〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
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川の水面に映る月は冴え冴えとして、夜を冷たく照らし出していた。
その川面の遥か上に架かる橋に、人待ち顔の男が一人。二十代前半だろうか。寒そうにジャンパーの襟を掻き合わせ、新雪の上、小刻みに足踏みしている。待ち人の姿を闇に探る様に、川の下流の集落の方を、頻りと見ていた。
と――かつん、という音を耳にした気がして、男は上流側を振り返った。
だが、暗い橋の上に何かを見付ける間も無く、その後頭部を衝撃が襲った。がつんという硬く重い物がぶつかる音を骨伝いに感じながら、男は意識が遠のくのを感じた。
だから橋の雪の積もった路面に倒れ様思いっ切り鼻をぶつけた事は、生死を彷徨った末に病院で目を覚ます迄、知らずにいたのだった。
『そんな事があったんだけど、どう思う?』そう言って長距離電話を掛けてきたのは、例によって谷繁だった。『あ、因みに倒れていたのは汀啓(みぎわ・けい)さん。二十二歳。ごく普通の農家の三男で、現在家の手伝い中』
「その汀さんが何でそんな夜中に、橋の上なんかに居たの?」本来の自宅にて、電話の子機を抱えた楡棗は当然の問いを発した。ちらり、と同じリビングに居る兄、庵に目をやる。庵はやはり、無関心そうに本を読んでいた。
『手紙で呼び出されたんだって。高校時代に片思いだった彼女の名前だったって言うんだけど……文通を申し込んで断られたそうだから、字迄は知らなかったみたい。丁寧って言うより丸で書き方のお手本をなぞって書いた様な字だったって』
「それも本来の字を誤魔化そうとしたのかも知れないね」
棗の言葉に繁は頷く。
『実際にその彼女の字とは似ても似つかなかったって。当然、彼女はそんな手紙なんて出してないって。それに切手も無くて、誰にも見られない間に直接郵便受けに投函された様だって』繁は報告を続ける。
「はぁ。誰かの悪戯なのかな? それにしては悪質か。頭を打ってるんだもんね。下手をしたら死んでるよ」
『その頭を打ってるってのも、変なんだよね。汀さんは振り返って、下流側の欄干を背にしていたんだ。川面からは五メートルはある。川の幅は凡そ二十メートル。汀さんはずっと、彼女が来ないかと思って下流側を注視していたそうだから、誰か居れば気付いた筈だって言うんだ。実際そちら側から誰かが近付いた様な足跡は残っていないし、橋の上にも倒れている汀さんを発見して駆け寄ったり運んだりした人以外の足跡は無かったって』
「じゃ、誰に殴られたのか、汀さんは見てないんだ」
『そういう事。何で殴られたのかも判らないし、勿論犯人も判らない。それで……』知恵を借りようと電話してきた訳だ。
棗はこれ迄の繁の言葉をいちいち復唱していた。だから話の内容は兄にも聞こえていた筈だ。例え無関心そうに見えても。
棗はじーっと、兄の顔を覗き込んだ。
それに根負けしたのか、谷家の電話代を心配したのか、庵は本に栞を挟むと、少しだけ調べてからまた電話する様にと繁に言った。
答えは数時間して、あった。
『庵さん、先ず一つ目、橋の欄干には新しい傷が幾つかありました。言われた通り、真ん中辺りで、上流は下の方に引っ掻いた様な跡、下流は上の方に何かがぶつかった様な跡がありました』繁は報告を読み上げる。「それと、上流に住んでいて、あの川を下れそうな船と釣り道具の両方をを持っているのはたった一人です。汀さんと高校時代同級生で……今はその、汀さんの片思いだった彼女と付き合っているそうです』
そして追加情報として、汀は最近また彼女に付き纏い出していた様だと言った。
「横恋慕って奴?」棗がませた事を言い、兄が教育方針に悩む。
『それで、庵さん、やっぱり犯人はこの人って事なんでしょうか? でもどうやって……?』
「下流から近付いた者は無かったんだろう? そして上流からでも歩いて来れば雪の上に足跡が残る。犯人は呼び出した彼に見付からない様に上流から船で忍び寄り、欄干の下部に鉤を引っ掛けて船を固定。釣り糸に錘を付けて、橋の上に向かって投擲する。被害者がどの辺りに居るかは、近付きながら見当を付けたんだろうね。そして糸を巻き戻して錘を回収した後、上流へと帰る。被害者が死ななかったのは……幸運だったね」
取り敢えず、物証として船と釣具は抑えるようにと言って、庵は受話器を置いた。
数日後、錘は処分されていたが、船と釣具から血液反応が検出され、殺す程の心算は無く、只脅す心算だったと彼が自供したと電話が入った。
