、女性特有の理由じゃあ……」心底、真逆そんな事はあるまいと思いつつも、僕は言ってみた。「それで心配になって病院に行ったとか……」
「そんな事は先ずないと思うが」力一杯否定しつつ、京が言う。「それならマスクの件はどうする? 必要ないだろう」
確かに、と僕は頷いた。
「やっぱり風邪かなぁ?」
夜霧だって人の子、風邪位ひくだろう――そう思っていると、栗栖が口を開いた。
「マスクの利用法って、何や?」と。
「それは先ず風邪なんかの飛沫感染に対する予防だろう」何を今更といった口調で京が言う。「尤も、ウイルスなんて小さいもの、完全に防御出来る訳もないから、うつらない為と言うより、自分が撒き散らしてうつす事がないようにって意味が大きいが」
「後は?」栗栖は更に問う。
「後?」視線を振られて、僕は慌てて考える。「後は……顔――特に口元を隠す為とか、かな?」序でにサングラスでもすればすっかり怪しい人の完成だ。
「少なくとも午前中、夜霧が風邪ひいてる様子はなかった」指を折って、栗栖は言う。「そして昼、昼食中に口元を押さえて席を立った。その後携帯で何か調べて、電話を掛けてた。そして昼休み終了間際、マスクを買ってた――想像になるけどな、夜霧の電話先、行き先は歯科医や」
「し、歯科医? 歯医者?」僕は目を白黒させた。京もきょとんとしている。
「夜霧の歯の状態なんか知らへんし、知りとうもないけどな、もし食事中に歯が欠けるとか、差し歯が取れるとかしたら、どないする?」
「それは……」僕は京と顔を見合わせた。「歯医者に行くよ。仕方ないから」
「せやけど、歯医者なんて予約制の所が多うて、急に行っても待たされるやろ。空いてる時間の確認位はしてから行きたいわな。けど、歯が欠けてたら……人前で話すんは恥ずかしいやろうなぁ」
「その為のマスクだったと?」京が肩を竦める。「じゃあ、どうして午後の授業には出て来なかったんだ? 歯が欠けてても――まぁ、話し辛いだろうが――授業は出来るだろう。そうやってマスクで隠しておけばいいんだし」
「ちょうど歯医者の予約が取れたら? 当初は授業終わってから行く心算やったけど、向こうのキャンセルか何かで空きが出来たって連絡でもあったら?」
『……夜霧だったら行くな』僕と京は声を揃えた。気分屋で見栄っ張りの夜霧の事、可笑しな姿を見せるよりは、早退してでもさっさと直す事を選ぶだろう。勿論、歯が欠けたなんて――それが本当だったとしても――言う筈がない。断じて、ない。
翌日、夜霧は何事も無かった様に朝礼に現れた。
思わず口元を注視してしまったけれど、特に変わった様子は見られなかった。歯なんて、急には作れないから、暫くは仮歯の筈だけど、腕のいい歯医者なのかも知れない。それとも別の理由があったのか?
