『本日のご紹介は……』

　今日、勇輝は紹介したかも――あのDVDを、学校の皆に。
　かも、と言うのは生憎にも僕は今日、気分が優れず学校を休んでいる所為だった。勇輝の借りてきたDVDの所為だ、と思う。
　元々オカルト映画だったんだけど、それを観て気分が悪くなった人が居るだの、倒れた人が居るだのといった噂が尾鰭付きで広まっていて――面白がった勇輝が借りて来たんだ。皆で観ようって。
　馬鹿馬鹿しい！――と言って一抜けしたのは、勿論京だった。実は怖いんじゃないのかって勇輝に挑発されたけど、それも無視してさっさと行ってしまった。因みに京が昔からこういうのが苦手なのは……内緒だ。
　栗栖も生憎用事が被ってしまって、僕と勇輝、他数名の下級生の寂しい観賞会になってしまった。部屋の電気を消し、液晶画面に照らされた皆の顔は、好奇心と僅かの不安に彩られていた。
　そしてその結果、僕を含めた数名が、倒れはしなかったものの気分が悪くなってしまったのだった。

　内容自体は、然程目新しくもない幽霊屋敷もの。雷雨に降り込められた若者達五人が無人の筈の館で次々と奇怪な現象に遭う。動く石像あり、血塗れの部屋あり……それを照らすのは殆ど風に揺らめく蝋燭か、時折閃く稲光という暗い照明が雰囲気を盛り上げる。
　この館に巣食うのは何者なのか……。
　しかし、それを知るよりも先に、僕は鈍い頭痛と吐き気に襲われていた。見れば、他の数名も。
「おい、大丈夫か？」時折僕達の様子を見ていた勇輝が、それに気付いてDVDを停めた。
　それで結局、僕達は念の為に医務室へ行く事になり、序でに京に怒鳴られた。頭痛だってのに容赦の無い兄貴だ……。

　ともあれ、噂は――大袈裟に伝わってはいたものの――概ね本当だったという事で、勇輝はきっと触れ回っている事だろう。借りて来た本人の癖に、ぴんぴんして登校して行ったから。
　不条理だよなぁ――天井を見上げつつ、僕は唸る。
　それにしても、これ、一時的なものなんだろうな？　本当に。
　噂では別に幽霊に憑かれたり、なんて事は無いって話だけど。やっぱり気味が悪い。
　ああ、思い出してたらまた気分も悪くなりそうだ。
　寝よ。

「祥ー。大丈夫かー？」柔らかい関西弁が、意識を揺り起こした。窓から差す日光はもう橙色を帯びて、放課後だと教えてくれていた。
　目を開けてみると、同室の京ともう一人、栗栖が居た。珍しい取り合わせだ、とぼんやりと思う。京は何かと言うと栗栖に対しては喧嘩腰なのに。
「見舞いだそうだ」素っ気無い京の言葉に、僕は納得する。弟の見舞いと言われて邪険に出来る程、京も不人情ではない。「全く。あんなDVD観て具合が悪くなった奴なんかほっといてもいいのに」前言撤回しようかな。
「まあまあ」栗栖が宥める。「そのDVDやけど、どんな映像やった？」
　流石に好奇心旺盛な間宮栗栖。呪いのDVDが気になるのか。そうだ、栗栖ならこの呪いの主も想像が付くかも知れない――そう思って、ベッドに上体を起こした僕は最初からストーリーをなぞり始め……栗栖に止められた。
「あ、筋書きは適当でええから。映像がどんな感じやったか、教えてくれへんかな。後、部屋の状況とか」
「映像……？」僕は首を傾げつつも、昨夜暗い部屋で観た映画の、陰影のめまぐるしい変化に満ちた映像について話した。
　そして栗栖の口から出た言葉は、先ず一言。
「やっぱりやな」

「陰影、色の変化、そのパターン……そういったもんが組み合わさって、脳に過負荷を起こさせたんや」場所を談話室に移し、勇輝や昨日観賞会に参加した下級生達も集め、栗栖は説明した。「これが酷くなると光過敏性癲癇っちゅうのを引き起こす事もある。昔放送事故もあったやろ？　あそこ迄行かんでも点滅の激しい映像とか見てると頭痛がしたりせぇへんか？　その手の映像技法も規制されてる筈やけど、偶然パターンが噛み合うてまう事があるんやて。暗い部屋で映像に集中すると尚更危険性が高うなる。勇輝が掛かれへんかったんは、ちらちら他の連中の顔見てたからやろう。DVDも部屋を明るくして画面から離れて見ましょうって事や」
「それにこれ、よく見るとケースに『この映像によって気分が悪くなる事もあります。その場合は直ちに視聴を中止して下さい』って書いてあるぞ」と、京。「噂が広がったのはこれの所為もあるんじゃないのか？　そこに更にオカルト映画だからという先入観が相俟って単純な奴が引っ掛かった、と」
　その単純な奴の中に君の弟も入ってるんだけど？
「じゃ、何にしても……これは呪いなんかじゃなくて……」呪われ組代表として、僕は言った。「映像に脳が付いて行けなかったって事？」
「人間の情報入力はかなりの部分、目からやからな。パソコンかていっぺんに処理する情報が増えたらフリーズするやろ？」言って、栗栖は笑った。

　勇輝は詰まらなさそうだったけど、それ以上に僕達が一時的な症状で、勿論呪われてもいない事に安堵した様だった。
　実際僕達も翌日には完全回復し――これには気分的なものも多少あったんじゃないかと思う――一日振りの学校では散々冷やかされた。
　やっぱり、勇輝はあのDVDと、その被害者、詰まり僕達を紹介したらしい。
　やれやれ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　「きょうユウキは、紹介したかもー」と、afoolさんちのユウキ君が口走ったので紹介してみました（笑）
　因みに光過敏性癲癇は主に年少者に多いそうですが、もし身近な人が起こした場合は、救急車を呼び、脳への情報入力が少なくなるよう、テレビや電灯を消し、声も掛けないようにして待ちましょう、と前にテレビでやっていた。
　自分が起こした場合は……どうすりゃいいんだ？（－－；）