『本当に、殺す気は無かったんでしょうか?』どこか不自然さを感じている様な繁の問いに、庵は肩を竦めて答えた。
「橋の欄干の複数の傷を見たんだろう?――恐らくは予行演習を行った跡だろうね。幾度も、幾度も……。そこ迄して置いて、只脅す心算だった、ね。この間、僕が幸運だと言ったのは、犯人の方だよ。殺人未遂に終わったんだから。この上、傷害致死未遂に終わらせようなんて虫が良過ぎるんじゃないかな」
『……父さんに全部を伝えておきます』敬礼している姿が浮かぶ様な声を残して、繁は電話を切った。
―了―
『手紙で呼び出されたんだって。高校時代に片思いだった彼女の名前だったって言うんだけど……文通を申し込んで断られたそうだから、字迄は知らなかったみたい。丁寧って言うより丸で書き方のお手本をなぞって書いた様な字だったって』
「それも本来の字を誤魔化そうとしたのかも知れないね」
棗の言葉に繁は頷く。
『実際にその彼女の字とは似ても似つかなかったって。当然、彼女はそんな手紙なんて出してないって。それに切手も無くて、誰にも見られない間に直接郵便受けに投函された様だって』繁は報告を続ける。
「はぁ。誰かの悪戯なのかな? それにしては悪質か。頭を打ってるんだもんね。下手をしたら死んでるよ」
『その頭を打ってるってのも、変なんだよね。汀さんは振り返って、下流側の欄干を背にしていたんだ。川面からは五メートルはある。川の幅は凡そ二十メートル。汀さんはずっと、彼女が来ないかと思って下流側を注視していたそうだから、誰か居れば気付いた筈だって言うんだ。実際そちら側から誰かが近付いた様な足跡は残っていないし、橋の上にも倒れている汀さんを発見して駆け寄ったり運んだりした人以外の足跡は無かったって』
「じゃ、誰に殴られたのか、汀さんは見てないんだ」
『そういう事。何で殴られたのかも判らないし、勿論犯人も判らない。それで……』知恵を借りようと電話してきた訳だ。
棗はこれ迄の繁の言葉をいちいち復唱していた。だから話の内容は兄にも聞こえていた筈だ。例え無関心そうに見えても。
棗はじーっと、兄の顔を覗き込んだ。
それに根負けしたのか、谷家の電話代を心配したのか、庵は本に栞を挟むと、少しだけ調べてからまた電話する様にと繁に言った。
答えは数時間して、あった。
『庵さん、先ず一つ目、橋の欄干には新しい傷が幾つかありました。言われた通り、真ん中辺りで、上流は下の方に引っ掻いた様な跡、下流は上の方に何かがぶつかった様な跡がありました』繁は報告を読み上げる。「それと、上流に住んでいて、あの川を下れそうな船と釣り道具の両方をを持っているのはたった一人です。汀さんと高校時代同級生で……今はその、汀さんの片思いだった彼女と付き合っているそうです』
そして追加情報として、汀は最近また彼女に付き纏い出していた様だと言った。
「横恋慕って奴?」棗がませた事を言い、兄が教育方針に悩む。
『それで、庵さん、やっぱり犯人はこの人って事なんでしょうか? でもどうやって……?』
「下流から近付いた者は無かったんだろう? そして上流からでも歩いて来れば雪の上に足跡が残る。犯人は呼び出した彼に見付からない様に上流から船で忍び寄り、欄干の下部に鉤を引っ掛けて船を固定。釣り糸に錘を付けて、橋の上に向かって投擲する。被害者がどの辺りに居るかは、近付きながら見当を付けたんだろうね。そして糸を巻き戻して錘を回収した後、上流へと帰る。被害者が死ななかったのは……幸運だったね」
取り敢えず、物証として船と釣具は抑えるようにと言って、庵は受話器を置いた。
数日後、錘は処分されていたが、船と釣具から血液反応が検出され、殺す程の心算は無く、只脅す心算だったと彼が自供したと電話が入った。
『本当に、殺す気は無かったんでしょうか?』どこか不自然さを感じている様な繁の問いに、庵は肩を竦めて答えた。
「橋の欄干の複数の傷を見たんだろう?――恐らくは予行演習を行った跡だろうね。幾度も、幾度も……。そこ迄して置いて、只脅す心算だった、ね。この間、僕が幸運だと言ったのは、犯人の方だよ。殺人未遂に終わったんだから。この上、傷害致死未遂に終わらせようなんて虫が良過ぎるんじゃないかな」
『……父さんに全部を伝えておきます』敬礼している姿が浮かぶ様な声を残して、繁は電話を切った。
―了―
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無題
こんばんわ(^o^)丿
犯人、情けない男ですね~!!