只、昼休みに職員室に用事で出向いた京の話によれば、柔らかそうな料理ばかり、ゆっくりと、どこか恐る恐るといった感じで噛んで食べていたと言う。
いつもみたいに訊かなかったのかという僕の問いに、京は苦笑した。
「夜霧の事だからな。誤魔化そうとして慌てて食べたりして、また歯が欠けたら、また授業すっぽかされるだろう」
こっくり、と僕は頷いた。
―了―
本当、困ったもんです。夜霧サン。
お天気屋に関しては人の事を言えた義理じゃないだろう、と。それこそ雷が落ちるから、言わないけど。
ところで僕達がこうして顔を付き合わせて愚痴っているのは、例によってと言うか、僕達の担任でもある夜霧――夜原霧枝先生――の事だった。今日の午後の美術がいきなり自習、そして終礼前に、夜霧は帰ってしまったのだ。説明も一切無しに。
それは親族の誰かが倒れただとか、そんな緊急事態だとでも言うのなら、僕達も心配こそすれ、愚痴ったりしない。けれど、他の先生に訊いた所では、少なくともそういう事ではなさそうだと言う。緊急の電話が掛かってきた様子もないし、それ程慌てた様子もなかった、と。それでも理由も無く早退は出来ないでしょうと京が食い下がると、その先生は困った顔で頭を掻いた。教頭に許可を取っていたので、一応ちゃんとした理由はある筈だけど、自分は聞いていない、と。
かくして、きっちりしない事が嫌いな京が、愚痴っているのだった。
ところで、僕達が居るのは男子寮内の図書室で、此処には当然、他のクラスや学年の生徒も出入りしていた。余程授業をほったらかしにされたのが気に障ったのか、京は夜霧の授業のあった生徒達の何人かに、尋ねていた。夜霧の様子に変な所は無かったかと。
「いつもの変とは別で?」そう尋ね返される事、複数回。夜霧……彼女に対する共通認識は「変」の一言に尽きるらしい。
ともあれ、聞き込みの結果、午前中に授業のあった生徒達の話では、全くいつも通りだったとの事だった。
そして僕達の授業は午後に入って直ぐの五時限目。
何かあったとすれば昼休みという事だろうか。しかし緊急の電話などは無かったと言う。尤も、携帯に直接掛かってきたとすれば、他の先生が気付かなかった可能性もあるけれど。そう言えば、携帯で何かを調べて、電話を掛けていたと言う。
只ちょっと気になったのは、昼食を取っていた夜霧が不意に口元を押さえて席を立ち、職員室を出て行ったという証言があった事。
そして昼休みの終わり間際、夜霧が購買部でマスクを買っているのを見たと言う証言。風邪でもひいたのだろうか? それが急に具合が悪くなったから早退した?
でも、それならそれで言えばいいのに……。やっぱり夜霧はよく解らない。
真逆、風邪より厄介な感染症だった、なんて事は――ないよね?
僕はちょっと、心配になっていた。
今度はそんな話で京と顔を突き合わせていると、本を返しに来たらしい間宮栗栖の関西弁が割り込んできた。
「何や、そないしてるとほんま、そっくりやなぁ」
僕ははっとしていつの間にか眉間に寄っていた皺を解く。元々一覧性で瓜二つな僕達だけど、この気難しそうな皺は似たくないんだよ。
何の用だと噛み付きそうな京を抑えて、僕は栗栖に事情を話した。尤も栗栖も同じクラスなのだけれど。
「昼休みに何かがあったんは確かな様やな」と、栗栖。
「急に気分が悪くなったとか……?」僕は首を傾げる。
「午前中に授業のあった連中によると、別に風邪をひいている様子も無かったそうだが」京はやっぱり眉間に皺を寄せている。「それに一旦はマスクを買って、午後の授業に備えていたらしいのに、結局自習にしておいて、早退……余程具合が悪くなったのか?」
「真逆夜霧に限ってとは思うけど、昼食の最中に口元を押さえて席を立ったのって、女性特有の理由じゃあ……」心底、真逆そんな事はあるまいと思いつつも、僕は言ってみた。「それで心配になって病院に行ったとか……」
「そんな事は先ずないと思うが」力一杯否定しつつ、京が言う。「それならマスクの件はどうする? 必要ないだろう」
確かに、と僕は頷いた。
「やっぱり風邪かなぁ?」
夜霧だって人の子、風邪位ひくだろう――そう思っていると、栗栖が口を開いた。
「マスクの利用法って、何や?」と。
「それは先ず風邪なんかの飛沫感染に対する予防だろう」何を今更といった口調で京が言う。「尤も、ウイルスなんて小さいもの、完全に防御出来る訳もないから、うつらない為と言うより、自分が撒き散らしてうつす事がないようにって意味が大きいが」