「おれの女に手を出すな!」って一言脅せば済む話なのに、殺人の練習までするなんて^^;
「骨伝いは重すぎない?」って・・・
夜霧ちゃん、骨伝いって\(◎o◎)/!
犯人、情けない男ですね~!!
「おれの女に手を出すな!」って一言脅せば済む話なのに、殺人の練習までするなんて^^;
「骨伝いは重すぎない?」って・・・
夜霧ちゃん、骨伝いって\(◎o◎)/!
Re:無題
骨伝い……何かヤだ(--;)
どうも私の書く男――特に犯人――は情けない奴になる傾向がある様です(笑)
どうも私の書く男――特に犯人――は情けない奴になる傾向がある様です(笑)
Re:こんばんは
>谷繁って刑事だったっけ。
駐在志望の小学生です(笑)お父さんが駐在さん。
だから寧ろお父さんが駄目?(笑)
駐在志望の小学生です(笑)お父さんが駐在さん。
だから寧ろお父さんが駄目?(笑)
月明かり
があっても、川幅20メートルもあったら暗がりだよね。初めの方でそれが気になって、何度も読み返しちゃった。私はいい加減、読解力というのを身につけなきゃいけないと、今更ながら反省したよ
それもこれも[月明かり…]の描写が良かったからです。
リングシリーズ。久しぶりで嬉しいです。何作目になるんだろう?
シリーズ物も増えたよね。
くれぐれも身体に負担にならない様に…たまにはゆっくり休みなね?
それもこれも[月明かり…]の描写が良かったからです。
リングシリーズ。久しぶりで嬉しいです。何作目になるんだろう?
シリーズ物も増えたよね。
くれぐれも身体に負担にならない様に…たまにはゆっくり休みなね?
Re:月明かり
新雪積もった状態での月明かりは結構、明るい気がする。
シリーズ物、確かに増えたなぁ(苦笑)
いっぺん、人物纏めようかな。
お気遣い有難うね(^^)ノ
シリーズ物、確かに増えたなぁ(苦笑)
いっぺん、人物纏めようかな。
お気遣い有難うね(^^)ノ
Re:おはようございます。
明らかに偽手紙なので逆に狙われないと考えたのかも(^^)
やっぱりうちの犯人――特に男――は情けない(笑)
やっぱりうちの犯人――特に男――は情けない(笑)
Re:まったく!
流石『辛口日記』のなっちさん(^^)
取り敢えず殺人未遂じゃ終身刑にはなりそうにないので……夜霧送り込んどこか?(笑)
取り敢えず殺人未遂じゃ終身刑にはなりそうにないので……夜霧送り込んどこか?(笑)
こんにちは♪
「川の水面に映る月は冴え冴えとして、夜を冷たく照らし出していた」と言う1行でグインと引き込まれてしまいました。
しかし、この犯人は陰湿ってか?情けないよね、
何かコンプレックスでもあったのかな?
しかし、この犯人は陰湿ってか?情けないよね、
何かコンプレックスでもあったのかな?
Re:こんにちは♪
有難うございます(^^)
犯人……う~ん、もうちょっと頑張って犯人像掘り下げるべきだったな。
只の情けない奴になっちゃった(汗)
犯人……う~ん、もうちょっと頑張って犯人像掘り下げるべきだったな。
只の情けない奴になっちゃった(汗)
Re:よしっ!
>夜霧ちゃんとついでにクリスも送り込んで
>あの世に連れて行っちゃいましょう(笑)
り(笑)
序でに例の愉快な上司も送り込む?(爆)
>あの世に連れて行っちゃいましょう(笑)
り(笑)
序でに例の愉快な上司も送り込む?(爆)
Re:あはは
そこ迄!? どんな足の臭いですか!(汗)
え~、今度からメールの「了解」が「り」になってたら、なっちさんとこの上司さんの所為です(笑)
え~、今度からメールの「了解」が「り」になってたら、なっちさんとこの上司さんの所為です(笑)
Re:無題
異議無し!
鼻をぶつけた分も込めて(笑)
鼻をぶつけた分も込めて(笑)
Re:無題
あはは。
実は犯人の方がストーカー紛いだったりして……キャラ的にはありそうだ(笑)
実は犯人の方がストーカー紛いだったりして……キャラ的にはありそうだ(笑)