「後は?」栗栖は更に問う。
「後?」視線を振られて、僕は慌てて考える。「後は……顔――特に口元を隠す為とか、かな?」序でにサングラスでもすればすっかり怪しい人の完成だ。
「少なくとも午前中、夜霧が風邪ひいてる様子はなかった」指を折って、栗栖は言う。「そして昼、昼食中に口元を押さえて席を立った。その後携帯で何か調べて、電話を掛けてた。そして昼休み終了間際、マスクを買ってた――想像になるけどな、夜霧の電話先、行き先は歯科医や」
「し、歯科医? 歯医者?」僕は目を白黒させた。京もきょとんとしている。
「夜霧の歯の状態なんか知らへんし、知りとうもないけどな、もし食事中に歯が欠けるとか、差し歯が取れるとかしたら、どないする?」
「それは……」僕は京と顔を見合わせた。「歯医者に行くよ。仕方ないから」
「せやけど、歯医者なんて予約制の所が多うて、急に行っても待たされるやろ。空いてる時間の確認位はしてから行きたいわな。けど、歯が欠けてたら……人前で話すんは恥ずかしいやろうなぁ」
「その為のマスクだったと?」京が肩を竦める。「じゃあ、どうして午後の授業には出て来なかったんだ? 歯が欠けてても――まぁ、話し辛いだろうが――授業は出来るだろう。そうやってマスクで隠しておけばいいんだし」
「ちょうど歯医者の予約が取れたら? 当初は授業終わってから行く心算やったけど、向こうのキャンセルか何かで空きが出来たって連絡でもあったら?」
『……夜霧だったら行くな』僕と京は声を揃えた。気分屋で見栄っ張りの夜霧の事、可笑しな姿を見せるよりは、早退してでもさっさと直す事を選ぶだろう。勿論、歯が欠けたなんて――それが本当だったとしても――言う筈がない。断じて、ない。
翌日、夜霧は何事も無かった様に朝礼に現れた。
思わず口元を注視してしまったけれど、特に変わった様子は見られなかった。歯なんて、急には作れないから、暫くは仮歯の筈だけど、腕のいい歯医者なのかも知れない。それとも別の理由があったのか?
只、昼休みに職員室に用事で出向いた京の話によれば、柔らかそうな料理ばかり、ゆっくりと、どこか恐る恐るといった感じで噛んで食べていたと言う。
いつもみたいに訊かなかったのかという僕の問いに、京は苦笑した。
「夜霧の事だからな。誤魔化そうとして慌てて食べたりして、また歯が欠けたら、また授業すっぽかされるだろう」
こっくり、と僕は頷いた。
―了―
本当、困ったもんです。夜霧サン。
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Re:こんばんは
天邪鬼……確かに(゜゜)(。。)
ちぃっ、そんなニアミスがあったとは☆
ちぃっ、そんなニアミスがあったとは☆
おはよう!
冒頭の数行は心の声だな。(笑)
さらに予想を逞しくするなら、この部分を、夜霧が真似ッこしてくれたら、何某かのお返しが出来た気分になるからと予想。(笑)
私ゃ~、てっきり時節柄、インフルエンザかと思ったよ~。
さらに予想を逞しくするなら、この部分を、夜霧が真似ッこしてくれたら、何某かのお返しが出来た気分になるからと予想。(笑)
私ゃ~、てっきり時節柄、インフルエンザかと思ったよ~。
Re:おはよう!
>冒頭の数行は心の声だな。(笑)
無論です。
>さらに予想を逞しくするなら、この部分を、夜霧が真似ッこしてくれたら、何某かのお返しが出来た気分になるからと予想。(笑)
こういう時に限ってまねっこしてくれないんだよ~っ!(>_<)
インフルエンザはストレート過ぎるかと、敢えて避けました(笑)
無論です。
>さらに予想を逞しくするなら、この部分を、夜霧が真似ッこしてくれたら、何某かのお返しが出来た気分になるからと予想。(笑)
こういう時に限ってまねっこしてくれないんだよ~っ!(>_<)
インフルエンザはストレート過ぎるかと、敢えて避けました(笑)
Re:こんにちは♪
私は鼻炎があるもので、酷い時はティッシュで擦れるのか、鼻の下ががさがさ状態になる事があるんですね。そんな時にも重宝します(笑)
Re:マスク!
はい、困ったもんです(きっぱり)
喉元過ぎれば熱さ忘れる……油断大敵という言葉もありますけどねぇ。
過剰反応もいかんけど。なかなか対応が難しい様ですね。
喉元過ぎれば熱さ忘れる……油断大敵という言葉もありますけどねぇ。
過剰反応もいかんけど。なかなか対応が難しい様ですね。
Re:こんばんわ~
歯欠け先生とか……いやん(^^;)